もはや誰もが持つスマートフォン。世界中の人々は、そのディスプレイにくぎ付けになっている。たとえ自分の不注意でも、そこに割れや傷が生じた際のショックは計り知れない。AGCは、ディスプレイを傷や落下による破損から守るカバーガラスの材料を開発・供給するメーカーとして、世界シェア2位のポジションにある。消費者がスマホに求める価値は多様だ。スマホ業界のプレイヤーやサプライチェーンも常に変化している。AGCは、生産技術力と材料設計力、技術支援などの提案力によって市場の多様性と変化に対応し、スマホの進化を支え続けている。

高強度ガラスでスマホの進化に
貢献するAGCの技術力

AGCは、スマホやタブレット端末、PCなどのディスプレイを傷や落下による破損から守る高強度カバーガラス用の硝材を、「Dragontrail®」と呼ぶブランドで2011年に商品化した。同ブランドの訴求対象は、ディスプレイを傷や破損から守るカバーガラスを開発・生産する端末、パネル、ガラス加工メーカーである。一般消費者が直接購入する商品ではない。ただし、その技術的進化は目覚ましく、2~3年おきに、より高強度なDragontrail®ファミリーの新硝材を市場投入している(図1)。より多くの落下条件から端末を守れるカバーガラスの実現をひそかに支え続けている。

最新の「Dragontrail®—STARシリーズ」では、初代よりも強度を2~3倍にまで向上させている。ガラス強度アップは、大画面化やガラスの厚みを薄くすることによる軽量化、筐体デザインの自由度向上など、モバイル製品の機能性を高めることに寄与している。

図1 カバーガラス強度の向上技術の進化によるスマートフォンの価値向上への貢献

電子カンパニー
先進機能ガラス事業本部長
清水 誠氏

「AGCには、競争力のあるカバーガラスを継続的に生み出していける、技術的強みが大きく2つあります。一つは、これまで特殊な生産手法でしか作れなかったような高機能・高品位なガラスを低コストで大量生産が可能なフロート窯(注1)による製法で作る技術があること。もう一つは、豊富な組成データベースを基にした優れた材料設計力です」と電子カンパニー 先進機能ガラス事業本部長の清水誠氏は語る(図2)。

(注1)フロート窯では、溶解窯にガラスの原料を入れて約1200~1600℃で溶かし、液体になったガラスをフロートバスと呼ぶスズなどが溶けた容器に流し込む。ガラスはスズよりも比重が軽いので、スズの表面に平坦なガラスができる。

図2 カバーガラスの開発・生産でのAGCの技術的な強み

AGCは、アジア地域にフロート窯を多数保有しているが、カバーガラス用は兵庫県にある関西工場の高砂事業所で生産している。フロート窯とは、一般的には建築や自動車用ガラスなどの生産に利用する溶解窯である。1日数百トンもの大量生産と低コスト化が求められるガラスの生産に適した製法である。AGCは、高機能・高品位なカバーガラスに、この製法を適用させている。高機能・高品位なカバーガラスを特殊な製法で生産することはできるが、それでは生産コストが高く、スマホのような世界中の人々が広く利用する機器に適用することが難しい。高度な技術を汎用化し、より多くの消費者に恩恵を受けられるようにすることこそが、メーカーの責務であり、腕の見せどころでもある。

また、高強度のカバーガラスは、材料を適切に選びさえすれば量産できるような簡単なものではない。高強度のカバーガラスをユーザーに届けるためには、フロート窯で作ったマザーガラスに「化学強化」と呼ぶ化学反応を活用した強度を高める処理を施す必要がある。こうした後処理にもAGCの技術の粋が集められている。化学強化とは、ガラスを強化液に浸して、ガラスの中に含まれるナトリウムイオンを強化液に含まれるカリウムイオンと入れ替える処理のことだ。カリウムイオンの方がナトリウムイオンよりも大きいため、ガラス組織内のもともとナトリウムイオンが収まっていた狭い領域にカリウムイオンが割り込むことで、圧縮応力が生じる。これによって、ガラスが割れにくくなる。化学強化自体は、比較的古くからある一般的なガラス加工法だ。ただし、ガラスの特性向上に生かすには、処理しやすく、大きな効果を発揮できるガラスの組成を見つけ出す必要があり、そこに技術力とノウハウの蓄積が不可欠になってくる。

データを駆使した研究開発で、
より優れたガラスを継続的かつ計画的に創出

消費者目線から見れば、「落としても割れないガラスを最初から開発して、スマホに使ってくれるとありがたい」と思う人もいるかもしれない。しかし、現実には、ガラスの高強度化はそれほど簡単ではない。スマホのディスプレイに用いるためには、高い透明度を維持し、しかも低コストでかつ供給力も持たなければならない。その前提を満たしたうえで強度を高めるのは、技術的に極めて難しく、基礎的な研究開発の体制が必要不可欠だ。

先進機能ガラス事業本部
品質技術統括部 技術企画部企画グループリーダー
博士(理学)
今北 健二氏

AGCは長年のガラス材料の研究開発の実績から、材料の組成と特性に関する知見を豊富に蓄積し、それを新材料の開発に有効活用できる巨大なデータベースを保有している。材料開発というと、エンジニアが考える様々な条件で試料を作り、出来上がった物質の特性や生成過程を試行錯誤して、くまなく検証して優れた材料を探す作業を思い浮かべる人も多いかもしれない。しかし、現在では、蓄積した膨大なデータを基に、統計分析などを活用して、情報科学の手法を駆使して求める物質の特性を効率的に設計する時代になっている。「マテリアルズ・インフォマティクス」と呼ばれる手法だ。AGCは、データの取得と活用に関する専門家であるデータサイエンティストを積極的に養成し、研究開発部門の各部署に配置している。これによって、より迅速で質の高い研究開発の成果が出せる体制を整えている。

市場で高い価値を持つ新材料を、継続的かつ計画的に生み出していくためには、目指す材料特性のターゲットを明確に定め、商品としての量産を前提とした新材料開発を実践することが重要である。AGCでは、「顧客との強いつながりによって発掘した潜在的ニーズを起点にして、営業・製造・開発それぞれの部門の専門家が密に連携し、QCD(品質、コスト、納期)を意識しながら市場価値の高い商品を作り込んでいます」と先進機能ガラス事業本部 品質技術統括部 技術企画部企画グループリーダー 博士(理学)の今北健二氏はいう(図3)。

図3 AGCでの硝材開発の体制と開発の進め方

さらに、現時点ではガラスが強度や破壊に至る現象については、科学的に完全解明されていない部分がいまだ残っている。このため、より高強度のガラスを科学的に開発するため、社内の研究所の各部署はもとより、外部の研究機関との間でコラボレーションし、世界最先端の知見を常に織り交ぜながら開発を進めている。

スマホの新しい価値を
材料レベルで作り込みユーザー企業に提案

先進機能ガラス事業本部
品質技術統括部長
石丸 直彦氏

カバーガラスの開発には、半導体産業にあるような業界全体で共有するロードマップは存在しない。スマホの筐体の形状や重さ、ガラスをはめ込む方法などが変われば、求められるカバーガラスの強度が異なる。さらには、同じ高さからの落下試験をしたとしても、地面の材料や硬さが変われば、破損を防止するために必要な強度が変わってくる。同じように見えるアスファルトでも、国が違えば、スマホ落下時の破損状況が変わってしまうような難しさがある。

このため、「カバーガラスの仕様を決定する企業に対して、市場付加価値のある高強度とはどのような状態を指すのかを定義し、新しいカバーガラスとその価値を検証する測定方法を併せてAGCから提案する必要があります」と先進機能ガラス事業本部 品質技術統括部長の石丸直彦氏はいう。

先進機能ガラス事業本部
営業統括部 営業1部 部長
大西 康司氏

素材メーカーであるAGCは、スマホのサプライチェーンの最も上流に位置する企業だ。商品を直接供給する先は、マザーガラスをスマホの形状に加工する中国企業を中心としたカバーガラスメーカーになる。ところが、カバーガラスの仕様、銘柄を決定するのは、必ずしもこうした企業だけではない(図4)。端末メーカーが、仕様、銘柄を全て指定する場合もあれば、モデルランクごとに決定者が異なる場合もあり、多様なパターンが存在する。このため、「それぞれの会社のサプライチェーン内での担当や価値観、企業方針に合わせて、価値提案や技術支援をしていくことになります。こうした活動は、各端末メーカーのモデル情報、銘柄決定プロセスを早期にキャッチし、それに合わせて端末やディスプレイパネル、カバーガラス各メーカーに実施します」と先進機能ガラス事業本部 営業統括部 営業1部 部長の大西康司氏は語る。

図4 スマホのカバーガラスのサプライチェーン

サプライチェーン上の供給先や仕様決定者の動向をつぶさに把握するため、AGCは、スマホおよびその部材の開発・生産の中心地になった中国の深圳に営業・技術営業の主力部隊を配置している。収集した顧客情報を基に、それぞれの企業にとって魅力的な価値を定義し、カバーガラスの具体的な加工方法や評価方法と共に提案している。

今後も消費者市場や端末メーカー、ディスプレイパネルメーカー、カバーガラスメーカーのスマホ用カバーガラスに対する要求は高度化し、さらに用途が多様化していくことは確実だ。AGCは、高度な生産技術と材料設計力、さらには顧客に応じたきめ細かい提案活動によって、次世代のカバーガラスを開発・供給し、スマホの進歩と顧客の価値創出に大きく貢献していくだろう。

※部署名・肩書は取材当時のものです

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