2021年1月から同年3月にかけて、自動車メーカーの実車データを使用し2,000以上のコアを用いて、クラウドCAE「Ansys Cloud」のベンチマークテストが行われた。Ansys Cloudは、CAE分野を牽引するAnsysが Microsoft Azure(以下、Azure)上にて、すぐに使える状態で解析をサービスとして提供する。今回のベンチマークプロジェクトにおいてAnsysとマイクロソフトは連携し、流体解析など大規模計算処理のニーズに応えるべく、Ansys Cloudの適用を試みた。テスト結果では、オンプレミス環境と比べて遜色のない性能・機能を達成。両社の協業は、設計・開発の業務プロセス変革はもとよりデジタルツイン、さらにエンジニアリングITと業務ITの融合によるサプライチェーンの全体最適を見据えている。

使い慣れているCAEアプリケーションから
必要なときに数クリックで計算リソースを利用

アンシス・ジャパン株式会社
テクニカル・アカウント・マネージャ
湯川 浩 氏

日本の自動車産業の競争力を高めてきた設計・開発エンジニア。これまで安心・安全、品質・信頼性、性能・機能、生産性などの徹底追求により、日本車ブランドを築く原動力となってきた。今、環境保護の観点からグローバルで進む脱炭素や、モノからコトへの消費者ニーズの変化の中で自動車業界が目指すトレンドCASE(Connected:コネクテッド、Autonomous:自動化、Sharing:シェアリング、Electrification:電動化)、あらゆる交通手段を1つのサービスとしてシームレスにつなぐMaaS(Mobility as a Service)など、これまでの視点とは異なる新たな価値の創造がエンジニアに求められている。

自動車産業の大変革が進む中、今後開発競争は一層激しさを増すだろう。競争力の源泉となるエンジニアへの期待が高まる一方で、負荷も増大する。開発スピードの向上と、試行錯誤を伴う開発に集中できる時間の創出という、一見相矛盾する2つのテーマをいかに実現するか。重要なポイントとなるのが、HPC(High-Performance Computing)の構築を含め、CAE解析に要する時間の短縮だ。

従来のCAE解析における課題について、アンシス・ジャパン テクニカル・アカウント・マネージャの湯川浩氏は話す。「通常、HPC(大規模計算環境)を構築するのに1年以上を要する上、開発案件が集中していたり、大規模プロジェクトが動いていたり、申請してもすぐに利用できないこともあります。また、個別プロジェクトごとにソフトウエアとハードウエアを選定し、何カ月もかけてカスタムメイドの解析システムを構築するケースでは、手間暇に加えて技術革新のスピードに追随できない点も課題となります」

クラウド上のHPCを使ってCAE解析を行うことで、従来の課題は解決できる。しかし、エンジニア自身がSaaS(Software as a Service)にログインしセットアップするのは、容易ではない。CAE分野を牽引してきたAnsysが提供するAnsys Cloudは、エンジニアファーストを大切にしていると湯川氏は強調する。

「Ansys Cloudのユーザーは、いつも使っているAnsysのCAEアプリケーションから、従来の操作画面上で Azure 上のHPCで計算処理を行い、計算処理後に手元に戻ってきた結果を考察できます。設計・開発プロセスの中に、クラウドHPCを活用したCAE解析が組み込まれている点に大きな価値があります。チューニング済みの理想的な状態で用意されているため、セッティングする手間と時間は一切不要です。より良いクルマづくりに向けて、開発期間の短縮を図りながらも、時間を最大限に有効活用しシミュレーションを行い、その結果をもとに試行錯誤を重ねる。そんな新しい開発スタイルを実現できます」

今回のベンチマークテストで用いられた実車データと解析の様子

CAE解析アプリケーションとクラウドを統合
新しい開発環境のプラットフォームに Azure を採用

日本マイクロソフト株式会社
オートモーティブ営業本部
松元 武史 氏

Ansys Cloudは、Azure のHPC機能をプラグインしたCAE解析アプリケーションを利用する点が革新的だ。Ansys Cloudのプラットフォームに Azure を採用した理由は大きく3つあると、湯川氏は話す。「1つめは、当社が20年以上にわたり Windows 上でアプリケーションを開発しており、開発キットも含めて馴染みがあったことと、これまで築いてきた信頼関係。2つめは、全世界60以上のリージョン、各国・地域の法規制への対応。3つめは、AIやIoTなど先進的な機能・サービスの充実。当社のCAE事業やお客様のビジネスの可能性を広げるポテンシャルの高さは、Azure の大きなアドバンデージです」

Azure のクラウドHPCにおけるハードウエアの優位性について、日本マイクロソフト オートモーティブ営業本部 松元 武史氏は付け加える。「HPCで利用されるサーバー間データ通信技術であるInfiniBandを使っているクラウドサービスは、Azure 以外にはほとんどないのが現状です。2,000コア以上を動かす大規模計算は、InfiniBandを使わなければ、実現は困難です」

一般的にクラウドHPCで懸念されるのが、求めていた性能が出るのかどうか。オンプレミスのHPCとは異なり、クラウドHPCでは使用されている物理サーバーに関して、クラウドサービスを利用する企業には見えないからだ。そんな懸念を払拭するべく、Ansys Cloudによる流体解析のベンチマークテストが、2021年1月から同年3月にかけて実施された。ある大手自動車メーカーの実車データを使って、2000以上のコア数による大規模計算は、Ansysとマイクロソフトによる共同プロジェクトで進められた。

今回のベンチマークテストにおける計算規模について、湯川氏は説明する。「一般的に、流体解析では200コアから2000コアの計算規模を利用するケースが多いです。今回は、オンプレミス環境との比較に加え、コア数増加に伴う性能の推移を確認することも目的でした。Ansys Cloudでは多くの性能評価を行ってきましたが、これほど大規模かつ実車データを利用したケースは例がありません」

オンプレミス環境と同等の性能と解析結果を達成
リニアな性能向上でクラウドのメリットを最大化

自動車業界において、著名なレーシングメーカーはAnsysのCAE解析アプリケーションを利用している。「当社は、レーシングカーのボディの流体解析など自動車メーカーとの共同プロジェクトに取り組んでいます。シミュレーションの新たな活用方法や未知の課題に対するソリューションは、自動車開発にも応用が可能です。今回の事例に対してもレーシングカーの解析はもとより、技術コンサルティングやトレーニングなど技術サービスを提供しています。これまでの実績や培った信頼関係のもと、Ansys Cloudでのお客様における実車データを使ったベンチマークテストの許可をいただきました」(湯川氏)。

Ansys Cloudによるベンチマークテストでは2000以上のコアを動かして性能を検証した

2000以上のコアを動かし、求めていた性能・機能を達成するべく、Ansysとマイクロソフトはグローバルで連携し、Ansys Cloudの適用を試みた。その結果、オンプレミス環境と同等の性能と解析結果が得られたと湯川氏は話す。「重要なポイントは、コア数を倍にすると性能も倍に向上するという、理想に近い結果を出せたという点です。柔軟に拡張できるクラウドのメリットを最大限に活かせることが実証できました」

※点線:コア数の増加によるリニアな性能向上 実線:今回のテスト結果
スケールアップの性能検証で2000コア以上までリニアな性能向上を実現

前職は自動車メーカーで20年近く開発に携わった松元氏。その経験から、今回のテスト結果をこう評価する。「エンジニアの視点に立つと、HPCを利用するのに調整業務が必要なくなり、すぐに使えるスピード感は、非常にインパクトがあります。また、脱炭素やCASEの動きが加速する中で高まるCAE解析ニーズや、高精細モデルの適用による計算の大規模化に向けて、拡張性に優れたAnsys Cloudの実力を実証できた意義は大きいと考えています」

Ansysとマイクロソフトの協業が目指すのは
エンジニアリングITと業務ITの融合

日常の設計・開発業務でAnsys Cloudを利用するためには、計算処理後のアウトプットのデータ転送時間の短縮が求められる。「アウトプットのデータは可視化されているため、データ容量がとても大きくなります。解決策としては、Azure 上でデータのインプットから可視化までを行い、クラウド間のデータ移行とし、ダウンロードを不要にすることです。可視化したデータは、データ管理ツールなどを利用することにより手元の端末で見ることができます。コロナ禍で普及した在宅勤務などテレワークにおいて、セキュアな環境のもとでCAE解析結果を確認し考察することが可能です」と松元氏は話し、こう付け加える。

「Ansys Cloudを利用し理想的なCAE解析環境を実現するためには、Azure 上にデータが格納されていることが前提となります。重要データをクラウド上に置くことに不安を感じる日本企業も、まだ多いかと思います。マイクロソフトは、世界的自動車メーカーと協業し、Azure 上で自動運転の開発を進めています。セキュリティはもとより、マイクロソフト自身が車両の製造やモビリティサービスを提供することはなく、顧客データの収益化も行わないという明確な姿勢を打ち出していることが、プラットフォーマーとしての信頼に繋がっています」

Ansys Cloudは、単にCAE解析の効率化を図るだけではなく、解析・シミュレーションのあるべき姿を示していると、松元氏は話す。「今後、設計・開発のCAE解析システムは、単一目的に特化したカスタムメイドから、目的に応じて必要な機能を柔軟に組み合わせ、クラウドサービスとして利用するかたちに進化していくと考えています。また、様々なシミュレーションを行い、現在と将来の課題を解決するデジタルツインは、クラウド環境のもとで醸成されます。マイクロソフトはAnsysとの協業を通じて、エンジニアリングのDXをさらに加速させ、日本の自動車産業の競争力強化に貢献していきます」

不確実な時代を勝ち抜くために、シミュレーションの重要性は今後ますます高まる。「Ansysとマイクロソフトの協業が目指すのは、エンジニアリングITと業務ITの融合により、調達、在庫、物流などサプライチェーン全体の最適化やレジリエンス(回復力)の向上を図ることです。業務プロセス改革やイノベーションの創造とともに、経営に貢献するものづくりの実現を支援します」(湯川氏)。

設計・開発の業務プロセスを変革するAnsys Cloud。エンジニアに試行錯誤の時間を創出するクラウド時代の新たな開発環境の導入は、自動車産業の大変革をチャンスに変える重要なステップとなるだろう。

エンジニアリングITと業務ITを融合し、日本の自動車産業の持続的成長に貢献する

アンシス・ジャパン株式会社

URL:https://www.ansys.com/ja-jp