ダイハツ工業におけるAI活用の取り組み ――クルマのエンジン開発における、ノッキング音解析の自動判定を実現。社内のデータサイエンス教育を促進

自動車開発の現場では、計測データ数が指数関数的に増大しており、エンジン開発工程における大きな課題になっている。こうした課題に対し、ダイハツ工業ではMathWorksのMATLABを導入して、熟練技術者が判断してきたノッキング音の判定を、一部エンジンでAIに置き換えることに成功した。同社では、全社員へのデータサイエンス教育に取り組むとともに、今後3年間で全エンジンでの判定をAIで実施していく計画だ。MATLAB導入とAI活用、社内のデータサイエンス教育について、ダイハツ工業 パワートレーン制御開発部 ユニット制御開発室の佐野雅志氏と熊谷拓也氏に聞いた。

AIによるノッキング音判定の
自動化に挑戦

佐野 雅志 氏
ダイハツ工業株式会社
パワートレーン制御開発部
ユニット制御開発室
佐野 雅志

ダイハツ工業(以下、ダイハツ)では、エンジン開発工程で、試作エンジンで試験を行い、結果を可視化して分析、デバイス(機構部品)の改良に取り組んできた。

近年はエンジンが高度化しており、分析対象となるデバイスが大幅に増えている。例えば、燃費向上のために燃焼室に空気を入れるバルブを開けるタイミングを調整する部品や、排気ガスを吸気側に循環させるEGRの開き方など、試験が必要なデバイスは多数に上る。

「これまで計測データはExcelのマクロを使ってグラフを作り、パラメータを可視化して、熟練した技術者がそれを見て、デバイスの最適な動作を判断してきました。しかし、計測データ数が増え続けているため、人手による作業では工数の増大に追い付けなくなり、業務が破綻してしまう恐れが出てきたのです」と佐野氏は語る。

佐野 雅志 氏
ダイハツ工業株式会社
パワートレーン制御開発部
ユニット制御開発室
佐野 雅志

熊谷 拓也 氏
ダイハツ工業株式会社
パワートレーン制御開発部
ユニット制御開発室
熊谷 拓也

そこでダイハツでは熟練技術者が担っていた業務をAIに置き換えることができないかの検討を開始した。

まず最初に実施したいと考えたのが、ノッキング音の自動判定だ。ノッキングはエンジンの異常燃焼の1つで、エンジンの耐久性や出力、燃費などに影響する現象だ。

「ノッキングが起きているかどうかは人が耳で聴いて、7段階ほどの基準をもとに、0.5単位でレベル付けする判定を行います。的確に聴き取ることができるのは技術者の中でも『匠』といえる存在で、ノッキング音判定ができるかどうかがエンジン試験業務担当者の基準の1つになっています」と熊谷氏は説明する。

熊谷 拓也 氏
ダイハツ工業株式会社
パワートレーン制御開発部
ユニット制御開発室
熊谷 拓也

実はダイハツでは10年ほど前にノッキング音判定の自動化に取り組んだが、実用化には至らなかった。当時は音を波形処理して判定しようとしたが、うまくいかなかったことから、今回は人が聴く部分をそのままAIに置き換えようと、発想を切り替えた。

AI活用では、深層学習と音響解析の知見が必要になることから、複数のプラットフォームを比較検討した結果、MathWorksの「MATLAB」に決定した。


MathWorksの支援のもと、
一部のエンジンで自動判定を実現

ダイハツでは以前からエンジンの制御開発分野での高度な計算処理でMathWorksのMATLABやSimulinkを使っていた。

その上で採用の決め手になったのは、MATLABがAI領域で実績が多かったことと、プログラミング経験がなくてもなじみやすいユーザーインターフェ―スであることの2点だった。

「ほかの言語も試してみましたが、プログラミングの壁が高かったですし、ドキュメントも英語だったりして、すぐに使えそうだという感覚はありませんでした。しかし、自分たちで使ってみて、すぐに成果を見たいと考えていたので、ドラッグ&ドロップで必要なデータの取り込みが容易にできるMATLABに決めました」(熊谷氏)

こうしてダイハツは2019年秋にMATLABの採用を決定したが、インターフェ―スが分かりやすいとはいえ、プログラミングの知識や経験がない技術者がいきなり使うにはハードルがないわけではない。

そこでダイハツはMathWorksのエンジニアから全面的な支援を受けて導入を進めた。

まずはMathWorksからサンプルコードの提供を受け、プログラムの改良のために変更部分に関するアドバイスを受けて、それに沿う形でプログラムを作り込んでいった。また音声データだけでは表現しきれない、エンジンのトルクや回転数に関するデータも、MathWorksにコードの作成を支援してもらった。

MATLABによるノッキング音自動判定のワークフロー

図1
各ワークフローでMATLABのオプション製品である特化したツールボックスを活用することにより、プログラミングしなくても、高度なアルゴリズム処理が可能だ

こうした取り組みの結果、AI導入から半年以上が経過した2020年秋、一部のエンジン機種における一部の運転領域において、熟練技術者の判定と同等レベルのノッキング音判定が可能になった。

熟練技術者はカリカリと鳴るノッキング音を聞いて、レベルを判断する。それをAIで行うためには、まずは30秒のノッキング音のデータを1単位として、技術者がレベル付けを行う。それをAIに深層学習させて、自動判定できるようにしていく。細かな判定が求められるため、現段階ではまだすべてのエンジンに対応できていないが、一部とはいえ、人間同等の精度の高い判定が実現し、大きな成果を挙げることができた。

「このテーマならこの手法で解決できるという正解が定まってはいない中で、自分たちで解析手法を試行錯誤していく必要がありました。私自身、音響解析と深層学習の知見がないところから出発しましたが、ノッキング音解析に応用できる手法を見つけようと努力しました。結果、人と同等の精度で判定できるようになったので、本当によかったと思っています」(熊谷氏)

データサイエンス教育を進め、
熟練技術者の業務をAIに置き換える

ダイハツでは2020年度から本格的にデータサイエンス教育に関する取り組みを開始している。

AI活用が当たり前になっていく今後、AI活用ができている企業とできていない企業では、競争力に大きな差が出てくるだろう。AIは一部の専門部隊が理解していればよいというものではなく、職種にかかわらず、すべての社員が理解することが必要だとダイハツは考えているのだ。

こうした観点から、パワートレーン制御開発部ではAIに対する啓発から、初級、中級、上級とステップアップしていく研修体制をスタートさせた。

「AIについて、難しそうだとか、自分には無理だとか、自分の仕事には関係ないと拒否反応が出てしまう人もいないわけではありません。そこで、入口となる啓発研修は勉強も兼ねて、eラーニング教材を作成し、全社員が学べるようにしました」(佐野氏)

ダイハツにおけるデータサイエンティスト人材育成の取り組み

図2
STEP1・2により、担当するテーマに対応できる素養人材を拡大し、STEP3により、担当プロジェクト全体に対応できる中核人材を育成。さらに、複合的な事業全体への対応や業界を代表するレベルを想定したTOP人材の輩出を目指す。

パワートレーン制御開発部では、技術者のスキルアップを目指して、MathWorksの協力のもと、業務ニーズを組み込んだ7日間のMATLABトレーニングを実施した。

「仕事の内容に踏み込んだトレーニングにしたことで、AIを使ったことがなかったメンバーも『これならできる』と前向きに取り組んでいました。自分たちの業務に当てはめて利用を考える技術者も出てきており、その数はさらに増えていくだろうと期待しています」(熊谷氏)

パワートレーン制御開発部では今回の成果を他部署とも共有したことで、データを収集する体制を強化することができた。データが増えていく見通しが立ったため、今後3年間ですべてのエンジンでノッキング音の自動判定をできるようにする計画だ。

その先には、自動判定プログラムをサービス化して、トヨタグループ内へ外販していく構想も浮かんできていた。さらに、ノッキング音解析以外のテーマにもAI活用を進め、人の業務を置き換えていく考えだ。

こうした取り組みにより、ダイハツはこれからも、高品質でありながら手に届きやすいクルマの提供を事業の根幹として進めていく。

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MathWorks Japan
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