AWS SUMMIT ONLINE JAPAN Report クラウドはもはや不可欠なインフラに 3つの組織の成功例に見る ライフサイエンス業界のDX

認知症の予防や生活習慣の改善に打ち手あり!エーザイの「認知症プラットフォーム」とは

大手製薬会社のエーザイは、過去35年以上におよぶ認知症領域の経験と知見を生かし、認知症プラットフォーム「Easiit(イージット)」を立ち上げた。これは、日常生活において認知症に対する予防行動の習慣化を促すもの。ここでは認知症プラットフォームの概要や利用者のメリット、さらには今後の構想などについて紹介したい。

世界的に増加する認知症に対する危機感の高まり

エーザイ株式会社 ディメンシア トータルインクルーシブエコシステム事業部 デピュティデジタルプラットフォームリード 久下 正史氏

認知症は世界的に増加しており、2050年には1.5億人を超えると見られている。2018年は約5000万人であり、30年後に3倍に膨らむと予測されているのだ。

当然のことながら、日本もこの課題と無縁ではない。諸外国に先んじて高齢化が進んでいるわが国において、介護が必要となった主な原因の第1位が認知症だからだ。2025年には3人に1人が65歳以上の高齢者となり、そのうちの5人に1人に相当する約700万人が認知症になる可能性があると危惧されている。

社会的なコストも膨らんでいる。認知症の社会的コストは14.6兆円に達しており、患者1人あたり医療費460万円、介護費572万円、家族ケア382万円の年間計1414万円の費用がかかるといわれている。

コスト負担もさることながら認知症の対応が大変なのは、介護の期間が非常に長期に及ぶことだ。例えば70歳で認知症を発症した場合、その後十数年から20年以上にわたって介護を要することになり、それまで家計を支えていた者が離職せざるを得なくなるなど“負の連鎖”に陥ってしまうケースが珍しくない。

この認知症に対する積極的な取り組みを行っている製薬会社がエーザイだ。世界初の認知症治療薬を開発して以来、認知症領域における35年以上の経験を有し、現在も次世代アルツハイマー病治療薬を開発し続けている。

さらに同社では創薬にとどまらず、認知症に対する広範なソリューションを提供する専門部署「ディメンシア トータルインクルーシブエコシステム事業部」を設立した。「当事業部で、認知症治療薬の開発・販売から得た経験などを生かし、脳の健康にかかわるアドバイスを提供する認知症プラットフォーム『Easiit(イージット)』の確立を進めています」と同事業部に所属する久下 正史氏は語る。

日常生活において認知症に対する予防行動の習慣化を促すため、Easiitでは、多彩なコンテンツを提供している。キャンペーンサイト「Easiit Park」、能力アップマガジン「Easiit Mag」、ECモール「Easiit Avenue」などはその一例だ。さらに今後のメインサービスとして注目されているのが、2020年7月28日に新たにリリースされたブレインパフォーマンス(脳の健康状態)を測定するスマートフォンアプリ「Easiitアプリ」である。


脳の健康状態を測定するスマートフォンアプリを提供

WHO(世界保健機関)は2019年、脳のパフォーマンス低下に対するリスクを抑えることを目指した初めてのガイドラインを公表。ライフスタイルの改善によって脳の衰えを遅らせる可能性を持つものとして、運動や禁煙、栄養、飲酒など12 のテーマにおけるエビデンスならびに推奨レベルを提示した。

「Easiitアプリはこのガイドラインに沿って開発されたもの。ユーザーの歩数や食事、睡眠などブレインパフォーマンスに良い習慣や行動を数値化して可視化するとともに、個人に合わせた食事や運動などの推奨メニューを週替りで提案します」と久下氏は説明する。

9月末には、エーザイが法人向けに販売しているブレインパフォーマンスのセルフチェックツール「のうKNOW」とのデータ連携機能を搭載するほか、Easiitアプリのデータを活用した医療従事者向けサービスとの連携も検討しており、「医療領域における最適治療を実現し、認知症のスムーズな診断・治療にも結び付けていきたいと考えています」と久下氏は意気込む。

さらにEasiitアプリが検知したスコアや急激な変化などのアラートを共有し、いざという時の見守りを行える「家族連携」、より高機能なプレミアムサービスやコンテンツを提供する「有料プラン」なども検討しているという。

なお、データ連携が進むにつれて、より重要度が増すのがセキュリティだ。その点、EasiitアプリではISO/IEC 27001が要求する情報セキュリティマネジメントシステム「ISMS」や米国における医療保険の相互運用性と責任に関する法令「HIPAA」に対応し、ユーザーの個人情報を厳重に守る設計・開発および運営がなされている。

図1 認知症プラットフォーム Easiitサービス概要

図1 認知症プラットフォーム Easiitサービス概要

ユーザーの歩数や食事、睡眠などブレインパフォーマンスに良い習慣や行動を数値化して可視化するとともに、個人に合わせた食事や運動などの推奨メニューを週替わりで提案する

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プラットフォームを支えるAWSサービス群

このように拡張を続ける認知症プラットフォームを支えているのがインフラ基盤である。具体的には1つのIDですべてのアプリやサービスを横断して使えるようにする会員IDシステムの「Easiit ID」やマイレージプログラムの「Easiit Mile」で構成される共通のシステムがあり、さらにこのインフラ基盤自体もデータ分析/BI機能、AIによる予測システムなどを追加しながら拡充していく計画だという。

このインフラ基盤として採用されているのが、アマゾン ウェブ サービス(AWS)のサービス群である。主なものとして、EasiitアプリとAWSのサービスとの間のシームレスな連携を実現する「AWS Amplify」、認証関連の機能を実装して効率的に運用する「Amazon Cognito」、柔軟にスケール可能なAPI 基盤を実現する「Amazon API Gateway」、「AWS Lambda」、「Amazon DynamoDB」、デジタルプラットフォーム全体の堅牢なセキュリティを確保する「AWS Identity and Access Management (IAM)」、「AWS Key Management Service (AWS KMS)」、「AWS WAF」などが活用されている。

なぜ同社ではAWSを採用したのか。「まず重要なポイントがプラットフォームに参加する企業が開発しやすいことです。製薬会社であるエーザイにとって社内にアプリケーション開発エンジニアが豊富にいるわけではなく、多くのパートナーがエコシステムに参加しやすい基盤でなくてはなりません」と久下氏は説明する。

実際に世の多くのアプリ開発ベンダーやデータ提供会社、SaaSプロバイダーがAWSを活用しており、インテグレーションがしやすい環境が整っている。複数企業が共同開発を行う際の統一的な認証基盤となるAmazon Cognito、他社アカウントとセキュアなAPI通信を行う「AWS PrivateLink」など、企業間連携に必要な機能も揃っている。先述したとおりHIPAA対応サービスも明示されておりコンプライアンス対応も問題ない。

加えて「マネージド化されたサービスが揃っている」ことも決め手となった。「例えば『Amazon Cognito』でソーシャルIDプロバイダーを通じたサインインや複数サービスのSSO(シングルサインオン)を実現したり、『Amazon QuickSight』で分析結果を可視化したり、『Amazon EMR』でPySpark を立ち上げて機械学習を行うなど、AWSのサービス群を活用すればやりたいことを迅速に実現できます」と久下氏は強調する。またシアトルのAWS本社を訪問して久下氏自ら実感した「充実したサポート体制」や「グローバル展開が容易」なことも重要なポイントだったという。

このようにAWSのマネージド型サービスを最大限に活用することで、エーザイでは認知症の予防・予知に関するAPIを整備し、民間保険やフィットネスクラブ、自動車メーカー、小売業、介護施設などのパートナーにセキュアに提供していく(図2)。さらに、医療機関や大学、研究機関、バイオベンチャーなどの各連携機関ともシームレスな情報交換やデータ連携を進めていくなど、認知症エコシステムの構築を目指す考えだ。

図2 Easiitアーキテクチャー

図2 Easiitアーキテクチャー

AWSを活用して認知症の予防・予知に関するAPI を整備し、民間保険やフィットネスクラブ、自動車メーカー、小売業、介護施設などのパートナーにセキュアに提供していく

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基幹系のフルクラウド化を経て、工場データ分析に着手 協和キリンが進める製薬会社のデジタル変革

ライフサイエンス業界におけるシステムのクラウド移行が加速している。背景にあるのが、医薬品や医療機器などの医療製品を製造する組織に適用される規制やガイドラインである「GxP (Good x Practice)」関連システムのクラウド対応が普及したことだ。システムの9割以上をアマゾン ウェブ サービス (AWS) に移行した協和キリンの取り組みから、同業界のモダナイゼーションの現在と未来を考える。

AWSを活用したGxPシステムのモダナイズ

アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社 技術統括本部 ヘルスケア・ライフサイエンスソリューション部 シニアソリューションアーキテクト 益子 直樹氏

医薬品や医療機器を開発・製造するライフサイエンス業界では、プロセスごとの適正基準 (GxP) に準拠したシステムが必須となる。

例えば、製薬のバリューチェーンでは、創薬研究のGLP(Good Laboratory Practice)、臨床開発のGCP(Good Clinical Practice)、製造のGMP(Good Manufacturing Practice)、物流のGDP(Good Distribution Practice)、市販後調査のGPSP(Good Post-marketing Study Practice)などを満たさなければ、製品を世の中に送り出すことはできない。なぜなら、そのプロセスや成果物の質が人命に直結するケースがあり得るからだ。

そして現在、これらほぼすべての領域でクラウド化が進んでいる。これについてアマゾン ウェブ サービス ジャパンの益子 直樹氏は次のように述べる。「GxP領域は、既にクラウド利用の是非を議論するフェーズを過ぎ、いかに効果的にクラウドを活用するかに論点がシフトしています。特にGMPに注目すれば、ERPだけではなくMES(製造実行管理システム)やLIMS(品質情報管理システム)などの実行層までクラウド化が進展している状況です」(図1)。

図1 ライフサイエンス業界で広がるクラウド活用

図1 ライフサイエンス業界で広がるクラウド活用

GxPを満たすクラウドサービスが増加。これにより、例えばGMP領域ではERPを中心とした計画層にとどまらず、MESやLIMSなどの実行層までクラウド化が進んでいる

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システムのモダナイズや高度化を成功させた例も登場している。例えば、米国バイオ医薬ベンチャーのモデルナは、新型コロナウイルスワクチンも見据えたmRNAワクチンの製造において、AWSを活用したスマートファクトリーを構築。最新鋭工場で、cGMP (current GMP) 領域のモダナイズを実現している。

AWSが提案するモダナイズのステップは大きく3つだ。ステップ1は、MESから収集したデータを「Amazon Simple Storage Service(Amazon S3)」を核としたデータレイクに蓄積。そのデータを、「AWS Glue」「Amazon EMR」といったサービスで変換し、BIサービス「Amazon QuickSight」などで可視化する。

ステップ2では、AI/機械学習サービスの「Amazon SageMaker」「Amazon Forecast」で学習モデルを作成し、データに基づく予知・予測を行う。そしてステップ3では、クラウド上で学習・作成したモデルをエッジの⽣産ラインに展開して、異常検知などを行う。

「AWSでは、GxPの厳しい要件にフィットする柔軟なセキュリティデザインや、グローバルで統一されたインフラ構築が可能です。これにより、製薬業界各社のビジネスにマッチしたシステム環境の実現を強力にサポートします」と益子氏は説明する。


基幹系はフルクラウド化、そのほかのシステムもほぼすべてクラウドへ移行

協和キリン株式会社 ICTソリューション部 企画管理グループ マネジャー 楠本 貴幸氏

国内でも先進的なクラウド活用を実現するライフサイエンス企業が登場している。その1社が製薬メーカーの協和キリンだ。

「グローバルなサービス拡大と、最新技術を用いたデジタル変革が必須となる現在は、オンプレミスのシステムだけでビジネスを推進することは困難です。GxP領域のシステムの高度化において、クラウドはもはや不可欠だと考えています」と同社の楠本 貴幸氏は語る。

ただし、重要なのは、クラウド化そのものを目的にしてはいけないということだ。クラウド化はあくまで手段であり、最終的な目的はビジネス推進にある。多彩なサービス群の迅速な活用、インフラ運用やコストの負荷からの解放、そして必要なリソースをビジネス推進に集中するための手段として、クラウドを活用することがポイントになるという。

それでは実際に、協和キリンはどのような経緯でクラウド化を進めてきたのか。スタートは2013年。社内外に発した「クラウドファースト宣言」のもと、AWSの利用を開始した。それ以降、新規システムの導入やハードウエア更新のタイミングで、インフラ基盤として順次AWSを活用する方針を貫いている。

「数年前からはAIやコグニティブなどの最新テクノロジーの活用にも着手しています。既に存在するサービスを組み合わせることで、組織全体の業務が止まらないアーキテクチャを作り上げる。同時に、新規開発にかかる負荷を削減することを基本方針に据えています」と楠本氏は言う。

取り組みは順調に進んでいる。同社では、2013年からの7年間で、オンプレミスのデータセンターで稼働するシステムを9割以上削減。基幹系システムの稼働はゼロになり、「フルクラウド化」を実現している状態だ(図2)。社内のクラウドに対するイメージも変化しており、「AWSにシステムが乗っていないことのほうがリスク」という認識が広くビジネス部門にも浸透しているという。

図2 協和キリンにおけるAWSの利用状況

図2 協和キリンにおけるAWSの利用状況

クラウドファースト宣言以降、7年間にわたりAWSを継続活用。結果、オンプレミスのデータセンターで稼働していたシステムの9割以上をAWSへ移行した

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競争力の維持・強化につなげる工場データ活用基盤をAWS上に構築

協和キリン株式会社 生産本部 高崎工場情報システム室 マネジャー 武内 雅春氏

また協和キリンは現在、既存ビジネスを対象としたデジタル化の一層の推進、そして、さらに新しいビジネス価値を生み出すクラウド活用へとAWSの適用範囲を拡大している。

取り組みの一例が、「高崎デジタル化プロジェクト」である。医薬品生産拠点とバイオ生産技術研究所が併設された同社・高崎工場で、デジタル化による価値創出を図る。具体的には、収集したデータに基づく、安定操業によるサイト競争力の維持、およびデジタルトランスフォーメーションの推進を狙いとするものだ。

「短期間に成果を上げるため、まずはテーマを『予測』と『モニタリング』の2つの業務に絞って取り組みを開始しました」と同社の武内 雅春氏は紹介する。

予測では、これまで熟練者の経験と勘に頼っていた予測業務を定量化し、AIで置換/補完することを目指した。これにより、「機器の異常に先回りしてアラートを上げ、歩留まりを改善する」「細胞の培養プロファイルや培養液組成、精製負荷量のデータを基に収率・品質を予測する」といった成果につなげる計画だ。もう一方のモニタリングでは、モニタリング業務のプロセスをデジタル化し、作業の簡易化/自動化を図る。現場作業者にとって負担の少ない業務環境の構築を目指すものである。

「いずれも、基になるデータは1つのハブに集約したものを活用します。この『データハブ』も、新たに構築する必要がありましたが、当然ながらGxP準拠が求められるため、それを満たす環境が必要でした。AWSはこれに対応していたほか、データレイクやデータウエアハウスなどを統合されたフルマネージド型サービスの組み合わせで構築できるため、当社の運用負荷を抑えられる点がメリットだと感じました」と武内氏は言う。また、AWS自身がセキュリティファーストの姿勢を重視していること、および構築パートナーの選択肢が豊富だったことも評価したという。

データハブは、仮想サーバー「Amazon Elastic Compute Cloud(Amazon EC2)」、オブジェクトストレージ「Amazon S3」、データウエアハウス「Amazon Redshift」で構築(図3)。ここに集めたデータに対し、サードパーティ製を含めたAI、BI、RPAなどのツールからアクセスすることで高度な予測/モニタリングを行っている。この仕組みにより、シンプルかつ分かりやすいモニタリング業務の実現、ヒューマンエラーの低減といった効果が既に得られているという。

図3 協和キリンがAWS上に構築したデータハブのイメージ

図3 協和キリンがAWS上に構築したデータハブのイメージ

AWSの複数のサービスを組み合わせることで、様々なデータを一元的に蓄積する環境を構築している

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「当社がAWSを利用し続けるのは、常に顧客中心の考えに立って、課題解決に取り組む姿勢を評価しているからです。今後もより良いサービス、新しいサービスをいち早く提供してもらい、我々ユーザーの取り組みを支援してくれることを期待しています」と武内氏は語る。

協和キリンを筆頭に進む、ライフサイエンス業界のAWS活用。その波は、これからさらに広がっていくことだろう。


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ハイブリッドクラウドで実現した京都大学のヒトゲノム情報解析プラットフォーム

様々な領域でデータ量の増加が大きな課題となっている。医学分野などで期待の大きいヒトゲノム情報もその1つだ。膨大なヒトゲノム情報に対応できる解析プラットフォームが必要になっている。それに対して、京都大学のゲノム医学センターで、長﨑 正朗 氏が、アマゾン ウェブ サービス(AWS)によるハイブリッドクラウド環境を採用した解析プラットフォームを構築した。長﨑氏は、京都大学発のスタートアップベンチャーである、RADDAR-J for Societyの取締役最高技術責任者として、希少疾患と一般集団の全ゲノム情報等の統合解析に関する研究成果を活用した事業化による研究成果の社会還元を図る業務も推進する。

ヒトゲノム情報を解析して医療に役立てる

京都大学 学際融合教育研究推進センター スーパーグローバルコース 医学生命系ユニット 京都大学 大学院医学研究科 附属ゲノム医学センター 特定教授 長﨑 正朗 氏

生物の持つ遺伝子全体を意味し、生命の設計図ともいわれるゲノム。人間のゲノムであるヒトゲノムの全長は、ATGC(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)の約31億塩基対の情報で構成される。

京都大学のゲノム医学センターでは、このヒトゲノム情報をはじめとするライフサイエンス分野の膨大なデータを解析し、次世代の疾患解析モデルの構築や予防、治療などに役立てようとしています」と京都大学の長﨑 正朗氏は言う。

例えば、滋賀県の長浜市民1万人から集めた様々な健康情報、血液や尿の成分、環境・生活習慣の情報などを統合して解析することで、病気の原因や老化のメカニズムを解明し、医学の発展と市民の健康づくりへの貢献を目指す、産官学連携による「ながはま0次コホート事業(研究代表者:松田文彦)」、日本医療研究開発機構(AMED)および厚生労働省の難病研究班が収集した臨床や生体試料から得られた情報を集約する情報統合基盤の構築に向けた「難病プラットフォーム事業(研究代表者:松田文彦)※1」などにも参画している。


膨大化するデータ量に対応する解析プラットフォームが必要に

ヒト全ゲノムの解析に当たっては、一般的に31億文字の情報を約350~500の塩基に断片化し、ヒトゲノムの全長をおよそ30回被覆できる程度の読み取りを行う。それにより、1人当たり930億文字程度の情報を得ることができる。

塩基配列を解読するための装置として、次世代シーケンサーが通常用いられる。標準的に利用されるイルミナ社製の最新機種なら、2日で3000ギガバイトの情報を出力可能。現行のシーケンサー1台で、1年間にざっと5000人から6000人くらいのゲノム情報を読み取れる。

「解読技術は急速に発達し、読み取るゲノム情報の量も増大しています。例えば1990年あたりから、全世界の研究者がヒト参照ゲノムをつくるというプロジェクトが進められ、数十人分のゲノムが解析され、モザイク状にまとめることで1つのドラフト配列として公開されるのに約10年かかりました。一方、ながはま0次コホート事業などの現在のプロジェクトでは数千人規模の全ゲノム情報が集約されており、このまま解読技術が進化すれば、近い将来には1万人~数万人の全ゲノム情報を集約することが必要になるでしょう。そこで、当センターでは、新しい解析プラットフォームの実現に取りかかりました」と長﨑氏は言う。

大規模化するデータ量に追随できる拡張性、多岐にわたる研究に対応するために解析環境を容易かつスピーディに水平展開できることなど、新しい解析プラットフォームに求められる要件を踏まえ、松田 文彦氏、山田 亮氏、長﨑 正朗氏など同センターの主要メンバーで決めたのがハイブリッドクラウドによる運用だ。

研究機関では、期末などの時期や進捗の状況に応じてオンプレミスのシステムやスパコンへの利用申請が集中しがちという問題がある。コンピューティングリソースをクラウド環境に持つことは、その問題を解決することにつながる。

このようなメリットも踏まえて、京都大学のゲノム医学センターは、既存のオンプレミスのシステム、スーパーコンピュータとクラウドサービスを連携させ、各基盤の優位性を活用できる環境にすることにしたのである。クラウド基盤として選定したのがAWSである(図1)。

図1 京都大学 ゲノム医学センターのゲノム解析プラットフォームの概要

図1 京都大学 ゲノム医学センターのゲノム解析プラットフォームの概要

AWSをベースとしたハイブリッドクラウド環境を採用。3つの拠点がSINET5で接続され、AWSのクラウド基盤、オンプレミスのシステム、スーパーコンピュータなどが連携して処理を行う

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「まずAWSが学術情報ネットワーク『SINET5』との接続実績があり、学術分野で豊富な実績があることを評価しました。また、技術情報やホワイトペーパーなどが潤沢に公開されており、開発や運用のノウハウを容易に得られることも魅力でした。これはクラウドの『老舗』ならではのメリットだと感じました」と長﨑氏は言う。

そのほか、可用性、運用保守性、拡張性、コスト、納期などでも十分な優位性を持っていること、さらにセキュリティ面ではISO/IEC 27017などの第三者認証を得ており、セキュリティ関連サービスも充実していることを評価。「加えてAWS プロフェッショナルサービスにより、実装や運用における技術的問題の速やかな解決が期待できるという点も大きな安心感がありました」と長﨑氏は付け加える。


3拠点を適材適所に利用して解析を実行できる環境を実現

ゲノム医学センターの新しい解析プラットフォームは、現在、AWS、京都大学、東京大学の3拠点構成となっており、AWSと京都大学の間もSINET5のL2VPN(AWS Direct Connect)、京都大学と東京大学の間はSINET5で接続されている。SINET5のネットワーク上で、AWSのクラウド基盤、および京都大学のオンプレミスのシステムと情報環境機構のスーパーコンピュータ、そして、東京大学の情報基盤センターが運用するFennelと呼ばれる仮想化環境とスーパーコンピュータを稼働※2させ、処理に応じて各システムを適材適所に利用している(図2)。

図2 京都大学 ゲノム医学センターのゲノム解析プラットフォームのシステム構成

図2 京都大学 ゲノム医学センターのゲノム解析プラットフォームのシステム構成

SINET5のネットワーク上で、AWSのクラウド基盤、京都大学のオンプレミスのシステムと情報環境機構のスーパーコンピュータ、そして、東京大学の情報基盤センターが運用する仮想化環境とスーパーコンピュータを稼働させている。

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データのフローは次のようなもの。シーケンサーのデータがイントラネットを介して京都大学のオンプレミスシステムにコピーされ、SINET5経由で東京大学のシステムに転送。そこで一次解析を行い、結果を再び京都大学のオンプレミスシステムへ戻す。今度は、ここで統合解析を行い、その結果はAWSに転送され、データベース検索などの各種処理を行うための実装を進める(図3)。

「この仕組みを使って、大きく2つの解析環境を構築しています。1つ目はヒトゲノム情報解析の中でも汎用的な解析にかかわるパイプラインの実行を担うもの。AWSとゲノム医学センターのオンプレミスシステム、東京大学の仮想化環境を基盤としています。もう1つは、ヒトゲノム情報解析の中で超高速な処理が必要な解析パイプラインの実行を担う環境で、こちらは京都大学、東京大学双方のスーパーコンピュータが基盤となっています」と長﨑氏は紹介する。

図3 ハイブリッドクラウド環境における全ゲノム解析のデータフロー

図3 ハイブリッドクラウド環境における全ゲノム解析のデータフロー

3つの拠点のシステムを駆使してデータを扱う。AWS上においても汎用的な解析を実行できるようにするための検証が、現在、鋭意進められている

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ハイブリッドクラウドを運用するためのキーテクノロジーとして採用しているのが、全世界のスーパーコンピュータで広く利用されているバッチジョブシステムのSlurmと、コンテナ技術であるSingularityだ※3

「各基盤によってOSやライブラリ、ソフトウエア自体のバージョンも変わってくることから、再現性や再利用性、信頼性を担保するためにSingularityによるコンテナ化は必須。これらにより、一度作成した解析パイプラインは、AWS、京都大学、東京大学のいずれの環境でも実行でき、必ず同じ結果を得られるという仕組みを実現しようとしています。特にAWSにおいては、『AWS ParallelCluster』や『Amazon FSx for Lustre』を利用して、HPCに近い高性能な処理を可能にしています」と長﨑氏は説明する。

また、解析には検査値情報やメタボロームの情報などのようなゲノム情報以外のオミックス情報も扱うが、それぞれ専用の解析ソフトがある。各ソフトにはWindows上でなければ動かない、大容量のメモリが必要など、それぞれ固有の条件があるが、現在、AWSで「Amazon WorkSpaces」を立ち上げたり、Amazon EC2上にWindows環境を構築したりして解析を実行するというアプローチを試験しているところだ。

このように同センターがハイブリッドクラウド環境を採用して実現した新しい解析プラットフォームでは、AWSのAmazon EC2やAmazon S3はもちろん、AWS Direct ConnectやAWS ParallelCluster、Amazon FSx for Lustre、Amazon WorkSpacesなどのほか、「Amazon CloudWatch」など、AWSが提供する多彩なサービスが駆使されている。

「サービスの利用、組み合わせに当たっては、我々でドラフト的に実装を行ったあと、AWS プロフェッショナルサービスにレビューとチェックを依頼しています。そこで様々なアドバイスや提案を受けて最終的に本番運用に移行させています。選定時、AWSなら実装や運用における技術的問題の速やかな解決が可能と期待していた通りのアプローチが可能になっています」と長﨑氏は話す。

今回、ゲノム解析のプラットフォームをハイブリッドクラウド環境で構築したことにより同センターは、オンプレミスのシステムやスーパーコンピュータだけでは実現できない柔軟な解析環境を実現することができた。既にその効果は解析を実践する中で明確なかたちで表れてきているという。今後もAWSをベースとしたクラウド環境の優位性も生かしながら、例えば解析処理の最適配置を検討するなど、システム、運用の両面についてのブラッシュアップを継続的に図っていく考えだ。

※1 AMEDの採択課題「希少難治性疾患克服のための「生きた難病レジストリ」の設計と構築(研究代表者:松田文彦)」 (JP20ek0109348)
※2 JHPCNの採択課題 (jh200047-NWH) として関谷勇司氏らとの共同研究を通じ利用
※3 AMEDの採択課題「クラウド計算環境を利用したゲノム医科学研究の倫理・技術課題の調査と実践(研究代表者:徳永勝士)」 (JP19km0405501) の技術調査の成果に基づく


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