日本を代表する百貨店の1つ、三越伊勢丹。創業340年以上の歴史を持つ同社は、今急速な勢いで変貌を遂げつつある。最新のデジタル技術を活用することで、ビジネスモデルを一新しようとしているのだ。目指しているのは「IT・店舗・人の力を活用した新時代の百貨店(プラットフォーマー)」――。具体的に、どのような取り組みを進めているのか。また、その背景にある想いや戦略とは。2回に分けて紹介する。

後編

前編

「店舗」「人」という既存の強みを
デジタルでシームレスにつなぐ

DX戦略の柱は
「シームレス化」と「新規事業創出」

百貨店事業を営む三越と伊勢丹の経営統合により、2008年に誕生した三越伊勢丹ホールディングス(以下、三越伊勢丹)。約2万3000人のグループ従業員を有し、年間入店客数は約2億5000万人、売り上げ1兆1968億円(※1)を誇る同社は、百貨店業界トップクラスの大手企業として知られている。また、旧来の呉服店から、日本初の百貨店への業態転換を行い、自ら「デパートメントストア」を宣言してから116年の歴史を持つ、老舗中の老舗でもある。

そんな同社で今、大きな変革が進んでいる。デジタル技術を積極的に活用し、自らのビジネスモデルを変えていくことで、新たな成長戦略を描きつつあるのだ。「2017年度に経営体制が変わると同時に、収益構造改革とビジネスモデルの変革に取り組み、新しい成長フェーズへ踏み出すとともに、特にデジタル変革に主軸を置き、以来、大きな変化に向けた挑戦を続けています」と同社の浦田 努氏は語る。

背景にあるのは顧客の変化だ。スマートデバイスを使い、様々な情報にいつでも・どこからでも簡単にアクセスできる現在の顧客は、商品の情報を入手し、比較・検討して購入するまでのプロセスが以前とは大きく異なる。「リアル店舗」以外にも、より多面的な顧客接点を持つことが、百貨店ビジネスの持続的成長において不可欠になっていたのである。

「DX戦略の柱は、大きく2つあります」と浦田氏。第1の柱は本業である百貨店事業のDX、そして第2の柱は、本業と必ずしも直結しないデジタルを活用した新規事業の創出だ。前者では、リアル店舗とインターネット、アプリなどの顧客を取り巻くデジタル技術を融合し、それらを互いにシームレスにつなぐことでこれまでにない最高の顧客体験の実現を目指す。後者では、既存の業容にとらわれず、グループの強みを生かした世の中が求める新たなビジネスモデルをデジタル技術を活用し、強化・拡大することで、これまで接点を持てなかった新規顧客の取り込みをはじめ、事業規模の拡大や顧客利便性の向上を目指すという。

同社は、この2つの柱を「シームレス事業」「デジタル新規事業」と位置付け、それぞれに様々な施策を展開している。

※1:売り上げは2018年度・連結。そのほかは2019年12月時点。
※2:掲載情報は、2020年3月時点のものとなります。

シームレス化で
「最高の顧客体験」の実現を目指す

では、実際の取り組み内容はどのようなものなのか。前編となる今回は「シームレス事業」について紹介する。

「百貨店の最大の強みは『人によるフェイス・トゥ・フェイスの接客』です。ただ一方で、人だけでは難しいことがあるのもまた事実です」と語るのは、同社でシームレス事業を統括する近藤 詔太氏だ。シームレス事業は、これをデジタル技術で補うことで、「最高の顧客体験」を創出することを目的としている。

「お客様の毎日の暮らしが豊かになるような提案をし続けるには、まず、お客様のことを深く知る必要があります。ECサイトやアプリなど、様々なデジタルの接点を通じて、お客様の多様な情報を入手することができます。それをリアル店舗とつなぐことで、リアルとデジタルのどちらでも、お客様により有益なサービスを提供できるようになります」(近藤氏)

これは例えば次のようなイメージだ。ある顧客が「ネイビーのジャケット」を探してリアル店舗を訪れたとする。従来は、訪れた店や対応する店員によって、受けられる提案やサービスの内容はまちまちだった。また、たとえ良い提案を受けられても、別のフロアのショップに移動すれば、ネイビーのジャケットを探していることや自分の体形・サイズなどは、また一から店員に説明しなければならなかっただろう。

「しかし、既にECの世界では、閲覧履歴や購入履歴を基に好みの商品をレコメンドするといった機能が一般化しつつあります。そこで私たちは、これがリアル店舗の、どのフロアのどのショップでも行える状態を目指します。デジタルとリアルの双方で、パーソナルかつ高品質なサービスを提供することにより、お客様にとっては今より便利で楽しいお買い物体験、すなわち『最高の顧客体験』を提供できるようになると考えているのです」と近藤氏は強調する。

※3:掲載情報は、2020年3月時点のものとなります。

3D計測と“人”のアドバイスで
理想の靴選びを支援

このシームレス事業の方針のもと、同社はデジタル技術を用いた複数のサービスをこれまでに展開している。その1つが、伊勢丹新宿店 婦人靴売場のリニューアルに合わせてスタートした「YourFIT365(ユアフィットサンロクゴ)」だ。

これは、店頭に設置した3D足型計測機で顧客の足型を計測し、お客さまの足のデータを可視化、データ化された靴の木型情報と足型情報をマッチングさせ、お客さまの足に合った靴を店頭・ストックの約1,000種類の商品からレコメンドを行い、専門知識を持つ販売員(スタイリスト)が接客し、最適な靴選びをアドバイスするストレスのない靴の購買体験を提供するマッチングサービス。計測された足型データはクラウド上に保存され、アプリで商品を閲覧・購入する際にも役立てられる。つまり、情報をシームレスに活用することで、一人ひとりの顧客に最適な靴選びが店頭(オフライン)でもオンラインでも行え、2020年3月25日からは、婦人靴に加え、紳士靴のドレスシューズにもカテゴリを拡大して伊勢丹新宿店メンズ館で展開する。

足型の計測は以前から行っていたが、すべて人手によるものだったため対応できる件数が限られていた。一方、近年はランニングやフィットネスの人気上昇とともに、靴にフィット感を求める顧客が増加。計測ニーズに対応しきれなくなっていたという。「三越伊勢丹新宿店の売り場には約5500足の婦人靴が展示されており、ここから自分にあった靴を探すのが大変だというご意見も頂戴していました。YourFIT365は、こうした声にお応えすると同時に、最も自分の足に合う靴との出会いという新たな体験をお客様に提供するものです」と同社の鈴木 悠太氏は説明する。

人によって好みのフィット感は異なる。そのため、計測したデータを基に、店頭で知識豊富な担当者からアドバイスを受けたり、試し履きをしたりして調整できる点がYourFIT365のポイントだ。「足に合った靴を履くことは、日常的な快適さにつながります。より多くの方にYourFIT365を体験してもらい、『靴選びなら三越伊勢丹』と言われる存在になりたいですね」と鈴木氏は話す。

※4:掲載情報は、2020年3月時点のものとなります。

ECサイト向けの
商品撮影スタジオも強化・拡充

さらに、店舗とオンラインのシームレス化を進める上では、オンライン上での「商品の見え方」にもこだわる必要がある。なぜなら、この質がリアル店舗とオンラインで大きく異なってしまうと、顧客に同質の体験を提供することが難しくなるからだ。

そのために三越伊勢丹は、ECサイト向け商品撮影スタジオの強化にも取り組んだ。伊勢丹新宿店のすぐそばに、作業面積約1,000 ㎡の「イセタン スタジオ」を立ち上げ、社員120名を配備しているのである。ここで、いわゆる“ささげ(撮影、採寸、原稿制作)”作業を行うことで、ECサイトや各アプリにおける商品ディスプレイの質を担保している。

「通常、こうしたスタジオは在庫を置く倉庫の近くに設置しますが、当社は基幹店のそばに設置しています。これにより、店頭の売れ筋商品や、お客様と接する販売員の声などを迅速に取り込みながら、商品や写真の追加・変更、紹介文の差し替えなどを行えるようにしているのです」と同社の吉田 裕美氏は紹介する。

そもそも“ささげ”業務を外部委託する企業も少なくないが、あえて大勢の自社社員を投入しているのも同様の理由からだ。「例えば『この商品のセールスポイントを伝えるにはこう撮ったほうがいい』といったことは、お買い場(ショップ)担当者がいちばん分かっています。写真だけではなく、商品紹介文の作成も、現場経験を持つメンバーが担当することで質を高めています」(吉田氏)

今後は動画を使った商品紹介などへの対応も検討していくという。表から顧客には見えないが、同社のシームレス事業を支える上で欠かせない機能を備えた施設といえるだろう。

※5:掲載情報は、2020年3月時点のものとなります。

アプリのリニューアルで
「ワクワク」を提供したい

顧客とのオンラインの接点として、重要な役割を果たすのがモバイルアプリだ。同社も、かねていくつかのスマートデバイス向けアプリを提供してきたが、この領域でも改革が進められている。これについて同社の岡田 匡雄氏は、次のように述べる。

「これまでは店舗や機能ごとにアプリが存在していましたが、お客様視点で考えると、この状態は必ずしも便利とはいえません。そこで、それらを集約・統合した新しい『三越伊勢丹アプリ』を2020年春をめどに提供開始予定です。このアプリではショッピング機能のほか、百貨店ならではのアイデアを生かした特集ページや、店舗の各種サービスの予約、お客様のマイページ、お得にお買い物ができるクーポンなどをご用意する予定です」

先に紹介したYourFIT365のオンライン機能も、三越伊勢丹アプリの提供後はサービスの1つとして統合される。同時に、店頭在庫の取り置きやチャットでの問い合わせ、販売員(スタイリスト)との相談などもアプリを通じて行えるようになるそうだ。

「百貨店には『ワクワクしたいから行く』というお客様が少なからずいらっしゃいますが、これと同じ体験をオンラインでも実現したいと考えています。それには、便利なだけではなく、お客様の潜在ニーズを探り出して提案し、意外なモノやコトと出会えるセレンディピティが重要です。レコメンド機能のほか、コンシェルジュなどの百貨店ならではの人の力もどんどん生かしていきたいと思います」と岡田氏は言う。アプリは、リリース後も短いサイクルでPDCAを回し、改善や機能追加を随時に進めていく計画だという。

百貨店のような業態の場合、どれだけデジタル技術が進歩しても、それだけで顧客を満足させることは難しい。だからこそ、既存の強みであるリアル店舗と、先進のデジタル技術を融合することが、最高の顧客体験を提供する上では欠かせない。多数のファンを持つ老舗ならではのデジタル活用が、今業界を超えた注目を集めている。

※6:掲載情報は、2020年3月時点のものとなります。

後編

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株式会社三越伊勢丹ホールディングス

www.imhds.co.jp

Dell Technologies

www.delltechnologies.com/ja-jp/