限界が近づく、社会インフラのメンテナンス 新たなIoTサービスは救世主となるか——ワイヤレスひずみモニタリングシステム「ST-COMM」

近年注目されている問題の1つが、「社会インフラの老朽化」だ。高度成長期に建設された無数の構造物が、約50年の歳月を経てメンテナンスが必要な状況になっている。これはまさに人命や社会システムの継続性にかかわる重要な課題だが、一方で、人手やコストの問題から対策は遅れがち。そうした中、IoT専業のソリューションベンダー・CACH(カック)が、新たなデバイスを発表して注目を集めている。同社の狙いと、新デバイスが社会にもたらすインパクトとは。

日本国内のインフラに忍び寄る未曽有の危機

高度経済成長期から約50年。日本では、当時建設された多くの社会インフラが今、危機的状況を迎えている。

図1 建設後50年以上経過する社会資本の割合

図1 建設後50年以上経過する社会資本の割合

橋梁、トンネルともに2033年には過半数が建設後50年以上となる(※1)

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例えば道路橋。国土交通省によると、国内には長さ2m以上の橋梁が約70万本存在しており、そのうち建設年度がわかっているのが約40万本存在する。その7割程度が、今後数年のうちに建設後50年以上を経過するという。また、国内約1万カ所あるトンネルも同様、数年後にはその半数が建設後50年以上となる(図1)。このままいけば、無数の構造物がほぼ同時期に“寿命”を迎えるという、深刻な老朽化問題に直面しているのだ。

もちろん、国も対応策は打っている。全国のあらゆるインフラの安全性向上と効率的な維持管理を実現するため、国土交通省は「インフラ長寿命化基本計画」を2013年11月に策定している。

だが、この問題は同じころに竣工したビルやマンションなどにも当てはまる。建物倒壊などの危険を未然に防ぐためのメンテナンスは、今や各自治体や事業者、建物オーナーにとって避けられない重要業務の1つとなっている。


新技術の開発が進む一方、現場への導入は困難

CACH株式会社 代表取締役 鈴木 良昌氏
CACH株式会社 代表取締役 鈴木 良昌氏

こうした状況で役立つのがIoTだ。センサーや通信技術、モニタリングシステムを活用することで、私たちは遠く離れた場所にある構造物の状態を手元で知ることが可能になった。実際、先の課題に対してIoTを適用することは、既に様々な企業や団体が検討・実施している。

「ただ、その実施に当たっては、これまで大きな壁がありました。国も新技術の開発を推進していますが、実証実験までに留まり、実際の現場に導入する際の人手やコストが見合わないことが少なくないのです」。そう語るのは、IoT専業のソリューションベンダー、CACH(カック)の鈴木 良昌氏である。

例えば、構造物の状態を見る指標の1つに、「ひずみ」がある。ひずみは、構造物の異常を肉眼では分からないレベルのうちに発見し対処するための重要なデータの1つ(※2)。自動車や航空機、船舶などの開発/製造/メンテナンス時の指標としても用いられている。CACH創業前に、自動二輪メーカーでひずみ測定を経験してきた鈴木氏は、この経験を老朽化するインフラのメンテナンスに生かせないか考えていたという。

ところが従来、ひずみデータを遠隔で取得するには、複数のセンサーのほか、データを集約・送信する「発信機」、受け手側の「受信機」、さらにスマートデバイスに転送する場合には「基地局」などの機器/設備を経由する必要があり、その環境構築に多くのコストがかかっていた。

「そのため、そもそもひずみを監視する仕組み自体が、あまり現場に普及していない状況でした。どうしてもデータを取る必要がある構造物については、監視所を構造物の近くに建て、データ回収のため、人が定期的に通うという方法をとっていましたが、この方法はさらに多くの人的負荷とコストがかかります。ご存知の通り、少子高齢化によって、どの企業・団体も人手に余裕がない状況です。ますます多くの構造物が老朽化していく中では、すぐになんとかしなければいけない問題だと感じていました」と鈴木氏は述べる。


取得したひずみデータを直接、クラウドへ送信

写真1 ワイヤレスひずみモニタリングシステム「ST-COMM」

写真1 ワイヤレスひずみモニタリングシステム「ST-COMM」

アンテナの付いた白いボックスがST-COMM。ここに最大4本のひずみゲージを接続することで、様々なデータを取得しダイレクトにクラウドに送信できる

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そこでCACHは、より簡単かつ低コストに、構造物のひずみを遠隔監視できる新しいIoTの仕組みの開発に着手。そうして作られたのが、ワイヤレスひずみモニタリングシステム「ST-COMM(エスティーコム)」だ(写真1)。

ST-COMMは、タテ80×ヨコ160×厚さ56mm、重さ約400gの通信デバイス。ひずみモニタリングで一般的な「ひずみゲージ」を最大4本接続可能で、これを対象となる構造物に貼り付けることで、目に見えない変形のデータを取得する。データは、ST-COMMから直接、クラウド上のシステムに送信可能。ユーザーはインターネット接続可能な環境であれば、どこからでもWebアプリケーションを介してデータをモニタリングできる。ブラウザ経由なのでスマートフォンやPCでも確認できる。

図2 ST-COMMと既存のひずみモニタリング手法の比較

図2 ST-COMMと既存のひずみモニタリング手法の比較

従来の手法では必要だった、機器や回線の設置・敷設コスト、あるいは監視所を建設し人が通うコストと手間を大きく削減することが可能になる

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「LPWA(Low Power Wide Area)の通信方式であるSigfox(シグフォックス)を用いた通信機を内蔵することで、中継器などを経由せずにデータを送信できるようにしました。これによりIoT機器にかかるコストを大きく抑制できるほか、低消費電力というSigfox通信の特性を生かして、ST-COMM自体も単三型リチウム乾電池4本で数年単位の稼働が可能。機器交換の手間もかかりません」(鈴木氏)。これらの特長によって、従来方式のIoTの仕組みとの比較では、コストを実に1/10以下に抑制できる試算も出ているという(図2)。

この仕組みを支えているのが、CACH独自のデータ圧縮技術だ。というのも、先に紹介した通り、Sigfox通信は消費電力が抑制できるため、こうしたIoTデバイスに適した通信方式の1つとされる。ただ一方で、一度に送れるデータ量は12バイトという制約があり、これがボトルネックとなっていた。「その点ST-COMMでは、高度なデータ圧縮を行うことで、そうした制約の中でもデータ送信できるようにしています。センサーデバイスと、データを見るデバイスの2つさえあれば、いつ、どこにいても監視ができるのです」と鈴木氏は強調する。


三井住友建設との共同開発で現場の知見を注入

三井住友建設株式会社 技術本部 技術研究所 免制震・鋼構造グループ 主任研究員 川島 学氏
三井住友建設株式会社 技術本部 技術研究所 免制震・鋼構造グループ 主任研究員 川島 学氏

このST-COMMの開発を進めていく上で、大きな役割を果たしたのが三井住友建設の助力だった。三井住友建設は、三井建設と住友建設の合併により2003年に設立された大手ゼネコン。両社の遺伝子を受け継ぎながら、土木・建築双方の領域で時代のニーズに応えている。

そもそも三井住友建設がCACHを知ったのは、CACHの設立直後のことだ。これまでのインフラ検査では、技術者による「目視」や「打音検査」などが主な手法として用いられてきたが、これらの方法の場合、技術者が現地に赴く必要がある。移動や作業の手間、高額な計測器を用意するコストなどがかさんでいたほか、検査には熟練の技術が要求されるため、技術者ごとの診断結果のバラつきも課題だったという。

「知った当時は、まだプロトタイプもない段階でしたが、ひずみの計測と通信方式に関する独自のアプローチを聞く中で、これは、当社の課題を解決してくれるものだと感じるようになりました」と三井住友建設の川島 学氏は振り返る。

写真2 Webアプリケーション画面:History(データ履歴)ページ

写真2 Webアプリケーション画面:History(データ履歴)ページ

「ひずみ」や「温度」「湿度」「加速度」といった、各デバイスが取得したデータが時系列で表示できる。画面右上には、デバイス設置個所の写真も登録できる

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CACHは、月1回程度の三井住友建設とのミーティングを繰り返しながら試作品開発を続けていった。そこで得た多くのアイデアが、現在のST-COMMには生かされている。「例えば、モニタリングすべきパラメータは当初、ひずみのみで良いと考えていましたが、大規模地震が構造物に及ぼす影響の重要性などを示唆いただき、X、Y、Zの3軸の『加速度』も加えることにしました」と鈴木氏。こうしたやり取りの結果、最終的に計測できるようにしたパラメータは、主要なデータであるひずみを含め20数種類に上るという(写真2)。

また三井住友建設は、試作品を用いたPoC(コンセプト検証)もCACHとともに実施。もともと解体が予定されていた三井住友建設社内のコンクリート2階建ての実験施設を使って、大型地震時に作用する力を模擬した載荷を行い、変形し壊れていく過程のひずみを監視した。

「このときは、三井住友建設様がかねて使っていた有線のひずみ計測システムも設置し、数値を比較しました。そうしたところ、どちらもほぼ同じ値を示したことから、ST-COMMが十分実用に耐えるものであることが実証できました。製品化に向けて大きく踏み出せたのも、このPoCのおかげです」と鈴木氏は語る。


社会インフラ以外に、商業施設や住宅などへもひずみモニタリングを適用

ST-COMMは現在、2018年夏のリリースに向けた最終調整に入っている。そこでは、特にデータの圧縮技術について、さらなる改良が加えられているという。

「多くの情報が1度に送れるようになるほか、通信の頻度を減らすことができ、ST-COMMのバッテリー持続時間を延ばす効果につなげることもできるようになります。より使いやすく管理しやすい製品の実現に向け、一層のブラッシュアップに取り組んでいるところです」(鈴木氏)。CACHは、住宅管理企業や研究機関をはじめ、さらなるパートナー企業とのPoCも実施しながら、開発に当たっているという。

ST-COMMの市場リリース版は、まずは「評価キット」のかたちをとる予定だ。導入のハードルを下げる狙いと、利用中の既存のひずみ計測の仕組みと比較してもらいたいという意図によるものだが、もちろん、本番環境で使用することも可能である。

図3 広がる「ひずみモニタリング」の適用領域

図3 広がる「ひずみモニタリング」の適用領域

簡単・低コストに仕組みを構築できるST-COMMが、様々な構造物のひずみモニタリングを可能にする

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「低価格で扱いが簡単なST-COMMは、多くのお客様にメリットをもたらすものと考えています。量産化が実現できれば、さらに開発コストを抑えられ、価格というかたちでお客様に還元できるようにもなるでしょう」と語る鈴木氏。そうすれば、これまで人的負荷やコストがネックとなり、橋梁やトンネルといった大型構造物にしか適用されてこなかったひずみモニタリングが、より一般的なものとして業界全体に広がっていく可能性もある。商業施設やマンション、個人住宅、研究設備から自動車まで、その適用領域は無限に広がっている(図3)。

今後は、データをAIで分析する仕組みによって、最適なメンテナンス時期を提案する予防保全サービスも検討中だというCACH。ST-COMMのデバイスと併せて提供していくことも視野に入れている。

ST-COMMは、インフラの老朽化という、喫緊の課題に直面する日本社会を救う手立てとなるか——。今後の動向から目が離せない。


※1
国土交通省 社会資本の老朽化対策情報ポータルサイト「社会資本の老朽化の現状と将来」より
※2
国土交通省「モニタリング技術の現状と課題」の資料によると、コンクリート構造物や鋼構造物の把握すべき事象の全般として「ひずみ量」が挙げられている

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