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NTTドコモ・ベンチャーズがスタートアップとのリアルな接点を持つ理由
 NTTドコモ・ベンチャーズでは、今年度から自社内のコワーキングスペースにシード/アーリーステージのスタートアップを入居させる取り組みを開始した。本業である投資・協業のミッションにプラスしてリアルな交流の場を設ける意味は何か。入居者の声も交えながら、その意図を探る。
 NTTドコモ・ベンチャーズでは、今年度から自社内のコワーキングスペースにシード/アーリーステージのスタートアップを入居させる取り組みを開始した。本業である投資・協業のミッションにプラスしてリアルな交流の場を設ける意味は何か。入居者の声も交えながら、その意図を探る。

半年間無償のコワーキングスペースは“生きた交流の場”

 NTTグループのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)として、2008年に設立されたNTTドコモ・ベンチャーズ。グループ総体の「スタートアップ・ベンチャーコミュニティの窓口」となり、これまで数多くの企業を支援してきた。ICTによる付加価値創造を掲げ、投資対象はFintech、コミュニケーション、セキュリティ、メディアコンテンツ、IoT・ドローン、ロボティクス、AI、教育など多岐にわたる。

 2013年には自社内にコワーキングスペースを設け、今年度からは半年間にわたり活動初期のスタートアップに無償でオフィス機能を提供する取り組みをスタートさせた。キックオフとなった2019年第一期(2019年4月1日~9月30日)には厳選な審査を経た5社が入居し、新天地で活動を開始している。

NTTドコモ・ベンチャーズ内にあるコワーキングスペース

 NTTドコモ・ベンチャーズが物理的に近い場所で日々スタートアップと接する理由は何か。そして大企業のCVCが後ろ盾となったコワーキングスペースの利点はどこにあるのか。それらの問いに対し、提供者、入居者双方に話を聞いた。

 まずは提供者側から。NTTドコモ・ベンチャーズ 代表取締役社長の稲川尚之氏はシリコンバレーに赴任した経験があり、自由闊達な雰囲気と創造性を現地で目の当たりにした。そこで稲川氏は、彼の地の空気感をこのコワーキングスペースに持ち込みたいと考えている。

 「ハードウエアのノウハウがないスタートアップがハードウエアを作りたいと思っても、パートナーを探すだけで一苦労。しかしサンフランシスコではコワーキングスペースにいろんなバックグラウンドを持つ人たちが集まり、ハードウエア、ソフトウエアそれぞれのスペシャリストが自然と交流してアイデアを具現化していた。

 それこそハッキングの瞬間であり、そこから何らかのアクションが生まれる。この場は広い意味でのハッキングスペースと捉えており、スタートアップ同士だけの閉じられた関係ではなく、大企業との交流の場としても機能させたい。付帯するイベント会場も上手く使いながら1つでも多くの交流機会を生み出し、効果的なマッチングをサポートしていく」(稲川氏)

NTTドコモ・ベンチャーズ 代表取締役社長 稲川尚之氏

 選定した5社は、スポーツ科学、AI、難病への情報支援など1つたりとも同じベクトルの企業がない。選定基準を尋ねると「“この状況を変えなくてはだめだ”との課題意識を持ち、ビジネスを成立させる強い気持ちがあった。それはすべてに共通している」と答えてくれた。

 「若い企業なのだから何でも自由にやってほしい。しかし、壁にぶつかったときはCVCの視点から相談に乗ることができる。大企業関連の施設に入居していることで、対外的な信頼感も増すだろう。

 ここでの活動を機に事業を拡大し、きちんと商用化して少しでも利益を生み出すことが彼らにとって初期のゴール。たった半年間だが、1つプロダクトが完成してプレスリリースを発表できるだけでもスタートアップにとっては自信につながる」(稲川氏)

 もちろん、巣立ったスタートアップがNTTドコモなどグループ企業と協創して新規ビジネスを創出することが理想だ。だからこそNTTドコモ・ベンチャーズはグループ内の技術や研究、人脈を積極的にスタートアップに紹介する。これは“生きたオープンイノベーション”であり、お互いにメリットをもたらす。

 「スタートアップと付き合いがあることをアピールするだけでは意味がない。我々が先頭に立ち、きちんと成果を求めながら、コミュニケーションハブを実践していきたい」と稲川氏。こうした観点からも、NTTドコモ・ベンチャーズがコワーキングスペースを運営する意義は非常に大きい。


十人十色の入居者たちが「変えたいもの」

 続いては入居している5社にインタビュー。サービス内容やビジョンとともに、「NTTドコモ・ベンチャーズが運営するコワーキングスペース」のメリットについて聞いた。

●Sportip 代表取締役 高久侑也氏

 Sportip(スポーティップ)は、スポーツ向け分析サービスの開発・提供を行う。主力は「一人に『ひとつ』のコーチを」をビジョンとしたAIによる動体解析サービス「​Motion Analysis Platform」だ。

Sportip 代表取締役 高久侑也氏

 サービス誕生のきっかけは、高久氏の原体験にある。「かつて野球をやっていたが、身体特性を理解しない指導で症状が悪化して継続を断念した。1人のコーチが30人の選手を細かく見るのは不可能に近い。そこで個人データ、特性をしっかりと踏まえたAIを作りたいと思った」(高久氏)。

 スマートフォンなどで撮影した映像データをその人の体の動きにあわせて解析し、練習メニューやフォーム改善の提案をする。「コーチングは体の動きからすべてが始まると思っている。それに技術指導そのものは、必ずしも人がやらなくてもいいのではないか。人はメンタルなど、もっと意義のあることにシフトできればいい」(高久氏)。

 初期はBtoBをメインにカメラを提供して月額課金するビジネスモデルを想定する。今年の夏以降、高校の野球チームと実証実験を開始する予定だ。生まれたての企業だけに、「オフィスを提供してれるだけでもありがたい」と話す高久氏だが、今後はNTTドコモ・ベンチャーズの人脈紹介にも期待したいと語る。

●AILL 代表取締役 豊嶋千奈氏

 AILL 代表取締役 豊嶋千奈氏は2019年2月の「NTT DOCOMO VENTURES DAY 2019」のスタートアップピッチにも登壇し、会場を沸かせた(当時の社名はgemfuture)。

 同社が展開するのは「AIが出逢いから付き合うまでの男女の関係進展をナビゲートする」コミュニケーションサポートツール。2月の時点ではBtoCモデルだったが、その後、NTTドコモ・ベンチャーズの社員らとアイデアを練り上げて大企業向けの福利厚生サービスに方向転換。BtoBtoCモデルとして今夏以降に本格提供を開始する。

AILL 代表取締役 豊嶋千奈氏

 企業向けに恋愛サポートサービスとはこれいかに?と思うだろうが、豊嶋氏によれば「人事部などが窓口となり、社員のライフを充実させる一助として検討してくれるケースが多い。企業同士が連携すれば、企業間での男女の出会いも活発化する」とのこと。5月からは誰もが知る名だたる企業がテスト導入に踏み切るそうだ。

 「最初はプラットフォームさえ作れば上手くビジネスが回ると信じていた。しかし結果的に上手く行かず、非常に苦しんだ。資金も人脈もスキルも不足する中、NTTドコモ・ベンチャーズに助けてもらい、壁打ちを繰り返しながらブラッシュアップしてきた。とても感謝している」(豊嶋氏)。ようやくスタートラインに立ったばかりだが、この場で学んだ知見は巣立った後も役立つに違いない。

●JIYU Laboratories 代表取締役 高野泰朋氏

 JIYU Laboratoriesの高野泰朋氏は、東京大学 未来ビジョン研究センターで特任研究員として研究する傍ら起業した変わり種。JIYU LaboratoriesではAIを用いて学術論文の自動要約を行うサービスである「Paper Digest」を提供する。

JIYU Laboratories 代表取締役 高野泰朋氏

 Sportipの高久氏同様、サービス誕生には個人の体験が大きく関わっている。「博士過程のとき、1週間で論文を1000本読む課題を出され、昼夜の境なく読み込んだ。もう二度とこんなことはやりたくないと強く思ったのだが、実は世界の研究者の共通課題だとわかった。そこで内容が簡単にわかるサービスを提供したいと考えた」(高野氏)。

 Paper Digestのサービス内容は、AIを活用して論文のネタバレをするイメージだ。数十ページにも及ぶ論文をA4一枚程度にまとめる。すでに2018年夏に提供を開始し、わずか10日間で40カ国に普及。現在は90カ国まで広がるなど、高野氏の読みどおりニーズは多い。また、英国の学術情報系アイデアコンペティション(Catalyst Grant)で、非欧米圏から出場者として初優賞を成し遂げた。現状は研究者や学生向けに無料で開放するBtoCモデルだが、今後は出版社などを軸にBtoBのビジネスモデルを考えている。

 「そのほかにも拡張性はある。例えばNTTドコモ・ベンチャーズがビジネスや技術トレンドをいち早くキャッチアップするための情報収集ツールとして使うこともできる。実際、NTTドコモに試験的に利用してもらっている」(高野氏)。ニッチな領域ではあるが、“こんなサービスがほしい”という思いから立ち上がったサービスだけに、早い段階で市民権を得そうな気配だ。

●イースマイリー 代表取締役 矢澤修氏

 イースマイリーは障がい・難病児特化オンラインコミュニティを手がける。4人きょうだいで育った代表取締役 矢澤修氏は、一番上の兄と一番下の妹が筋ジストロフィー患者だったこともあり、小さい頃から難病に関する情報収集の難しさを味わってきた。それがサービスの原動力となっている。

イースマイリー 代表取締役 矢澤修氏

 大学では福祉を学んだが、それだけでは視野が狭まってしまうとの思いからネット企業で10年間働いた。実業でのノウハウを蓄積し、満を持して立ち上げたのがイースマイリーだという。

 「確定診断を受けた人たちは、まず病名で検索したり、書籍を読み漁ったりする。希望を見つけに行ったはずが、目にする情報は過酷なものが多い。インターネットは希望が持てなくなるので、なるべく見ないようにしているというのが当事者の声。そこで、同じような疾患を持つ近い人たちと話しながら、生活の工夫、どんな体験をしているかなど少し先の未来を見せてあげたいとの思いでスタートした」(矢澤氏)

 疾患に関する情報は医師から得ている。患者が知りたいのは少しでも生活が前向きで豊かになる情報であり、励ましである。サービス内容はQ&Aサイトのような体裁で、「かなり具体的な質問を設定して、そこに対していろんな人たちの知見、情報を書き込んでもらう」(矢澤氏)というもの。質問はイースマイリーに預けて一旦スクリーニングした上で設定する。これは、ノイズ情報をなくしてすばやくアクセスするための処置だ。

 「たどり着きたい回答が探しにくくなっては意味がない。コミュニティの質がどれだけ担保されるかは、我々のような情報ビジネスでは非常に大切。医療情報はとりわけ、エビデンスの根拠のない情報が行き渡りがちなので、それらを事前に排除できる工夫を施している」(矢澤氏)

 2019年1月末にリリースしたばかりで、承認登録制を採用していることからユーザーは100人ほどだ。今後はQ&Aに加えて、ユーザー同士がコミュニケーションを図れるソーシャル機能なども予定する。

 ビジネスモデルはまだ模索中だが、「例えば製薬企業とパートナーシップを組んで希少疾患向け新薬の治験に役立てたい。製薬企業とユーザーをしっかりと結び、治療につながる薬が世に出る速度をあげていく。それが一番やりたいビジネス」と矢澤氏。最近では日本筋ジストロフィー協会の顧問に就任し、そちらでもITを活用したコミュニケーション活性化をサポートしていきたいと話す。

 「私のような思いから立ち上がったコミュニティサイトは過去にもたくさんあったが、資金が続かないためにどこも志半ばで折れてしまった。しかし私にはビジネスを10年やってきた自負と、諦めない原体験がある。これは自分がやるべき使命だと思っている」(矢澤氏)。先のインタビューで稲川氏が言及した、“状況を変えたいという課題意識”を持つだけに、この先の展開に期待したい。

●LobiLobi 代表 廣田達宣氏

 LobiLobiは、実現につなげる政策アンケート「issues(イシューズ)」を提供する。代表の廣田達宣氏はかつてスマホ家庭教師サービス「manabo」の立ち上げに共同経営者として従事し、その後、子育て支援の認定NPO法人フローレンスに転職。2018年にLobiLobiを立ち上げたというユニークなキャリアの持ち主だ。

 issuesは一言で言えば「ロビイング×テックのサービス」(廣田氏)。ロビイングとは政策提言のことだが、日本では馴染みが薄い。そもそも廣田氏がこのサービスを生み出すきっかけになったのは、2016年に注目を集めた「保育園落ちた日本死ね!!」の記事だった。

LobiLobi 代表 廣田達宣氏

 「あの記事が出たのが、妻にプロポーズするちょうど一カ月前。妻は中央官庁で官僚として働いていて、非常に仕事が大好き。子育ても仕事も両立したいと話していた矢先にあの記事を読んで『これは他人事ではない』と思えた。

 しかし、当時の私は子育て支援の分野は右も左もわからない状態だった。勉強のつもりで子育て支援のフローレンスに入社し、資格を取って半年間実際に保育士をやったり、行政と一緒に子育て支援の事業を立ち上げたりした。

 その活動を通じて2つの大きな気づきを得た。1つは子育て支援を本当に変えようと思ったら、政策を変えることが最もインパクトがあるということ。もう1つはフローレンスのやっている子育て支援のロビイングがSNSやインターネットを活用していて洗練されていることから、このロビイ戦略をもっと加速させる、もしくはほかの分野でも転用できるのではないかということ。それが今のサービスのきっかけとなった」(廣田氏)

 ロビイ産業は、本場の米国では1兆円市場とも言われる巨大産業だ。一方の日本ではどうか。廣田氏によれば、政界に通じている各種団体や法人の規模から推測すれば「2000〜3000億円ぐらいの市場」はあるのだという。そうした団体の予算や選挙対策のマーケティング資金からマネタイズを図ろうと目論んでいる。「市民の要望を政治家が実現させたとなれば、次の選挙でその実績は非常にアピールできる。今、選挙のマーケティングはチラシを多数印刷して配ったり、DMを発送したりなど圧倒的にアナログ優位の世界。その財源を置き換えていきたい」(廣田氏)。

 すでに起業経験を持つだけに、冷静に未来を見つめる視点もある。「2030年の時点で、ミレニアル世代以下の有権者がおよそ4000万人になる。この世代の浮動票が10〜15%上がると、小泉政権や民主党が逆転したときのように政権が変わる。今、我々の世代(※廣田氏は1988年生まれ)は票田として考えられていないが、10年後には若い世代の浮動層で政局が左右される。だからこそ、そのポジションに今から張っておく」(廣田氏)。ICTを活用しながら、向き合う領域は真っ青なブルーオーシャンである。そう遠くはない未来、NTTドコモ・ベンチャーズの卒業生によるサービスが日本の政局を占う日が来るのか。楽しみに待ちたいところだ。

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ドコモ・イノベーションビレッジ事務局
E-mail:village-application@nttdocomo-v.com