様々な交通手段(モビリティ)をシームレスにつないで、ひとつのサービスとして捉える「MaaS(Mobility as a Service)」。「CASE(Connected、Autonomous/Automated、Shared、Electric)」の時代を前提にした次世代モビリティの概念である。この概念を実践する取り組みは、すでに国内外で数多く始まっている。それらの成果を社会に実装するうえで欠かせないのが、次世代モビリティ・サービスをベースに新たな産業を創出する「Beyond MaaS」の取り組みである。

日本マイクロソフト株式会社
エンタープライズ事業本部
運輸・サービス営業統括本部
MaaS & Smart Infrastructure
ソリューション本部
専任部長
清水 宏之 氏

MaaSの概念を実践する取り組みは、すでに国内外で進んでいる。日本においても、全国各地で実証実験が進行中だ。その内容は様々である。バスやタクシーのオンデマンドサービスによって移動を巡る課題を解決する試みもあれば、需要調査を主な目的とした実証実験もある。また、商店街などの小売事業と連携し、街の活性化のためのMaaSの実現に取り組んでいるケースもある。

既存の経路検索アプリを利用して鉄道、タクシーやシェアサイクルを連携させる仕組みを検証する実証実験を進めている交通事業者もある。観光地域では、鉄道とレンタカーのサービスを連携させたり、地域内交通を一括して利用できるサービスを提供する取り組みも始めている。主体となる事業者は交通事業者とは限らない。不動産会社が街の交通サービスと連携し、自社で開発した宅地の価値を高めるためにMaaSに取り組んでいる例もある。

2018年7月にMaaS専門チームを立ち上げたマイクロソフトでチームを統括する清水宏之氏(日本マイクロソフト エンタープライズ事業本部 運輸・サービス営業統括本部 MaaS & Smart Infrastructureソリューション本部 専任部長)は、日本におけるMaaSを巡る動きの現状を次のように説明する。

「幅広い事業者がMaaSの実証実験を進め、需要がどこにあるかも分かってきました。ただし、持続可能なビジネスを確立している事例は、なかなかありません。特にもともと交通サービスの需要が小さい地方では、難しい課題になっています」(清水氏)

一歩先を行かねば、MaaSは持続可能なビジネスにはなり得ない

MaaSを持続可能なビジネスにするために、ここでさらなる一歩を踏み出す必要がある。清水氏は、周辺の産業と結びついた新たな産業を生み出すことの重要性を説く。「地方における交通サービスの需要を高める必要があります。そのために、人々がサービスを利用する動機について考えなければなりません。人は何らかの目的を達成するために移動します。つまり、ビジネスワーカーや観光客、子供や高齢者など、それぞれのペルソナに合ったサービスが求められます」(清水氏)

こうした事例の1つとして、清水氏は東京メトロの「my! 東京MaaS」を挙げる。このサービスは、スマートフォンの経路探索アプリを利用して地下鉄だけでなく他の鉄道網、シェアサイクル、タクシー、コミュニティバス、航空などの多様なモビリティと連携を強化。さらに、この仕組みの中に様々な付帯サービスを盛り込むほか、個々のユーザーのニーズに応じてサービスを最適化する機能も組み込む。こうして利用者の利便性を高めることを目指す。現在、マイクロソフト社内では Power Appsで作られたMaaSアプリと Office365 を連携して、コワーキング・スペースを利用する実証実験を行っている。

「単に移動だけのサービスとして考えるなら、現状の経路検索アプリでも十分でしょう。しかしもう少し広い視野でとらえると、例えば移動中にコワーキング・スペースに入ったり、予約していたランチを並ばずピックアップしたりといった、より一歩踏み込んだニーズが明らかになってきます」(清水氏)。そうしたニーズをビジネスに結び付けることで、単なる移動の支援だけでなく、新たな事業の可能性を掘り起こすことができる。

個人の利便性だけでなく、管理者側のニーズに応じたサービスも用意すれば、企業にとっての導入ハードルはさらに下がる。清水氏はこうしたサービスを通して、管理者が社員の動きをデータとして把握できる仕組みの可能性を示唆する。「例えば『交通費を削減しなさい』という指示が経営陣から出たとします。今までだと『タクシーを使うのをやめましょう』というような、漠然とした指示しか出せませんでした。ところがサービスの使用履歴があれば、どこで交通費や経費が発生しているのか把握できる。頻繁に打ち合わせに行く場所があるなら、近くにシェアオフィスを借りたり、コワーキング・スペースを手配したりすることで交通費を削減できる可能性があります。MaaSを利用することで、会社全体の利益向上につながる分析ができるようになるわけです」(清水氏)

こうしたモビリティの枠を越えたビジネスを創出する「Beyond MaaS」の取り組みが、持続可能なMaaSを実現するうえで欠かせないと清水氏は強調する。

「Beyond MaaS」を加速させるリファレンスアーキテクチャ

「Beyond MaaS」の取り組みを加速させるためにマイクロソフトは、2019年8月からMaaSに焦点を当てた「リファレンスアーキテクチャ」をパートナー企業向けに提供している。

リファレンスアーキテクチャとは、代表的なユースケース別にサービスの典型的なシステム構成をまとめたもの。MaaSの事業化を支援しているコンサルティング会社のMaaS Tech Japanと共同で作成した(下掲の「MaaSデータ基盤の構築支援で社会に貢献」を参照)。「これをベースに検討を進めれば、短期間でMaaS基盤ソリューションをクラウド上にて開発することができます。モビリティ・サービスや周辺サービスを連携させるために必要となるユーザー認証、サービス連携、データ蓄積の仕組みを構築するための具体的なアプローチが分かるようにしました」(清水氏)。

リファレンスアーキテクチャの策定にあたって両社は、MaaSにかかわる事業者の役割を整理。非競争領域で必要な基本的な機能を共通基盤と構築することで、MaaS事業者が、付加価値の向上に専念できる環境を実現することを前提にした。共通基盤上に、SIパートナーがオンデマンド運行や相乗りマッチング、予約やチケッティングに決済といった個別機能を構築。それらを利用して、ソリューション・パートナーが、移動の最適化や異業種連携といったサービスの仕組みを開発することができる。その仕組みを利用して、MaaS事業者が様々なサービスをエンドユーザーに提供する。リファレンスアーキテクチャには、この共通基盤を効率よく構築するために必要な情報を集約した。具体的には、ユーザー認証の仕組み、サービス連携(API連携)、データ管理の仕組みなどを網羅している。

「蓄積されたデータを分析することで例えば観光、生活といった様々な観点から、MaaSと周辺産業の連携によって生み出される価値を考えることができます」(清水氏)。例えば生活においては、病院への通院、スーパーマーケットの送迎サービス、飲食店のデリバリー等の場面を通して、蓄積されたデータを使ったマーケティング、ポイントバック、クーポン券配布の他、データ分析によるモビリティ・サービスの提供リソースの最適化なども期待できるという。

「引き続きMaaS Tech Japanと連携しながら、MaaSを支える基盤の強化を図る考えです。この取り組みを通して、『Beyond MaaS』の時代を加速させていく所存です」(清水氏)

MaaSデータ基盤の構築支援で社会に貢献

MaaS Tech Japanは、MaaSに取り組む企業や自治体を支援している。設立のきっかけは同社代表取締役CEOを務める日高洋祐氏が、モビリティ・サービス間における連携の重要性にいち早く気付いたからだという。「JR東日本に勤務していた際に鉄道だけで収益を上げるのが難しくなってきたことを肌で感じました。鉄道が提供するサービスの利用を増やすには、他の交通サービスと連携することが欠かせないと考えました」(日高氏)。

株式会社MaaS Tech Japan
代表取締役CEO
日高 洋祐 氏

MaaS Tech Japanの大きな取り組みの1つが、交通ビッグデータを扱う「MaaSデータ基盤」の開発である。「交通に関連する様々な形式・フォーマットのデータを受け取り、それを共通のフォーマットに変換、各サービス事業者に統合されたデータを提供する仕組みを展開します。この基盤技術を用いて、幅広くプレイヤーと連携して場所と人とモビリティの3つをつなぎ、それぞれにメリットを提供することを目指しています」(日高氏)。

こうした取り組みの具体的な事例の1つが、2020年度に広島県で行った「交通政策におけるMaaSビッグデータ活用(DX)」である。モビリティ・サービス系のデータを事業者から受け取り、交通の運行状態や利用実績をビッグデータに基づいて精密に把握。EBPM(ファクトに基づく政策立案)に落とし込んだ。

マイクロソフトと共同で進めたリファレンスアーキテクチャの策定においては、具体的なシステム構成をマイクロソフトがまとめる前段階において、主にMaaSにおけるデータ連携の仕組みを実現するところを中心に助言をしたという。「データ基盤は形作られつつあります。これからはさらに幅広くプレイヤーと連携し、例えば女性の社会進出や地域の観光価値向上など、より強く課題解決に寄与できるよう地方や他業界の方と連携しながら、基盤の上で具体的なアプリケーションを作っていくことで持続性を高めていきたいと考えています。マイクロソフト様はじめ他業界と連携しながら、これからの都市づくり、街づくりを共に進める考えです」(日高氏)。