紙ベースで管理されてきた下水道台帳をGIS(地理情報システム)化する業務では、上下水道や道路の台帳や施工時の図面などを重ねると、往々にしてマンホールの位置がずれたり、管路が道路からはみ出したり、埋設管同士が干渉するなどの不整合が生じる。「紙ベースの台帳や図面は、地図の境界部のずれ、図面の向きの違い、紙自体の伸縮による誤差などがある。図面とは別に表計算ソフトのデータとして管路の情報が管理されている例もある。これらを統合する作業こそ“デジタルツイン”の本質。様々な種類の情報を集め、整合性をとり、1つのデータにまとめるためにAutoCADは欠かせない。プログラムさえ組めば、ほぼ自由自在にできる柔軟性もAutoCADの強みだ」と、水都環境代表取締役の長谷川充氏は語る。
紙ベースの台帳をGIS化する業務では、まず大量の紙図面をスキャンして画像データ化。AutoCADに読み込み、数値地図に重ねて1枚にする。これに現地で撮影した写真やメモなどを、位置情報に応じて配置。表形式のテキストデータで管理される管路やマンホールなどの情報も、管径や埋設深さ、材質などが複数のデータに分かれていることがあり、これを1つの表にまとめる作業もある。
同社の石川信恵氏は「紙図面をGISと合体させる際に用いるのが、AutoCADの業種別ツールセットの1つ、『Raster Design』だ。スキャンした画像から汚れを取り除いたり、伸縮や歪みを補正して、縦横比を整合させ、ラスター画像の図面を線分やポリラインに変換してベクトル化する作業をAutoCAD上で行うことができる。AutoCADはユーザーが多く、設計・建築プロセスでの社内外でのコラボレーション、データ連携もスムーズだ」と説明する。
「さらに多くの台帳の図を1枚の地図上で貼り合わせたり、テキストデータを属性情報として地図にひも付ける作業は、AutoCADのマクロをプログラミングして自動処理を行っている。表計算ソフトのマクロを書く感覚で、2Dや3Dの空間的なデータを自由自在に扱えるAutoCADの柔軟性は、こうした作業に欠かせない」(石川氏)。
水都設計は当初は2次元CADベースの業務スタイルだったが、12年に試験的にCIMを導入し、18年から管きょの詳細設計はほぼCIM化した。これを機に15人の社員数に対し8ライセンスのAECコレクションを導入し、3Dレーザースキャナによる現状調査に点群処理ソフト「ReCap」、地形の作成に「InfraWorks」や「Civil 3D」、パイプラインの設計に「Plant 3D」や「Revit」、施工計画に「Navisworks」を活用するなど、AECコレクションのソフトをフルに使いこなしている。
同社はさらに、BIM/CIMを活用した設計ワークフローの改善にも取り組んでいて、どんなツールでどんな属性データを持たせれば業務の生産性が上がるかも検証している。例えば、埋設管のBIM/CIMモデル化では、地形のサーフェスモデルはCivil 3Dで作成、埋設物の位置決めにはAutoCAD、埋設物の深度データはCivil 3Dの計画線機能を使う。電話・電気ケーブルのモデル化はAutoCADのスイープ機能、下水道のモデル化はCivil 3Dのパイプネットワーク機能、そして水道、ガスの配管はPlant 3Dと、AECコレクションのソフト、機能を適材適所で使い分けてきた。
近年、紙ベースだけでなくデジタル化した台帳をネット上で公開する自治体も増えた。「ライフライン分野のBIM/CIM活用は建築や土木に比べてまだ始まったばかり」と長谷川氏。同氏はFacebook上にパイプラインの計画から設計、施工、維持管理までの情報交換が行う公開グループ「BIM for Pipeline JPN」を開設。グループ内では早速、下水道や上水道関係の図表を公開する自治体についての情報交換なども始まった。
「上下水道の設計では、発注元への成果物は2次元図面。3Dモデルは要求されていないが、自社として建設生産システム全体の効率化するため、『身近な・軽いBIM/CIM』を目指している。変更・修正にも柔軟に対応できて、途中から誰が引き継いでも一定のクオリティを保つことができ、工事図面の作成作業も軽減する。BIM/CIMは3Dモデル作成が目的ではない。2Dの世界でもBIM/CIMはある。2Dの成果を作るプロセスで3Dで検証したモデルから2Dにフィードバックできることは大きなメリットだ」(長谷川氏)
「当社がAutoCADを使い続けるのは、大きな図面や3Dモデル、点群データなどを開いたときの安定性に優れ、これまで開発したAutoCAD用のプログラム資産をそのまま使えるなど利便性も高い。AutoCADの業種別ツールセットの価値も大きい」と長谷川氏。
AutoCADもBIM/CIM時代のユーザーニーズを取り入れ、21年5月に製品ラインアップをリニューアルし、2次元CAD専用「AutoCAD LT」を、3Dモデリングやビジュアライゼーション機能も持つ「AutoCAD」に一本化した。価格はAutoCAD LT同等に据え置かれた。カスタマイズやプログラミングによる自由自在なデータ処理が可能な機能も搭載している。Plant 3DやRaster Designなど7つの業種別ツールセットが使えた「AutoCAD including specialized toolsets」は「AutoCAD Plus」という通称で販売中だ。
「AutoCADは汎用性が高く、思うことが実現できるプラットフォーム。効率よく仕事したいときに、すぐ使える環境を提供してくれる。今後も新しいニーズや効率化も積極的に取り入れ、AutoCADモバイルアプリ、Webアプリを活用し、リモートワークや外出先での図面確認も試験的に行う予定だ」と、長谷川氏は語った。