Introduction

国を挙げた新型コロナウイルス対策が進む中、医療システムの情報改革が加速している。医療機関、自治体、政府が感染情報を迅速に共有できるシステムが立ち上がる一方、オンライン診療が急速に普及しつつある。「Microsoft Teams」を実装したオンライン診療システム「YaDoc Quick」を提供するインテグリティ・ヘルスケアの武藤真祐氏と、国の感染対策の陣頭指揮を執ってきた元厚生労働省医務技監の鈴木康裕氏が、日本医療の課題やIT活用について議論した。

感染症対策へ、
個人保護と公益性に関する議論が急務に

株式会社インテグリティ・ヘルスケア
代表取締役会長
武藤 真祐 氏

武藤 政府の新型コロナウイルス対策の最前線に立って来られました。

鈴木 はい。コロナ以前の公衆衛生に関するデータ収集は、かなりアナログでした。医療機関から保健所にファックスで届き、職員が手入力していたのです。これでは太刀打ちできないということで、コロナ対策に奔走しながら3つのシステムを立ち上げました。

1つは「HER-SYS」です。これは、医療現場でPCR検査のデータや患者の属性などを入力すると、保健所、自治体、政府が同時に把握できるシステムです。

2つ目が「G-MIS」です。医療機関において、防護服や呼吸器などを含む医療器材の在庫状況を常時把握できます。

最後が、スマートフォン向けアプリの「COCOA」です。一定時間、一定の距離内に感染者がいた場合、自身が感染者であることを宣言した場合に限り、その情報を他と共有できる仕組みです。COCOAの問題点は、人口の20%程度しかカバーできていないことです。普及率を上げるには、このアプリを入れるとイベントに自由に行けるとか、夜10時以降もレストランに入れるなど、何らかのインセンティブが必要になると思います。また、GPSとの連動も必要です。

武藤 感染症対策を牽引される中で、個人情報と公益性、医学と政治のバランスをどのようにお考えになりましたか。

元厚生労働省 医務技監
鈴木 康裕 氏

鈴木 感染者の居場所を特定することは、個人情報保護に関わる問題です。しかし、同じ場所にいた多くの人たちは、その情報を早く知りたいわけです。国家が危機的状況に陥った場合には、公益のために個人の権利をある程度制限できるような仕組みについて早く議論すべきだと思います。

また、科学と政治のバランスについては、私は、最終的に責任を取れるのは、やはり選挙で選ばれた政治家しかいないと思います。そして、政治家の判断に必要な材料を提供するのが科学者の役目です。情報提供者としての科学者と、決断者としての政治家の立場は一線を画すべきと考えます。

また、科学者が提供した情報と政治家が決断を下した過程は透明化し、国民に明らかにすべきでしょう。

目指すは、オンライン診療と
対面診療の最適な組み合わせ

武藤 今回のコロナ禍で進んだものの1つが、オンライン診療です。必要に迫られて急速に広がりました。

鈴木 オンライン診療は必要です。診療の場に行けない人や行きたくない人、行かない方が便利な人は確かに存在します。またコロナ禍では、診療の現場が密になることで感染が拡大する恐れもあります。

ただし、すべてがオンライン診療でよいかといえば、答えはNOです。患者を直接診ないとわからないケースは確かにあります。重要なのは、オンライン診療と対面診療の最適な組み合わせだと思います。初診のオンライン診療を認めるかどうかといった個別の議論ばかりしていても、答えは出ません。

武藤 私もオンライン診療と対面診療は二者択一の問題ではないと考えます。私は在宅医療をしています。夜中に患者に呼ばれて行ってみると、あまり大きな問題ではないケースもあるし、私を呼ぶより早く救急車で運ぶべきだったケースもありました。このギャップを埋めるには、家族と電話で話をして患者の様子を聞くのではなく、テレビ電話で直接診る方が早いと考えました。しかし、オンライン診療に反対する方もいるようですね。

鈴木 反対する主な理由は、未知のものに対する不安ではないかと思います。これは悪いことではありません。オンライン診療には、医師と患者の本人確認をどうするか、課金をどうするか、いかにして高齢者にも容易に使えるシステムを構築するかといった複数の課題があります。向精神薬のようなものを大量にもらい、横流しする人が出てくることも懸念されます。

今は移行期にあります。まずは適正な事例を蓄積しながら、不正に対しては厳罰に処していくことが必要でしょう。

未知の課題には、
影響の大きさを勘案しながら挑戦を

武藤 今回のコロナ禍や2009年に起きた新型インフルエンザを含め、数々の国難に対峙されてきました。そうした未知の課題には、どう対処すべきとお考えですか。

鈴木 最も重要なのは、不確実性がある時の意思決定です。例えば、薬害のおそれがあるという情報があったとして、それが証明されてから手を打つか、それとも疑われる段階で手を打つか。私は、人命に関わる危険性がある場合は後者を取るべきだと考えます。早めに手を打ち、後から「やり過ぎだった」と批判される方がまだよい。被害が拡大してからでは手遅れですから。

武藤 その意味では、人工知能(AI)を取り入れた医療機器の開発などでは、アップサイドは勢いよくチャレンジしてもよいが、人命に関わるダウンサイドがある場合には、慎重にリスク管理していく必要がありますね。

鈴木 その通りです。AIを医療に取り入れる場合の最大の難点は、機能が進化することです。

医療機器の承認というのは、承認を申請した時点の情報で判断する決まりです。逆にいえば、「承認を申請した後は一切変えるな」ということですね。しかし、AIは日々賢くなっていくことに優位性があるわけです。

この場合、AIのロジックがダウンサイドをどのように検証し、改善していくのか、その仕組みを透明化し、一定の見込みが認められるのなら、それを含めて承認するという方法があり得ると思います。

武藤 当社のオンライン診療システム「YaDoc Quick」は、単なるビデオ通話を超えるコミュニケーション能力を持つ「Microsoft Teams」と連携しています。そうした動きは海外の方がずっと進んでいるわけですが、この状況の中で日本の医療の発展を考えた場合、3つのアプローチがあると思います。

「既存の国内ベンダーがイノベーションを図る」「海外で成功しているビッグプレイヤーに日本の医療を変えてもらう」「国内のベンチャー企業を育成する」。 この3つですね。

「Microsoft Teams」と連携することで、安定した映像品質でのオンライン診察を可能にする「YaDoc Quick」

鈴木 その3つの選択肢は相互に排他的ではありませんから、同時に進めてよいと思います。ただし重要な点は、日本の現場にいる医師や看護師のニーズをしっかりと汲み取れるかどうかです。その意味では、国内にあるベンチャー企業や大学に利があると思います。しかし、ベンチャー企業には資本力や販売網がありませんから、巨大なプレイヤーが目利きをしながら、良いベンチャーを育てていくモデルが有効ではないでしょうか。

日本の医療発展のために、
電子カルテ情報の集約化へ

武藤 先生は医療奉仕で南米に行かれたことがあるそうですね。その時の経験は、現在のお仕事にどう役立っているでしょうか。

鈴木 かつて大学の医療奉仕で2カ月間南米に行きました。ブラジルのある地域では、感染症による乳幼児の死亡率が非常に高いという問題がありました。この状況を見た米国の医師が、抗生物質を大量に配布しました。それによりたくさんの乳幼児の命を救うことができました。しかし今度はその子供たちが成長する過程で学校や仕事にあぶれ、多くが都市のスラム街に出てギャングになってしまったのです。

目の前の患者を助けることは、医師としての善です。しかし、社会環境まで含めた広い視野で臨まなければ、本当の意味での医療は成功しません。先例にとらわれずに現場をよく観察し、国民が困っている問題を広い視野でとらえることが重要です。

「真の意味で医療を成功させるためには、社会環境を含めた広い視野が必要」と鈴木氏は語る

武藤 先生は子供時代からそのようなお考えだったのでしょうか。

鈴木 まさか(笑)。小学生の頃は、国選弁護士になって困った人たちを助けたいと思っていました。あるいは、社会の闇に光を当てる新聞記者。

武藤 なるほど。その正義感は、どこか現在のお姿にも通じている気がします。鈴木さんは8月に厚生労働省を退官されたわけですが、今後は何をされていくお考えですか?

鈴木 36年間の公務員生活の中で、やり残した感覚が最も大きいのは電子カルテです。疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD)に準拠した診断名や検査値、画像などのデータを吸い上げること自体は難しくありません。これを国内数カ所で安全に管理し、審査支払機関と医療機関を結ぶ回線を使って日々の差分を吸い上げ、いつでもリトリーブできる環境を整えれば、病院の管理コストは下がり、データ活用も容易になります。日本の技術力でできないことは1つもありませんから、早急に進めるべきでしょう。

武藤 医療に関するデータを集約できる仕組みがあれば、日本の医療は大いに発展できると思います。私も常々、オンライン診療のようなアプリケーションの充実だけでは限界があると思っていました。お立場が変わられても、ぜひ日本のヘルスケアのIT戦略をリードしていただきたいと思います。今日はありがとうございました。