2020年以降、企業にとっての脱炭素化に関わる取り組みが大きく変化した。社会貢献の色彩が濃かったものが、ビジネスの競争領域へと変わったのだ。現在、世界が掲げている脱炭素化の目標は極めて高く、その達成には技術的ブレイクスルーの創出・導入が欠かせない。AGCは、70年以上にもわたって蓄積してきた電気化学技術をベースにして、化学物質の“分離”をテーマにした機能提供の新ブランド「FORBLUE™」を立ち上げた。同社は、水素から電力を生み出す燃料電池、さらには再生可能エネルギーから環境に優しいグリーン水素を作り出す水電解装置を高性能化するキーマテリアルを提案している。

再エネのフル活用に伴い、
水素活用の重要性も高まった

2050年のカーボン・ネットゼロ達成に向けて、再生可能エネルギー(以下、再エネ)に対する動きが世界で急加速している。これまでに各国や地域が合意していたシナリオでは、2018年時点で26%だった世界の総発電量に占める再エネ由来の割合を、2030年には38%、2050年には55%にまで高めるという目標を掲げていた。ところが、2020年、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、2050年カーボン・ネットゼロの目標を完遂するためには、2030年に57%、2050年に86%にまでさらに高める必要性があると指摘した。

再エネをフル活用できる状況の早期実現に向け、各国や地域の政府は、現在、数値目標を掲げてエネルギー政策を推し進めている。日本でも、2020年12月に「グリーン成長戦略」を策定。2050年時点での再エネ由来の電力の割合を約50~60%に高めることを念頭に置き、太陽光発電や洋上風力の発電設備の導入を急ぐ施策を模索し始めている。これは産業の源動力の質を大転換する根本となるエネルギーを大転換する取り組みである。この動きに付随して、各企業間の競争原理やビジネスモデルに大きな影響を及ぼすことは確実だ。

再エネのフル活用には、再エネ固有の課題の解消が大前提となる。発電設備の立地や天候によって供給量が大きく変動するという難点を解消しておく必要があるのだ。需要に応じて効果的かつ効率的に再エネを活用するには、余剰電力を貯蔵・輸送できる仕組みが欠かせない。このため、蓄電池ベースのエネルギー貯蔵システム(ESS)の活⽤拡⼤とともに、熱源・動力源・電力源など多様な活用ができる水素に変えて利用するアプローチに注目が集まっている。

水素を使う「燃料電池」と水素を作る
「水電解装置」で高まるイオン交換膜の需要

水素の応用を後押しするため、AGCは、大きく2つのポリマー(樹脂)製品を投入している。燃料電池内部の電解質膜と電極の素材であるフッ素系ポリマー分散液「FORBLUE™ iシリーズ」と、水素生産向け水電解装置の電解質膜として用いられるフッ素系イオン交換膜 「FORBLUE™ Sシリーズ」である。いずれも、同社が長年の食塩電解事業の中で基礎化学品である苛性ソーダと塩素を作るために40年以上培ってきたフッ素系イオン交換膜の技術をベースにした製品である。

図1 水素の応用を後押しする「FORBLUE™ iシリーズ」と「FORBLUE™ Sシリーズ」

化学品カンパニー
機能化学品事業本部
FORBLUE事業部
機能膜事業グループ リーダー
山田 恵伸氏

世界的な環境意識の高まりとともに最近、水素が再び脚光を浴び始めている。これまでは日本を中心にして、環境に配慮した燃料電池車(FCV)の燃料としてその利用技術が開発されてきた水素だが、世界がその動きに追随しているとは言い難い状況だった。これが、再エネの積極的な活用が求められるようになり、欧州・米国・中国など世界中でその活用の重要性が再認識されるようになった。

AGC 化学品カンパニー 機能化学品事業本部 FORBLUE事業部 機能膜事業グループ リーダーの山田恵伸氏は、「欧州では、再エネ由来の電力を用い、水の電気分解によって作るグリーン水素の生産設備導入が、野心的な数値目標を伴って計画・遂行されています。そして、水電解装置メーカーからのFORBLUE™ Sシリーズに対する問い合わせも、従来に比べて、部材の必要数量や必要時期といった、より具体的な話が増えています」という。

化学品カンパニー
機能化学品事業本部
FORBLUE事業部
PEMFC(ペムエフシー)事業グループリーダー
村橋 伸康氏

グリーン水素の生産だけでなく、モビリティでの水素活用にも新たな動きが出てきた。「世界的な排ガス(CO2)規制強化を背景に、欧州や米国、中国において、トラックやバスなどの商用車分野で、特に米国ではフォークリフトなどの産業用機械の動力源としても燃料電池を活用する動きが加速しています。そして今では、燃料電池車は商用車から普及が始まるというのが世界の共通認識になりました。モビリティ向けの固体高分子型燃料電池(PEFC)で用いる部材の需要が高まるとみています」とAGC 化学品カンパニー 機能化学品事業本部 FORBLUE事業部 PEMFC(ペムエフシー)事業グループリーダーの村橋伸康氏は語る。

現在、世界の自動車メーカーは、バッテリーを動力源とした電気自動車(BEV)の積極導入を進めている。しかし、長時間の連続走行や短時間での充電が困難なため、商用車向けとしては向かない面があった。燃料電池ならば、こうしたBEVの欠点を解消できる。また、商用車は利用するルートが定めやすく、水素ステーションの設置場所を絞り込みやすいのもこの動きを後押しする要因となっている。

燃料電池⾞の
低コスト化・⾼信頼化に貢献

技術本部
材料融合研究所
有機材料部
有機化学チーム
リーダー
本村 了氏

燃料電池の部材として使われる電解質膜は、水素イオン(プロトン)を透過させる性質を持つ。これに対して、電極は、水素分子をイオン化し、水素イオンと酸素を反応させて起電力と水蒸気を生み出す役割を果たす。それぞれの部材の生産に、AGCのフッ素系ポリマー分散液のiシリーズが使われている。

電解質膜向けと電極向けでは、求められるポリマーの性質が異なる。電解質膜向けでは、水素イオンだけは通しやすく、水素や酸素のガス状態の物質は通しにくい性質が求められる。一方、電極向けでは、水素イオンもガスも通しやすいものが必要になる。PEFCの陰極側では、陽極側から運ばれた水素イオンと外部から供給される酸素を、触媒として使う白金の表面に円滑に届けて電気化学的な反応が起きやすくしなければならない。このため、酸素ガスの透過性は高くなければならないのだ。

図2 電解質膜と電極それぞれに、個別の特性を作り分けたポリマーが必要

ポリマー分散液のサプライヤーには、それぞれの用途に適した性質を持つポリマーを適切に作り分ける技術力が求められる。ここでAGCが食塩電解の分野で培ってきたフッ素系ポリマーに関する知見と分子設計技術、電解質を扱う技術が活きる。「AGCでは、燃料電池向けポリマー分散液を継続的に改良し、燃料電池車の低コスト化と信頼性向上に貢献する技術の開発に取り組んでいます。さらなる性能向上に向けた技術開発を推進し、燃料電池の本格的な普及に貢献していきたいと思います」とAGC 技術本部 材料融合研究所 有機材料部 有機化学チーム リーダーの本村了氏はいう。

図3 燃料電池の電解質膜や電極の性能を高めるためのAGCのアプローチ

現在のモビリティ分野で使⽤される燃料電池は、一般的に80℃前後で動作していると言われている。水素と酸素の反応による発電は発熱反応であるため、効率的に発電できる温度を維持するために冷却用ラジエーターをエンジン車のものよりも高性能な仕様にしている。これが、コストアップの要因の1つになっている。

エンジン車向けの既存ラジエーターをそのまま使えるようにするためには、120℃で利用できる電解質膜が求められている。さらに、現在の燃料電池では、外部から水素や空気などのガスを供給する際に、加湿器で水蒸気を混ぜるケースがある。これは、現在の電解質膜が十分に湿度を保った状態でなければ水素イオンを円滑に通すことができないからだ。加湿器は当然コストアップの要因になる。

AGCでは、無加湿で120℃でも性能を発揮できるポリマーの開発も既に成功している。燃料電池内部で利用されるポリマーは、耐久性の高いフッ素系であっても、発電時の反応で微量生成されるラジカルと呼ぶ物質による劣化が問題になる。AGCでは、無加湿・高温への対応に加え、NPC(New Polymer Composite)と呼ぶ独自技術を投入することで、耐久性も劇的に向上させた。

電極向けのポリマーにも、低コスト化を後押しする技術を投入する。電極で触媒として使われている白金は、貴金属で高価なことからコストアップの要因となる。白金の使用量を減らすためには、電極のポリマーのガス透過性をさらに高めることが不可欠だ。AGCは、ポリマーを低密度化する分子設計に取り組み、ガスが通りやすい分子構造にした。これによって、白金の使用量を半分に減らすことができている。

食塩電解で培った技術で、
水素社会の実現を後押し

一方、再エネ余剰電力貯蔵や、再エネが安価な地域での水素製造に用いられる水電解においても、高性能化が進んでいる。AGCのFORBLUE™ Sシリーズを適用する水電解向けの電解質膜は、水を電気分解して水素を発生させる陰極(カソード)と、酸素を発生させる陽極(アノード)の間を隔てている部材である。この電解質膜内を⽔素イオンが透過することで水の電解が成立する。この電解質膜は、できるだけ低抵抗化することが求められる。なぜなら、電解質の膜抵抗が高い、すなわち⽔素イオンの移動が起こりにくいと、その分のエネルギーロスによって水電解のエネルギー効率が悪化するからだ。また、酸素に水素が4vol.%以上混入すると、爆発性のガスとなるため、それを防ぐ役割も果たしている。

化学品カンパニー
戦略本部
応用商品開発部
機能膜素材開発室
機能膜技術グループ
リーダー
角倉 康介氏

単純に電解質膜を薄くしても低抵抗化できる。しかし、それでは水素と酸素が相互に漏れやすくなり、安全性の低下や膜の化学的な劣化が促進されてしまう可能性も伴う。さらに、機械的強度も低くなり、信頼性も損なう。このため、高効率で安全な水電解装置を実現するためには、低抵抗な材料を用いつつ、膜厚を最適な範囲で設計していくことが必要となる。「AGCでは、食塩電解向けイオン交換膜を開発する中で、継続的に低抵抗膜の開発を行い、世界最高レベルの低抵抗膜を市場に投入してきました。その過程で培った低抵抗材料開発技術、膜設計技術、各種量産技術を集結し、水電解向け低抵抗膜開発にも適用できています。私たちは、水電解の領域においても世界標準となるような性能を持つイオン交換膜を目指して技術開発しています」とAGC 化学品カンパニー 戦略本部 応用商品開発部 機能膜素材開発室 機能膜技術グループ リーダーの角倉康介氏はいう。

化学品カンパニー
機能化学品事業本部
FORBLUE事業部
機能膜事業グループ主席
大倉 雅博氏

また、再エネの活用に積極的な中国では、大容量の電力貯蔵に向き、安全性が高く、長寿命なレドックスフロー電池と呼ぶ技術をベースにしたESSの活用が進められている。この電池を高性能化するためには、高いイオン選択性と低抵抗を両立したイオン交換膜が必要になる。AGCは、レドックスフロー電池向けに設計したFORBLUE™ Sシリーズも提供している。

「燃料電池や水電解装置を高性能化するための素材は、これから世界中で求められるようになります。AGCは、食塩電解向けフッ素系イオン交換膜の供給実績を通じて、世界中に適切なFORBLUE™製品をタイムリーに提供するネットワークを構築してきました。長年の食塩電解事業の経験と知見から、顧客の困難な課題を理解し、解決策を提案できる電気化学の知識を持つ担当者がいることも強みです。水素関連の領域でも、この強みを生かして、世界のニーズに応えていきます」とFORBLUE事業部 機能膜事業グループ主席の大倉雅博氏はいう。

水素の活用が本格化し、燃料電池にも水分解装置にも、性能向上に向けた新たな技術が続々と投入されていくことだろう。AGCは、高度な電気化学の技術を駆使し、高分子素材の提供を通じて、カーボンニュートラル時代を支えていく。

share -

関連記事