


アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社
デジタル・トランスフォーメーション本部
本部長 シニアマネージャー
広橋 さやか氏
最新のクラウドサービスで
モノづくりはここまで変わる
最新テクノロジーを駆使して、モノづくりを変革する動きは既に実験段階から本格適応段階へシフトしている。巨額の投資を必要とせずに、クラウドサービスとして最新のデジタルテクノロジーを活用できるようになったからだ。アマゾン ウェブ サービス ジャパンの講演では、製造・生産現場におけるデジタル化の動向がその活用例とともに解説された。
DXでQCDを飛躍的に向上させる
世界中で、多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいる。その中で製造業がDXに取り組む意義はどこにあるのか。「それは、QCD(品質・コスト・デリバリー)を飛躍的に向上させて、競争優位性を確立することです」とアマゾン ウェブ サービス(AWS)の広橋 さやか氏は指摘する(図1)。

図1 製造事業者がDXに取り組む意義
クラウド、IoT、AIなどの技術を用いて、QCDを向上し、競争優位性を確立する
その一例が、青森市で業務用冷蔵冷凍庫の製造・販売を手がける大青工業だ。同社は、農水産事業者に大型冷蔵冷凍庫を納入し、その後のメンテナンスも請け負っている。しかし、これまでは顧客からの連絡で設備の故障や異常を知ることがほとんどだった。その結果、夏場はメンテナンスの依頼が集中し、作業員の確保もままならない状況だったという。
そこで、この状況を改善するために新システムを構築することを決断。冷蔵冷凍設備に各種センサーを取り付け、そこから取得したデータから稼働状況を遠隔監視することで、リアルタイムに異常を検知するシステムをAWS上に構築した。
センサーで取得した監視・制御データを機械学習技術によって学習し、故障の予知を捉えて作業者のスマートフォンに通知する仕組みである。システム基盤としてクラウドを採用しただけでなく、データベースや機械学習、監視・制御データの蓄積基盤といったクラウドサービスを組み合わせている点も大きな特徴だ。
このシステムの稼働によって、冷蔵冷凍庫内の商品が深刻なダメージを受ける前に作業者が現地に駆け付けて対策を打つことが可能になった。新システムは、1990年代に数百万円かけて構築した遠隔監視システムの代わりとなるもので、10分の1以下のコストダウンを実現したという。
「大青工業様のように、製造事業者が競争優位性の高い製品やサービスを開発する際にはクラウドサービスを駆使することが必須な時代となっています」と広橋氏は指摘する。
従来は最新のデジタルテクノロジーを活用するには巨額な投資が必要だったが、クラウドサービスとして導入すれば初期投資が不要な上に、低額の従量料金で利用できるからだ。しかも、オンプレミスのシステムと異なり、サービスの提供中でもシステムのパフォーマンスを柔軟にスケールアップ&ダウンすることが可能だ(図2)。

図2 クラウドサービスを利用するメリット
オンプレミスのシステムでは得られない多種多様な価値が生まれてくる
巨大ネット通販のイノベーションを支える仕組み
そもそもAWSは、ネット通販の最大手である米アマゾン・ドット・コム社内のビジネス課題を解決するために生まれたITインフラストラクチャのノウハウを基に、創設された。
インターネット書店として1994年に創業したアマゾンは、取り扱う商品を増やすとともに、顧客の使い勝手を高めるために継続的にシステムを改善してきた。「新しいテクノロジーをいち早く採用することで、顧客体験を向上してきたことがアマゾンの強みになっています」と広橋氏は語る。AWSは、モノリシックの巨大な基盤で構成されていたアマゾンのシステムを、マイクロサービス化したAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)で利用できる基盤に作り替え、ビジネスをさらに加速させていった。
「アマゾンのビジネスで裏打ちされたテクノロジーやノウハウ、スキルを利用してもらえば、外部の人たちもビジネスのアジリティー(俊敏性)を向上できるのではないだろうか――。こうした思いが動機となって、2006年からAWSがアマゾンの基盤をクラウドサービスとして外部へ提供するようになりました。そして、あらゆる組織のシステムをサポートするために絶えずサービスを拡大してきました」(広橋氏)
現在は165以上のクラウドサービスを提供しており、これらを組み合わせるだけでも多様なアプリケーションの構築が可能だという。新しい機能のリリースも頻繁で、2018年には1957もの新機能を投入している。
失敗のコストを最小限に抑えられる
近年に開発された新サービスの中でも、製造業のDXに大きく関連するのが、AI(人工知能)技術の一種である機械学習だ。広橋氏は「機械学習は、これからの製造業の変革には欠かせない存在となるでしょう」と述べる。
アマゾンは過去20年間、継続的に機械学習に投資してきた。現在は「AWS Machine Learning Services Stack」として、API経由で最新の機械学習技術を体験できる「AI Services」、機械学習のプロセス全体を支援するマネージドサービスの「ML Services」、機械学習に必要なフレームワークと計算基盤を提供する「ML Frameworks & Infrastructures」など、様々な階層の利用者に向けて多種多様なソリューションを提供している。
2017年には、機械学習を活用したアプリケーションの開発効率を飛躍的に高める「Amazon SageMaker」も投入している。このソリューションは、機械学習モデルを短期間で簡単に構築・トレーニング(学習)・デプロイできるようにするためのマネージド型プラットフォームで、企業が機械学習を導入する際の様々な課題を解決することが特徴だ。
先に紹介した大青工業も、このソリューションを活用しているという。さらに、自動車やスマートフォン、生産設備、IoTデバイスなどのエッジデバイスで機械学習を活用するためのソリューションも提供している。クラウドで学習したモデルをエッジデバイス上で実行するための各種機能を提供する「AWS Greengrass ML Inference」(以下、Greengrass)である。
エッジとクラウドが連携する「エッジコンピューティング」は、自動運転や生産ラインの制御など、処理の遅延が許されないようなアプリケーションに欠かせない存在で、製造業から大きな注目を集めている技術だ。
既にGreengrassを活用してエッジコンピューティングを実現している企業も多い。農機・建機の大手メーカーであるヤンマーもその1社だ。
同社は2017年に、次世代施設園芸システムの確立に向けたテストベッド「YANMAR IoT Smart Greenhouse」を滋賀県米原市に構築。この施設の中には、温度や湿度など様々な環境データを取得するセンサーが組み込まれており、Greengrassを実装したエッジデバイスがセンシングデータを分析する。分析結果を活用することで、必要量の水やりを自動化することが可能になった。カメラで撮影した画像から、作物の検出や成熟度の判別をエッジで行うような仕組みも備えているという。
ヤンマーをはじめ、なぜ多くの企業が短期間で新しいサービスや事業を展開できるのか。それはAWSの本質が「ビルディングブロック」だからだと広橋氏は説明する。
「あたかもブロック玩具で建築物を作るように、各種のクラウドサービスを組み合わせるだけでも最新テクノロジーを活用したシステムを構築できます。それにより失敗のコストを最小限に抑えられるのです」(広橋氏)
革新的な製品・サービスを生み出す際には失敗はつきものだ。このため、膨大な初期投資が必要なオンプレミスのシステムでは、失敗のコストが高くなるので慎重にならざるを得ない。しかし、クラウドであれば低コストでプロトタイプを作ることが可能だ。うまくいかなければサービスの利用を停止するだけでよい。その間に必要なのは、サービスを使った分の課金だけで済む。
「製造業でDXを成功に導くカギ――。それは現場の声を取り入れながら、継続的にPDCA(計画・実行・検証・改善)サイクルを回していくことです。当社も日本企業のDXの成功に向け、様々なサービスやサポート体制の強化を図っていきます」と広橋氏は最後に強調した。



東京大学 未来ビジョン研究センター
シニア・リサーチャー
兼 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
アドバイザー
兼 農業・食品産業技術総合研究機構
アドバイザー
小川 紘一氏
モノづくりにおける価値形成が
サイバー空間へシフトする時代が到来
基調講演には、東京大学の未来ビジョン研究センターでシニア・リサーチャーを務める小川 紘一氏が登壇。モノづくりの価値形成が企業内からサイバー空間へシフトしている状況を解説した上で、日本企業が反転攻勢に出るための戦略を指南した。経営環境が劇的な変化を遂げる中、未来の勝ち残りに向けて日本企業が打つべき手とは何なのだろうか。
価値形成の場が社内からサイバー空間に移行
「現在、デジタル技術によって新たなイノベーションが次々に起こり、グローバル市場の産業構造が一変しました。これはまさに100年に一度の経済革命といえるでしょう」と東京大学 未来ビジョン研究センターの小川 紘一氏は指摘する。
この象徴が最初に現れたのが1990年代。米IBMや独シーメンス、蘭フィリップスなど1980年代までに隆盛を極めていたハイテクメーカーが90年代に衰退したことだ。2000年代に入ると、世界を席巻していた日本の電機メーカーも同じ憂き目に遭った。
「製造事業者は従来、製品設計・生産や販売を含むすべての価値を自社内だけで創り出してきました。しかし、1990年代に産業構造が変わると価値を創り出す場が企業の外のオープンなエコシステムへシフトしてゲームチェンジが起きたのです。21世紀の現在では、価値を創り出す場がさらにサイバー空間へシフトし、非常に多くの産業でゲームチェンジが起き始めています」と小川氏は説明する。
それでは、こうした劇的な変化の中で企業は勝ち残るためにどんな手を取るべきなのか。そのカギとなるのが「オープン&クローズ戦略」だという。
「オープン」とは、製造業のグローバリゼーションを積極的に活用しながら、世界中の知識・知恵を集めるとともに、自社・自国の技術と製品を戦略的に普及させる仕組みづくりを指す。一方の「クローズ」とは、価値の源泉として守るべき技術領域を事前に決め、これを自社の外あるいは自国の外へ伝搬させない仕組みづくりである。
その好例といえるのが、米アップルのiPhoneだ。iPhoneの成功には、日本企業の基礎技術と材料・部品が大きく貢献している。にもかかわらず、iPhoneから得られる利潤の大半がアップルに集中している。「こうした構造になっている理由は、クローズ領域を背後に持った上でオープンイノベーションを徹底しているからです」と小川氏は語る。
同社は、iPhoneの競争優位性を創出しているOSやスマートフォンのデザイン、ユーザーインタフェースなどのコア技術をクローズにしている一方で、同社が設計した部品は知的財産権を持った上で生産を外部のエコシステムパートナーへ委託し、オープン調達している。つまりiPhoneにかかわるビジネスの仕組みやエコシステムの構造を、オープン&クローズ戦略で自社優位に事前設計しているというわけだ。
IoTで蓄積する膨大なデータが強みに
こうした中、日本企業が反転攻勢に出るにはどうすべきなのか。小川氏はその方向性を6つ示す。
まず1つ目は、日本の/自社のモノづくり力を維持・強化すること。これが大前提となる。2つ目がデータ主権を武器にすることだ。IoTの実用化が進みつつある現在、モノやアセットから製造事業者は膨大なデータを収集できるようになった。これらのデータから新たな価値を創出できるため、今後はこうしたデータ主権とデータへのアクセス権が大きな武器になるという。
3つ目が、データ主権を守る仕組みを作った上でサービスプラットフォームを構築することである。例えば、トヨタ自動車とソフトバンクが共同でMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)のプラットフォームづくりに取り組んでいるのが、この具体例だ。
そして4つ目が、データとサービス情報に対するオープン&クローズ戦略だ(図)。「クローズにする領域を事前に設計した上で、データを取得するためのAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)を公開するような取り組みが、これに該当します」と小川氏は説明する。

図 オープン&クローズ戦略のイメージ
価値を形成する場が企業内からサイバー空間へシフト。クローズする領域をあらかじめ設計した上でデータをオープンにする取り組みが成功のカギになる
5つ目は、製造業で進むオープン化の潮流を積極的に取り込むことである。例えば、ドイツが国を挙げて推進するインダストリー4.0の「オープン管理シェル」がつくる市場へ先手を打って出ることがその一例だ。そして最後に6つ目が、サービスプラットフォームをオープン化すること。プラットフォーム経由でネットワーク効果を創出することで、市場を拡大させることが可能になるからだ。
最後に小川氏は「様々なことが劇的に変化する現在、未来を予測することは簡単ではありません。しかし、不透明だからといって何もしないのは逆に大きなリスクになります。日本企業の未来を予測する最善の方法は、自らの手で未来をつくり出すことなのです」と語った。



ダイキン工業株式会社
空調生産本部 滋賀製造部長
小倉 博敏氏
ダイキン工業のマザー工場に学ぶ
改善を継続させる仕組みづくり
イベントを締めくくる特別講演には、グローバルに空調・冷凍機のビジネスを展開するダイキン工業の小倉 博敏氏が登壇した。同氏が在籍する滋賀製作所は、ダイキン工業のマザー工場に位置付けられる。滋賀製作所では生産現場の改善活動をどのように行うことで、モノづくりを進化させてきたのか。本講演ではその歴史が紹介された。
TPSをベースとした独自の生産方式を確立
ダイキン工業が主力事業としているルームエアコンの需要は季節変動が激しい。
「ゴールデンウイークを起点として需要が増えてきて、お盆を過ぎると急激に下がる。その変動幅は実に3~4倍にもなります。つまり、繁忙期に合わせて生産設備を整えると、閑散期には過剰な生産能力を抱えることになるわけです」と同社の小倉 博敏氏は話す。
滋賀製作所を設立した1970年のころは、単一の製品をできるだけ大量に生産するロット生産体制を敷いていた。当時は、半日、1日単位で同じ機種を作っていたという。しかし、これでは顧客の需要の変化に柔軟に対応することは難しい。そこで、1978年に独自の生産方式「PDS(Production of DAIKIN System)」を導入して、多品種混合生産に取り組み始める。
PDSは、トヨタ生産方式(TPS)にエアコンの生産特性を加えて改良したシステム。TPSと同様に「自働化」と「ジャスト・イン・タイム(JIT)」を2本柱としており、「売れるモノを売れる時に売れるだけつくる・届ける」ことを目指した生産方式だ(図)。

図 ダイキン工業の生産方式「PDS」の2本柱
モノづくりに潜んでいるあらゆるムリ・ムラ・ムダを「見える化」して、新たな問題点を見つけて改善につなげる
1987年には、製造業の生産性向上のためのマネジメント手法である「TPM(Total Productive Maintenance)」を導入した。TPMは、生産システムのライフサイクル全体を対象として、あらゆるロスを未然に防止する仕組みを現地現物で構築する取り組み。トップから現場までの全員が参加する小集団活動でロスを防いでいくことが特徴だ。主に、PDSの柱の1つであるJITを下支えする役割を担う。「導入当初は『作業のムダ』を排除することに注力していました。1990年以降は、この活動を進化させ、『動作のムリ・ムダ』や定量的判断が難しい『心理的な負担』を排除することにも取り組んでいます」と小倉氏は説明する。
TPMの一環として、1991年からは「改善留学」と名付けた現場力を高める為の仕組みを作り社内教育プログラムの一環として本格運用を開始した。若手社員が日々の業務を離れて、ベテラン社員で構成される「カイゼンチーム」に社内留学する制度だ。PDCA(計画・実行・検証・改善)のサイクルを素早く回すために、約1カ月の座学で基礎的知識を習得し、改善に必要な技術・技能を学んだ後、1つの改善テーマを任されて約4カ月をかけて結果を出すという取り組みだ。
困った状態をつくることが人材育成のカギに
同社は2010年度以降、売上高と営業利益の双方を右肩上がりで伸ばしており、2018年度には過去最高の実績を上げている。近年の好業績を支えているのが、1999年に導入した「ハイサイクル生産」である。
ハイサイクル生産とは、生産計画の立案から製品出荷までの管理サイクルを速く回すための取り組み。具体的には生産計画を立案する日数を従来の15日分から3日分にまで短縮。月の半ばに翌月初めの15日分の計画を立案する体制から、週末に売れた分を翌週の生産計画に反映できるようにして、最小の在庫で市場の動きに追随できる体制にした。
小倉氏は「グローバルにビジネスを展開する当社にとって、マザー工場の役割は大きく3つあります」と語る。①グローバルにおける最適生産体制を確立すること、②開発力、生産力(コスト力)、品質力、調達力を高め、競合他社と差別化できる技術を作り、蓄え、それをいち早くグローバル拠点に展開すること、③グローバルでの人材育成(人材力)――の3つだ。人材育成については「常に困った状態をつくることが大切です」と強調する。改善のニーズがないところでは、改善活動が進まないからだ。
「改善によって現場を“見える化”し常に課題を顕在化させて、さらなる改善活動を行う――これらのこだわりが、継続的な改善と人材育成に結び付くのです」と小倉氏は語った。
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