クラウドとオンプレミスをハイブリッドに運用するスタイルが、すでに日本企業の主流になりつつある。そんな中、日本マイクロソフトは「Azure Arc」をビルトインした新たなハイブリッド・プラットフォーム「Azure Stack HCI」の提供を開始した。このプラットフォームによってマイクロソフトが目指す理想とは何か。サーバーの仮想化技術やハイブリッドの歴史を紐解きながら、ITインフラの構築と運用に精通する2人が核心に迫る。
すでに日本企業の約半数が
ハイブリッドクラウドを推進

マーケティング&オペレーションズ部門
Azure ビジネス本部
プロダクトマーケティング部
プロダクトマネージャー
佐藤 壮一 氏
佐藤:クラウドの活用は、日本でもかなり浸透してきました。2020年12月に実施された調査によれば、過半数の企業が今後はクラウド活用を検討しています。ただし、「クラウドへの完全移行」はまだ10.4%程度で、オンプレミスとクラウドの「ハイブリッド」が45.2%と最も多くなっています。より効果的なハイブリッド活用へのニーズが今、高まっている状況です。
他方、今後、毎年、約10万台前後の仮想化ホストのリプレイスが発生していくと推定されています。ハードウエアのリプレイスは5~7年周期。このタイミングで従来通りの形式でリプレイスしてしまうと、オンプレミス環境をハイブリッドクラウド環境として最適化するチャンスは5~7年先になってしまう。これでは完全に時代に取り残されてしまいます。最新のテクノロジーを用いて、デジタルトランスフォーメーション(DX)への備えを進めておくべきです。

※MM総研調べ「国内オンプレミス仮想化基盤の利用状況及び更新方法に関する調査」(2020年12月)
これに対する1つの答えが「Azure Arc」であり、新生した Azure Stack HCI になります。
Azure Stack HCI は Azure Arc をビルトインした新たなプラットフォームとして機能します。仮想マシンが従来通り動作するだけではなく、コンテナー基盤のマネージドサービスである Azure Kubernetes Service(AKS)や、Azure Arc enabled Service として提供される、データベースや Machine Learning といった、各種マネージドサービスも動作することが可能です。単純な仮想化基盤ではなく、Azure のハイブリッドクラウドプラットフォームと呼ぶべきものであり、まさに今、オンプレミスのモダナイズに必要とされている要素になったと言えるでしょう。

2003年から一貫して追求してきた
マイクロソフトの理想
佐藤:マイクロソフトは Azure Stack HCI 以前にも様々なソリューションを展開してきましたが、目指すものは一貫しているように思います。「Windows Server(Hyper-V)+ System Center」の時代から大きく変わらないように感じますが、いかがでしょうか。

パートナー事業本部
パートナー技術統括本部
シニアクラウドソリューションアーキテクト
高添 修 氏
高添:確かに、マイクロソフトが仮想化の重要性を強く意識し始めた2003年当時から変わっていないと思います。ポイントはやはり、2003年5月に発表した「Dynamic Systems Initiative(DSI)」でしょう。
その大きな目的は、ビジネスのアジリティを高め、運用コストを新規IT投資へ振り向けていくことでした。システムの開発からITに落とし込み運用するまでを、徹底的に自動化する。そのために仮想化が必要だったし、マイクロソフトは一貫してIT基盤の上で動くシステムを意識してきました。

佐藤:つまり、動的なインフラでビジネスをすることですよね。そのビジョンは20年近く変わっていません。2007年頃に仮想化技術が出始め、2008年頃に「Hyper-V」が出てきました。
高添:マイクロソフトにとってHyper-V や仮想化技術はITをより効果的に使うための基盤なので、重厚な仮想化基盤を目指すのではなく誰でも利用できる仮想化基盤を目指してきました。データセンター技術者には少し物足りないと感じることがあったかもしれませんが、その考え方があったからこそ、Hyper-Vはずっと進化し続け、今では Windows 10 のセキュリティ基盤やXboxでも使われているし、Azure の基盤として巨大データセンターでも使われています。マイクロソフトはサーバー仮想化技術の民主化を目指していたともいえます。
佐藤:その後、2012年~2016年頃はどのように変化したとお考えですか。
高添:基盤以上にその上で動くシステムやビジネスのアジリティを目指していたので、その頃、マイクロソフトのテクノロジーはセルフサービスへと向かいました。System Center にセルフサービスツールを組み合わせたり、Datacenter Toolkit や Azure Pack を出したりと、パブリッククラウドが形になっていく中で、プライベートクラウドという名のセルフサービスをいかに日本企業のインフラに導入してもらえるかということを考えた時代でした。
佐藤:「GitHub」を買収し、Azure と連携させていく中で「GitOps」や「WebOps」、内製化といったアプローチも進めていきましたね。当時のクラウドのメリットをどう説明していたか。競合他社はスケールメリットやコストダウンをひたすら押していましたが、マイクロソフトはセルフサービスのために管理GUIにもこだわってきました。人工知能(AI)やコーディングの面でも、マイクロソフトは民主化という言葉が好きですよね。
高添:好きですね。AIの民主化も「DevOps」とか「コンテナー」を推し始めたのもその頃ですね。
佐藤:同時に、理想と現実のギャップの差に最も苦しんだのが2014~2016年頃のように思います。2003年に「Dynamic Systems Initiative(DSI)」というビジョンを打ち出し、2007~2008年頃に仮想化や運用ツール系の話が出てきました。その後、クラウドやDevOpsが10年程かけて成熟し、ようやく理想が実現化できそうな形になってきているように思います。
高添:今でいう「Hybrid 1.0」の頃ですね。Hybrid 1.0は、実際はハイブリッドではありません。オンプレミスとクラウドが完全に分離されていて、クラウドに似た世界観がプライベートクラウドという形でオンプレミスに入ってきただけです。

佐藤:まさにクラウド“ライク”なオンプレミスですね。
高添:単なる仮想化基盤で良かった時代から、自動化やAPIを少しずつ意識し出した頃です。そこに、本当のパブリッククラウドがシンクロしてきました。ネットワークが高速化してボトルネックにならなくなったことも大きいですね。
佐藤:ネットワークの進化によってクラウド的なコンポーネントをオンプレミスでも使えるようになり、Hybrid 1.0からHybrid 2.0の世界観へと移行していった気がします。
オンプレミスは Azure Stack HCI と Kubernetes が基本に
佐藤:今日、インフラ的な視点でも多様化と多層化が著しいと思います。ニーズも細分化されていますが、高添さんはこの現状をどう見ていますか。
高添:インフラエンジニアのカバーすべき領域が、明らかに広がっていますね。クラウドはIaaSもPaaSも進化しているし、オンプレミスでもコンテナーを含むクラウドネイティブな世界を受け入れる必要が出てきています。イノベーションとして語られる事例の中にはIoTやエッジAIが多く登場します。ただ、仮想化基盤が不要になったわけではないというのも事実で、このままだとインフラエンジニアの仕事は肥大化します。それらをシンプルにするための施策の1つが、今回の Azure Stack HCI だと思います。非常に良いタイミングで出てきました。
また、パブリッククラウドの活用が急速に進む半面、オンプレミスも無くならないという当たり前の事実が認知され始めています。当社CEOのサティア・ナデラは大きな意味での分散コンピューティングと言っていますが、クラウドで処理したいものはクラウドに置けばいいし、データを生み出す場所でも一時処理が出来たほうが効率的ですし、全体で最適な設計をすればよいのです。そうした大きな意味での分散コンピューティングやハイブリッド化が進む中で、オンプレミスの環境は Azure Stack HCI と Kubernetes が基本になっていくと考えます。
佐藤: Web側のアプリケーションやサービスをすばやく試し、ビジネスのスピードを上げていきたい中で、仮想化基盤の構築に今までのような時間と手間をかけているわけにはいきません。そんなとき、Azure Stack HCI は大変重宝します。

高添:そうですね。オンプレミスかクラウドかを比較していた人たちからすると、クラウドで課金する Azure Stack HCI はこれまでの経緯から断絶された破壊的なイノベーションのように感じられるかもしれません。重要なポイントはパブリッククラウドの活用が進む中で、仮想化基盤や仮想マシンの価値は相対的に下がっていると見た方が良いということです。仮想化基盤の必要性そのものは変わっていないので、この“相対的”な部分に気づくことができる人は多くない。Azure Stack HCI を使い、この従来型仮想化基盤の相対的価値低下に対しては、導入リードタイムの短縮や運用面まで含めたトータルでのコストの最適化と、仮想マシンの高速化による価値向上、そしてハイブリッドクラウドプラットフォームへの拡張的な進化というアプローチが有効なのだという認識を多くの人に持っていただきたいと思います。
佐藤:ゴールはあくまでビジネスの高速化ですからね。ビジネスを早く試して早く失敗を重ね、結果として早く成功するための基盤ですから。仮想化基盤が急速にコモディティ化していく中で、OSレベルで新しいものをすばやく手軽に導入できる Azure Stack HCI が登場し、そこに Azure Arc がビルトインされた。これにより、パブリッククラウドの様々なマネージドサービスをオンプレミス環境でも同じように使えるようになったわけです。
Azure Stack HCI ですばやく自在に
変化するインフラを実現
佐藤:Azure Stack HCI は、Windows サーバー系で脈々と育んできたエコシステムをベースにしているため、ハードウエアを含む数々のソリューションを容易に入手できる環境がすでに整っています。従来のように時間をかけて細かな事前検証しなくてもすぐに使える製品が多数あり、クラウド時代に適したリードタイムですばやく環境が整います。
従来からの仮想化基盤を進化させてものとして、仮想マシンだけではなく、コンテナーアプリや機械学習、データベースをハイブリッド利用していくことも可能になりますし、いわゆるエッジコンピューティングとして、Local 5G連携やスマートファクトリーといった、Industry DX を推進したいような場面でも、価値を発揮できるのではないでしょうか。
高添:バズワードとまで言われたハイブリッドがより本質的に議論されつつあるように思いますね。例えば、レイテンシーやデータ主権の議論が進む中で、インフラがその足を引っ張るようでは、ニューノーマルな社会には対応できません。しかし Azure Stack HCI なら、クラウドから従量課金で利用できるので、すぐに導入し、要らなくなれば登録を解除することも可能です。小さく始めた後、規模を拡大することも容易です。

佐藤:そうですね。Azure Stack HCI はハイブリッドクラウド用の新しいプラットフォームです。その点を、ぜひインフラとクラウド双方のスペシャリストの方々にご理解いただきたいと思います。
高添:インフラ周りの業務が非常に増えています。企業のインフラやサーバーの仮想化技術はこれまで以上にシンプルにし、ビジネスに直結するシステムの担当者や開発者の思惑を受け止めていかなくてはなりません。そのなかで Azure Stack HCI は極めて高い価値を提供できると思います。
