画像技術が切り拓く未来

駅ホームからの転落を自動検知

乗客の安全を見守り続ける画像解析技術

伊藤秀樹

POINT-研究員の眼

日経BP総研クリーンテックラボ 所長 河井 保博氏

  • 光の加減など周辺の条件によって同一物と認識できない――。人間が経験に基づいて簡単にこなしていることでも、コンピュータは苦手です。そこで、いろいろなパターンを人工知能(AI)に学習させ、正しく認識できるようにしたのが東急の事例。画像認識+AIの典型的な採用例の一つです。

東京急行電鉄は、駅ホームから線路へ転落した人を自動的に検知して通知するシステムを構築し、2018年8月8日から田園都市線鷺沼駅上りホームでの運用を開始した。「画像解析技術」の進化は、どのようにして駅利用者の安全・安心を実現していくのか。また、未来の駅の在り方をどう変えていくのか。今回、パナソニックが提供した「転落検知支援システム」の概要ともたらされたメリットについて紹介するとともに、画像解析を活用した駅の未来像についても展望していく。

より安全な駅利用に向けて
転落検知支援システムを構築

東京急行電鉄(以下、東急電鉄)では駅構内カメラを活用し、ホームから線路へ転落した人や物などを自動的に検知し通知するシステム(以下、転落検知支援システム)を構築、2018年8月8日から田園都市線鷺沼駅上りホームでの運用を開始した。

田園都市線鷺沼駅

同システムは、鉄道環境での利用に向けパナソニックが開発した画像解析技術を応用したものだ。既設の構内カメラの映像をリアルタイムに解析し、ホーム上から転落した人物を自動的に検知。駅務室など、ホームから離れた場所に設置された専用の監視端末に検知映像を表示するとともに、パトライトが音と光で係員へ通知する。これにより、従来の転落報知器と違い、何を検知して発報したかを画像で確認できるため、事故の可能性を見取って、早期に対処することが可能となる。

今回の転落検知支援システムを構築した背景について、東急電鉄の芝佑平氏は、次のように説明する。

ホーム上から転落した人物を自動的に検知すると、パトライトが音と光で係員へ通知する

「2018年に発表された当社の中期三か年計画では、安定輸送を実現するための施策の1つとして2019年度中に全駅にホームドア・センサー付固定式ホーム柵を設置することが謳われています。しかし、ホームドアの設置完了までの期間が1年以上ある駅もあり、その間にも転落事故の発生を1件でも減らせるよう、早急な対策の実施が求められていました。そこで駅構内にある既設のカメラと画像解析技術を組み合わせることで、転落をいち早く検知する仕組みが実現できないかと考えたのです」(芝氏)

東急電鉄では、転落検知支援システムの構築に向けて、複数の事業者に提案を依頼。さらにその中から数社を選別し実証実験に着手する。その1社として今回のプロジェクトに参加したのが、パナソニックだった。

東京急行電鉄株式会社
鉄道事業本部
電気部 計画課
芝 佑平氏

転落検知支援システムの構築に
パートナーとしてパナソニックを選択

芝氏は、「パナソニックに声がけをした理由は、顔認証について世界最高水準の技術を有するとともに、実際に画像解析技術を活用したシステムで数多くの実績をもっていたことが挙げられます。また、東急線の駅構内には防犯カメラが多数設置されており、それらの既設のカメラを本システムに転用できるのでは、と考えたことも理由の1つでした」と説明する。

2017年12月に行われた実証実験では、実際に鷺沼駅構内に転落検知支援システムを設置。「早朝」「ラッシュ時」「閑散時」「終電前」の4つの時間帯で、それぞれ1時間ずつ5日間の映像データを取得したうえで、その解析を行い、検知率および誤検知の発生率を評価した。すべての検証結果を評価し終えた2018年3月、最終的に転落検知支援システム構築のパートナーとして、パナソニックが選ばれることとなる。決定的なポイントとなったのは、「誤検知の発生率の低さ」だった。芝氏は、「誤検知を発生させる要因の一例として、太陽光の反射の影響があります。具体的には、駅ホームの柵に太陽光があたって反射することで『そこに人がいる』とシステムが認識し、誤検知を発生させるのです。対して、パナソニックの転落検知支援システムは、そうした誤検知が非常に少なかったことが採用の決め手となりました」と振り返る。

検知率の正確さ以上に、誤検知の発生率を最小限に減らすことは、今回のシステム構築に際して芝氏がこだわった要件でもある。同氏は、その理由を次のように語る。

「転落が検知された場合、駅員は状況を確認し、電車を停止させるという手順を踏みますが、誤報が多ければ電車を停止させる時間が増えることになります。また、誤報が多いと駅員の心労やストレスを増やしてしまうことにもつながりかねませんし、結果、使われないシステムとなってしまいます。今回のシステムは、実際に駅務を担う駅員の方々の業務を支援するという位置づけにあり、業務遂行の妨げになることは絶対に避けなければなりませんでした」(芝氏)

構内カメラの映像をリアルタイムに解析

ディープラーニングの活用で
誤検知を抑制

今回の転落検知支援システムの開発に向けて、パナソニック側ではどのような取り組みを進めて行ったのか。パナソニック システムソリューションズ ジャパンの山内尚樹氏は、「現在、様々な企業が画像解析技術を用いたソリューションを提供していますが、パナソニックは“現場の声”に真摯に耳を傾け、お客様のご要望を可能なかぎり具体化できるような取り組みを進めています。今回、東急電鉄様からは、誤報が少なく、かつ、運用にあたってできるだけシンプルに転落が分かるようなシステムの実現が求められており、そのご要望を最重要視してシステムの開発に邁進しました」と話す。

パナソニック システムソリューションズ ジャパン株式会社
社会システム本部 社会システムセンター
サービスインテグレーション部 SI1課 2係
山内 尚樹氏

そうした要件の1つである、誤検知を減らすにあたってパナソニックは技術的な側面から本システムのブラッシュアップに努めていったという。先に述べた「太陽光の加減によって、線路に人がいるように見える」ことへの対処もそうだが、特に苦労したのが、電車がホームに停止しているかどうかを転落検知支援システムに正しく判別させることだったという。パナソニック コネクティッドソリューションズ社の山田伸氏は、「駅ホームからの転落を検出するにあたり、通常は『ホームにいる人物が線路の方に移動したら転落した』と認識しますが、停止した電車に乗る、という行為も同様の動きとなるため、この二つの動作を正しく区別する必要がありました。そこで、今回はシンプルに『上りホームに電車が停止していたらアラートを上げない』という処理を加えました」と説明する。

パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社
イノベーションセンター センシング事業開発部
先行開発課 主任技師
山田 伸氏

「しかし、太陽光の加減によって電車が停止しているのを正しく判別できないケースもあったのです。トンネルの中と屋外の駅では太陽光の入り方が異なりますし、さらに季節や天候、時間帯によっても、太陽光の加減は変化します。さらに鷺沼駅は複数の鉄道事業者の車輌が乗り入れるため、車種の違いも考慮しながら画像解析を実現しなければなりませんでした。そうした時間帯や季節による日照の変化や車種の違いなどもディープラーニングを用いて繰り返し学習させ、最終的に誤検知の発生率を抑制していきました」(山田氏)

実証実験後も、このような検知率の向上と誤検知発生率の抑制に向けた改良は続けられ、8月8日には、無事、東急電鉄が求めるレベルを十分に満たす認識能力を有した転落検知支援システムの本番稼働を迎えることができたという。

「この間のパナソニックの手厚いサポートも評価すべきポイントだった」と芝氏は話す。

「データの解析や画像認識エンジンの改良など、パナソニックのエンジニアのレスポンスが早かったことも評価ポイントでした。調整や対応に時間がかかりそうな懸案事項についてもすぐに対応してくれるなど、同社の技術者のスピード感を高く評価しています」(芝氏)

画像解析技術を“点”から“面”へ広げ
さらなる安心・安全な駅の実現を目指す

転落検知支援システムの本稼働以来、幸いにも落下事故は発生していないが、芝氏は同システムが担う役割と意義について、次のように述べる。

「従来は事故が発生した場合、現場に行かなければ実際に何が起きたのかを把握できないため、まずは電車を停止させ、状況を確認し次の判断を下す、という手立てをとるしかありませんでした。対して、転落検知支援システムの導入により、万が一の事故発生後、すぐにカメラの映像を確認し、何が起きているか把握したうえで、次の判断がとれるようになっています」(芝氏)

今後の転落検知支援システムの活用であるが、各駅にホームドアが設置される2019年度までの転落事故対策として他駅の展開も検討しているほか、ホームドアの設置が未定の駅での利用も構想しているという。

2019年度までには各駅にホームドアが設置される予定

将来的には画像解析技術の応用展開として、事故に繋がりかねない「転倒」や「ふらつき」の検出をはじめ、白杖の携帯者や車いすの利用者、ベビーカー等の検出にも活用し、「より安全で安心な駅」の実現に役立てていきたいという。

「転落以外にも体調不良と思われる人を見つけたり、不審な行動をとる人物を発見したりするなど、駅ホーム上の安全を守るための様々な活用シーンを検討しています。また、2020年に開催される東京オリンピック/パラリンピックに向け、置きざりにされた荷物の検出も、検討事項の1つとして考えています」と芝氏は語る。

パナソニックの画像解析技術を活用し、転落検知支援システムの構築を実現した東急電鉄。

芝氏は次のように今後の展望とパナソニックに対する期待を述べた。

「駅の安全を守ることを考える場合、 ホームやコンコースの一部といった“点”だけではなく駅構内全体の“面”で考える必要があります。今後も画像解析技術の応用を含めた、様々な新しい技術を活用することで、東急線の駅をご利用されるすべてのお客さまにとって、より安全、安心、快適な東急線の実現を目指していきたいと考えています。その実現にあたり、今後もパナソニックには画像解析をはじめ、様々な先端技術の提案を期待しています」(芝氏)

駅ホームからの転落を自動検知

乗客の安全を見守り続ける
画像解析技術

東京急行電鉄が新たに導入したという、駅ホームから線路へ転落した人を自動的に検知して通知する「転落検知支援システム」に迫る

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