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先般公開された経済産業省「DXレポート」では、国内企業のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)を阻害するリスクを「2025年の崖」と題し、レガシーシステムの技術的負債とIT人材不足を指摘するとともに、DXが進まない場合の経済損失を最大12兆円/年と算出している。特にIT人材不足は深刻で、このままでは2025年時点で43万人規模の不足が生じるとの予測が示されている。国内企業のシステムをクラウド活用したマイクロサービスへ移行しDXを推進していくのと同時に、IT人材の育成も非常に重要な施策となる。「2025年の崖」に真剣に向き合い、一気にデジタル企業に生まれ変わるために、企業が直面する課題と、その解決に向けた“あるべき姿”について、経済産業省の中野剛志氏、EYアドバイザリー・アンド・コンサルティングの白井隆氏、日本マイクロソフトの田村元氏が迫る。

経済産業省 商務情報政策局
情報技術利用促進課(ITイノベーション課)
課長

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
テクノロジー部門 パートナー

日本マイクロソフト株式会社
Dynamicsビジネスアプリケーション統括本部
業務執行役員 統括本部長

最大12兆円/年の経済損失、
43万人のIT人材不足を招く「2025年の崖」

中野 日本企業において多くの経営者が、将来の成長や競争力強化のために、AIやIoTといったデジタル技術を活用し、新たなビジネスモデルの創出や業務プロセスを変革するDXの必要性を理解しています。しかし、日本企業ではDXへの取り組みがなかなか進んでいないのが現状です。なぜ、進まないのか?日本企業にアンケートを行った結果、「レガシーシステムが障害になっている」との回答が7割近くあった一方で、「レガシーシステムを保有していない」との回答は2割以下でした。レガシーシステムの刷新には莫大なコストと時間、そして大きなリスクを伴います。だからといってこのまま放置しておいた場合の社会的損失は計り知れません。

私も作成に携わった『DXレポート〜ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開〜』において、このままでは2025年には基幹システムを21年以上使っている企業が6割を占めるようになり、IT予算の9割以上がシステム維持管理費のために費やされると予想しています。また、IT人材不足が43万人に拡大し、保守運用の担い手不足によりシステムトラブルやデータ滅失等のリスクが高まり、2025年以降、最大12兆円/年(現在の3倍)の経済損失を招く可能性があると指摘しています。

超高速かつ大容量、低遅延の通信を実現する5G(第5世代移動通信システム)の商用化が2020年に見込まれており、データを活用できるシステムと老朽化したシステムを使うことによる競争力の差はますます大きくなると考えられます。2020年代前半が日本企業の将来を左右する大きな転換点になるとの危機感がDXレポートの背景にありました。

白井 DXレポートは私も拝見させていただきました。非常に示唆的なレポートであり、日本企業のDXに関する課題や方向性がよくまとまっています。コンサルティングをしている現場で感じることは、まだ何かしらのトリガーをもってレガシーシステム刷新のプロジェクトが開始されることが多いということです。現行システムのDBやアプリケーションの保守切れがきっかけで絶好の機会なのでレガシーシステムを刷新してDX化を推進させようと。例えば、SAP ERPのサポート保守切れ(2025年問題)への対応があります。SAP ERPを導入している企業は、2025年までに今のバージョンから次のバージョンに移行するか、別の選択肢を選ぶか、早いタイミングでの決断が求められています。この決断を鈍らせている要因の1つが、アドオンの追加やカスタマイズを繰り返したことで、既存システムが複雑化・ブラックボックス化しているということです。どこに影響が出るのか全くわからないため手を入れにくいことに加え、次世代システムへの移行には多くのコストと時間を要します。

田村 中野さんから、2025年にはIT予算の9割が維持管理費にあてられるとの試算についてお話がありました。IT予算のうち1割しか投資にまわせない状態では、投資の議論ではなく費用縮退の議論が中心になります。デジタル社会が進展していく中、IT投資にかける予算がどんどん少なくなることで競争力がそがれてしまうことに対し、多くのお客様が危機感を抱いています。近年、お客様は費用縮退ではなく、維持管理コストを極限まで削減し、その分を成長分野に投資するといった観点を重視する傾向がますます強まっています。そうしたお客様は移行先としてクラウドに対し大きな期待を寄せられています。

レガシーシステムの単なる移行ではなく、
今後の事業活動を支えるプラットフォームの選択

白井 日本企業の問題点は業務をERPパッケージに合わせるのではなく、業務のニーズに応えてカスタマイズを繰り返してきたという点です。その結果、複雑化・ブラックボックス化によりレガシーシステムからの脱却を困難にしています。新しいシステムでは、グローバル展開も視野に入れ、導入・運用・保守コストの抑制や業務の標準化を図るべく、グローバルスタンダードのパッケージに業務を合わせることが重要になると考えています。また変化に対応できるプラットフォームであること、新技術へのキャッチアップ、サイバー攻撃を防ぐ強固なセキュリティ、グローバルビジネスに欠かせない各国規制への対応など、様々な条件をクリアし続けていくことを考えると、クラウドへの移行は有力な選択肢となります。

ソリューションもERPだけでなくAIやRPAなど複合的になってきており、その活用に関しても単純に自動化するのではなく、業務の最適化と合わせて取り組むことで効果の最大化を狙うケースが多くなっています。IT全体のアーキテクチャーをどう考えるかも非常に重要です。いままでのようにERP+アドオンではなく、ERP+API+Microservice+PaaS+SaaS+Hybrid Cloudと適材適所の構成を考えることがより重要になってきています。私たちアドバイザリー系コンサルティングファームに求められているのは、各部品のテクノロジーの知識やノウハウだけでなく、DXによる企業の未来像やシステム全体のアーキテクチャーを描くといった構想を支援することです。

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティングでは、組織横断的なデジタルのグループがあり、様々なDXの取組や、マイクロソフトやSAPなどとのアライアンスを重点的に行っています。

田村 2025年に向けてレガシーシステム刷新に取り組もうというお客様は、今やっていることを置き換えるのではなく、事業活動を行うプラットフォームとしてどうあるべきかという視点を重視されています。その有力な答えの1つが、クラウドであるという点は私も白井さんと同じ考えです。またオンプレミスのERPからクラウドのERPへの移行は、現実の課題だけでなく、これから起こりうる課題の解決を視野に入れることが重要です。例えば、5Gにより爆発的に増えるデータを一元的に管理しスピーディに活用できるかどうか。また日本において労働生産人口が減少していく中で、ホワイトカラーの単純な間接業務を自動化するRPA(Robotic Process Automation)はもとより、業務プロセスそのものの整流化とオフィスのオートメーションを推進する新しいERPが求められています。

「新規事業の準備段階でのトライ&エラーを手始めに、新規事業のためのシステムだけをクイックに構築したい」、「マージンの違う商材のなかで、高付加価値高マージンのビジネスと、極力手をかけず、かつ顧客満足度も維持できる低マージンのサービスを両立しつつお客様にお届けするための仕組みを再構築したい」など、お客様の経営層から「ビジネス上のチャレンジに対し、マイクロソフトは何ができるのか」とったお話から議論が進んでいくケースが増えています。

中野 システムをどう変えるかは各社それぞれが決めるべき事柄ですが、共通する方向性はあると思います。まず膨大なデータを管理し活用できることがベースとなります。また機会を逸することなく次々と新しいサービスをリリースできる高いアジリティ(機敏性)が必要です。そのためには、最初に仕様をしっかりと決めて計画的につくるというより、常に計画を策定して開発し動かしながらつくっていくスタイルが求められます。

DXに取り組む際、将来あるべき姿や目的を実現するという観点に立つと、必ずしもすべてのシステムを刷新する必要はありません。手順としては、ブラックボックス化したシステムを解明した上で、「刷新」、「追加」、「維持」、「捨てる」の4つにシステムを分類し整理していく。コンサルタントの方にお聞きしたところ、「捨てる」が大事であるとのことです。移行に要する時間とコストを削減できることに加え、移行後の運用もシンプルに行えるからです。

DX実現では新しいシステムを使いこなすだけでなく、業務自体の見直しを求められるため、経営改革そのものである点が肝となります。従ってトップの決断は大事です。

DX実現によりITベンダー側から
ユーザー側へIT人材の配置が変わる

中野 これまでの議論を通して、DXがシステムだけでなく経営を変えるものだという認識は一致できたと思います。その文脈の中で、DXにより今後大きな変化が起きそうなのが、IT人材の配置です。日本のIT人材分布比率は、3割がユーザー側、7割がベンダー側です。アメリカでは、7割がユーザー側、3割がベンダー側と逆転しています。ユーザー側がIT人材を保有しており、ちょっとしたアプリならベンダーに頼まず自社でつくることができます。ITリテラシーが高いため、ITを活用したビジネスもユーザー側で取り組みやすい。自分たちで対応できないハイスペックなものだけをベンダーにお願いするかたちとなっています。

日本企業においてもDXにより経営とITはもとより、製造や営業の現場とITが密接不可分となります。またアジャイル開発はリリースしながら開発を継続し改善していくスタイルのため、社内にIT人材を確保することが必要です。一夜にして3:7から7:3に変わるとは思いませんが、すでにユーザー企業では社内でIT人材を育成する動きが出てきています。これからは日本も製造業、流通業、サービス業など業種業態を問わずIT人材を雇用する企業経営に変化していくと考えています。

田村 アメリカにおいてIT人材に求められるのは、ITとビジネスを結びつけることです。日本企業においても、既存システムの維持管理からITを活用したビジネス貢献へとIT人材のあり方の変化は従前より求められています。ただし、そのような役割を遂行できるユーザー企業内のIT人材はまだまだ絶対数が少ないのが現状です。

ユーザー企業と同様に、マイクロソフト自身も単にITのツールやサービスを提供し使っていただくだけでなく、ビジネスに貢献する観点からお客様のご要望により高い次元で応えるべくトランスフォーメーションを進めています。またEYアドバイザリー・アンド・コンサルティングをはじめ多くのパートナーとの緊密な連携により、お客様とマイクロソフト、パートナーの三者でスクラムを組んでDXの実現を加速していきます。

白井 IT人材不足への対応では、レガシーシステム刷新に取り組む短期的な視点と、DXを推進する中期的な視点の2つが必要です。レガシーシステム刷新では、グローバルや国内のITベンダーと積極的にアライアンスを組んで対応していきます。お客様の業務と密接に関わっている基幹システムを刷新するため、お客様や情報子会社との協力体制の構築は重要なポイントとなります。当社はアドバイザリー系コンサルティングファームの立場から、お客様や情報子会社、ITベンダーとの間でビジネスとITの両面で会話しながら、それぞれができることを識別しプロジェクトを効率的かつ効果的に進めていきます。DX化は変化に対するアジリティが必要になるためにクライアントの内部で今まで外にお願いしていた対応を内製化することが必要になります。我々はお客様やお客様の情報子会社にスキルトランスファーするなど内製化を支援することで、お客様におけるIT人材不足の解消に貢献していきます。

内製化を進めるにあたっては、インフラまでお客様が運用するIaaS(Infrastructure as a Service)よりも、アプリケーションのみを開発・運用するSaaS(Software as a Service)やPaaS(Platform as a Service)などのクラウド形態を利用することが重要です。AIやIoTなど内製化における開発ツールがそろっており、ノンコードやローコードで開発できることが必要となるからです。

レガシーシステム刷新に取り組むこと自体が
IT人材育成につながる

中野 レガシーシステム刷新をやり遂げた会社に、その秘訣を聞きに行ったところ、共通項が見えてきました。レガシーシステム刷新に取り組むこと自体が、IT人材の育成につながるということです。ある意味、OJT(On-The-Job Training)に近いわけですね。例えば、社内プロジェクトチームをつくる場合、各部署から自分の業務については詳しいけれどITについて何もわからない人も集められてきます。

しかし、プロジェクトを進める中でITを学び、やり遂げた後にはITを活用できる営業やIoTのわかる製造現場担当として元の部署に戻っていきます。またシステムのシンプル化やクラウドの活用により運用負荷を軽減することで、情報システム部門に余力が生まれます。運用管理を担当していたスタッフに最新AIなどの技術を習得させた上で、別の部署に配置転換することにより、AIに精通した商品開発担当が誕生します。レガシーシステム刷新に取り組むことで、DX実現に向けて企業が必要とするIT人材が生まれてくるという視点はとても大切です。

田村 中期的な人材育成の観点では、北九州工業高等専門学校のカリキュラムの中にマイクロソフトのクラウドERP「Microsoft Dynamics 365」を入れていただき、「ERPやIoTで何ができるのか」、また生産技術だけでなく経営までも理解できる人材の育成を目指し実践的トレーニングコースを開催しています。

中野 若い人はデジタルネイティブなので、将来的なIT人材不足を解消できる可能性はあると考えています。問題なのは、若い有為なIT人材が出てきても、その人たちが入社後、30年前の古いシステムのお守りをさせられるのではないかという点です。レガシーシステム刷新は、若いIT人材に活躍の場を提供することでもあります。また、DXが進展することにより、ユーザー企業、ITベンダー、コンサルティングファームなどが企業の枠を超えて運命共同体のように協調していく、新しい組織形態が生まれてくると思っています。そうした中で、人材交流が活発に行われることでイノベーションの創造につながると考えています。

最後に、「2025年の崖」を乗り越えるプロセス自体がDXに向けた意識改革の始まりになるという点を強調したいと思います。そして「崖」を乗り越えた後、デジタル時代を勝ち抜くための企業に生まれ変わっているということも付け加えておきます。

「2025年の崖」が突きつける2つの未来

2018年9月、経済産業省が公表した『DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート〜ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開〜』では、レガシーシステムをこのまま放置した場合のシナリオとDXを実現したシナリオと、2つの未来(2025年)を示している。

放置シナリオでは、DXが実現できないのみならず、2025年以降、最大12兆円/年の経済損失が生じる可能性があるという。IT人材不足も約43万人に拡大する見込みだ。一方、2025年までにDXを実現することにより2030年の実質GDPにおいて約130兆円の押上げを実現し得ると指摘している。また、2017年と比較した様々な展望が示されている。IT予算比率が8(維持管理):2(バリューアップ)から6(維持管理):4(バリューアップ)に変わる。また、追加サービスにおけるシステム全体の整合性を確認するのに数か月かかっていたものが、サービス追加のリリース作業に要するのはわずか数日間だ。既存システムのブラックボックス状態を解消し、データをフルに活用した本格的なDXを実現することで、「2025年の崖」を克服し、あらゆるユーザー企業がデジタル企業に進化するとの未来像が描かれている。

「DXレポート」において特筆すべきなのがIT人材分布比率の変化だ。2017年に3(ユーザーの情報システム部門):7(ベンダー)であるのに対し、2025年に5:5になるという展望を示している。違いは比率だけではない。ユーザー企業のあらゆる事業部門でデジタル技術を活用し、事業のデジタル化を実現できる人材を育成しているとの展望を示している。デジタル技術と業務のわかるIT人材が、DXを牽引し新たなビジネスモデルの創出を加速する。