IT大国として知られるイスラエルは、NTTドコモ・ベンチャーズ(以下、NDV)にとっても有望な市場である。2021年7月にはNTTが現地法人を設立し、ますますNTTグループとの関係が深まっている。現地法人代表を迎え、“イスラエル×日本”のシナジーがもたらす効果を聞いた。

多彩なディープテック系を輩出するスタートアップ銀座

 世界屈指のIT大国として知られるイスラエル。人口わずか930万人ながら毎年約1000社の企業が新たに設立され、スタートアップの数はおよそ9000社にものぼる。確かな技術力に裏打ちされたディープテック系スタートアップが多いのも特徴で、その領域はサイバーセキュリティを筆頭に、AI、IoT、フィンテック、自動運転、デジタルヘルス、ブロックチェーン、XRなど多岐にわたる。

 これらの背景から、イスラエルには500社を超えるグローバル企業が拠点を置き、研究開発や事業開発にあたっている。NTTもその1つであり、2021年7月には現地法人の「NTT Innovation Laboratory Israel」(以下、NTTイスラエル)を設立した。代表を務めるノア・アッシャー氏は元在日イスラエル大使館の経済公使。イスラエルと日本の経済事情はもとより、両国の文化や国民性の違いにも精通しており、まさに橋渡しの適役と言える。

 イスラエルはNDVが2013年から注視してきた国でもあり、2022年2月時点で合計6社のスタートアップに出資済み。NTTイスラエルの設立を機に、NDVはより一層イスラエルとの関係を深めていきたい構えだ。イスラエルのスタートアップの現状や注目すべき領域について、アッシャー氏とNDV ディレクターの木村裕一氏に話を聞いた。


ゼロイチを生み出すイスラエル、それを100にスケールさせる日本

――2021年にNTTイスラエルの代表取締役に就任されました。まずはNTTとの関わりについて教えていただけますか。

アッシャー氏:2014年から2020年まで、私は在日イスラエル大使館で経済公使を務めていました。そこではイスラエルと日本の間の経済関係の構築・推進に携わり、両国の民間企業の皆様が協力できる政府間プラットフォームを立ち上げました。その流れの中で、NTTグループの方々と接点を持つようになったのがきっかけです。

NTT Innovation Laboratory Israel 代表取締役社長 ノア・アッシャー氏

 NTT取締役会長の篠原(弘道)さん、NTT代表取締役社長の澤田(純)さんはその頃から存じ上げていますし、NTTデータやNTT西日本など、グループの中核企業をはじめとしてたくさんの組織と仕事をしてきました。NDVの木村さんとも当時からのお付き合いです。

 言うまでもなく、NTTは日本の通信・IT業界のトップリーダー。極めて重要な企業ですし、駐日時代には数多くのプレイヤーを取りまとめるパイプ役としてとてもお世話になりました。このような結びつきが、2021年のNTTイスラエル設立へとつながっています。

――NTTがイスラエル現地法人を設立した狙いは何でしょうか。

アッシャー氏:私は経済公使の活動を通じて、イスラエルと日本が補完しながら、より高いシナジー(相乗効果)を発揮できると考えていました。なぜならイスラエルはゼロから1を生み出すアイデアに長けており、一方の日本はアイデアをスケールアップさせてプロダクト化し、1を100に増幅することを特長としているからです。しかも日本はグローバルなマーケティング展開の実績も豊富なので、両国の補完関係に大きなポテンシャルがあると常々感じていました。

 シナジーを最大化するためには、お互いの持つ文化的な強みや価値観を融合して、バランスの取れた関係を築くことが鍵となります。この融合を特色にすれば、両国間で経済革命を起こしていけるのではないか――そのようにNTT幹部の方々とビジョンを描いたのが始まりです。NTTイスラエルの開設により、現地のイノベーション・エコシステムに直接触れることで、今まで以上の発見があります。イスラエルにとっても、日本のみならずグローバルゲートウェイになると確信しています。

――NDVとイスラエルの関係はいつから始まったのでしょうか。

NDV ディレクター 木村裕一氏

木村氏:NDVが発足した2013年から本格的に開始しました。イスラエルは自他ともに認めるスタートアップ国家であり、昔から革新的な技術が次々と生まれています。ノアさんのゼロイチの話を私なりに言い換えれば、イスラエルのスタートアップは要素技術の開発に抜きん出ており、日本企業は要素技術を上手くデプロイしてお客さまに提供することを得意としています。これまでNDVがイスラエルスタートアップの窓口として日本市場支援やNTTグループとの連携開発を行なっていましたが、NTTイスラエルの誕生でさらなる案件開発の実現を期待しています。


500社を超えるグローバル企業が集結する“ニーズの宝庫”

――なぜイスラエルで次々と優れたテクノロジーやスタートアップが生まれるのでしょうか。

アッシャー氏:まずはエンジニアやPh.D(博士号)、特許、ベンチャーキャピタルの投資を含めて世界最高レベルの環境がそろっており、起業しやすい土壌があることが挙げられます。そしてイスラエルのスタートアップは、起業したその日から世界に目を向けて活動します。なぜなら小国のために自国市場がとても限定的だからです。

 全世界のユニコーン(評価額が10億ドル以上の未上場スタートアップ)の10%はイスラエルから生まれており、2021年だけを取っても48社の新しいユニコーンが誕生しました。そこから成長して、ワールドワイドのリーダーになる確率も高いです。

 目覚ましい成長を支えている要素は以下の3つです。

 1つ目は「必要は発明(イノベーション)の母」であるということ。最もわかりやすいのはサイバーセキュリティです。ご存知のようにイスラエルは地政学的な事情から常に危機にさらされており、軍事用システムを堅固に守るためにセキュリティを強化してきた歴史があります。この必然性により、サイバーセキュリティのテクノロジーが飛躍的に進化しました。今ではグローバルでサイバーセキュリティ業界をリードしています。

 ITによる農業の効率化をめざすアグリテックも同様の理由から発展しました。イスラエルは慢性的に水と土地が不足しているため、限られた資源の中でどのように農業を持続可能にしていくかを考えた末に、リモートセンシングやモニタリングを活用した次世代農業が盛んです。

 2つ目は「多方面とのコネクティビティ」。イスラエル政府は先進的なテクノロジーをしっかりとサポートしていく姿勢を打ち出しており、その支援のもとに大学や研究機関などのアカデミア、民間企業が密接に連携しながら成果を出しています。

 また、500社を超えるグローバル企業がイスラエル国内にR&Dセンターなどを設立して研究開発を行ない、NDVのような海外のベンチャーキャピタルとの協力関係もあります。これだけの企業が集結しているため、イスラエルはまさに“ニーズの宝庫”と言えるでしょう。そうした人材面、資金面での強力なネットワークがイスラエルのユニークネスだと感じています。

 3つ目は「イスラエルならではの文化の強み」です。もともと起業家精神が旺盛で失敗を恐れない文化が根づいており、失敗はむしろ成功を導き出すのに欠かせない要素とポジティブに捉える国民性があります。さらにスピード感を重視し、ベストのタイミングでベストのサービスを提供したいとのマインドがあります。歴史的な背景からもチームワークを重んじる価値観があるので、ここぞというときはチームが一丸となって迅速に対応するのです。

――よくわかりました。では、木村さんはイスラエルをどのように見ていますか。

木村氏:NDVはグローバルでスタートアップを発掘していますが、イスラエルと他国との大きな違いは、領域が非常に多岐にわたっていることです。例えば米国シリコンバレーでは比較的Web系のスタートアップが多いのですが、イスラエルはセキュリティ、アグリテック、ライフサイエンス、クラウドとかなり幅が広い印象です。

 NDVのイスラエルスタートアップ投資ではこれまで次の新しいカテゴリーを作るアーリーステージ中心に6社に投資し、現在はそれぞれがカテゴリーリーダーにまで成長してきています。今回、その中から3つを簡単に紹介させてください。

 1つ目はRiskified。クレジットカードの不正使用をAIで防ぐソリューションです。こうしたサービスはほかにも存在しますが、Riskifiedが他社と違うのは、AIの判断が間違って不正使用だった場合に、その損害を全額賠償するチャージバック保証というビジネスモデルを打ち立てた点。自社が開発するAI技術に絶対の自信を持っているからこそのモデルです。

 2つ目はOtonomo。コネクテッドカーが生成するデータを流通させるためのマーケットプレイスを運営する企業です。当初、自動車メーカーはデータ提供に懐疑的でしたが、Otonomo CEOのBen Volkow(ベン・ボルコフ)氏が熱心に辛抱強くメーカーと協議して、パートナシップ開発を実現していきました。アイデアの斬新さはもちろん、CEOの壁を打ち破る意欲や能力があったことからこのカテゴリーが実現したと考えています。

Wiliotが開発した自己発電するBluetoothタグ

 3つ目はWiliot。電波を電力にして動作する電池不要の超薄型のBluetoothタグで、センサー機能も実装しています。このタグを付加すれば、サプライチェーンの最適な可視化も不可能ではありません。超薄型でセンシング機能を持つタグは新しいユースケースが開発可能と考え注目しました。まずは先を見据えて関係を構築し、NTTグループ内での協業を探っていきたいと考えています。


未来の成果を楽しみにしている

――注目している領域を教えてください。

アッシャー氏:NTTイスラエルは、NTTグループや関連企業にとって有益なスタートアップを見つけ出し、イスラエルのイノベーション・エコシステムを活用しながら両国の良好なビジネス関係を構築していくことがミッションです。この観点から、我々はサイバーセキュリティ、デジタルヘルス、AIの3つをフォーカスエリアに定めています。

注目領域は多いと話すアッシャー氏

 ただし、NTTグループの各企業からは3つのフォーカスエリアを超えたたくさんのリクエストをいただいています。ですから3つを中心軸としながらも、さまざまな領域に注目してリサーチを重ねています。

 いくつか注目トレンドをお話しましょう。1つ目はメタバースやXRと言われる仮想空間です。イスラエルでは続々とメタバース関連のスタートアップが出てきており、急速に市場が活性化してきました。

 2つ目のトレンドはサイバーセキュリティのゼロトラスト。その名の通り、何も信頼せずにすべてのアクセスを確認する概念で、昨今では世界のサイバーセキュリティの主流になっています。イスラエルのセキュリティ企業の約半分となる約300社が、ゼロトラストのフレームワークに基づいたソリューションを提供しています。

 3つ目はデジタルヘルス。イスラエルではすでに医療関連データの98%がデジタル化されており、それゆえファイザー社が世界で初めて新型コロナワクチンの接種を開始した経緯があります。現在、イスラエルには約700社のデジタルヘルス系企業があり、中でも女性の健康に特化したフェムテックに注目しています。女性特有の症状や病気に対し、遠隔医療や遠隔モニタリングなどを通じて健康管理を提供するソリューションです。

――木村さんはいかがでしょうか。

木村氏:私が最近ユニークだと思ったのは、人間の神経に流れる微弱な電気信号を活用したプロダクトを開発するスタートアップです。例えば、声を出さない口パクの状態でも神経には信号が流れていますから、それを検知して話している内容を把握するとか。微弱な信号とAIの組み合わせで精度の高い情報に転換できれば、多様なユースケースに発展するのではと感じています。

 また、現在ホット領域なブロックチェーンから派生した分散型管理のWeb 3.0ソリューションも注目しています。分散型金融のDeFi、非代替性トークンのNFT、スマートコントラクトなどになります。先端技術を基盤にしたソリューションになることから、イスラエルスタートアップの得意領域になると考えています。

 それから、今後、より多くのESG関連のスタートアップが出てくることを期待しています。先ほどノアさんがご説明されているように、イスラエルにはいろんな国のIT企業がやってきています。その中で、ESG分野のイノベーションニーズは非常に高まっていると思います。イスラエルのスタートアップはそのようなニーズに機敏に反応すると感じていますので、2〜3年後にはいろいろ面白いビジネスアイデアが出ていると予想しています。

――最後に、日本市場に対するメッセージをお願いします。

アッシャー氏:今はモメンタム(市場の勢い)がとても高くなりつつある状況です。現に、イスラエルのスタートアップに対するシーズ投資は年間にして約3倍の30億ドルに達しました。ここでは、ものすごいペースで日本からの投資も増えています。2021年の海外直接投資のうち、実に16%が日本でしたから。それを踏まえても、日本企業は重要なステークホルダーに間違いありません。

 ただ、イスラエルと日本企業との関係はまだ始まったばかりだと見ています。発掘されたスタートアップは氷山の一角に過ぎず、NTTイスラエルの成功事例はこれから本格化します。どれほどの成果を出せるのか、私自身も非常に楽しみにしています。

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