「世界の人びとの“いのち”と“くらし”に貢献する」という理念のもと、マテリアル、住宅、そしてヘルスケアの3事業を柱に、新たな価値創造に取り組む旭化成。中期経営計画にデジタル技術の活用を掲げ、各事業の高度化をトップダウンで推進している。
中でも力を入れているのが、生産系のデジタルトランスフォーメーション(DX)である。まず技術部門内にDX推進の専門組織を組成し、IoT、AI、データ活用の実証を通してノウハウを蓄積した。「モデル事業で小さな成果を積み重ね、それを社内に横展開し、DX効果の実感を現場に浸透させていきました」と旭化成の原田 典明氏は語る。
旭化成では高い専門性を持つ人材を「高度専門職」として任命・処遇する制度を運用している。この制度によって社内技術者のレベルを向上させると同時に社外の優秀な技術者の獲得にも活用している。またDX文化のさらなる醸成を図るため、製造IoTプラットフォームと人材育成プログラムを開発し、データエンジニアの育成にも取り組んでいる。さらに創造・協業の場として「デジタルイノベーションスペース(CoCo-CAFE)」を新設。ここにデジタル人材を集約し、マーケティング、R&D、生産技術部門、事業部の多角的な視点でDXを加速している。
既に多数の成功モデルが生まれている。スマートグラスとAR技術を活用した遠隔作業システムはその1つだ。工場の保守作業指示を遠隔で行うことで若手作業員の育成が進み、現場力が向上。「新型コロナウイルスの感染拡大防止策として作業者の現場入場を制限せざるを得なかったが、このシステムの活用で保守作業への影響も回避できました」と原田氏。今後も同社は、新しい価値を社会に提供していく考えだ。
総合商社として世界約50カ国に拠点を有し事業を展開する双日。同社では2008年、国内向けマグロ供給の安定化を目指して長崎県松浦市鷹島に「双日ツナファーム鷹島」を設立。マグロ養殖においてIoT・AIを活用している。
「日本の水産業は高齢化や後継者不足、収入源の確保など、様々な課題に直面しています。そこで冷凍マグロの輸入で実績とノウハウを持つ双日の強みを生かし、給餌の最適化と尾数のカウントという魚類養殖事業の2つの課題をIoTとAIで解決できないかと考えました」と双日の村上 雅明氏は語る。
出荷までに3年以上かかるマグロ養殖ではコストの半分以上が餌代。与える餌の量をいかに最適化するかが重要だ。適切な餌の量を決めるには、直径40m・最深部15mもの巨大な生簀の中に何匹のマグロがいるかを把握しなければならない。NTTドコモの協力を得た双日は、生簀に水温や溶存酸素、塩分濃度を測定するセンサーを設置。保有生簀の約半分の十数個の生簀ごとに給餌量を変え、収集したビッグデータとマグロの成長性との関連を分析した。
「分析の結果、生簀内は1500匹が適切な尾数であることと、水温に応じた餌の増やし方が分かりました。さらなる給餌最適化に向けた取り組みを続けています」(村上氏)
また、従来は動画を見ながら手動で行っていた尾数カウントも電通国際情報サービス(ISID)の協力もあり、ディープラーニングと画像解析で自動カウントする手法に挑戦。「現状は海水の状況次第で認識率が変動するので完全自動化には至っていませんが、画像鮮明化などさらなる技術革新に期待をしています」と村上氏は説明する。
今後も双日は日本の水産業で広くイノベーションを起こしていく構えだ。