日経クロステック Special

リアル動作の総合シュミレーション環境

自動運転開発に貢献する「CarMaker」

ドイツIPG Automotive社の「CarMaker」は、自動車の総合的なシミュレーション環境を提供するプラットフォームである。もともとは車両の動的な特性をシミュレートするためのソフトウェアとして登場したが、最近では自動運転システムの開発に使われることが多くなってきている。CarMakerとはどのようなソフトなのか、他社のソリューションに比べて何が特徴なのか。IPG Automotive日本支社でプロダクトマーケティングマネージャーを務める村山哲也氏に聞いた。

自動運転に関して、完成車メーカー各社の大きな関心事となっているのが「いったいどこまで検証したら安全か?」ということです。この課題に対して、我々は「明確に安全だと言えるためのシミュレーション環境を提供したい」と考えています。

IPG Automotive株式会社 プロダクトマーケティングマネージャー 村山 哲也氏

IPG Automotive株式会社

プロダクトマーケティングマネージャー

村山哲也

車両モデルから走行環境までトータルにカバー

CarMakerは、自動運転車両をテストするための環境をトータルに提供し、次のような要素から構成されています。①車両の動きを検証するための「車両モデル」②車両が走行する環境の視覚情報を提供する「環境シミュレーション」③クルマの“知覚”とも言うべきセンサーを検証するための「センサーシミュレーション」④車両が走行する環境と条件を提供する「シナリオ生成ソリューション&ライブラリ」⑤他社のソリューションと組み合わせたり、部分的にハードウェアと組み合わせたりしてシミュレーションテストを可能にする「統合&テストプラットフォーム」⑥テストを高速に、並列して実行するための「HPC(High Performance Computing)&クラウド技術」−−。

「CarMaker」は自動運転システムの開発に必要なシミュレーションをトータルにカバーする機能を備える。
「CarMaker」は自動運転システムの開発に必要なシミュレーションをトータルにカバーする機能を備える。

多様なシミュレーション環境をシームレスに統合し、多くのプラットフォームでの動作が可能で、しかも演算負荷が小さいためHILS(Hardware in the Loop Simulation)上でリアルタイムに動作できる、といった特徴が評価され、欧州を中心とした多くのユーザーの信頼を得ています。

より実物に近いシミュレーション環境を実現

車両の動きを検証するための車両モデルには様々なレベルがあります。開発初期の、それほど精度を必要としないシミュレーションでは、カタログの主要諸元に掲載されている全長や全幅、ホイールベース、車両重量、前後の重量配分といった情報からでもモデルを作成することが可能です。

一方で、実車両のテスト走行データなどを活用すれば、ESC(横滑り防止装置)などの認証試験で使える精度の高い車両モデルを構築することも可能です。つまり車両モデルをどの程度詳細に構築する必要があるのかは、テストの要求レベルによって変わります。将来的には、CAEによって車体やサスペンションの動きをシミュレーションし、そのデータをシームレスに取り込み、精度の高い車両モデルを簡単に作り込むことも可能になるでしょう。

環境シミュレーションは走行環境の視覚的な情報を生成する機能です。新たに開発した「MovieNX」は、従来の「IPGMovie」に比べて、より実物に近い3Dの映像が作れるようになりました。従来のソリューションでは難しかった光の反射や逆光、トンネル出口でのハレーションなどの再現も可能です。

現在はまだ従来品のユーザーが多く、簡単なシミュレーション環境をユーザー自身が構築して活用するケースがほとんどです。MovieNXを用いた詳細なシミュレーション環境の構築は、我々に委託いただく場合が多いのですが、これも将来的には現在のソリューションと同様にユーザー自身で構築いただけるようになると考えています。

センサーシミュレーションでは、自動運転車でいわゆる三種の神器といわれる「カメラ」「レーダー」「LiDAR(Light Detection and Ranging)」、それに超音波センサーのモデルをポートフォリオとして持っています。単純に前方の車両までの距離が分かる程度のレベルから、実際に電波やレーザー光の伝搬まで考慮する詳細なモデルまで、要求特性に応じたレベルのモデルを選んでいただけます。

ただ、センサーの進化は早く、また次々に新しい製品が出てくるので、詳細なシミュレーションが必要なユーザーは実車テストで測定したデータを取り込んで、実センサーを忠実に表現するモデルの構築が必要になります。

CarMakerはカメラ、レーダー、ライダー、超音波のセンサーモデルを有し、ユーザーは開発要求に応じたレベルのセンサーモデルを選んで、現実的なシミュレーションを実行できる。
CarMakerはカメラ、レーダー、ライダー、超音波のセンサーモデルを有し、ユーザーは開発要求に応じたレベルのセンサーモデルを選んで、現実的なシミュレーションを実行できる。

シナリオ作成に実車テストのデータを活用

シナリオ生成とは、シミュレーション環境の中で車両モデルを走行させる道路などの走行環境や、ほかの車両、歩行者といった交通参加者を再現し、高速道路での合流や車線変更、交差点での右左折といった、あらゆる走行シーンを生成するプロセスになります。このうち走行環境の生成は、地図データを基に作成する場合と、実車を走らせて取得した画像データやLiDARの測定データなどから構築する場合の2通りがあります。

シナリオ生成では、地図データをインポートして作成する手法と、実際にテスト車両を走行させて得たカメラからの画像データやLiDARの測定データを使って作成する手法がある。
シナリオ生成では、地図データをインポートして作成する手法と、実際にテスト車両を走行させて得たカメラからの画像データやLiDARの測定データを使って作成する手法がある。

シナリオ作成の難しさの1つに、「ヒヤリ・ハット」に代表される予測困難な事象をいかに再現するかという点があります。完成車メーカーからも、最初に自分たちでシナリオを考えて自動運転アルゴリズムを構成し、実際の道路で走らせてみると、考えが及ばなかった事象がたくさん発生すると聞きます。実際の道路環境をくまなく考慮したシミュレーション環境の構築には、完成車メーカーもまだ試行錯誤しているようです。このため当社は、実車テストのデータを活用してシナリオを作成する取り組みを行っています。

ここまでお話ししてきたシミュレーション環境の構築は、当社のソリューションだけで完結しないケースもしばしば発生し、必要に応じて外部の様々なソリューションを統合していくことになります。そこで、外部のソリューションで構築した自動運転のソフトウェアスタック、交通流をシミュレーションするソリューション、環境シミュレーションの機能を持ったソリューション、さらには完成車メーカーの内製ソリューションなどと連携するため、様々な標準規格に則ったインターフェースも用意しています。

さらに自動運転機能の高度化・複雑化によって、シミュレーションのために必要な計算能力も上がっています。そこで当社では、GPU(Graphics Processing Unit)などを搭載したHPCや、クラウドを活用した計算の高速化などをサポートしています。

HILSでのリアルタイムシミュレーションを可能に

ここからはCarMakerの使用実例をご紹介します。まず、ドイツのハンブルクで実施された自動運転シャトル開発プロジェクト「HEAT(Hamburg Electric Autonomous Transportation)」の事例です。注目していただきたいのは、CarMakerによって、非常に複雑な構成のセンサーシステムのシミュレーションが実現したことです。このシャトルは2種類のカメラを5台、長距離レーダーを5台、さらに2種類のライダーを9台、合計19台ものセンサーを搭載しているのですが、本プロジェクトではCarMakerを使って、これらすべてのセンサーの詳細な物理モデルを構築しシミュレーションを実行しました。

HEATプロジェクトでは自動運転シャトルに19台のセンサーを搭載する。CarMakerは、このすべてのセンサーについて、詳細モデルのシミュレーションをリアルタイムで実行することを可能にした。
HEATプロジェクトでは自動運転シャトルに19台のセンサーを搭載する。CarMakerは、このすべてのセンサーについて、詳細モデルのシミュレーションをリアルタイムで実行することを可能にした。

複雑なシステムであるにもかかわらず、CarMakerを活用いただくことで、HILS上でシミュレーションをリアルタイムで実行し、シャトルに搭載するECU(電子制御ユニット)を評価することができました。このように、多数のセンサーを搭載したモデルでもリアルタイムで実行できることは当社ソリューションの1つの特徴です。

もう1つのメリットは、MILS(Model in the Loop Simulation)、SILS(Software in the Loop Simulation)、そしてHILSとソフトウェアの開発のプロセスを進めていっても、同じシミュレーション環境でテストできることです。開発プロセスの上流から下流まで一貫したシミュレーションを可能にして、開発を効率化できることも大きな特徴です。

次にご紹介する事例は、国内の完成車メーカーがCarMakerを活用したシミュレーションによって、実ECUを作製する前にソフトウェアの検証を前倒しで実施することで完成度を高め、開発期間の大幅な短縮に成功したことです。また、ドイツContinental社では、レーダー信号から物体を検知するアルゴリズムを検証するのに、CarMakerによるシミュレーションで発生させたレーダー信号を活用し、必要な信号の85%を再現できました。

今後は、環境シミュレーション機能の一層の充実や、テスト環境にステアリングシステムやカメラなどといったハードウェアを取り込むためのデバイスやインターフェースの充実を図り、よりユーザーの皆様に使いやすいソリューションを目指していきます。

コンチネンタル社はCarMakerで発生させたレーダー信号を物体認識アルゴリズムの開発に活用している。
コンチネンタル社はCarMakerで発生させたレーダー信号を物体認識アルゴリズムの開発に活用している。
IPG Automotive株式会社 プロダクトマーケティングマネージャー 村山 哲也氏