コミュニケーションの活性化を加速するビジネスチャット

医療の現場では、デジタル化によって医療の質を向上させる取り組みが加速している。2019年11月21日~23日、千葉市の幕張メッセで開催された「第39回医療情報学連合大会・第20回日本医療情報学会学術大会」では、セミナー「がんゲノム医療情報基盤構築を通じて学ぶ、医療クラウドサービス活用への途」が行われ、クラウドサービス活用の現状が紹介された。

がんゲノム医療の推進は
ビッグデータを活用する
国家プロジェクト

がんゲノム医療とは、がん患者それぞれのゲノムの配列情報を明らかにし、より適切な治療を行う最新のがん治療である。18年に国⽴がん研究センター内に開設された「がんゲノム情報管理センター(C-CAT)」が拠点となって推進している。厚労省から中核拠点病院(11病院)を中心に、拠点病院(34病院)、連携病院(122病院)の3種が指定された。連携病院で治療に当たる場合の主な流れは「がん患者が受診した『連携病院』からがんの症例情報をC-CATに送信」「『連携病院』から検体を『検査会社』に提出」「『検査会社』からC-CATにゲノム元データを送信」「C-CATから『C-CAT調査結果』を中核拠点病院・拠点病院に送信」「中核拠点病院・拠点病院で連携病院の主治医とも『エキスパートパネル』を開催し治療方針を検討」となる(図1参照)。また、C-CATに蓄積された患者の診療・臨床情報とゲノム元データは研究機関、製薬会社等の創薬などの研究に利用される。

図1:がんゲノム医療の主な流れ
[画像のクリックで拡大表示]

C-CATのパイロットシステムが構築されたのが17年度。18年6月のC-CAT発足後は当初2中核拠点病院を対象にシステム運用開始とされていた計画が、全中核拠点病院・連携病院に拡大され、さらに、19年5月28日の中医協(中央社会保険医療協議会)の答申により同年6月1日から「C-CAT調査結果」を医療保険の適用条件とすることが決まるなど、急ピッチのシステム作りを余儀なくされてきた。セミナーではシステム全体の取りまとめ役、C-CATのネットワーク・システム管理室長を務める小田直之氏が「病院、厚労省、検査会社、製薬会社など利害関係者が多く難しい調整が必要なプロジェクトでした。さらにシステムの実運用が当初のスケジュールからかなり前倒しになり、時間的制約に苦しみました」と振り返った。

国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター(C-CAT) ネットワーク・システム管理室長 小田 直之氏

国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター(C-CAT) ネットワーク・システム管理室長 小田 直之

セキュリティ重視のため、関係病院、検査会社とC-CAT間の通信にはIPsec-VPNを利用してネットワークを構築。そこではAWS(アマゾン ウェブ サービス)のクラウドサービス「Amazon EC2(Elastic Compute Cloud)」も使われている。小田氏はクラウドの利用について「追加事項が次々と決まっていく中、保険適用に間に合わせるには当初準備していたオンプレミス環境での開発では間に合いません。中でもEC2を採用したのは、医療情報システムの安全管理に関して厚生労働省・総務省・経済産業省が定めた3省3ガイドラインへの準拠とIPsec対応が決め手になりました」と話す(図2)。

図2:がんゲノム医療システムの全体構造
図2:がんゲノム医療システムの全体構造
[画像のクリックで拡大表示]

C-CATでは、医療施設からの問い合わせ対応用のC-CATヘルプデスクに、AWSのクラウド型コンタクトセンターサービス「Amazon Connect」を採用。小田氏は「開設までの準備期間が短くてすみ、機能は豊富ですが初期コスト・ランニングコストが安価。録音品質が優れているので、オペレーターが後で聴き直すときに使いやすいと好評です」と話した。

C-CATのがんゲノム医療知識データベースはやがて国内標準となり、また患者の臨床情報とゲノムデータのレポジトリはがん研究や創薬の研究基盤となるはずだ。小田氏は「現在のシステムはまだ発展途上、複数ワーキンググループで検討いただいて、その内容をこれからも盛り込み、より良い“あるべきシステム”を目指していく」と結んだ。

現場での負担を強いるシステムの切り替えと
複数カ所のログイン

続いて登壇した京都大学医学部附属病院の山本豪志朗氏は、中核拠点病院である京大附属病院内でのシステム構築の経緯を紹介。同病院では19年6月にC-CATとの情報をやり取りする病院内システムのサーバー設置を完了し、その後の運用テストを経て、現在は「課題は一部残るものの、正常に動作する検査環境が整った状況」(山本氏)という。

京都大学医学部附属病院 山本 豪志朗 氏

京都大学医学部附属病院 山本 豪志朗

システム構築で最も頭を悩ませたのはVPNの設定だった。同病院のシステムではC-CATのポータルサイト用と検査会社のポータルサイト用の2カ所でVPNを構築する必要があり「どちらのも接続すると専用線となり病院内のネットワークから隔離され、電子カルテやプリンタが使えなくなります。毎回それぞれの接続を切り替えながら作業を行うことは現場の大きな負担です」(山本氏)。「C-CAT用VPN」に関しては、静的ルートを設定することで問題を回避できたが、「検査会社用VPN」に関しては、未解決のままだという(図3)。

図3:京大附属病院のがんゲノム医療システム
図3:京大附属病院のがんゲノム医療システム
[画像のクリックで拡大表示]

さらに山本氏は、ログインの多さの問題を指摘。同病院内でのシステム利用時には、前述のVPNでの接続のほかにC-CATシステム内でのログインを加えた合計6カ所でID・パスワードの入力が求められ、それらは個人用、施設用の使い分けも必要となる。山本氏は「利用者は全部を憶えきれないので、一覧を記した紙を引き出しに入れたり、ディスプレーに張ったりして共有しています。本来セキュリティを高めるためのシステムなのですが……」と発言し、現場負担の考慮が二の次になっている設計に疑問を呈した。

山本氏はこのほか、エキスパートパネルとやり取りをするシステム上で多施設間のファイル共有をする仕組みづくりに取り組み、その際AWSの「Amazon WorkDocs」を導入すべく交渉を重ねたものの、時間的な制約で採用に至らなかった経緯についても紹介した。

求められるのは
「クラウド化にとって望ましい医療レギュレーション」

小田、山本両氏の講演内容を踏まえ、セミナーの座長を務めた京都大学医学部附属病院 医療情報企画部の黒田知宏氏は「ゲノム医療のシステムは多くの医療関係施設が関与し、主にデータだけがやり取りされるので、まさにクラウド向きの仕組みと言えます。『診療分野での本格的クラウド利用がやっと始まる』と思われましたが、期待通りには進んでいません」と発言。黒田氏によると、今回のシステム構築での問題点は2点あり、1つ目は日本で医療システムを構築する場合、3省3ガイドラインや薬事法の規制があるので非常に複雑なシステムを組まざるをえないこと。もう1つは日本企業の機動力不足だと話す。

京都大学医学部附属病院 医療情報企画部 黒田 知宏氏

京都大学医学部附属病院 医療情報企画部 黒田 知宏

「政府レベルが本気で『医療のクラウド化』を進める気があるなら『クラウドにとって望ましいレギュレーションは何か』という本質に立ち返るべきです。また日本企業は『われわれはこの方法でしかやったことがない』などと言ってセキュリティが担保された前例に固執する。対照的だったのはAWSで、相談するとすぐに米国からサービス開発責任者が私のオフィスへやってきて、わずか1カ月半で有効なソリューションを提案してもらった。残念ながら期限が1カ月しかなかったのでその提案は採用できませんでしたが、そのフットワークの軽さには驚かされました」(黒田氏)。

セミナーではこのほか、AWSシニア・ソリューション・アーキテクトの遠山仁啓氏が登壇。アマゾンのECビジネスを支える社内IT部門を発展させ、06年から社外向けの事業を始めたという同社の歴史を紹介し、APIで利用できるサーバレス・アーキテクチャーで顧客のシステムを管理することで、効率化・コスト低減を果たすという同社のビジネス方針などを説明した。

アマゾン ウェブ サービス パブリックセクター 技術本部 ヘルスケア市場担当 シニア ソリューション アーキテクト 遠山 仁啓 氏

アマゾン ウェブ サービス パブリックセクター 技術本部 ヘルスケア市場担当 シニア ソリューション アーキテクト 遠山 仁啓

同社はインテル社との10 年以上にわたる技術連携によってハイパフォーマンスコンピューティング、ビッグデータ、人工知能・機械学習、IoTなどのイノベーティブな分野でテクノロジーを共同開発。今回のがんゲノム医療システムの構築で提供されたクラウドサービス「Amazon EC2」は、次世代の プロセッサIntel®Xeon®スケーラブル・プロセッサーをベースにしている。

研究者を協力に支援するAWSとIntelの技術連携
研究者を強力に支援するAWSとIntelの技術連携
[画像のクリックで拡大表示]

講演では、国内のヘルスケア・ライフサイエンス業界の顧客であるインテグリティ・ヘルスケア社、CureApp社へのサービス提供事例が紹介され、遠山氏は「当社のセキュリティを最重視する姿勢、そして3省3ガイドライン準拠など日本の厳しい医療レギュレーションへの対応が、国内で多くのヘルスケア企業のご支持をいただくことにつながっている」と話した。

続けて、厚生労働省「SS-MIX2ストレージのクラウド化に関わる調査一式」の検証に、全面的にAWSが利用されたことを述べ、「クラウドはオンプレミスと比べて不利はなく、可用性や拡張性という観点ではむしろメリットになる」という報告書の内容を紹介。さらに遠山氏は、医療情報の共有を目的とした標準仕様「FHIR」を基盤としたシステムを構築したメドレー社による国内事例や、イギリス国営の国民保険サービスであるNHSと協業したBabylon Healthの「AIドクター」の事例にも触れ、医療の現場におけるAWSの存在感を印象づけた。

HL7 FHIR Joint Statement http://blog.hl7.org/cloud-providers-unite-for-healthcare-interoperability-fhir

AWSでサーバーレスFHIRインターフェイスを構築する https://aws.amazon.com/jp/blogs/architecture/building-a-serverless-fhir-interface-on-aws/

お問い合わせ

アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社

aws | intel