人工知能サミット 2022 製造業編 -Review- ~DX推進に不可欠なAI活用を、業種別に考える1日~

日本の基幹産業である製造業。長年にわたり、ヒト依存の生産プロセス/業務が中心だったこの世界で、近年は加速度的にDXが進行している。ドライバーの1つとして期待を集めるテクノロジーがAI(人工知能)だ。画像認識技術を使った検品・入出荷業務の効率化から、受発注数の予測に基づく在庫最適化、工場設備の予知保全まで、様々な用途で現場への実装が進められている。日経クロステックは、このような最新動向を紹介するセミナーとして「人工知能サミット2022 製造業編」を今年も開催。ITベンダー/ユーザー企業の双方が、製造現場のAI活用の現在地、そして未来について語った。当日の講演内容をダイジェストで紹介する。

基調講演:旭化成 事業を支えるマテリアルズ・インフォマティクス R&D DXで、その効果をさらに拡大する

組み合わせ探索にかかる期間を大幅に短縮

旭化成株式会社 デジタル共創本部 インフォマティクス推進センター長 河野 禎市郎氏
旭化成株式会社
デジタル共創本部
インフォマティクス推進センター長
河野 禎市郎

AIの適用領域として近年、大きな注目を集めているマテリアルズ・インフォマティクス(MI)。旭化成は、このMIに積極的に取り組む企業として知られている。

同社は多岐にわたる事業を展開しているが、それを支えるのが触媒、化合物半導体、繊維、ポリマー、断熱材などの多種多様な「材料」だ。MIは、この材料の開発に情報技術を活用することで、開発期間の大幅な短縮や革新的な製品の開発につなげるもの。同社のビジネスにおいて、今や欠かせない技術となっている。

「材料開発で考える必要がある原子の組み合わせパターンは、10の60乗に上ります。そこにプロセス条件をかけ合わせれば、パターンはさらに膨大な数になります」と同社の河野 禎市郎氏は説明する。そこから目的に合致するベストな組み合わせを探すのが材料開発だが、そのプロセスには数カ月から数年かかるという。

「MIを活用すれば、この期間を大きく短縮できます。従来は数週間かかっていた実験が一瞬でできたり、組み合わせの最適化が数日で行えたりするのです」(河野氏)

同社では、既に100以上の材料の開発でMIが効果を発揮している。一例が、樹脂コンパウンドの開発事例だ(図)。工業用プラスチックの元になるペレット状の材料で、購入した顧客が溶かして望む形に成型する。整形方法や用途により、樹脂コンパウンド自体に求められる特性が変わるため、あらかじめ顧客ニーズに沿った特性を実現する必要があるという。

図 樹脂コンパウンドの開発における成果

図 樹脂コンパウンドの開発における成果

熟練者が試行錯誤を通じて求めたのとほぼ同じレシピを、MIでは1回で求めることができた

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「以前は経験豊富な技術者が、最適な組み合わせを探すための実験を何度も繰り返していました。1回の実験に1カ月程度かかるため、半年から数年の期間が経っていましたが、MIによって1回の実験のみで組み合わせ最適化を実現できました」と河野氏。なお、熟練者が最終的に選んだ組み合わせと、MIが選んだ組み合わせは原料の数や組成が完全に一致。材料の品質を維持したまま納期短縮が図れている。

「データ」「設備」「人」の3領域でR&D DXを推進

もう1つが、自社工場で利用する触媒の開発事例である。触媒とは、化学品の合成反応の速度を上げるために用いられる材料のこと。わずかな性能の差が生産コストに大きく影響するため、同社では継続的な組み合わせ最適化を行っている。

触媒開発では、数年~10年近い試行錯誤が続くが、ここにMIを適用した結果、半年で目標値を達成。しかも、MIで提案されたのは、それまで人が思い付かなかった原料の組み合わせだったという。これは将棋の世界でAIが新しい棋譜を見つけたのと似たケースといえるだろう。

「もちろん、すべてのケースでうまくいくわけではありません。データのバリエーションが少ないと、なかなか精度が上がらないのです。そこで重要なのがR&D(研究開発)プロセス自体のDXです。物理空間とサイバー空間を連携させたR&Dプロセスへと変革することで、より多くのデータをMIに投入できるようにします」と河野氏は強調する。

現在、旭化成では「データ」「設備」「人」の3領域で「R&D DX」の取り組みを進めている。データについては、発生した多様なデータを集約・可視化するデータ基盤を構築。設備に関しては、MIとハイスループット実験装置を連携させた自律的なスマートラボを実現している。「MIが頭脳、自動実験装置が手足や感覚器となって、人と連携して開発を加速します」(河野氏)。

そして人に関しては、化学・材料を熟知した上でデジタルを活用できる「MI人材」を育成。明確な人数目標を定めた上で、教育を進めているという。

「一連の取り組みを通じて実感したのは、人とMIが共に成長するスパイラルが重要だということです。このスパイラルを通じて、人はよりクリエイティブな仕事に集中できるようになる。その結果、より革新的な材料開発が実現できるのです」(河野氏)

特別講演:サッポロビール 製品開発領域のDXを推進 目玉施策「レシピ提案AI」とは

DX/AI活用、3つのポイントとは

サッポロビール株式会社 改革推進部 DX推進グループ 常田 啓太氏
サッポロビール株式会社
改革推進部
DX推進グループ
常田 啓太

DXがあらゆる企業のミッションとなる中、サッポログループでは「お客様接点を拡大」「既存・新規ビジネスを拡大」「働き方の変革」の3つの方針に基づき変革を進めている。

「そうした中、力を入れているのがAI活用です。私自身、はじめは経験の少ない“駆け出しAI技術者”でしたが、DX推進の中核部門の中で様々な案件に携わりながら、スキルアップを目指しています」とサッポロビールの常田 啓太氏は話す。

常田氏は、企業におけるDX/AI活用に必要なこととして次の3つを挙げる。

1つ目は「トップのコミットメント」だ。サッポロホールディングスの経営トップは、2022年の年頭挨拶で「全社DX推進宣言」を発出。そうしたところ、常田氏の部署にはその日のうちに各部署からDXに関する相談・問い合わせが殺到したという。これはトップ次第で全社の風向きが大きく変わった好例といえるだろう。

2つ目は「環境整備」。必要な環境が整っていなければ、目標は絵に描いた餅で終わってしまう。同社では人材育成確保、推進組織体制強化、ITテクノロジー環境整備、業務プロセス改革の4つのテーマのもと、取り組みを進めているという。

そして3つ目が、「目玉施策による機運の醸成」である。実はこれこそが、常田氏が最も重要と考えることだという。

トップのコミットメントのもと、必要な環境を整備しても、「新しいことへの挑戦」に対する業務現場の疑念を完全に払しょくすることは難しい。「そこで、身近な業務でAIを活用した事例を共有し、『こんなことにも使えるのか』『自分たちの仕事を変えられるかも』という気付きをもたらすことが非常に重要だと考えています」と常田氏は強調する。

新製品のレシピをAIがレコメンド

この目玉施策の1つとして同社が取り組んだのが、「RTDのレシピ提案AI」である(図)。

図 「RTDレシピ提案AI」のイメージ

図 「RTDレシピ提案AI」のイメージ

商品コンセプトに基づく香味の特徴、目標とするプロファイルなどを入力すると、あらかじめ学習したデータを基にAIが分析。お勧めのレシピを提示する

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RTDは「Ready to drink」の頭文字で、購入後すぐに飲める缶・ビン・ペットボトル飲料のことを指す。RTDの開発プロセスにAIを適用することで、工程の標準化や工数削減、さらにこれまでにない新商品の開発につなげる狙いだ。

「RTDの開発では、まずマーケティング担当者が商品の基本コンセプトを考案します。それを基に開発担当者がレシピを調合し、試作品をつくって評価を繰り返しますが、このレシピ調合プロセスにAIを活用するのです」(常田氏)

過去に作成したレシピや官能評価のデータ、熟練開発者の“匠の業”などをあらかじめ学習させたAIに、コンセプトに基づく香味の特徴、目標とするプロファイルなどを入力する。すると、それを実現するためのレシピをAIがレコメンドしてくれる。現在は日本IBMと共同でテスト運用を実施しているという。

テスト運用では様々な成果が見えてきている。例えば、AIが提示したレシピでつくった試作品は、コンセプトに合致した良好な香味をもつことが確認できた。また、レシピの検討にかかる時間が従来の1/2以下に削減できる成果も得られたという。「試行錯誤を続ける中では、もっと良い仕組みをつくっていこうという姿勢が、マーケティング部門や開発チームの間に生まれています」と常田氏は手応えを示す。

デジタル技術によって、飲料製品の可能性を広げるサッポロビールの挑戦。誰も考えつかなかったような、新しく・おいしい飲料製品が人々の注目を集める日は、すぐそこまで来ているのかもしれない。