より多くの人が効率的に
データ活用を行える仕組みづくりを強化
2020年10月、日本マイクロソフトは製造、小売、運輸業界の約500人に対して緊急のオンライン調査を実施した。それによれば「コロナ感染拡大によってサプライチェーンに問題が発生している」と回答した人は全体の75%に上った。
コロナ禍によってサプライチェーンに生じている問題
リードタイムや人材など、多種多様な問題が発生した。感染拡大から半年以上が経過しても、約半数の人が状況に改善が見られないと報告している。
日本マイクロソフト Azure ビジネス本部 インダストリービジネス部 プロダクトマーケティングマネージャーの岡涼平氏によれば、同社もサプライチェーンにおいて過去に同様の悩みを経験したが、クラウドの活用によって克服したという。
サプライチェーンのあらゆる段階から収集した、販売、在庫、POS、基幹システムなどの情報を同社のクラウドサービス「Microsoft Azure」に集約。データを容易に分析できる仕組みを構築し、異常や予測に迅速に対応できる環境を整備した。
その結果、同社は在庫回転率を25%向上させ、廃棄コストを年間200億円削減した。約4日かけて手作業で行っていた生産計画は、4時間で完了するようになった。
「自社が体験したDXのノウハウを総動員し、日本の物流業界を支援していきます」(岡氏)。理想的なサプライチェーン構築のためには、オペレーションの最適化という目標を見据えつつ、まずはクラウド基盤を整備し、データを活用できる状態にすることが重要だとした。
同社は経験に裏打ちされた確かなノウハウをもとに、例えば異なるシステム間でのデータ連携を容易化する「データモデル」の開発を進めるなど、より多くの企業が効率的にデータ活用できる様々な仕組みを提供している。岡氏は「Microsoft cloudによって、お客様と共にサプライチェーン改革を推進していきたい」と述べ、講演をまとめた。
この後、日本マイクロソフトのパートナー企業を代表してBlue Yonderジャパン 執行役員 ソリューションコンサルティングディレクター 白鳥 直樹 氏が登壇し、サプライチェーンの自律化を支援するソリューションについて解説した。
4000億円の投資で
データドリブン経営を目指す
昨年100周年を迎えたヤマトグループは、年間18億個の荷物を運び、登録者数4000万人の会員組織「クロネコメンバー」を運営している。宅急便の取扱店舗は全国に18万4000店あり、5万6500台の車両と22万5000名の社員を抱える。
今年1月に発表した中期計画「YAMATO Next 100」では、データドリブン経営への転換を掲げる。その柱は、「3つの事業構造改革」と「3つの基盤構造改革」だ。
ヤマトグループの中期計画「YAMATO Next 100」が掲げる3つの事業構造改革と3つの基盤構造改革
3つの事業構造改革の「宅配便のデジタルシフト」では、徹底したデータ分析と人工知能(AI)を活用したオペレーション全体の最適化、標準化、低コスト化を図る。ソーティング・システムやロボティクスなどを導入し、生産性を4割以上向上させる。ITの活用によって顧客とのコミュニケーションを向上させるなどの目標を掲げている。
「ECエコシステムの確立」では、新たなEC向け配送サービスの導入や、EC事業者、購入者、運び手それぞれに向けて最適な送り方や受け取り方を検討し、受発注、輸配送、在庫管理決済、返品などを一括管理するオープンな基盤を提供する。
具体例としては、今年6月に発表したEC向けの新たな配送商品「EASY」がある。ECの利用者、事業者、配送事業者をリアルタイムなデジタル情報でつなぎ、ECの利便性と安全性、効率性を徹底的に向上させる。
自宅のガスメーターのボックスや自転車のカゴまでを含む様々な「置き配」に対応するなど、ECエコシステムの確立に向けた施策の1つだ。
DXを進めるため、同社は基幹システムを刷新し、Azure を軸とするクラウド化を強力に推し進める。今後4年間でITデジタル投資に1000億円、ネットワーク革新投資に1000億円、経常投資に2000億円の合計4000億円の投資を実行するという。加えて、主要な事業会社8社を統合して1つの事業会社にする取り組みを進める。
この講演を行ったヤマトホールディングス 執行役員 データ戦略担当 中林 紀彦 氏によれば、DXを成功させるための要素は5つある。
DXを成功させるための5つの要素
テクノロジーの活用においては、5つの要素の3つ目「アーキテクチャを描きながら進めていくこと」が最も重要だと中林氏はいう。データドリブン経営は新たな経営手法であり、企業経営そのものだと述べて講演を締めくくった。
日本の物流産業が
挑戦すべき課題とは?
「日本の物流サービスの水準は世界的に見ても高いですが、IT活用が遅れているために生産性が極めて低い。持続可能性も危ぶまれています」(野村総合研究所 産業ITイノベーション事業本部 主任研究員 藤野 直明 氏)。
日本の物流産業が生産性を向上させ、かつスケールアウトできる高度なサービス業として世界市場へ展開するには、単なる勘定業務のデジタル化ではなく、ビジネスモデルの抜本的な改革が必要だと藤野氏は説く。
ビジネスモデルの変革において、日本の物流産業が目標とすべきものが「フィジカルインターネット」だ。
フィジカルインターネットとは、欧州連合(EU)が研究、実証を始めている新しい物流パラダイムだ。インターネットの構造に似た分散的なつながりを持つことから命名された。
基本的には「主要な都市間を結ぶ広域の輸送」と「各拠点から最終目的地に至る細かい輸送」を分けて考え、最適な組み合わせを見つけて効率化を図る。配送センターなどの施設を物流業界全体で共有しながら、無駄な動きを徹底的に排除して効率を上げる。
広域の輸送は高速道路を使用するケースが多いため、自動運転システムなどの導入も視野に入る。同時に、細かい輸送はモジュラー化を進めてトラックごとの輸送距離を縮める。
他方、物流業界全体で荷姿や配送に使う容器の標準化を進め、トラックやコンテナの積載効率を高める取り組みも行うという。
物流業界全体で配送に使う容器を標準化し、トラックやコンテナの積載効率を高める
フィジカルインターネットはすでにフランスでコンピューター・シミュレーションによる実証実験が行われ、無駄な動きが劇的に減ることが証明されている。これにより、在庫量は3分の1に減り、キャパシティのロスは2分の1、ハンドリングコストは3分の1に下がる。トラックの走行距離が短くなり、二酸化炭素の排出量が60%も減る。
フランスで行われた実証実験。左が従来型の輸送パターンで右がフィジカルインターネットによる輸送パターン
フィジカルインターネットのビジョンを日本の物流業界に導入するには、物流不動産の提供やオープン・クロスドックセンターの機能提供など、様々なビジネスモデルの変革が必要になる。従来は難しいと考える向きも多かったが、「クラウドやAIが容易に活用できるようになった今、それほど難しい変革ではなくなっています」(藤野氏)
変革の過程で、既存の物流事業者にとっても周辺業界にとっても新たなビジネスチャンスが多数生まれる。あらゆる要素技術が揃い、国際的な基準も利用できるようになっている中で、日本のフィジカルインターネットはすでに実現可能になっていると藤野氏は結論づけた。