データドリブンなアプローチで事業課題を解決 日本郵船が目指すDcXのあり方

日本郵船株式会社 専務執行役員 技術本部長 小山 智之氏 × インテル株式会社 代表取締役社長 鈴木 国正氏

1885年の創立以来、荒波に抗して日本の海運業界をけん引してきた日本郵船。しかし今、海運業界は厳しい状況下にある。その難局を打破するために力を入れる分野が、DX(デジタルトランスフォーメーション)だ。世界で最も古い産業の一つともいわれる海運業は、「陸に比べて海はデジタル化が遅い」とも言われてきた。そんな中、積極的にDXに取り組む日本郵船の狙い、そしてその方法論とは。CIO(最高情報責任者)を務める専務執行役員 技術本部長の小山智之氏とインテル 代表取締役社長である鈴木国正氏の対談を通して紐解いてゆく。

最適運航プロジェクトで燃料費を約600億円削減

インテル 鈴木社長(以下、鈴木):日本郵船様は1885年に設立され、海運業界をけん引している伝統ある企業です。若い頃、横浜の日本郵船ビルを訪れたのですが、ギリシャ神殿のような荘厳な佇まいが強く記憶に残っています。

日本郵船 小山専務執行役員(以下、小山):ありがとうございます。日本郵船は“Bringing value to life.”を基本理念に掲げ、モノを運んで社会を支えています。また、当社の持続的な成長を実現するためにも、ESG(環境・社会・ガバナンス)の経営戦略への統合をすることで、事業活動を通じた企業価値と社会価値の双方を創出していくことが必要。昨今のコロナ禍でも歯を食いしばって食料・原燃料や医療物資を途切れることなくお届けしています。ESGのS (Social)です。

外航海運は、どの国のどの船でも参入でき、競争が非常に激しい。また、各国の貿易政策や景気などにより運賃も大きく上下します。近年では船員の多くが外国人化し、商船の大半が日中韓で建造されるようになり、海運ハードのコモディティ化が進んでいます。その中で生き残るために着手したのが、デジタルデータを活用した運航の差別化です。

鈴木:ハードのコモディティ化は多くの業界にとって課題です。インテルではその解決の一端として、データ活用を中心に据えたデジタル変革であるDcX(データ・セントリック・トランスフォーメーション)を提唱しています。日本郵船様のデータ活用は、どこから着手されたのでしょうか。

小山:燃料費の削減からです。私が入社した頃の燃料費は1トン約80ドルでしたが、一番高いときには700ドルを超えました。特に、2011年に始まった原油高騰は経営に大きなインパクトを与えました。船舶が使う燃料を減らすには、運航の効率化が欠かせません。例えば日本~ロサンゼルス航路でもルートは数多く存在します。気象・海象、船舶のスペックや速度・エンジン回転数などはもちろん、到着後すぐに着岸して荷役するための港湾スケジュールなど、様々なデータを考慮して、最適な航海時間とルートを計画します。効率化には、個人の経験に頼るだけではなく、客観的なデータを蓄積して共有する必要があります。

鈴木:その実現に向けて動き出したのが、船舶運航データを収集し、船陸間で共有するシステム「SIMS*1」を活用した最適経済運航「IBIS*2プロジェクト」ですね。

小山:はい。「SIMS*1」から送られてくるデータをLiVE*3というシステムで可視化。陸上の運航担当者と船長に速度やエンジンの回転数、ルートを提案します。陸上のトラックに例えると、運転をモニターしてルートを指示、エンジンを吹かしすぎたり、スピードを出しすぎた時にアラートを上げる仕組みです。こういった積み重ねが、燃料コストの大きな削減に繫がり、2012年度から14年度までに、約600億円の燃料費を削減しました。別の見方をすると温室効果ガスの排出の削減で、ESGのE(Environment)ですね。現在はエンジンや機器類の数値をリアルタイムに収集し、稼働状況を可視化してトラブルの発生前に整備できる体制を構築中です。

鈴木:小山専務は、船長としても活躍されていました。船の運航現場の責任者として、陸上からデータを基に指示されるのは、どのようなお気持ちでしょうか。

小山:かつては船長に運航の指示を出すことはありえない話でした。というのも法的には船長が船舶運航の最高責任者。船長がNOと言うことは誰も覆せない。こうした風土を変えるため、データを活用して、船長にも船員にも会社にも、ひいては社会全体にベネフィットがあることを共有しました。

鈴木:DXを上から押し付けるのではなく、データを使って現場や社会の課題をどうやって解決するのかというところから始まっているのですね。

小山:おっしゃる通りです。我々は事業課題の解決のために、データを活用しています。そのために、雑多なデータを解析可能な形に整えるデータ活用インフラを先ず作りました。次に業務手順を整理する。我々はこの真っ最中です。そして、全ての社員がデータ活用のメリットを実感し、各自がデータから新しい価値を生み出す。これが今後目指す目標です。

鈴木:目標に向けて、どのような取り組みを行っているのですか。

小山:社員の意識改革と教育です。実際にデータを扱って感じたのは、外からデータサイエンティストを雇っても上手くいかないこと。海運業ではExperts in the loopと言って事業部での知見・船舶運航の経験や造船の知識を持った社員がデータを扱わないと、価値を生み出すことはできません。日本郵船の社員にデータドリブンな考え方を学んでもらい、海運ビジネスと船舶ハードの両方が分かるミニデータアナリストを目指してもらう。手始めに、デジタルアカデミーを立ち上げて、デジタルネイティブでイノベーティブなリーダー育成を始めています。

図:「IBISプロジェクト」により燃料費の削減を実現 燃料費約600億円を削減(2012~14年度)

異業種からの共創も狙い 業界全体でデータを共通化

鈴木:日本郵船様は、(株)シップデータセンターが立ち上げた「IoS-OP(IoSオープンプラットフォーム)」のコンソーシアムの中核メンバーとして(2018年から)参画し、企業の枠を超えてデータを共有することで、大きな価値を見い出そうとしています。

小山:非常に珍しいチャレンジです。「IoS-OP」では、船社や造船所など、データの収集・活用に関わるステークホルダーそれぞれの役割を整理して、目的・責任・義務を明確化し、データの流通ルールを定めました。この取り組みで特に難しいのは、データフォーマットの標準化です。船舶は様々な造船所で造られており、多くのエンジン・舶用機器メーカーの部品が使われています。その結果、データの呼称や単位がバラバラでした。これを統一するため、日本の主導でISO(国際標準化機構)に提案してデータの国際標準化に取り組みました。大変な作業ですが、標準化して公開すればメリットも大きい。スマホのアプリのように、様々な人がアイデアを出し、より便利な仕組みを提供してくれます。海運だけでなく、いろいろな業界にとってもビジネスチャンスになります。

鈴木:具体的には、どういった業界に利益があるのでしょうか。

小山:エンジンメーカーや造船所は海上での実運航データを欲しています。風、波、海流など不規則に変化する外部環境下における船の挙動や性能は十分に解明されていない部分もあり、実海域データ解析による高効率船型や機関の開発が期待されています。

鈴木:貨物の積み込みにも活用できそうですね。「ワインは船舶の腹に入れて運ぶ」などは有名な話ですが、今まで経験値から導き出されていたものが、データでより緻密になる可能性が高い。

小山:そうですね。揺れによる加速度・衝撃や温度・湿度の変化等のデータ解析と気象データを掛け合わせることにより、貨物の安全と船のスケジュールをバランスよくさせた最適積み付け・航路選択が可能となります。

鈴木:損害保険の考え方も変わるのではないでしょうか。

小山:保険業界も我々のデータ活用を注目しています。まだ具体的な保険商品は出ていませんが、お話を続けています。

鈴木:想像しないような、全く畑違いの業界がデータを活用する可能性もありそうですね。

小山:それを期待しています。自動車産業がIT業界と組んで自動運転技術を開発する連鎖を起こしたように、海運業界でも異業種とのマッチングでイノベーションを起こしたい。

鈴木:「シップデータセンター」のサーバーにも「インテル® Xeon® スケーラブル・プロセッサー」を採用していただいているように、インテルの半導体は多種多様な業種・業態のお客様に利用いただいています。マッチメイキングハブとして、様々な企業を中立的な立場で繫ぐといった部分では何かお手伝いができるかもしれません。また、今後、力を入れていくAI・5G・インテリジェントエッジという3つの分野でも、日本郵船様のDX支援ができそうです。

小山:3分野の中では、特にAIの力添えを期待します。今は、「SIMS*1」のデータを人間のエキスパートが判断していますが、いずれはAIを活用したいですね。データがあるだけでは、どこを解析すれば良いのかが分からない。当面はエキスパートの判断を教師データとして、AIを鍛えていきます。

*1「SIMS」:Ship Information Management Systemの略称。運航船のエンジン系と航海系のデータを集約して衛星経由で送信する。*2「IBIS」:Innovative Bunker and Idle-time Savingの略称。燃料消費量の節減のため、最適な航海や荷役計画を策定し、評価する。*3「LiVE」:Latest Information for Vessel Efficiencyの略称。SIMSデータを関連する他データと併せて表示するポータルサイト。

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