リアルにできない「体験」が新しい価値を生む VRが拓くデジタル変革の新しい視座とは

デジタルトランスフォーメーション(DX)を実現する技術の1つとして「VR(バーチャルリアリティ)」の期待が高まっている。バーチャル空間の体験は、リアルではできないことを可能にし、人の生産性を大幅に上げることができるからだ。現在VRはどう使われており、今後どのような発展を遂げていくのか。それにより、どのような社会価値やビジネス価値が生まれるのか。日本バーチャルリアリティ学会で会長を務める筑波大学教授の岩田 洋夫氏とDell Technologiesの日本 CTO(最高技術責任者)の黒田 晴彦氏が、VRの可能性と未来を語りあった。

システムのコストが低減し、研究のすそ野が大きく拡大

VRの期待が急速に高まり、近年はDXを支える重要な技術としても認識されつつあります。期待が高まる背景をどのように見ていますか。

筑波大学 システム情報系 教授 工学博士 岩田 洋夫氏
筑波大学
システム情報系 教授
工学博士
岩田 洋夫

岩田意外と知られていませんが、VRは実は古くからある技術なのです。1990年代にはヘッドマウントディスプレイの技術が確立し、医療や体験トレーニングに活用する研究が行われていました。しかし、当時はシステムのコストが非常に高額で、実用化には至りませんでした。

現在はコンピュータの能力が飛躍的に向上し、コストも劇的に安くなった。これによって、研究のすそ野が大きく広がりました。

例えば、2016年に登場したゲーム用ヘッドマウントディスプレイの影響は大きい。2016年は「VR元年」と言われたエポックメーキングな年。VRの世界を多くの人が気軽に体験し、そこに可能性を感じるようになったのです。これも産業分野の期待の高まりと無縁ではないでしょう。

黒田DXを支える技術としては、AIやIoT、ビッグデータなどが注目されています。例えば、匠の技をIoTや映像で収集し、それをAIで分析すれば、高度な作業も自動化できるようになる。しかし、人が介在し、人でなければできない作業も多い。ここにVRを活用すれば、短期間でスキルが向上し、人の生産性向上につながる。そのことに気づき始めた企業が増えているのを実感します。

実際、最近では幅広い産業分野でVRの活用を図る動きが進みつつあるようです。注目されている事例や活用法について教えてください。

岩田VR活用で個人的に注目しているのが、災害対策です。実際に災害が発生したら、自分のまわりはどんな状況になるのか。その中でどう行動すれば身を守ることができるのか。マニュアルや頭ではわかっていても、実際に体験してみないと、自分事として考えることは難しいものです。

災害時の状況を目の前に映し出すだけなら、テレビや映画でもできますが、VRは人がその中に入り込んで、実際に体験できる。その場からすぐに避難しなければ、命さえ危うくなる。そういう体験をすることで、人は意思をもって行動するようになる。リアルな体験を通して、実際の行動を変えていくことができるのです。行動が変われば、意識も変わっていきます。


VRによる作業トレーニングでエラー率を90%削減

企業がビジネスにVRを活用するケースも増えているのですか。

Dell Technologies 日本最高技術責任者 黒田 晴彦氏
Dell Technologies
日本最高技術責任者
黒田 晴彦

黒田先行している米国では、人材のスキルトレーニングにVRを活用するケースが多いですね。あるシェールガスの採掘業者は作業員のトレーニング用にVRを活用しています。消火の訓練にVRを活用している消防署もあります。

生産性向上につながる成果も出始めています。ある航空機メーカーの取り組みはその好例です。ワイヤリング作業の技能習得にVRを活用したところ、初回作業のエラー率が90%も削減されたそうです。講義を受けただけでは、勝手がわからずミスが多くなりますが、VRなら作業手順が体験として残るからでしょう。

医療分野でも人の血管や臓器をバーチャル世界に再現し、触れたらどうなるかを体験させることで、手術のスキルアップに活用する取り組みが始まっています。

日本でも防災へのVRの利用の事例が出始めていて、まだ事例は少ないですが、VRのビジネス活用の機運は確実に高まりつつあります。

VRの活用に踏み切れない企業は、何がネックになっていると思いますか。

黒田ビジネスのどの領域に、どう活用していくか。その見極めに苦労しているように思います。例えば、人材教育なら、何をいつまでに習得させるか。範囲や期間を決めて取り組む。いきなり100点を目指す必要はありません。やれる範囲がわかれば、どういうコンテンツが必要になるのかも見えてくるでしょう。まず効果が出やすい分野を選び、小さな成功を積み上げていくことが大切です。


体験度を格段に向上させる「歩くVR」の可能性

VRの技術が進化していけば、将来どんなことが「体験」できそうですか。

岩田私の長年の研究テーマは、バーチャル世界における「体性感覚」の表現です。こういうものができたら、景観がこう変わるというのを見るだけであれば今のヘッドマウントディスプレイでもできます。しかし、その中で人間が行動するとなると、途端に難しい問題が出てくる。空間を歩いた感覚や、そこでモノに触れたときの触感をどう表現するのか。これが実現すれば、産業での活用範囲もぐんと広がるでしょう。

例えば、旅行商品の紹介を「歩くVR」でやったらどうでしょう。観光地の映像を見るだけでなく、バスから降りて自由行動できる。そうなったら楽しいですよね。旅行商品の紹介ツールとしてだけでなく、「歩くVR」の体験そのものが商品になるかもしれません。

筑波大学 システム情報系 教授 工学博士 岩田 洋夫氏

黒田医療や介護の支援ツールとしても使えそうですね。例えば、健常者が認知症の人の視野や身体能力の衰えを疑似体験できれば、どういう対応が必要なのかを身をもって知ることができます。寝たきりで歩けない人でも、バーチャルの世界で思い出の場所を訪れることができる。それだけで心が豊かになると思います。

岩田認知症や骨粗しょう症の予防には、歩くことが有効といわれています。でも、ただ歩くのは退屈でつまらない。いかにうまく歩かせるか。ゲームのノウハウなども取り入れることで、予防医療にも役立ちそうです。


VR技術の発展と普及に向けて、2つの組織が役割を担う

VRの価値を広め、市場を活性化すべく、「日本バーチャルリアリティ学会」と「VR研究会」では様々な活動を展開しています。どのような取り組みを行っているのですか。

岩田日本バーチャルリアリティ学会は1996年5月に設立された組織です。機械工学や情報工学など様々な専門分野の研究者が集まり、また設立当初から産業界にも参加してもらい、VRの技術研究や開発、普及活動を行っています。

普及活動の一環として、VR技術者認定試験も実施しています。VR技術の基礎理論を学ぶ「セオリーコース」、VR技術の応用を学ぶ「アプリケーションコース」の2種類があり、講習受講後の試験にパスすれば、認定資格が得られます。人材のすそ野を広げ、VR技術に関する社会の理解と、産業や社会におけるVRの活用を後押しするのが狙いです。

Dell Technologies 日本最高技術責任者 黒田 晴彦氏

黒田Dell Technologiesは「Dell Precision」ワークステーションをはじめ、VR対応のPC、サーバー、ストレージなどVRコンテンツの開発・活用を支援する製品を幅広く提供しています。この強みを生かし、VR市場の活性化を目指し誕生したのがVR研究会です。Dell Technologiesが中心となって、エヌビディア、ダッソー・システムズ、ボーンデジタルなどに参加してもらい、2018年3月に発足しました。業界関係者の情報共有や意見交換、産学連携の促進を支援するとともに、技術検証やソリューション開発に共同で取り組んでいます。発足当時は二十数社でしたが、現在の参画企業は50社にまで広がり参画企業間でのビジネス連携も活性化しております。

研究者同士、企業同士の横の連携が広がっていきますね。

黒田産業界のVR活用は、これまでは縦割り型で進められてきました。活用をリードしていたのはゲームやエンターテインメント業界ですが、遊びのツールとして開発したものでも、実は別の業界ではビジネスに活用できるものもある。でも、互いをつなぐ場がなかったのです。その場づくりも、VR研究会発足の狙いの1つです。異なる業界の企業が集まり、VRのビジネス活用を話し合うことで、垣根を越えたつながりが生まれ、VR市場全体の活性化につながるものと期待しています。

岩田VRの歴史は繰り返しています。90年代の研究の課題が、新しい技術の台頭や社会環境の変化を受け、また形を変えて課題になっている。過去の研究の成果を知ることは、直面する課題を解決する上でも非常に有効です。正しい知識を世の中に伝える。それも学会の大切な役目です。産業や社会がどのような課題を抱えているのかを知るため、産学連携にも力を入れています。

先端VR技術を社会課題の解決につなげる産学連携を加速

産学連携によって、どのような視点や価値の創出が期待できますか。

岩田大学や公的研究機関は基礎研究をメインにしていますが、それを実社会に適用できて初めて価値が生まれます。産業や社会がどういう課題を抱えているのか。まずはそれを知ることが大切です。その上で、研究する技術をどう応用できるのかを考えていけば、具体的なソリューション開発に結び付きやすい。貴重なヒントが得られる賛助企業との交流は、学会としても非常に重視しています。

黒田私は日本バーチャルリアリティ学会の理事も務めさせてもらっています。そのご縁で、研究者の方をVR研究会の会合にお招きし、講演をお願いすることがあります。受講した方々の多くが「新しい気づきが得られた」と“収穫”を喜んでいますね。VR技術の最先端を知り、新しい気づきを糧にビジネス活用を考えることができる。産学連携はVRビジネスを活性化し、新しいものを生み出すトリガーになると確信しています。

今後VRはどう進化し、どのように社会やビジネスを変えていくのでしょうか。

岩田バーチャルな世界の体験を、よりリアルなものにしていく。VRはそういう進化を遂げていくでしょう。私の研究テーマである体性感覚を表現する「歩くVR」の研究も、その進化の一翼を担っています。災害対策や医療・介護への応用で、世界共通の社会課題である「SDGs(持続可能な開発目標)」の解決に貢献していきたいと思います。

黒田災害が多く、世界に類を見ないスピードで少子高齢化が進む日本は、世界がいずれ直面するであろう問題の課題先進国です。こうした分野でVR活用を進めていけば、日本がVRビジネスで世界をリードできる。VRビジネスは、まだ黎明期です。従来の考えや方法論に縛られず、新しい発想で日本流のVRコンテンツを生み出していただきたい。

今後もDell TechnologiesはVR研究会の活動に加え、日本バーチャルリアリティ学会をはじめとする産学連携を支援し、VRビジネスの発展に貢献していきます。

お問い合わせ

Dell Technologies(デル株式会社)
公式サイト:https://www.delltechnologies.com/ja-jp/index.htm