新型コロナウイルスの感染拡大を契機として始まったニューノーマル時代。カギになるのが「デジタル化」だが、行政の領域においても2020年はターニングポイントとなった1年だった。“ハコモノ行政”をはじめとした従来型の産業目線の政策を脱し、国民/住民の側に立った行政サービスを実現する。それには、先進のデジタル技術をフル活用して国民一人ひとりと向き合うことが不可欠だ。2021年秋に予定されているデジタル庁の設立や、各地で進むスマートシティの取り組みなどは、そうした未来の日本の姿を示すものといえるだろう。本セミナーでは、日本がデジタル立国を早期に実現するための方法について、各領域の有識者や企業のキーパーソンが語り合った。
「デジタル立国ジャパン・フォーラム」は、規制改革・行政改革担当大臣河野 太郎氏のオープニングスピーチで幕を開けた。
「人口減少が進む中、今までと同じやり方では、人が人に寄り添う社会をつくることは難しい。AI活用やオンライン化などを進め、人間は人間でなければできないことに集中する必要があります」。一方、デジタル化では「誰ひとり取り残さない」ことも重要になる。高齢者、障がい者も含め、「誰もがデジタル技術を簡単に使いこなせる環境」を提供することも国の役目になっていくという。
「デジタル化によって、温もりのある、誰ひとり取り残さない社会を皆で一緒につくっていきたい。ゴールを皆さんと共有し、行政のデジタル化に取り組みます」と河野氏は決意を述べた。
続いて登壇したのは慶應義塾大学の村井 純氏だ。デジタル政策で重要なこととして、「個人が夢を実現できる」「地方が元気になる」の2点を挙げた。
このうち、地方が元気になるために着眼すべき点として挙げられたのが、全国に張り巡らされた交番や郵便、保険などのサービス網である。「世界で最も安全な国の1つといわれる日本を支えているのが、これらのインフラです。そこで働く人たちの意識を高めることが、デジタル化による地方活性化のカギ」と村井氏は紹介する。
同時に、グローバルなデジタル政策においても日本がリーダーシップをとり、積極的な提案を行うことが重要だという。「例えば、地球資源の問題は、AI活用やビッグデータ処理なくして解くことはできません。グローバルなサイバー空間で、日本がどのような役目を果たせるのかを考え、実行していく。これも、国のデジタル政策の重要なポイントです」と村井氏は続ける。
日本の現状を“デジタル敗戦”と厳しく表現する向きもある。だが、幾度もの災害に見舞われる中、互いに助け合う人々の姿からも分かる通り、一人ひとりの心構えが集合体になれば、それがやがて「日本流のデジタル立国」実現の後押しになる――。「私は、そんな理想を持って取り組んでいきたいと思います」と村井氏は締めくくった。
続いて、デジタル政策を担う国内外のリーダー2人によるキーノートスピーチが行われた。
まず登場したのは、今や世界の注目を集める台湾デジタル大臣のオードリー・タン氏である。
「台湾では新型コロナウイルスのパンデミックによるロックダウンはなく、インフォデミックも起こりませんでした」。それを下支えしたのがデジタル化だという。台湾では、誰も置き去りにしない、社会全体でのデジタル化を目指している。重視したのは、政府が市民を徹底的に信頼することだ。具体的には、必要な情報を政府が積極的に開示した。「そうすることで、ピグマリオン効果※でソーシャルイノベーションが次々起こります。ロックダウンせずにパンデミックと戦う唯一の方法は、全員がこの感染症に詳しくなること。科学的根拠に基づいた情報を社会に行き渡らせることなのです」(タン氏)。
2人目のキーノートスピーカーとして登場したのは、内閣情報通信政策監(政府CIO)の三輪 昭尚氏。日本政府のIT戦略の歴史を概括した上で、近年の動向を次のように説明した。
「新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、様々な社会の課題が露呈しました。印鑑手続きがテレワークの阻害要因になったり、システムの不具合で給付金や助成金の申請給付がスムーズにできなかったりといった課題も浮上。こうした中、行政の縦割りを打破し、デジタル社会をリードする強い組織を立ち上げるため、デジタル庁を設置する方針が決まりました」
2021年5月には、このデジタル庁設置を柱としたデジタル改革関連法が成立。これにより、近い将来、保育所の入所申請や要介護認定申請がスマートフォン1つで行えるようになる。また、引っ越し時の住所変更手続きも、現在は各事業者に個別に変更申請を行う必要があるが、改正後は、本人同意のもと、事業者間で情報が共有されるため、将来はワンストップで申請手続きが済むようになるという。「ほかにも国家資格の取得や相続した口座の所在確認など、様々な手続きが簡略化されます。事業者における個人情報の取り扱いについても、統一的な運用が図れるようになります」と三輪氏。デジタルを前提とした社会づくりに向けた法整備が着々と進んでいると解説する。
「誰ひとり取り残さない、人にやさしいデジタル化に向けて、我々一同奮闘しています。9月のデジタル庁発足、そしてその活動について、ぜひご支援ご協力いただければ幸いです」と三輪氏は述べ、講演を結んだ。
※ 他者からの期待を受けることで学習や作業などの成果が上がる効果のこと