「ソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV:Software Defined Vehicle)」の時代に向けてクルマの進化が加速しつつある。その最初の局面が「CASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)」というキーワードが象徴するクルマの変革である。CASEが表す4つのトレンドのうち「Connected」とともにSDVの時代の基盤作りにつながる重要な動きが「Autonomous」に当たる「自動運転」だ。この技術が進化するとともに、クルマとクラウドの連携はますます強くなる。これとともにクルマ産業におけるクラウドの重要性は加速度的に高まる。

「SDVの概念をいち早く体現しているのが自動運転車でしょう」。自動運転の分野を担当する日本マイクロソフト株式会社 エンタープライズ事業本部 インダストリーエグゼクティブの上野貴文氏はいう。つまり、自動運転車の付加価値を創出するうえでソフトウエアとクラウドが大きな役割を担うということだ。例えば自動運転システムを構成する3大機能である「認知」「判断」「操作」を実現するシステムの中でソフトウエアが大きな役割を占める。しかも、これらの主要機能を支える膨大なデータを高速で処理するには、クラウドとの連携が欠かせない。さらに自動運転車の開発段階においても、シミュレーターなど、さまざまなソフトウエア・ツールが必須である。以下では、そうなる経緯について解説する。

2つの開発アプローチに共通する5つの課題

日本マイクロソフト株式会社
エンタープライズ事業本部
インダストリーエグゼクティブ
上野 貴文 氏

いま進んでいる自動運転の分野では、発想が異なる2つのアプローチで開発が進んでいる。一つは、安全性を確実に確保しながら段階的に自動化を進めるアプローチである。主に自動車業界の企業が、このアプローチを採っている。このアプロ―チでは、業界で定めた5段階の自動化レベルの第3段階が、いよいよ実用化の段階を迎えつつある。

もう一つは、いきなり人が運転に関与しないレベル4やレベル5の自動運転車の実現を目指すアプローチである。主にIT業界など新規参入の企業がこのアプローチで開発を進めている。「ただし、ソフトウエアの重要性がますます高まるという点は、自動車業界のアプローチも、IT業界のアプローチにおいても変わりません」(上野氏)。

自動運転車の開発は、これから大きく5つの課題に直面すると上野氏は指摘する。すなわち「膨大なデータの取り込み」「データの作成」「トレーニングおよびオープンループ・テスト/再シミュレーション」「シミュレーションを使用したクローズドループ・テスト」「ループテストのハードウェア」である。

自動運転車の開発現場では、テスト車両1台から1日当たり30~100テラバイトものデータを収集。これを解析してシステムをブラッシュアップし、有意義な情報を抽出する。こうした膨大なデータの処理に必要なコンピューティングのリソースはクラウドを活用しないと確保できない。

また、データの解析や自動運転の制御には人工知能(AI)の技術が不可欠である。このために必要なアルゴリズムを開発するには、ラベリング、個人情報へのフィルター処理による難読化など様々な付随処理が欠かせない。このためのかなりのコンピューティング・リソースが必要になるはずだ。さらに、AIのトレーニングに不可欠なシミュレーションや、試作したシステムを検証するために欠かせないHIL(Hardware In the Loop )と連携した安全度水準 (SIL:Safety Integrity Level) の検証を実施するためにも環境にもクラウドが必須である。

「エッジ」と「コネクト」の品質が重要に

自動運転車の開発だけでなく、自動運転車の安全な運用を実現するためにも、クラウドは欠かせない。車両に組み込んだシステムの機能だけで、安全な走行を実現するのは難しいからだ。例えば、広域での最新道路状況を把握するためにはクラウドに集められた道路交通情報に基づくマップが必要だ。クラウドの中央管制による誘導で、渋滞を回避することもできる。

またAIを使って走行環境を正確に判断するには、クラウドに集められた走行データをAIエンジンに学習させて判断精度を高める必要がある。このため自動運転車には、クラウドつながる仕組み、つまりコネクテッドの技術が不可欠だ。「車両とクラウドは移動通信のインフラを介してつながることになりますが、通信路の寸断やクラウドのダウンといった事態の発生は、あらかじめ想定すべきです」(上野氏)。

このために「絶対に切断されないネットワーク」の実現を目指すという発想ではなく、接続が切れても安全を確保できることを前提にクルマを設計すべきだ。「例えばクラウドから切り離された際に、クラウドで行っていた機能をエッジ側で代替できる仕組みが必要になります」(上野氏)。つまりクラウドへの依存度が高くなるにつれて、同時にエッジの進化も推し進めていく必要があるということだ。こうしたシステム構成上の改善によってコネクテッドの安全性や信頼性を向上できれば、自動運転車のユースケースや適応可能な走行環境条件「運行設計領域(Operational Design Domain:ODD)」を拡大させることが可能になる。

進化を先取りした開発環境を提供

SDVの先駆けとも言える自動運転車の開発が進んでいるのを受けて、マイクロソフトはSDVの概念を反映した効率的な開発環境を、クラウド・プラットフォーム「Azure」をベースにいち早く提供している。例えば、クルマのデータの取り込みと蓄積からタグ付けやラベリングなどの処理、AIのトレーニング、HILと連携した安全度水準 (SIL:Safety Integrity Level)の評価、ソフトウエアのコーディングおよびデプロイ、高精度3D地図(HDMAP)の管理など、自動運転車に必要な機能をクラウド上で実行できるソリューションを用意している。

マイクロソフトの自動運転プラットフォーム

またマイクロソフトは、「Azure Edge Zone」と呼ぶエッジの機能を最大限に有効活用するためのソリューションも提供しており、クラウド上のソリューションのみならずエッジからクラウドまで広くカバーしたソリューション提供しているのが大きな強みになっている。

Azure Edge Zone は、マイクロソフトがグローバルな規模で展開している大規模データセンターを活用したソリューションで、データセンター全体の機能をエッジが必要とするコンピューティングのリソースに合わせて最適化することで、クラウドとエッジの間を接続する機能のパフォーマンを最大限に引き出すシステムである。いかなる状況でも、通信の遅延時間を最小限に抑える機能や、通信障害が発生したときに速やかに補う機能を提供できる。この仕組みを自動運転車に適用すれば、どのような走行環境においてもクルマがクラウドと連携しながら円滑に動き、なおかつクラウドが利用できない場面に直面しても安全な走行を実現することが可能だ。すでに自動運転車への適用に先駆けて、ゲーミングや医療システムの分野で採用が進んでいる。

「Azure Edge Zone」のポジションと役割

社会と融合する近未来のクルマ

SDVの時代に向けて自動運転の技術が進化するとともに、もう一つ重要な動きが進んでいる。クルマが社会と融合する動きだ。自動運転車が、電気自動車(EV)の進化と普及と共に進化していくことは自然な流れである。自動運転と電動システムの親和性が高いからだ。「近未来のクルマは、自動化と電動化により社会システムの一部として機能し、例えば、様々な場面でエネルギー源として大容量バッテリーを内蔵しているクルマを活用することが期待されるようになるでしょう」(上野氏)

すでにEVの運用について、BaaS(Battery as a Service)やシェアリングなど新しいビジネスモデルが登場している。マイクロソフトは、これらのビジネスを支援するソリューションの準備も始めている。例えば、ブロックチェーンを活用したバッテリーの使用履歴や所有権の管理、AIを活用したバッテリーの劣化予測などに向けたソリューションである。また、マイクロソフト自身がカーボンネガティブを実現しており、日本でもNTTなどとのパートナーシップを通じて、AIを使った効率的なエネルギー活用の方策の探求に貢献している。

近未来のクルマは、社会に効率的な移動手段を提供するMaaS(Mobility as a Service)の担い手にもなる。クリーンなクルマを高稼働率で運用し、高い利便性と社会全体のエネルギー効率向上を実現できる。これからのクルマは、個人や企業にとっての価値ある道具というだけでなく、社会的価値を持つ存在へと発展していくことだろう。マイクロソフトは社会的価値を高めていく近未来のクルマの開発・運用に関わることを自覚したビジネス・スタンスを大切にしている。「自ら自動運転車を作るのではなく、データが常に顧客の管理下にあることを保証し、ブランドとカスタマーエクスペリエンスが顧客に帰属することを保証しています。あくまでもプラットフォームの提供によってクルマの進化を支援することに徹する姿勢を貫いています」と上野氏は語る。マイクロソフトは、自動車業界の企業とも、IT業界の企業とも競合しない立ち位置から、社会的価値の創出に取り組む考えだ。自動運転は究極の安全性の実現を追求する取り組みである。より安全なアルゴリズムの追求に向けて、マイクロソフトのプラットフォームやソリューションが貢献できる場面は多い。