デジタル庁の発足を皮切りに、大きく動き出した日本の行政DX。今後は市区町村といった基礎自治体においても、デジタルによる改革が一段と加速していくことになる。とはいえ、実際に取り組みを進めていく上では、課題となる点も決して少なくない。これからの自治体DXのあるべき姿について、東京都・千代田区長の樋口 高顕氏と、デロイト トーマツ コンサルティングの大濵 憲氏、出水 裕輝氏が語り合った。
東京都心部に位置し、霞が関の官庁やビジネス街のイメージが強い千代田区。現在、同区では、自治体DXに意欲的に取り組んでいる。千代田区長の樋口高顕氏は、その理由として、従来型の行政運営が限界を迎えている点を挙げる。
「様々な行政メニューを整備し、窓口まで来ていただくのがこれまでのやり方でした。しかしこの方法では、もはや本当に必要とする人にサービスを届けきれない。今後は民間と同じように出前型/アウトリーチ型のサービスへ変えていく必要があります」(樋口氏)
もともと千代田区では、出張所などの拠点も多くFace to Faceのサービスが充実していた。しかし、この恵まれた条件が、かえってデジタル化を遅らせた面もあったという。コロナ禍により高まった非対面・非接触ニーズに対応する上でも、リモートやオンラインでのサービス提供を強化する必要に迫られたのだ。
「加えて、もう1つの課題が住民ニーズの多様化です。千代田区はこの10年で約2万人も人口が増えました。その一方で、住民の入れ替わりも非常に激しい。こうした中でクオリティの高いサービスをきめ細かく提供するには、デジタルを活用するしかありません」と樋口氏は続ける。
DXの取り組みを進めていくにあたり、同区では若手職員を中心としたプロジェクトチームを組織した。「行政はミスが許されないため、変化に対して慎重な傾向があります。しかし、これでは抜本的な改革につながらないため、慣れや先入観を排除して徹底的な議論を行いました。若手職員自身が能動的にDXに関わることで、仕事に対するやりがいを高められます。また、職員にとって働きやすい環境を実現することが、住民サービスの向上にもつながります」と樋口氏は話す。
これにより、改革を全庁に広げることに成功。同区の活動を支援したデロイト トーマツ コンサルティングの大濵 憲氏は「区長のリーダーシップと現場のオーナーシップの両面で改革を進めたことが、千代田区の取り組みのポイントと言えます。DXにおいてトップの決断は非常に重要ですが、現場の実態と合わないようでは、成果は望めません。その点、今回のように、現場が自分事として捉えることができれば、効果的に改革を進められます」と話す。
また、「これまでの常識を疑う」ところから始めた点も注目に値する。「電子化の取り組みは全国で進んでいますが、申請自体はオンラインでできても、その裏側では大量の手作業や紙のプロセスが動いているケースも見受けられます。これに対し千代田区では、既存の内部業務にもメスを入れ、BPRを含めた行政効率化の観点からも改革に取り組んだ。その結果、現実的なDX戦略を描くことに成功しています」と大濱氏は続ける。
具体的には、「区民は、いつでも、どこでも、だれもが、自分に合った方法を選択して、サービスを受けることができる」「職員は、自分の働き方をデザインすることができ、いつでも、どこでも、ムダなく、コラボして仕事できる」「確かな安全のもと、効果的にデジタル技術と情報が活用されている」の3点を将来像として設定。これを具現化するためのコンセプトとして「区民が選択できる」「区民一人ひとりを個でとらえたサービス『CRM』の実現」「デジタルワークフローの実現」「温もりのあるサービス『Face to Face』」の4点を掲げている。
この中でもユニークなのが、民間のサービスでは当たり前とも言えるCRMの概念を取り入れた点だ(図)。従来型の行政では、それぞれの部門が縦割りでサービスを提供するのが普通であった。しかし千代田区では、部門の垣根を越えて情報を共有し、必要なサービスや情報を一気通貫で提供できる体制を目指している。
個々の現場部門が保有する情報を総合的に活用し、一人ひとりの住民に合わせた最適なサービスを実現する
「もちろん、情報共有の範囲などについては合意を頂く必要がありますが、一人ひとりの区民を起点としたサービスが実現することで、区への満足度も向上することと考えています」と樋口氏は話す。
デロイト トーマツ コンサルティングの出水 裕輝氏も、住民CRMの重要性を強く指摘する。「民間のCRMでは、一人ひとりの顧客をあらゆる方位からとらえる『カスタマー360°ビュー』という考え方が基本となります。今後は行政においても、これと同じように『住民360°ビュー』をベースとした取り組みを進めるべき。基本情報や申請情報、相談の応対履歴など、各種の住民接点を通して得られた様々な情報を総合的に活用し、個々の住民にパーソナライズされた形で情報やサービスを提供する。そうした形に進化していくことが望まれます」。
例えば、子育て世代の住民から一時預かり施設の相談があったとしよう。これに対応することは当然だが、ひょっとするとその人は介護の問題も抱えているかもしれない。「こうしたことがその場で分かれば、必要な支援をワンストップで提供できるようになります」と出水氏は強調する。
もちろん、住民CRMをはじめとする様々な施策を進める上では、デジタルの力が欠かせない。ここで重要になるのが、クラウドやベストプラクティスの活用だ。ゼロから始めるよりも圧倒的にスピーディーである上に、その後の拡張もシームレスに行える。
デロイト トーマツ コンサルティングでは、住民向けポータルや多種多様な行政手続きを網羅した共通プラットフォーム「GovConnect(ガブコネクト)」を提供。既に多くの自治体で導入実績を積み上げている。
「ソリューション名が示す通り、GovConnectは人と人、人と行政をつなぐことを重視しています。住民や職員がストレスなく情報にアクセスでき、各種の手続きもオンラインで完結。必要な人に必要なタイミングで情報が発信され、職員も一連の業務処理を一括で実施できる。こうした環境が実現すれば、住民と行政の関係性も深化し、『この街に住んでよかった』というシビックプライドの醸成にもつながります」と大濱氏は説明する。
また、DX推進では人材育成や外部人材の活用も重要になることから、同社ではこれらを支援するプログラム「PathFinder(パスファインダー)」の提供も行っている。
千代田区でもこれらのソリューションやプログラムを活用し、DXに向けた取り組みを強力に推進していく考えだ。樋口氏は「まずは、民間サービスなどで当たり前になっている世界を着実に実現していくと同時に、社会構造の変革や新たな価値を生み出す自治体DXを目指したい」と展望を述べた。