現場一人ひとりの“困りごと”を解決する。トヨタ生産方式におけるカイゼンの原点だ。トヨタコネクティッドとマイクロソフトの共同プロジェクト「モビリティで社会課題を解決するIoTプラットフォーム」の取り組みにも、カイゼンの考え方が生かされている。一人ひとりの視点に立って課題を考えるだけでなく、その実践に重きを置く。「イノベーションありき」ではなく、カイゼンをやり続けることがイノベーションにつながるからだ。誰もが利用できる汎用性を有し、付加価値を創造するオープンイノベーションの基盤となるIoTプラットフォーム。誕生の背景、未知領域への挑戦、さらに目指す社会変革について迫る。

あらゆるメーカーのクルマに使用可能
安全かつセキュアなGPSトラッカー

インターネットに接続し様々なサービスを利用できるコネクティッドカー。普及が進む一方で、世界には通信機器を装備していないクルマが多く存在する。「お客様も、自社のクルマをすべてコネクティッドカーに置き換えるのは、なかなかできないのが現状です」と、トヨタコネクティッド 専務取締役 藤原靖久氏は話し、こう続ける。

トヨタコネクティッド株式会社
専務取締役
藤原 靖久 氏

「トヨタコネクティッドのビジョン『人とクルマと社会をつないで、豊かで心ときめくモビリティ社会を創造します』の実現においては、中古車も含めトヨタ製だけでなくあらゆるメーカーのクルマがインターネットにつながることが基本となります。そのためには、様々な車種に後付けできる通信デバイス『GPSトラッカー』の開発が必要でした」

GPSトラッカーは市販製品も多い。問題は、クルマの制御機能への影響回避やセキュリティの確保だ。「GPSトラッカーはMeitrack社製を採用し、ファームウエアのカスタマイズや通信の暗号化により安全を確保した上で、様々なメーカーのCANデータの収集を対応可能にしました。また、収集データに関してはガソリン残量、充電量、走行距離といった必要最低限の要素に絞り込み、通信費などのコスト削減を図りました」(藤原氏)。

ここで収集されるデータは、数字の羅列に過ぎない。それらを価値ある情報に変換するために可視化が必要となる。例えば社用車管理の観点では、急ブレーキや急ハンドル、速度違反といった危険運転、適切なルートの走行などを管理したいという要望が出る。可視化は違反運転に対する抑止力にもなる。

GPSトラッカーのデータは可視化されることで付加価値を生み出す

GPSトラッカーの可視化を実現するプラットフォームに採用されたのが、マイクロソフトのクラウドサービス Azure と地図サービス Bing Maps である。この組み合わせは、トヨタコネクティッドが着手した重要な社会貢献プロジェクトを支えた。同プロジェクトは2011年の東日本大震災まで遡るという。

「大震災時に、道路が寸断されました。どの道が通れて、どの道が通れないのかを、リアルタイムで表示し公開できれば、被災地の救援や物流などをサポートできます。トヨタには、車両の位置情報や運行状況を確認できるテレマティクスによるデータがありました。それらを地図上に可視化するために協力してもらったのが、日本マイクロソフトでした。同社の技術者は、不眠不休の2日間で『通れた道マップ』を完成させました。その後もブラッシュアップを続け、現在もトヨタ企業サイトで公開中です」(藤原氏)

GPSトラッカーだけでなく、カメラやセンサーなど様々なIoT機器を装着することで、中古車も含めてクルマの情報化が進む。「IoTプラットフォーム構想に対し、日本マイクロソフトから、ぜひ一緒に取り組みたいという申し出がありました。今回も『通れた道マップ』で一緒に開発した同社の技術者が参加してくれました」(藤原氏)。

エッジ側のデータ処理でコストを抑制
オープンかつ汎用性が高いIoTエッジデバイス

2022年、トヨタコネクティッドとマイクロソフト共同による「社会課題を解決するIoTプラットフォーム」プロジェクトがスタートした。顔認証、画像解析などの活用を通し、スマートフォンを持っていない、使いこなせない小さな子供やお年寄りも含めて、すべての人がITの恩恵を受けられる社会の実現を目指す。

「社会課題を解決するIoTプラットフォーム」プロジェクト全体像

両社がまず取り組んだのは、IoTエッジデバイスの開発だ。「クルマに搭載したカメラの動画データをすべて Azure にアップロードすると、通信やストレージに膨大なコストを要します。コストを抑制し効率的な通信を実現するためには、エッジ側でデータ処理を行い、結果だけをアップロードすることが、最適かつ現実解です」(藤原氏)。

IoTエッジデバイス活用のメリットは、エッジ側でのデータ処理だけではない。IoTエッジデバイスに搭載されている、アプリケーションのメンテナンスや機能の切り替えを、クラウド側から行えるメリットは計り知れない。「お客様のニーズに合わせて、現地に赴くことなく、しかも人手による作業不要で、お客様の多様なニーズに応えることができます」(藤原氏)。

トヨタコネクティッド株式会社
アジャイル開発室 アジャイル開発2G
GM
奥山 浩司 氏

IoTエッジデバイスの開発は、トヨタコネクティッドがハードウエア、マイクロソフトがソフトウエアを担当。ハードウエア選定で重視したポイントについて、トヨタコネクティッド アジャイル開発室 アジャイル開発2G GM 奥山浩司氏は話す。

「特定の人しか用意できないハードウエアでは、必要とするすべてのクルマに搭載することはできません。汎用的に利用できるハードウエアを選定条件とし、超小型コンピュータRaspberry Pi(ラズベリーパイ)などを採用しました」

IoTエッジデバイス外観 (上) と内部構成部品 (下)。汎用的に利用できるよう、一般的なECサイトで誰でも1個から購入できる製品を選択

ソフトウエアは、画像解析ツールに「Azure Video Analyzer」、OSに容量が小さく低コストのLinuxを採用。「2011年当時のマイクロソフトは、Windows を使ってくださいという動きでした。しかし今回は『オープンソースを使いましょう』と自ら提案を行うなど、製品やサービスを提供するだけでなく、一緒にものづくりに取り組む姿勢を強く感じました」(藤原氏)。

IoTエッジデバイスの普及では、運用管理の容易さが重要なポイントとなる。「IoTデバイスのデータをクラウドサービスに収集するデバイスの接続・管理は Azure IoT Hub を利用し、インフラ構築や管理に手間やコストをかけず、本来自分たちがやりたいことに集中できる環境になっています。また、Azure 上でRaspberry PiへのLinuxコンテナの配信を行えるため非常に効率的です」(奥山氏)。

今回はアーキテクチャーの決定フェーズから車両に搭載する現場まで、マイクロソフトの技術者とタッグを組んで取り組んだと奥山氏は続ける。「やはり机上ではスムーズに動いても、車両に搭載すると想定外のことが発生するものです。今回も相当に冷や汗をかきながらの導入作業となりました」。

両社がっちりタッグで開発
現場で見えた課題は現場で解決

「一般的な生活において、クルマの中は限られた電力、発熱、振動など電気製品にとって非常に過酷な環境です」と藤原氏は話す。クルマにIoTエッジデバイスを実装しテストを行ってはみたが、肝心の画像解析ツールが動かなかったという。

「仕様通りでなければ動作しないということでは、現場で完成度を追求できません。様々な状況に対して発生する課題を現場で解決するのは、トヨタのものづくりでは当たり前のことです」

どうすればIoTエッジデバイスが使えるようになるのか。トヨタコネクティッドとマイクロソフトの関係者全員が現場へ足を運び、試行錯誤しながら解決に向けて一緒に汗を流したという。

「テスト終盤に差し掛かると、深夜まで Teams のチャットやテレビ会議を行い、情報共有を図りました。現場でメンバー間の認識の違いが発生しなかったことは、適切なコミュニケーションによるチーム力の賜物だと感じています」(奥山氏)

トヨタコネクティッド株式会社
アジャイル開発室 アジャイル開発2G
皆川 里桜 氏

GPSトラッカーも実用化に向けた取り組みが進められている。現在、収集したデータをクラウド上の情報と同期させ、GPSトラッカー用のCAN情報のデータベースを構築中だ。「完成するとOTA(Over the Air)で車両が走行中であっても、無線通信でGPSトラッカーの設定を変更し、収集するCAN情報を切り替えることが可能です」と、トヨタコネクティッド アジャイル開発室 アジャイル開発2G 皆川里桜氏は話し、こう付け加える。「現在、人の目で行っているCAN情報の解析作業を自動化するべく、Azure Machine Learning をはじめとした機械学習を勉強中です」。この自動化により、解析作業の標準化が図れる。

一人ひとりの“困りごと”を解決
その先にイノベーションがある

IoTプラットフォームをいかに展開していくか。例えば無人販売、人物認識、AI浸水検知、工場内輸送、社用車の企業間シェアリングなど、日本マイクロソフトともディスカッションをしながら展開を想定し、かたちにするべく取り組みを進めているという。

「しかし、こうした活用シーンは一例に過ぎません。誰でも手軽に利用できることから、オープンイノベーションによりアイデア次第で活用シーンは広がります。大事なのは、一人一人の“困りごと”を解決することがイノベーションにつながるという、カイゼンの考え方です」(藤原氏)

共同プロジェクトに参加した日本マイクロソフトの技術者も、IoTプラットフォームを使って自身の“困りごと”を解決したと藤原氏は話す。「社用車に乗ってみたら、燃料が入っていない。前の利用者が燃料を補充していなかったわけです。お客様先に向かう途中でガソリンを入れたため、約束の時間ギリギリになってしまった。こうした“困りごと”を解決するべく社用車にGPSトラッカーを搭載し、IoTプラットフォームを利用できるようにしました。これで乗車前にガソリン残量を確認可能となり、非常に重宝していると聞いています」。

この話にはまだ先がある。Outlook と連携し、予約からスマートフォンデジタルキーによる乗車まで一連のプロセスのデジタル化を実現。管理台帳の記入やキーの受け渡しといった手間もなくなり、社用車の予約とキー管理の効率化に至った。自身の“困りごと”からスタートし、運用管理の課題やマイクロソフト製品の機能と組み合わせることでステップアップしていく。商品化した場合も、自らの体験に基づくものは説得力が違う。

IoTプラットフォームは今後いかに活用されうるか。一つ期待されるのはカーボンフリーへの貢献度の数値化だ。GPSトラッカーはガソリンや電気の使われ方をデータで収集できる。それらをCO₂に換算することで、貢献度の数値化が可能になる。エコな運転にお墨付きを与え、かつトークン(独自の仮想通貨)化することで、運転者の行動変容を促す取り組みにもチャレンジしたいという。

トヨタコネクティッドの企業理念は「限りなくカスタマーインへの挑戦」だ。その実現のためには自ら企画し、ものづくりを行うことが大切だと藤原氏は強調する。今回マイクロソフトは戦友になったと藤原氏はいう。「これまでマイクロソフトはサンプルコードをつくって、あとはITベンダーに任せるといった仕事のやり方が中心でした。それがここでは、実装まで一緒に取り組んでくれました。一緒に苦労して進められたことが良かったと、マイクロソフトの技術者が話してくれたのは嬉しかったですね」。

トヨタコネクティッドとマイクロソフトが創るIoTプラットフォームは、基盤整備が完了。社会課題解決に向けて大きく動き出した。後編では、MaaSやエネルギーマネジメントに取り組むトヨタ自動車九州の工場内輸送の実証実験をレポート。また、トヨタコネクティッドとトヨタ自動車九州のキーマンによる対談を通じて、MaaSの可能性を広げるIoTプラットフォームに関して考察を深める。

トヨタコネクティッド株式会社

URL:https://www.toyotaconnected.co.jp/

通れた道マップ

URL:https://www.toyota.co.jp/jpn/auto/passable_route/map/