脳科学の知見・技術をビジネスに展開する「応用脳科学」 ――脳情報通信技術によるマーケティング変革や事業開発に取り組む

脳科学の基礎研究における方法論や成果・技術に基づきビジネスに展開する応用脳科学が大きな広がりを見せている。特に人間の脳情報の読み取りと書き込みを行う脳情報通信技術の応用は、臨床を中心に一般領域でも進んできている。脳情報通信技術のビジネスへの応用に取り組むNTTデータ経営研究所の茨木拓也氏と、アルゴリズム統合開発環境「MATLAB」を提供するMathWorks Japanの宅島章夫氏が語り合った。 

茨木 拓也氏
NTTデータ経営研究所
情報未来イノベーションセンター
ニューロイノベーションユニット
シニアマネージャー
茨木 拓也

宅島氏今、知覚や運動制御、記憶、学習、感情などの脳の働きを研究する脳科学が日進月歩の勢いで進んでいます。茨木さんはその知見を実際のビジネスに展開する応用脳科学に取り組んでいらっしゃいます。どんな仕事なのでしょうか。

茨木氏学生時代に神経科学を学び、現在は人間の脳・心・行動に関わる幅広い領域を、医療・ヘルスケア、研究開発、マーケティング、人工知能など実世界に応用する応用脳科学に取り組んでいます(図1)。人間からは知覚・認知に関わる行動や、脳活動や生体情報など、様々なデータを得ることができます。そして商品・サービス・広告にまつわるマルチモーダルな情報も機械学習のおかげで特徴量として定量データを得られるようになりました。私の興味はどんな商品・サービス等の特徴が人間にどんな知覚や行動を導くかということで、その定量的な理解を基に、顧客にとってより良い商品なり体験を提供することを仕事としています。

宅島 章夫氏
MathWorks Japan
アプリケーションエンジニアリング部(テクニカルコンピューティング)
部長
宅島 章夫

宅島氏脳科学はココロの世界とモノの世界の関係を解き明かすことだとお聞きました。その歴史はどこまでさかのぼるのでしょうか。

茨木氏ココロの世界とモノの世界の関係についてはデカルトをはじめ西洋の哲学者たちの関心対象でしたが、19世紀になって、ドイツの哲学者・生理学者グスタフ・フェヒナーは、心的世界と物理世界が不可分かどうかは置いておいて、両者の関係を定量的に説明(人間の知覚は物理量の対数関数で表現)できるという法則を導き出しました。現在でも、心と物理世界の関係を記述したいという動機は同じですが、昔は重さの知覚と物理的な重さの1次元量同士の関係が対象だったのに対し、現在は人間の様々な情報(脳・ココロ)と物理世界の様々な情報(商品・サービス・広告)の間の多次元情報モデリングが可能になっています。

図1
図1 応用脳科学の実ビジネスでの適用分野

神経科学分野のデファクトで、非常に使いやすいMATLAB

宅島氏茨木さんはMATLABを広く活用くださっているとお聞きしました。MATLABを使う理由はどこにあるのでしょうか。

茨木氏MATLABは神経科学分野のデファクトスタンダートで、学生時代から使い続けています。私が取り組んでいるプロジェクトのほぼすべてでMATLABが必要で、MATLABがないと仕事ができないです。その理由は大きく3つです。

①高水準なデータ取得が可能:脳波などのデータがリアルタイムで取得できますし、ライブラリが充実しているので、行動実験や計測のプログラムを自由に設計できます。 ②データ処理・統計解析がとにかく簡単で楽:他の言語のようにいちいち環境を構築しなくても豊富な関数ライブラリからニューラルネットワークを用いた特徴量抽出や、機械学習による分類が簡単にできます。 ③リッチな可視化:ローデータから統計の結果まで数字だけでは正しく早い判断が難しいです。画像化・動画化などふくめてマルチメディアに対応した可視化ツールの充実は、クライアントへの迅速かつ分かりやすいアウトプットの提出に本当に助かります。

宅島氏応用脳科学では脳情報通信技術がカギになるとお聞きしました。どういったものなのでしょうか。

茨木氏人間の脳活動データから運動意図や知覚内容・認知状態といった脳情報を抽出して様々な処理機とコミュニケーションし、機械を動かしたり、理想的な脳状態に調整したりすることが脳情報通信技術です(図2)。

脳活動をfMRIや脳波、NIRSを用いて計測し、脳情報を読み取る技術と、神経介入技術で特定の脳活動を誘発するように脳情報を書き込む技術があります。その応用は現段階では臨床面が多く、脳情報解読技術では人の運動機能を代替させるロボットアームのような臨床BMI(ブレインマシンインターフェース)、脳情報介入技術ではパーキンソン病に対する脳深部刺激(DBS)などがあります。

両方が進歩すると、脳と脳のインターフェースが実現し、送信者の脳波をインターネットで送信、受信者はその意図を脳刺激を介して受信できるようになります(図3)。私はそれをさらに発展させてSFにでてくるような、脳の神経ネットにデバイスを接続して直接インターネットにアクセス出来るような世界を作りたいと考えています。

図2
図2 脳情報通信技術の基本的な概念
図3
図3 脳情報通信技術の臨床・一般領域における応用

さらに今、人工知能(AI)と脳科学の共進化が大変なスピードで進んでいます。深層学習のネットワークを使って霊長類の脳を再現する「人工脳」や、前頭前野のネットワークを模した人工脳アーキテクチャはメタ学習(学習の学習)ができるようになっています。

逆に脳科学から着想して生物の知覚認識に近いような情報処理ができるようになり、深層学習が大きく進化しています。こうした中で海外では企業が脳関連技術の開発に本格的に投資し始めています。

20社が導入した脳情報通信技術による動画広告評価ソリューション

宅島氏茨木さんは脳情報通信技術を実際のビジネスで活用されているわけですが、その成功例を教えてください。

茨木氏NTTデータを事業主体に、情報通信研究機構(NICT)、脳情報通信融合研究センター(CiNet)をパートナーに研究開発を進めた動画広告評価ソリューションです。
(http://nttdata-neuroai.com/)

従来、広告、特にTVコマーシャルでは広告クリエイティブが視聴者に与える影響を科学的・定量的に捉えて広告効果を予測することは困難でした。
そこで、視聴者の情報処理臓器たる脳が行う知覚・認知、購買などの一連の処理について、脳情報を利用して定量的にモデリングしました。

人間が動画を見て、何を感じるのか。膨大な動画素材と脳活動パターンの関係を学習させたデコーダー(解読モデル)を利用して評価したい動画を視聴中の脳活動を計測、シーンごとに解読。定量的な効果測定、改善提案、出稿前予測が可能になり、広告業務プロセスの変革に寄与しました。データが蓄積されることにより、実際の行動予測に寄与する「脳情報表現」を実際の脳活動計測を経なくても動画特徴から予測することでパフォーマンスを担保できるようにもなっています(図4)。

図4
図4 動画広告に関わる脳情報解読・仮想脳の構築

宅島氏MATLABは様々な領域の専門家の方たちにご利用いただいております。研究の根本部分ではない部分で、手間がかかる作業を減らして行くのに役立つとのことです。データの取り込みでデータ数が膨大だったり、くり返しの作業だったりする部分を簡単に実行できるためです。

ツールの数も年々増えていて、特定の用途でさらに快適に使っていただくために、統計解析もユーザーフレンドリーなものが多くなりました。自動運転に特化した専用製品も出ています。茨木さんの最新の取り組みをお聞かせください。

茨木氏まずマーケティング分野では、さきほどのクリエイティブの定量的な評価だけではソリューションとして弱かったのですが、広告効果の予測モデルを介した最適化まで踏み込むことに成功しました。具体的には、膨大なシミュレーションを通したクリエイティブセレクションにより実際の売り上げ向上に実績も出てきていて(https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/news/18/03321/)、一連のデータ処理からモデリング・並列処理による高速シミュレーション・アウトプットの作成までMATLABを全面的に活用しています。

マーケティング分野以外では2017年10月、JSOL社とNICTと大阪大学と共同で、ニューロフィードバック技術を応用した英語教育支援サービスの開発に着手しました(http://www.keieiken.co.jp/aboutus/newsrelease/171017/)。また脳情報の利用による乗車感を定量化、乗り物の価値である「運転の楽しさ」を脳科学観点から、可視化・指標化、分析して、車に実装していく取り組みも進めています(図5)。

図5
図5 脳情報含めたマルチモーダルデータによる車の乗車感の定量化

そのほかにも脳科学に関連した様々な事業開発に取り組んでおり、そこではMATLABをフル活用しています。関数がリッチで複雑な処理が一行でできるMATLABは、私のようなコンサルタントだけでなく、プログラミング自体を目的にしていない企業の研究開発担当者・技術者には最適です。

MATLABによるデータアナリティクス https://jp.mathworks.com/solutions/data-analytics.html?s_eid=PEP_20166

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