画像技術が切り拓く未来

大規模オフィスビルでの顔認証入退を実現

日本橋室町三井タワーが
目指す理想のオフィス空間とは

小口正貴

POINT-研究員の眼

日経BP 技術メディア局 局長 河井保博氏

  • 顔認証技術を活用したウォークスルー型の入退室管理は、オフィスをはじめ、各種の施設で、今後、徐々に浸透していくでしょう。電車の電子改札と似ていて仕組みはわかりやすいのですが、実用にはいろいろハードルがあります。利便性向上と同時に、セキュリティを確保する必要があるわけですから、歩くスピードを緩めなくても通れるスムーズさはもちろん、マスクなどを着用している場合、ゲートに入ってくる角度など、様々なケースを想定し、運用のしかたを含めて設計する必要があります。

東京・日本橋の「日本橋室町三井タワー」に入居する三井不動産が、本社移転を機にパナソニックの顔認証入退セキュリティシステム「KPAS」を導入した。ウォークスルーによってハンズフリーな入退室を実現した背景には、熱い思いを共有した大企業同士のコラボレーションがあった。今後はビルそのものがサービスになる――その先駆けとも言える事例だ。

ウォークスルーの顔パス入退室が可能に
二人三脚で成功させた最先端プロジェクト

2019年3月に竣工した「日本橋室町三井タワー」。日本橋室町三丁目地区市街地再開発組合が施主、三井不動産が再開発の事務局を務め、鹿島・清水・佐藤工業特定業務代行共同企業体が施工した延床面積が約16万8000平方メートル、地上26階、地下3階建の大規模複合ビルだ。

2019年3月に竣工した大規模複合ビル、「日本橋室町三井タワー」

同ビルは官・民・地域が一体となり、「残しながら、蘇らせながら、創っていく」をコンセプトとした「日本橋再生計画」第2ステージの旗艦プロジェクトとなる。1階には約1500平方メートルの緑豊かな大屋根広場を設け、買い物客や近隣オフィスで働く人たちに憩いと集いの場を提供。地下1階〜地上2階を31店舗が集う商業施設「COREDO室町テラス」、5階〜6階をオフィスのメインエントランス、5階〜25階をオフィスフロアで構成した。オフィスフロアの基準階専有面積は約4300平方メートルと都心最大級を誇り、約8000人が働く。さらに区域外の既存オフィスビルや商業施設に向けた電気・熱を供給するエネルギープラントをビルの地下に設置した。これは日本初の取り組みである。

三井不動産も日本橋室町三井タワーに本社機能を置く。もともと当該地にあった「三井別館」にオフィスを構えていたため、再びホームに戻ったことになる。2019年8月、一時拠点としていた「銀座6丁目‐SQUARE」から順次移転を開始し、2020年3月に完了。並行して三井不動産ではオフィスワーカーの利便性・生産性、施設セキュリティ、管理運営の付加価値向上に資するICT活用を推進しており、このたびパナソニックによるディープラーニング技術を応用した顔認証入退セキュリティシステム「KPAS」を入退室管理システムとして採用した。

パナソニックは顔認証技術に大きな強みを持っており、2017年にはNIST(米国国立標準技術研究所)の公式評価レポートにより、ディープラーニング顔認証技術で世界最高水準の評価を獲得した。また、法務省 出入国在留管理庁に約200台の顔認証ゲートが採用され、全国各地の主要空港で日本人の出帰国手続き、外国人の出国手続きの合理化に貢献している。KPASはこうした知見をもとに開発されたものだ。2019年7月からは東京・丸の内の会員制コワーキングスペース「point 0 marunouchi」でもKPASが活用されており、迅速で利用者に負担が少ないストレスフリーな顔認証システムとして存在感を高めつつある。

三井不動産の梶原豊秀氏はKPAS導入のきっかけを次のように語る。

「これから新しい働き方が普及し、オフィスの在り方も変化していきます。本社移転を機に我々自身が斬新なテクノロジーを取り込んで、イノベーティブな付加価値をどんどん作り出していきたいと考えているのです」(梶原氏)

三井不動産株式会社
ビルディング本部 ビルディング事業一部
事業グループ グループ長
梶原 豊秀氏

日本橋室町三井タワーでのKPAS試験運用は2019年11月から始まった。その前には銀座6丁目‐SQUAREで入念な前段階の試験を継続して行った。三井不動産の藤永健二氏は「初期段階ではKPAS以外のシステムも複数試しましたが、詳細な検証を経てKPASを選定しました」と話す。

「重視したのは認証スピードがスムーズであること、エントランスでウォークスルーの対応ができること、オフィスフロアの暗い環境でも認証性能が低下しないこと、なりすまし対策が十分でなくてはならないこと。加えて顔登録の容易さ、IDカードシステムと連携すること、さらには認証時の音が心地よいかどうかまでこだわりました。これらをすべてクリアしてくれたことが、KPAS導入の決め手となったポイントです」(藤永氏)

三井不動産株式会社
ビルディング本部 業務推進室 事業環境調査グループ
統括
藤永 健二氏

今回導入したのは、三井不動産本社が入居する8〜12階のフロア、およびエレベーターホールのエントランス。パナソニック製の統合型セキュリティシステムとKPASを連携させ、社員が顔認証のみで入退室できるようにした。オフィスフロアは壁掛けタイプ、エントランスはウォークスルータイプの機器となっている。実際にエントランスで社員が顔パスで行き来する姿を目の当たりにすると、その未来的なイメージに驚きを禁じえない。

「社員からも好評です。手に荷物を持っているときにIDカードを出さなくてもいいし、IDカードを日常的に首からぶら下げなくても済むのはこんなに自由なのかと」(藤永氏)

エレベーターホールのエントランスに導入された顔認証入退セキュリティシステム「KPAS」

導入にあたっては、三井不動産、鹿島建設、パナソニックが一体となって本格運用開始まで精度向上に努めてきた。「パナソニックの技術者たちがソフトウエアや設定のチューニングを日々行い、我々の望む形に近づけていただきました」と藤永氏。とりわけ苦労したのは照明環境だったという。

「昨今、オフィスビルの廊下は暗めの照明になることが多く、これは顔認証にとって有利な条件ではありません。逆にエントランスでは外光の関係で逆光になってしまい、顔が認識しにくくなる。そうした環境でもいかに利用者が快適に認証できるかに注力しました。それから、利用者がさまざまな方向から歩いてきたり、体型のバリエーションも多かったりと問題は多い。その意味でも利用者の位置や認証方法の柔軟性が重要でしたが、パナソニックはさまざまな要望に誠実に対応してくれました。

デザイン面についても満足しています。2種類の機器それぞれでいろんな議論を交わしながら“最もユーザーにとってわかりやすく、なおかつデザイン的に優れたもの”を目指し、妥協せずに進めてきました。ともに作り上げた顔認証システムと言っていいでしょう」(藤永氏)

ウォークスルーによってハンズフリーな入退室を実現

梶原氏も同様に「顔認証技術だけではなく、ビル側のセキュリティシステムとのAPI連携、顔登録のフローといった細かい部分までパナソニックに協力していただいた。リアルな環境に実装する中で出てきた新たな課題への対応や仕組みづくりも含めて二人三脚で作り上げてきました」と語る。それぞれの業界を代表するトップランナー同士が本気で向き合ったプロジェクト――そう呼んでも差し支えないだろう。

パナソニックの“画像技術の総合力”を集約
技術のみならず寄り添う人間力も提供

KPASは前述のようにディープラーニング技術を応用した世界最高水準の顔認証技術を活用しており、顔の向きや経年変化、メガネなどにも影響されにくく、逆光や暗い環境でも認識できる。また、精度の高いなりすまし検出技術を実装し、強力なセキュリティを担保している。今回のプロジェクトにスタートから関わってきたパナソニック コネクティッドソリューションズ社の石原健氏は、KPASの強みをこう説明する。

「当社はディープラーニング技術に加え、高速に本人の特徴量を抽出する技術を強みとしています。KPASはパナソニックが長年培ってきた画像認識や画像処理技術など、複数の技術を総合して実現した顔認証入退セキュリティシステムです」(石原氏)

パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社
イノベーションセンター システム統括部
総括 SE・グローバル担当
石原 健氏

KPASの一般的なシステム構成は、顔登録装置の「KPASレジスター」、顔認証装置の「KPASチェッカー」、認証処理・情報管理サーバーから成る。「今回の三井不動産様のケースでは、人事部の方が社員の方々の顔写真を一括して登録を行う運用です。また、今後、テナント様が導入された際の個人情報については、テナント様ごとの管理、かつ、サーバーはハイセキュリティなエリアで管理いただく運用になります」(石原氏)

銀座6丁目‐SQUAREで実証実験を重ねていたとはいえ、新規のオフィスビルにおけるKPASの本格運用は本事例が初めてとなる。石原氏は「ウォークスルーでの顔認証は当社でも前例がなかっただけに、とても大きなチャレンジでした」と振り返る。日本橋室町三井タワーでは初期段階から試作品を設置し、三井不動産の協力を得ながら試験を進めた。

オフィスフロアは壁掛けタイプが導入されている

「現場を見てから出てきた課題もたくさんあります。最も大きな課題である照明については、弊社の照明設備などを担当するライフソリューションズ社とともに照明機器の選定や照明環境を設計しました。同社はパナソニックグループの中でも照明環境のシミュレーション技術もあり、それらを組み合わせながら実環境での照明環境評価、今回のような採光部の大きいエントランスでの朝、昼、夜での明るさの違いも含めて、現場担当者が実際の画像を確認しながら様々なチューニングを進めました。

特に、三井不動産様から強いご要望があったウォークスルーの顔認証については、認証の際に引っかかり利用者がストレスを感じないように、何度も試験を繰り返して評価をしました。これらを経て、2019年11月の試験運用前にはほぼ課題を解決することができ、三井不動産様から反応が速いと言っていただいたときは、非常にうれしく思いました」(石原氏)

利用者に負担が少ないストレスフリーで円滑なウォークスルー

試験運用の段階で三井不動産からの高い評価を得たものの、今でも積極的な意見交換を行っている。「定期的にコミュニケーションを取らせていただき、常に現場の声に真摯に耳を傾けることで、“パナソニックならきちんとフォローしてくれる”という安心感にもつながります。モノづくりのメーカーは、ともすれば造り手の論理に陥りがちですが、お客様の困りごとは果たして何か、お客様とキャッチボールしながら、求められることに対して私達はどう応えられるかを考えることが大切だと思っています」(石原氏)

例えば円滑なウォークスルーを可能にしたゲートアダプターは、試作品からスタートし、形を絞り込んできた。また、壁掛けタイプは、顔認証装置とライフソリューションズ社のIDカードリーダーとの一体型を実現した。「三井不動産様は形だけではなく、ロゴの一つひとつ、文字の印刷、認証時の音までも徹底的にこだわられました。我々もそのご要望に応えるためにデザイナー達と綿密なやりとりをしながら商品を完成させました。これらを含めてとてもいい経験をさせていただきました」(石原氏)

顔認証装置とIDカードリーダー一体型の特注品

顔認証を随所に組み込めば
ビルそのものがサービスになる

十分な手応えを感じたことで、三井不動産では日本橋室町三井タワー内のテナントへの拡大も視野に入れている。「KPASは便利な機能なのでテナントからの引き合いもありますが、一方で、顔は個人情報であり、漏洩対策や対応は非常に重要です。その意味では、セキュリティに関する実績が豊富で、信頼のおけるパナソニックが手掛けている安心感は大きいです。実際にかなり高度に運用していただいていると感じております」(梶原氏)

藤永氏は「今後は顔認証による決済、複合機や個人ロッカーの認証など、オフィスワーカーにとってより利便性が高くなるような顔認証ソリューションを一緒に開拓していければ。オフィスビル以外の分野でも、集合住宅やホテル、賃貸住宅など至るところにニーズはあります。三井不動産の事業ドメインとの相乗効果が見込めると思っています」と話す。

広がりのある将来展望に関しては、パナソニックも同じ思いだ。「今後は、日本橋室町三井タワー丸ごとやオフィス内の各機器との連携、更には、将来的に複数拠点をまたがった管理、商業施設との連携なども必要になっていくと思います。顔認証技術そのものは今後も進化していきますが、それ以上にこの技術を活用した快適なオフィス空間や管理運用における効率化など、私達はお客様に満足頂くためのソリューション提供や継続的なビジネスへのお役立ちを目指しています」(石原氏)

オフィスとは、1日のおよそ3分の1を過ごす空間だ。時代の移り変わりとともに働く人たちの意識も変化し、ビルの運営側は“心地よく働ける空間づくり”の答えを求め続けている。「三井不動産では、『リアルエステート・アズ・ア・サービス』、すなわち『不動産をお客さまにモノとしてではなくサービスとして提供する』という考えのもと、『ハードや空間づくり』に留まらず人々に『ビジネスライフやくらし』を提供していくことで、働く人の生産性向上や快適で健康なくらしの実現など、スペースの利用以上の付加価値を創出していくことを目指しています。日本橋室町三井タワーで、このビジョンを体現していきたいですね」と梶原氏。今はスタート地点に立ったばかりだが、KPASがきっかけとなって切り拓くであろうオフィスビルの未来が楽しみである。

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