画像やセンサーデータの解析で、成否のカギを握る「前処理」 ディープラーニングでの高精度の検出にも不可欠

センサーを通して膨大なデータを収集できるようになり、ディープラーニングの台頭で「ビッグデータ」を高精度に解析できる技術が急速に発展してきている。画像や様々なセンサーで計測したデータの解析のために必要となる技術は、人工知能(AI)システムの開発に多大な影響を及ぼす。ディジタル信号処理とAIによるインフラの大規模・超高速モニタリングに取り組む東京大学 生産技術研究所の水谷 司氏と、アルゴリズム統合開発環境「MATLAB」を提供するMathWorks Japanの宅島 章夫氏が語り合った。

東京大学
生産技術研究所
特任講師 博士(工学)
水谷 司

宅島氏センサー技術の急速な発展で、ビッグデータを収集できるようになりました。そういった中、すぐに結果を出すために、ディープラーニングを使いたいというケースが増えています。ディープラーニングの活用について、先生はどうお考えでしょう。

水谷氏ディープラーニングで容易になることは多岐にわたるでしょう。私は、「見えにくい複雑な物理現象を計測と解析により自動で検出したり見えやすくすること」を研究の一つの大きな目的としています。例えば、画像から特定の対象を検出する場合など、解像度が高ければ高いほど、ディープラーニングでの分析は容易になります。

とはいえ、ディープラーニングでの分析にも限界はあるため、前処理として、ディジタル信号処理(DSP)技術でデータの特徴を際立たせておくことも時には必要です。

MathWorks Japan
アプリケーションエンジニアリング部(テクニカルコンピューティング)
部長
宅島 章夫

宅島氏ディープラーニングを使っても検出精度が上がらないという話もありますね。前処理が重要という考え方は大きなポイントだと思います。

水谷氏ディープラーニングが万能で、どのようなデータでもディープラーニングに入れたら賢いものができると思っている傾向があるようです。しかし、前処理は大変重要です。地味な部分なので、スポットが当たりにくいみたいですね。

前処理がいかに重要であるか分かる例として、私は音声を物体の微弱な振動データから復元する実験をしました。人がしゃべると音波で周囲にある壁などがわずかに揺れます。普通は、振動が小さすぎる、ノイズに埋もれているため観測できない、と考えてほとんど着目されません。しかし、レーザードップラー振動計でナノメートルオーダーまで正確に測り、それをうまくディジタル信号処理することで、きれいな音声として復元できることを実証しました。データを数学的に処理することで、データの持つ特徴を引き出すことができるのです。その手法はディープラーニングの前処理でも有効ですし、様々な分野に応用できます。

私は、鉄道の沿線などに設置されている通信インフラを使った豪雨の高密度センシングにも取り組みました。雨が降ると、通信用アンテナの電波はごくわずかながら乱れるので、このデータについては「カオス」の考えを使ったある特殊な数学的処理をすることで、その乱れによる信号の変化をあぶり出し豪雨を検知しています(図1)。

図1
図1 「カオス」の考えを使ったディジタル信号処理による電波の乱れからの降雨の検知

従来より短時間で高度な開発が可能なMATLAB

宅島氏先生はご研究でMATLABを活用くださっているとお聞きしました。先生がMATLABを使う理由はどこにあるのでしょうか。

水谷氏従来型の言語でプログラミングするのと比べて、基本的なアルゴリズムが実装されているため開発に労力がそれほどかからず、短時間で高度な解析が実現できます。最近は人工知能(AI)のフリーの開発環境も広まっており私も使いますが、最先端の知識がいち早く導入されるというメリットはあるものの、内部に実装されている膨大なプログラムの信頼性を把握することは必ずしも容易ではありません。

その点、MATLABは多数のエンジニアを自社で抱えるMathWorks社によって、アルゴリズムの妥当性やプログラムの信頼性を保証してくれるので、安心して使えます。このようなツールがなければ、ゼロからプログラムをコーディングしなければならず、研究目的から離れた、本質的ではない部分で、多大な時間と労力を割かれることになるでしょう。

さらに共同研究をする技術系の企業には設計基準などが要求する情報を素早く簡単な直観的操作で得たいという希望が多くあります。MATLABは、そのような実務で必要とされる情報を出力するユーザーインターフェースの開発も可能というのは魅力に感じています。

宅島氏MATLABはまさに先生が分野横断的な高度な研究でうまく活用されているように、様々な分野で使うことを想定して開発されている汎用数値計算ソフトウェアです。基幹となるのは、簡易的な数値計算を行う実行環境、プログラムを作る環境、データをいろいろな角度から見ることができるグラフィックス環境です。そのうえで、業界やアプリケーションのニーズに応えるために、特定の用途に応じた別売パッケージを100近く取りそろえています。

先生が言われたディジタル信号処理は30年ほど前のMATLABリリース直後から出している基幹的なパッケージです。それらの基幹技術が様々に応用されて、最近では画像処理やディープラーニング、機械学習などのホットな領域で、多くのお客様に利用されています。

道路や橋梁などインフラの損傷を高速で自動検知

水谷氏今、内閣府が展開している戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)という国の大型の技術開発プロジェクトの中で、車両に地中レーダー装置を取り付けて、橋梁や道路の路面内部の損傷状態を評価するシステムの開発に取り組んでいます(図2)。これまでもレーダー装置を使っての点検はされていましたが、画像化した膨大な計測データを技術者が1枚1枚目視で確認していくため、多くの時間と労力がかかっていました。そこで、私の研究では、人力に頼らず、損傷箇所で計測したデータのわずかな変化をディジタル信号処理とAIを活用して自動で検出しようとしています。考えたアルゴリズムをコンピューターに実装することにより、人の目だと数時間かかっていた判定を秒オーダーの圧倒的な速さで処理できるようになりました(図3)。

図2
図2 地中レーダーによる橋梁・道路内部の損傷状態の評価
図3
図3 レーダーデータのディジタル信号処理による橋梁の損傷箇所の自動検知

橋梁だけでなく、道路内部の埋設物や空洞探査にも取り組んでいます。前処理としてディジタル信号処理で計測信号の特徴を際立たせたうえで、ディープラーニングを使用して信号の特徴を学習させることで、AIで埋設物を自動で検出できるようになりました。とはいえ人工知能は必ずしも完璧ではありません。ですので、出た結果を後処理としてさらにディジタル信号処理することで検出精度を高め、埋設物の正確な三次元位置を把握しようとしています(図4)。

図4
図4 ディジタル信号処理とAIを活用した埋設物の三次元位置の推定

宅島氏レーザーやカメラを使った実験にも取り組んでおられると伺いました。

水谷氏最近では、高速回転するレーザー計測器を車に積んで、道路周辺を三次元計測するモバイル・マッピング・システム(MMS)が出てきています。そのデータを使って、例えば路面データをディジタル信号処理して維持管理上必要な道路の凹み具合を検出しています。既にノートPCで100kmの距離の凹凸をわずか10分ほどで分析できるようになりました。さらに車載したラインセンサカメラという路面カメラで撮影した画像の分析にも今取り組んでいるところで、点検基準に従い50cmのメッシュ状に区切って道路の路面の状態を評価しています。人力でははるかに時間がかかるところを、AIだと瞬時に分析できます。

宅島氏MATLABが社会インフラの安全保持に貢献できるのは光栄です。

水谷氏一昔前は「近い将来、実現する」という言い方をすると、暗に10年から20年先を意味していたように思います。ところが近年のハードウェアの急激な高性能化、アルゴリズムの高度化、そしてMATLABのような強力な開発支援ツールが研究開発の手助けをしてくれることもあり、「近い将来」は、半年とか1年先とかのとても短いスパンでの出来事になりうるのではないかと感じています。

MATLABによるディープラーニング
https://jp.mathworks.com/solutions/deep-learning.html?s_eid=PEP_19666

<協力>
東京大学 生産技術研究所 水谷司 特任講師

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