中小企業では、限られた人員と予算の中でデジタルトランスフォーメーション(DX)を考える必要がある。ITの導入が遅れ、未だに電卓や電話、ごく簡単な管理システムで業務を進めている企業も少なくない。そうした中小企業が低コストかつ短期間でDXを成功させた好例として、ハマヤ(京都市)を取り上げる。最初はITを拒絶していた従業員たちにDXの価値をどう伝え、自らDXに取り組む組織へと変えていったのか。その過程を追う。

ITベンチャーから転職。電卓と電話、FAXの世界に驚く

ハマヤ
若井 信一郎 氏

ハマヤの創業は1972年。京都で50年間続く手芸用品の卸小売事業者だ。全国のメーカーから1万点以上の商品を仕入れ、関西を中心に小売店や卸業者に販売している。その4代目を継ぐことになった有川祐己氏と執行役員の町田大樹氏は、旧態依然として効率の悪い業務フローを刷新するため、クラウドを前提とするDXを考えていた。

2018年ごろ、大阪のデジタルマーケティング会社でITエンジニアをしていた若井信一郎氏のもとに突然、町田氏からFacebook経由で連絡が入る。それから1年ほど、若井氏は社外協力という形でDXのアイデアや企画を話し合った。2019年に大阪の会社を辞めてハマヤのCTOとなり、DXの取り組みをスタート。ハマヤはITを推進する部署「クリエーション事業部」を立ち上げる。

「非常にアナログな会社で、PCがほとんど使われていない状態でした。メインは仕入れや在庫、販売などの管理業務ですが、電卓と電話だけで業務を進め、FAXが使えれば良い方といった状態です。社員からはITは嫌いだと言われました」(若井氏)。デジタルマーケティングの世界から来た若井氏にとって、想像もつかない世界だったという。

使用していた管理表はほぼすべてが手書きで管理されていた

若井氏はITの導入について説明したが、当時の経営陣にはなかなか理解してもらえず、「予算ゼロならやってもいい」と言われたという。若井氏の行動原則は「最小の労力で最大の効果」だ。まずは、従業員一人ひとりをヒアリングし、業務の流れと内容、業界の仕組みなどを把握するところから始めた。各業務にどれだけの時間と労力がかかっているかを洗い出し、どの業務を改善すればどれくらいの工数の削減が見込めるかを計算しながら、業務ごとに重みづけした。

1時間で作ったシステムで年間570時間の業務を削減

ITは嫌いだと言い、変化を望まない従業員や経営陣を前に、どうDXへの理解を促すか。「それには具体的な成果を見せて納得してもらうしかありません」(若井氏)。

若井氏は従業員へのヒアリングの後、最小の労力で最大の効果を生み出せそうな業務を1つ選んだ。それはECサイト関係で、商品番号をECサイト上のデータと突き合わせるというもの。担当者が2種類のExcel表を紙に印刷し、手作業でチェックしていた。

若井氏は、必要な商品データをExcelからCSVで抽出し、無料で使える「Google Workspace」のスプレッドシートに入力して自動的に突き合わせるシステムを作成。1時間以内で作った簡単なものだったが、効果は絶大。年間570時間の工数削減につながったという。

「Google Workspace」のスプレッドシートで作成した実際の管理表

「無料で使える簡単なスプレッドシートでも、これだけのことができる。その事実を皆さんに見てもらうことができました」(若井氏)。まさにコスト0円のDXだが、効果はてきめんだった。論より証拠。ITの力を目の当たりにした従業員たちは、若井氏の仕事に関心を持ち始めた。

続いてやはり担当者が手作業でやっていた競合サイト分析を自動化する仕組みを構築。競合他社の調査を基に販売価格や商品ラインナップを最適化し、EC部門の売り上げを150%押し上げた。

その後も、少ない労力で高い効果が得られるものから順次Google Workspaceを使って業務の自動化を進めていった。こうなると、周囲の見る目が変わってくる。DXの取り組みに興味を持った従業員から「うちの部署もやってほしい」と相談が来るようになった。やる気のある従業員には、若井氏がITの知識やプログラミングを教え、簡単な自動化を自身で実現できるようにしていった。「ITへの理解度はぐんぐん上がり、変革が加速していきました」(若井氏)。

データ分析による業務効率も改善している。例えば、営業部門の顧客訪問管理だ。これまでは、売上目標と顧客への訪問回数を担当者の経験的な勘とノウハウで管理してきた。若井氏らは顧客ごとに売り上げと利益、コンタクトや訪問回数などをデータで分析するCRM(顧客関係管理)システムを構築。顧客ごとにどのような可能性が期待できるか、自社にとって無駄な工数を払っていないか、どのくらいのサポートが必要になるかなどを可視化した。過剰な訪問を抑制し、よりサポートが必要な顧客への対応を強化することで、営業活動の生産性を高めている。

若井氏が入社してから作成したシステムは100種類を超えた。

対外的なコンサルティング事業を開始

ハマヤでは、有川氏、町田氏、若井氏の3人が中心となり、業務のDXが進んでいく。話は社外にも伝わり、さまざまな企業から問い合わせが来るようになった。クリエーション事業部では、外部向けのコンサルティングやシステム構築を請け負うDX支援事業を立ち上げた。

この事業では、中小企業のIT事業の立ち上げやIT人材の採用などをサポートする。社内のリソースだけでなく、若井氏の大阪時代のネットワークを生かし、外部への業務委託やパートナーの力を借りながら、プロジェクトごとにチームを組織して対応している。

いまは中小企業を中心に、30社ほどのクライアントを抱えている。クラウドサービスを活用すれば、ごく小さな投資でも売り上げや利益にインパクトを与えることが可能だ。資金や人材が限られる中小企業だからこそ、DXの価値は高い。

若井氏によれば、DXの成功に欠かせない要素は2つある。1つは、「従業員の理解」だ。そのためには、従業員が最も苦労している業務からDXを実現していく。「小さくても早く効果が出るものでDXの価値を伝え、従業員の理解と協力を得ていきます」(若井氏)。もう1つは、責任者の覚悟。「トップが変わろうと本気で思っていなければ、DXはなかなかうまく行きません」(若井氏)。業務を大きく動かすには、経営トップの力が必要になる。「トップが危機感を持っている企業のDXは速い」と若井氏は語る。

ハマヤは低コストで進めた独自のDXにより、「全国中小企業クラウド実践大賞大阪大会」(2020年)において「クラウド実践奨励賞」を受賞した。

DXを支えるCTOにとって最も重要な役割は何かと問うと、若井氏は「ITの可能性をわかりやすく見せて、士気を上げることです」と答える。DXは1人ではできない。従業員の理解と協力があってこそ、組織は動き出す。DXの推進に向けたヒントがここにある。

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