急速に変化し始めたビジネス環境にアジャイルに対応するには、IT基盤の強化が欠かせない。そう考え、オンプレミスからクラウドへの移行を進める企業が増えている。医薬・ヘルスケア業界で独自のサービスを展開するシミックグループもその一例だ。クラウドが持つ圧倒的なスケーラビリティと革新性を積極的に取り入れ、ビジネスのスピードを加速しながらイノベーションや新ビジネス創出への道を進む。
激動の医療業界。オンプレミスのままでは、
加速するビジネスニーズに応えられない!
グループ25社、約7000名の従業員を抱えるシミックグループ(東京)は、1992年に日本で最初にCRO(医薬品開発支援)というビジネスを開始し、リーディングカンパニーとして顧客の様々なニーズに対応してきた。今では、CROの枠を超えて製造、営業・マーケティングなど、製薬企業のバリューチェーンをすべて支援できるよう業容を拡大し、グループ独自の事業モデル「PVC:Pharmaceutical Value Creator」を展開している。
昨今の医薬・ヘルスケア業界の変化は目まぐるしい。医療ニーズが多様化し、人工知能(AI)やデジタル技術を駆使した新しい創薬研究やバーチャル治験、デジタル治療、オンライン診療などが始まっている。グローバルに展開する大企業や、異業種などからの参入も増加した。このような変化は、昨今のコロナ禍でさらに加速している。
これを受け、同社のITサービスも急激に拡大しつつある。それに伴いシステムへの負荷と運用業務が増加するが、その中でもサービス品質に影響を与えるわけにはいかない。またオンプレミスの環境では、サービスの新規導入や改善、廃止する際のリードタイムが長くなる。それが原因となり、急増するビジネスニーズに十分に応えられないことが課題となっていた。
同社はこの課題を解決するため、はるかに高い自由度とスケーラビリティを持つクラウドへの移行を決めた。狙いは「DX推進、セキュリティ確保、働き方改革などのすべてにおいて、アジャイルに対応できるようになること」(シミックグループ CIOの中田大介氏)だ。

CIO
中田 大介 氏
2019年10月からリフト&シフトを開始。2020年はSaaSメインに導入を進め、2021年はその中心をIaaSに移す。
「最終的に、全システムをクラウドへ移行させることをゴールとしています。クラウド活用は、災害対策や事業継続計画(BCP)の面でも重要です」(中田氏)。また、オンプレミスによる運用では資産管理が必要になり、財務上の足かせも増える。ビジネスのスピードがますます速まることを考えると、クラウド化は避けられないと中田氏は語る。
機能性に加え、豊富な事例と支援サービスの安心感から
Microsoft Azure を選択
同社は2019年10月から複数のパブリッククラウドを比較し、半年ほどかけて Microsoft Azure の導入を決めた。セキュリティや可用性、コストなどの一般的な要件に加え、ヘルスケア業界特有のアーキテクチャーやコンプライアンスの要件に適合できるかどうかも重要な評価軸となった。また、同社は従来から Windows Server や SQL Serverといったマイクロソフト系のプラットフォーム導入実績もあり、それら環境との親和性も考慮すべき大きな要素となった。
こうした要件を検討した段階ですでに Azure の優位性は高かったが、一番の決め手になったのは「AMP(Azure Migration Program)」によるマイクロソフトの支援だった。コスト面のメリットだけでなく、ベストプラクティスに基づく手厚い移行支援がある。同社はこれを安心材料として高く評価した。

「機能面だけを見れば、他社にも優れたパブリッククラウドはありました。しかし、サービスまで含めたソリューションとして見た場合、親身になってフォローしてくれるマイクロソフトの姿勢は魅力的でした。我々自身が勉強させてもらえるかどうかは、重要な選定ポイントになります」(シミックソリューションズICT部副部長の花岡良氏)

ICT部
副部長
花岡 良 氏
「現行のITコストをなるべく圧縮し、イノベーションに繋がる施策へ投資したい意向があります。マルチクラウドにすると管理コストが増えるので、なるべく絞る方向で検討しました」(中田氏)。Azure ハイブリッド特典や Reserved Instance によるコスト削減効果は非常に魅力的だったと中田氏はいう。
同社は現在、概念実証(PoC)とアセスメントを進めている。同時に、ユーザーとなるグループ企業や事業会社向けに Azure を活用するためのガイドラインを策定中だ。
「ガイドラインはとても重要です。Azure をなるべく自由に使ってもらいたい半面、自由にすればするほどリスクは高まる。その線引きが難しいのですが、それさえしっかりできれば、スピード感を損なうことなくクラウド活用を推進できます」(シミックソリューションズICT部IT Business Partnerの相馬宙氏)。2021年6月から順次 Azure への移行を進め、1~2年かけて全面的な移行を目指す。

ICT部
IT Business Partner
相馬 宙 氏
ただし、クラウドへ移行してもあまりメリットが得られないものは、現行システムの減価償却が切れるまでそのまま運用するケースもある。また、クライアント企業から受託しているプロジェクトの場合、契約に縛られて移行できないものもある。
「試験機材や製造装置など、物理的な設備が多く絡むシステムはローカルで連携させた方が安心なケースもあります。システムごとの条件をよく吟味しながら、最適なタイミングでクラウドへ移行します」(花岡氏)
クラウドを生かしたイノベーションや
新ビジネスの創出に期待
クラウド化の先にあるイノベーションへの期待も大きい。
「AIとデータ分析を用いた業務の効率化や、新しいビジネスを創出するためのクラウド活用にも積極的に取り組んでいきます。また、将来的にはハイブリッドクラウドになっていくと考えており、Azure Arc の評価を進めています」(中田氏)
従業員のリモートワークでは、Windows Virtual Desktop(WVD)の活用も視野に入れている。「一時的にスペックの高いノートPCを必要とするケースがあり、まずはその代替手段として WVD を利用していきます」(花岡氏)。同じ端末でも、WVD のスペックを変えるだけで様々な業務に対応できるようになる。同社が保有しているライセンスには WVD を利用できるメリットがあり、それを生かして業務環境の近代化を進めたい考えだ。
現行システムを全面的にクラウドへ移行することに関して、不安や懸念は全く無かったのだろうか。
中田氏は「すでにグローバルに多数の事例があり、基幹業務のクラウド化に関する不安はありませんでした」と述べる。逆に、クラウドを生かしてアジャイルに対応していかなければ時代に取り残されてしまう危機感の方が大きいという。
「このプロジェクトは大変ですが、やる価値があります。会社の未来にとって、この勇気ある一歩は非常に重要だと考えます」(中田氏)
環境の変化にすばやく対応できる企業がビジネスを制する。そのスピードを手にするには、IT基盤の近代化が不可欠――今、この先を見据える彼らの取り組みから、改めてその事実が浮き彫りになった。
