子どもが嫌いな歯磨きの時間。それを楽しいものにできたら、生活が一つ豊かになるはず――京セラ社員のそんな雑談が、新規事業の立ち上げにつながり、結果として開発を始めてから9カ月で形になった。このユニークな製品「Possi(ポッシ)」の事業化に伴走していたのがSSAPだ。本プロジェクトには歯ブラシメーカーのライオンも途中参画したが、その契機を作ったのもSSAPだった。一社からでは成し得ない事業化を実現させた背景は。

発想のきっかけは「育児を楽に」。
“音の出る歯ブラシ”はなぜ生まれた?

京セラ株式会社
研究開発本部
メディカル開発センター
所長
圓林 正順 氏

歯ブラシが歯に当たると、ブラシの振動で磨いている本人だけ骨伝導で音楽を楽しむことができる子どもの仕上げ磨き用歯ブラシ「Possi」。本体を京セラが、歯ブラシ部分をライオンが、デザイン、音楽、事業検証支援をソニーが担当した新製品として、発表時に大きな話題を呼んだ。

3社協業のプロジェクトは、京セラが自社の技術力を生かした新事業を立ち上げたいと考えたことから始まった。京セラは携帯電話のディスプレイ部を振動させて音声を伝える独自技術を持っている。圧電セラミック素子を用いた、いわゆる「骨伝導技術」と呼ばれるものだ。「これをオーディオやヘルスケアに応用したいと考えた」と京セラ株式会社 研究開発本部 メディカル開発センター 所長の圓林正順氏は話す。

京セラ株式会社
研究開発本部
Possiプロジェクト事業推進部
部責任者
稲垣 智裕 氏

「京セラはBtoBビジネスに比べると、BtoCのノウハウはそう多くはありません。そこで新規事業立ち上げに精通しているSSAPに支援を依頼しました」

2018年10月、SSAP初の社外と連携した取り組みとして正式にプロジェクトがスタート。ソニー社内に専用スペースが設けられ、京セラのメンバー5人がソニーに常駐する形となった。

エンジニアである同社研究開発本部 Possiプロジェクト 事業推進部責任者の稲垣智裕氏がいくつかのアイデアを考案。そのうちの一つが「音の鳴る歯ブラシ」だった。歯磨きの間に音楽が流れると面白いのでは――社員同士の会話の中で生まれた、その時点では単なる思いつきで「顧客や値段、機能までは考えていなかった」と振り返る。

技術力には自信があるメンバーだが、事業化のノウハウは一切ない。それでもSSAPのトレーニングによって市場や物流などビジネスの流れを一から学び、徐々に解像度を上げていった。次第に稲垣氏の中で「子どもの仕上げ磨き用の歯ブラシを作りたい」という思いが固まっていったが、当初メンバー全員が賛同したわけではなかった。子育てを通して仕上げ磨きの大変さを実感していた稲垣氏に比べ、実感のないメンバーも多かったのだ。

「『ただ欲しい』という気持ちで訴えるのではなく、『誰がいくらなら買ってくれるのか』『何を持って売れると見なすのか』というビジネスの深部まで見られるようになった上で話しあい、ようやく理解が得られました」

SSAPのプロデューサーとして、エンジニア出身の宮崎雅氏が伴走したのも大きかった。

「特にメンタル面では何度も助けられました。技術的な知識を持ち、事業化までの苦しさを通過した宮崎さんの話だったから、メンバー全員が素直に聞けたのだと思います」

デザイン面でもソニーの経験値に救われた。市場にはない尖った歯ブラシを作りたいと思っていたメンバーは、ソニーのデザインチームに依頼。持ち手部分に丸みをつけたかわいらしい形状とともに「動物のしっぽのフォルムに着想を得て」、Possiという名前も提案してもらった。

特徴的な形状を持つPossiの内部構造。京セラの圧電セラミック素子技術を使用

京セラの技術と稲垣氏の想いによってできた骨組みに、ソニーが肉付けをする。こうして新たなプロダクトが誕生しつつあった。

3社が集結し、プロジェクトはついに羽ばたく

新規事業に必要なものは、どうしてもこれを世に送り出したいという熱意だ。だが、それだけではマネジメント層を筆頭に、全ての人を納得させるのは難しい。そんな時に役立ったのが、SSAPが開発した事業化支援Webアプリ「StartDash」だ。

チェックリスト形式の質問に回答していくだけで、アイデアを事業化するのに足りないものがすぐに分かるというもの。稲垣氏は「実際に使ってみると、どれだけ事業化が大変なのかがよく理解できた」と苦笑する。

Webアプリ「StartDash」実際の画面。チャート形式で事業立ち上げの流れを網羅できる

「ビジネスを理解していないと最後まで埋められないので、非常に勉強になりました。クラウドファンディングを開始した時点でやっと6割という感じですね。でもそこでゴールまでが残り4割だと分かったので、最後まで息切れせずに進めました」

「StartDash」によって明確になった課題もあった。歯ブラシの専門メーカーとの協業の必要性だ。そこでパートナーを探したところ、運よくライオンに伝手を見つける。しかし、まだアイデアを練っていた最中のPossiを理解してもらうのはなかなか難しかったという。

「先方でのプレゼンでは、SSAPで受けたピッチ演習が役立ちました。これまでにも社内でプレゼンの経験はありましたが、技術開発の説明と事業の説明とでは大きな違いがありました」

交渉にはSSAPの宮崎氏も同席。稲垣氏の熱意に加え、宮崎氏が第三者の立場から協業のメリットを話したことで、先方の理解につながった。2019年1月、ライオンが合流。3社合同プロジェクトとして新たなスタートを切った。新生Possiチームが大事にしたのは3つ。「顧客視点」「本音で話す」「時間厳守・スピード重視」だ。

「ライオンとの間で、決定事項をそれぞれの社内でひっくり返すのはやめようと決めました。社内決裁も事前に使う資料をすり合わせ、進捗も確認し合いながら進めました。互いが競うように承認を取り合ったのはいい思い出です(笑)。今振り返ってもこれはボトムアップの好事例だったと思います。他社の社員ではあるけれど、全員が同じチームのメンバー。会社に言われたからやるのではなく、『面白い製品だから一緒に世に出そう』という共通の思いでプロジェクトを進められました」

Possiプロジェクトには京セラ、ライオン、ソニーの3社から多様なメンバーが参加し、共創で価値を生み出していった

ライオンの参画でシナジーが生まれ、さらにプロジェクトは前進する。ライオン側からは「通常の開発計画から考えるとありえないスピード」と言われたそうだが、稲垣氏自身も同意見だ。

後方支援に当たっていた圓林氏も「社内だけで開発していると何かと理由をつけて開発が遅れることも珍しくない。SSAPの元で協業先が揃って期限を決めたので、京セラも覚悟を持って進めた」と話す。

まさにこの社内調整が平坦な道のりではなかった。圓林氏は続ける。

「難しいのは現場と経営層の中間にいる人たち。ここをいかに崩すかが大変でした。それでも『今までなかったものを作ることで、子どもたちや親御さんたちをどう救えるか』という話を根気よく続けました。すると、子育ての経験者は多いので共感を得られたんですね。そうやって徐々に仲間が増えていきました」

2019年7月にはソニーのクラウドファンディングサイト「First Flight」に挑戦。「カメラの前でこんなにフラッシュを焚かれるのは初めてだった」と稲垣氏が振り返るほど、多くの取材陣が発表会に訪れた。メディアへの露出もあって、スタートからしばらくは順調に支援が集まった。

とはいえ、目標金額は2000万円と高額。期間中は「ものを売るためにいかにして製品を目立たせるか、徹底的に考えた」と稲垣氏。アクセラレーターに相談しながら、売り込み方法を練りに練った。商業施設で行ったイベントでは、自らブースにも立った。

水面下で進めていたPossiの取り組みが社内に知られたのは、クラウドファンディングのプレスリリースが発表された時点。反響は大きかった。「『うちが歯ブラシなんて作ってるの』と。そこで『クラウドファンディングをやってるので、ぜひそれを使ってもらえますか』と声掛けをすると支援してくれる。さらには社内の各拠点の夏祭りイベントなどで、宣伝用のポストカードを配ったりもしました」。結果賛同者が多く見つかり非常に励みになったと、圓林氏は当時の様子を振り返る。

結果は無事成功。2020年12月、ついに事業化へと至る。京セラホームページ内にPossi専用サイトを開設し、楽天市場内にて事前予約受付を開始した。一般販売開始予定は2021年5月末だ。

日本企業がオープンイノベーションで
真価を発揮するとき

ものを作るまでが仕事だったエンジニアが、製品を売るというのは並大抵の苦労ではない。いかに消費者の心に響かせるか。そう考える日々で、クラウドファンディング中は苦しいと感じることもあった。だが「販売まで含めて、開発者が一気通貫でやり切るのがSSAPの真骨頂」と稲垣氏は強調する。

「これまで営業から『売りやすい製品を作ってほしい』と言われても、エンジニアとしては『そう言われても簡単にはできない』と反発する気持ちがありました。しかし売る側の立場に回ってみると、ブランドを作って認知を上げ、売り上げを伸ばすのにどれほどの苦労がいるのか理解できました」

「SSAPの本質は起業家を育てること」とも稲垣氏は続ける。クラウドファンディングで得た学びを生かし、事業化に向けて伝え方も変えていった。「ネガティブがポジティブに変化する瞬間に価値がある」と気づき、「仕上げ磨きを楽しく」というクラウドファンディング時のキャッチコピーから、「仕上げ磨きで苦労する毎日にサヨウナラ!」に変更。製品の魅力がなかなか伝わらないという経験をしたからこそ、事業化後のランディングページに磨きをかけることができた。

一般販売を心待ちにするユーザーの声を聞きながら、社内でサポートに当たった圓林氏の心をよぎったのは「部下のアイデアを頭ごなしに否定せずに聞けているか」という自分への問いだった。

「Possiのアイデアを聞いた時、本当にニーズがあるか確信が持てませんでした。しかし子どもの歯磨きで悩む当事者の話を聞いているうちに、これは絶対に必要なデバイスと認識を改めました。世の中にはもしかすると上司の理解が得られずに潰れてしまったアイデアがあったかもしれない。これから新規事業に挑戦したいという企業の方は、ぜひ部下のアイデアや悩みを聞いて、一歩踏み出すのを後押ししてほしいです」

頭の中のアイデアを行動に移してビジネスを回せる人がもっと増えてほしい――稲垣氏はそう訴える。

「新規事業を進めようとするときには、必ず反対意見も出てきます。大きい企業であるほど、その声は多いでしょう。でも大企業の信用、資金力があるからこそ実現できることもあります。より良き未来へ進歩発展するためには、積極的なチャレンジが必須。アイデアの種を持っているなら、それを眠らせることなくどんな小さな形でも世に出してほしいです。共感を生むアイデアで、かつそこにゆるぎない信念があれば、何らかの形で支援してくれる人は必ず出てきます」

SSAPには今、京セラから次なる新規事業を生み出すべく、新たなメンバーが参加して日々構想を磨いているという。これに続くさらなる未知の挑戦者に向け、SSAPはその扉を大きく開けている。

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