第5世代移動通信システム(5G)が実用化し、スマートフォンの利便性を向上させる技術としてだけでなく、自動運転車やスマートファクトリーの実現を支える技術としても、その活用に期待がかかっている。ただし、5Gの利用シーンを拡大するためには、これまでよりも高い周波数帯の扱いにくい電波を使うことになり、4Gでは問題にならなかった技術的課題の解消が不可欠になる。AGCでは、ガラスメーカーとしての材料技術の蓄積に加えて、自動車用ガラスアンテナなどの開発を通じて得た高周波技術の知見を応用し、5Gの利用シーン拡大に貢献できる4つの新技術を開発している。

屋内での5G利用環境整備に、
方策あり

5Gの本格的な商用サービスが世界中で始まった。日本では、一般企業に工場や産業プラントなど特定領域に限定した基地局免許を与える「ローカル5G」の制度も開始。「高速大容量」「高信頼低遅延」「多数同時接続」といった5Gの特徴を産業利用していく道も開いた。

ただし、5Gの利用領域は、まだ限定的だ。現在利用の中心となっているのは、4Gの技術が転用できるフルスペックの性能を発揮できないSub6(3.6~6GHz)の周波数帯である。4Gよりも20倍高速な無線通信を実現するミリ波(28GHz帯など)を使ったサービスの提供が本格化すれば、スマートフォンの高性能化と、自動車やスマートファクトリーなどでの利用拡大が加速することだろう。

一方で、5Gには、4Gまででは大きな問題にならなかった普及を阻害する要因が残されている(図1)。5Gで利用する電波が、これまでの携帯電話用の電波よりも周波数が高く、携帯電話のキャリアとして扱いにくいことだ。到達距離が短く、回折によって障害物を回り込むことが困難であり、基地局と端末との間でデータをやり取りする電波が届きにくい。このため電波のカバレッジを拡大するのが、4Gとは比べ物にならないくらい困難になる。特にミリ波でこの問題が深刻だ。4Gと同等のつながりやすさを実現するためには、より多くの基地局を設置する必要があり、インフラ投資が増大してしまう。

図1 5Gが抱えている普及を阻害する要因

事業開拓部 マーケティンググループ
シニアマネージャー
高橋 理基氏

特に5Gの電波が届きにくい場所が、家やビルなどの屋内である。部屋の壁や窓、置かれているものが、電波の伝搬の障害物になるからだ。国や地域の違いにかかわらず、世界のデータ無線通信は、約80%が屋内にある端末との間で行われているという。屋内での電波のつながりやすさは、5Gの利便性や快適性の向上に直結し、ひいては応用拡大に大きな影響を及ぼす要因になる。現状は、屋内での5Gの利用環境の整備は十分ではなく、今後の課題となっている。より多くの基地局の設置を待つか、他の先進技術で補完する必要がある。

「基地局数を抑えながらカバレッジを改善する技術を開発しています。基地局と端末の間の、電波が伝搬する空間を制御する技術です。特に見通しの悪い屋内環境では、電波の伝搬を制御する部材・デバイスを活用することで、5Gの電力を効率的に利用できる可能性があります」とAGC 事業開拓部マーケティンググループ シニアマネージャーの高橋理基氏は言う。

電波の障害物だった窓ガラスが、
屋外と屋内のつなぎ役へと変貌する

事業開拓部マーケティンググループ
マネージャー
中村 清久氏

既にAGCでは、5G電力効率利用の4つの技術を開発中だ。「自動車用ガラスアンテナの開発・生産実績や電磁波設計に関する知見・技術をフル活用し、5Gの電波をスマートに制御する技術の確立に取り組んでいます」とAGC 事業開拓部マーケティンググループ マネージャーの中村清久氏は語る。

まず、建物の開口部である窓ガラスの大面積を利用した、屋外から屋内(Outdoor to Indoor)への電波の取り込み技術として、「電波レンズ」と「窓実装型透明アンテナ付きFWA-CPE(Fixed Wireless Access - Customer Premises Equipment)」を開発している(図2)。

図2 屋外からの効率的な電波取り込みのための「電波レンズ」と「窓実装型透明アンテナ付きFWA-CPE」

電波レンズとは、窓ガラスの屋内側に貼り付けて、基地局から送られ窓全体に当たった電波を、室内の特定場所に1点集中させて送るフィルム状の部材である。AGCの電波レンズでは、薄いフィルムの上に、微細加工によって低抵抗な導体の周期的なパターンを形成し、電波の位相をコントロールできる光学レンズと同様に機能にした。電波をフォーカスさせた場所に5Gルーターやリピーターを設置して用い、電力を効率的に利用しながらそこを経由して室内にある端末にデータ転送する。

「屋外の基地局の位置と室内のルーターの位置があらかじめ定まっていれば、電波レンズの活用は比較的簡単です。実際はそうではないためビジネスにするためには、設計や実装技術の冗長性が課題であり、理想的には数種類のパターンで、より多くのケースに適用できる必要があるため、その開発に取り組んでいます。」(高橋氏)。AGCはこの技術をNTTドコモと共同開発しており、ミリ波対応端末が普及期に入る2023年度以降の社会実装を目指している。

一方、窓実装型透明アンテナ付きFWA-CPEとは、5Gのミリ波の電波を屋内で受けてWi-Fiに変換することで、高速大容量通信を実現しながら屋内を広くカバーするホームルーターの一種である。ミリ波の電波を広く効率的に受信するためにAGCが開発中の窓に直接貼合できる透明アンテナが鍵だ。現時点では研究開発の段階にある技術であり、2024年以降をメドに市場投入を目指している。

ガラスへの透明なアンテナの形成技術は、AGCが蓄積してきた多様な要素技術を組み合わせてより汎用性の高い技術に仕上げている。高性能で低消費電力なアンテナ設計技術・材料、ガラスによる電磁波の反射・吸収を最適化する技術などである。

近年、窓用のガラスとして、断熱性や遮熱性が高いLow-Eガラスの普及が著しい。しかしLow-Eガラスには、高周波の電波を反射する性質があるため、ガラスが電波の伝搬を妨害する障害物になっていた。AGCはLow-Eの断熱/遮熱性能を維持したまま特定の電波を透過させる電波透過構造設計技術を有している。Low-Eガラスであっても、この技術を適用し、電波レンズや窓実装型透明アンテナ付きFWA-CPEを組み合わせることで、Low-Eの省エネ性能を活かしたまま、5Gの高速大容量通信が両立できることとなる。

反射角を自在に制御し、
障害物の裏側へ電波を供給

また、取り込んだ電波を、屋内にある機器間(Indoor to Indoor)で安定的に電波が伝搬するように空間を制御する技術として、「リフレクター」と「壁掛けアンテナ」を開発している(図3)。

図3 屋内に置かれた機器間で安定的に電波を伝搬させるための「リフレクター」 と「壁掛けアンテナ」、ポール実装アンテナ

リフレクターは、ミリ波を反射させて、端末がある場所に電波を確実に届ける部材である。AGCが開発しているリフレクターは、可動部品が不要で、電気的な制御で反射させる方向を任意に調整できる点が特徴である。

電波を反射させれば、回折による回り込みが期待できない5Gのミリ波でも、障害物の裏側に電波を送り届けることができる。その際、単なるアルミニウムの板を反射板として使うこともできるが、入射角と反射角が常に等しくなるため、電波が反射する方向は一定(正規反射)になる。ところが、5Gの電波を受信する端末は固定されていないため、反射角が一定のリフレクターは利用シーンが限定される。こうした問題を解決するのが、AGCのリフレクターである。

AGCのリフレクターは、AGCのコア技術である低損失材料と電磁界設計・評価技術、およびユニークな構造設計技術により、電気的に任意に反射角度を制御することができます。「既に試作機は完成させており、お客様と一緒に様々な利用シーンを想定した実験を実施しています。今後、お客様ニーズを反映させながらバージョンアップを進め、並行して普及価格帯にまでコストダウンすることにより、2023年以降の実用化を目指しています」(高橋氏)という。

一方、壁掛けアンテナは、スモールセルと呼ばれる最も身近な基地局に向けた小型・薄型・軽量のアンテナだ。Sub6とミリ波、いずれの周波数帯にも適用することを想定した技術であり、実用化のメドが立ち次第、市場投入する予定である。

AGCが開発している壁掛けアンテナは、形状は小さく、薄く、軽い板状である。このため、アンテナがかさばって置き場に困る場所、高所での取り付け作業が容易ではない場所にも、基地局が設置しやすくなる。屋内の壁や天井への設置に加えて、基材にフレキシブル性を持たせることで街灯などへの市中のポールにも設置可能な技術を開発中だ。これらの省スペースでユニークなアンテナは5Gの基地局数増加への貢献が期待される。

これまでAGCは、サプライチェーンの川上に位置する材料の分野で、様々な業界が求める材料を開発・供給する役割を果たしてきた。そして、自動車用のガラスアンテナや電子部材の開発などを通じ、無線通信や高周波デバイスに関する知見も着実に取得している。今回紹介した5Gの利用シーンの拡大を支援する技術は、そうした技術と経験の蓄積の成果だ。こうした成果は、早くも研究が始まった6Gで求められる開発にもつながる、基盤技術となることだろう。今後、AGCは、素材メーカーだからこそ実現できる付加価値の高いデバイスを開発し、投入していく計画である。

share -

最上部に戻る