ホテル運営会社として、リゾート、温泉旅館、ホテルといった全国50の施設を展開している星野リゾート。ホテル市場が大きく変化する中、世界に通用するホテル運営会社を目指す同社は、イノベーションを通じて新しい運営手法を創造し、次の時代に向けたビジネスの持続性を確保したいと考えている。
「イノベーションは、顧客に近いスタッフが、日々の地道な作業に熟練した上で、固定観念にとらわれず発想し、変化を恐れず挑戦する活動から生まれるというのが当社のコンセプト。その環境を維持するためにフラットな組織文化を重視しています」と星野リゾートの久本 英司氏は語る。
この現場の挑戦によるイノベーションを象徴しているのが同社の「全社員IT人材化」である。
数年前まで同社のIT部門はわずか4人の体制だったが、「デジタル化の推進には自前化しかない」という信念のもと、現場からの異動やキャリア採用を積極的に進め、現在では総勢40人を超える体制となっている。このIT部門の強化の中で掲げたのが全社員IT人材化だ。「企業の存在意義を持続させるため、システムの価値を高め続けられる人材に全社員がなるというものです」と久本氏は説明する。
背景には、同社が大手グローバルチェーンに比べてIT領域で大きく出遅れているという自覚があった。「この状況を打破するには、持ち前のフラットな組織文化を生かすしかない。施設の魅力づくりなどをけん引している現場の力をITの領域でも発揮してもらおうと考えたのです」と久本氏。現場がIT人材になれれば、予算面などではグローバルチェーンに劣ったとしても、人材では優位に立てると考えたわけだ。
具体的な施策としては、システム内製化のために導入していたものの活用が停滞していたローコード・ノーコード開発ツールの活用に再び着手。ルールや開発支援体制を整備し直した。その結果、現在は複数の部署のスタッフがツールを使いこなせるまでになり、現場によるアプリケーション開発が社内に浸透し始めている。
「DXが企業の生き残りを問うものだとすれば、我々の全社員IT人材は、それに向けた『回答』ではなく、あくまでも『前提』」だと久本氏は言う。今後、同社は全社規模で業務プロセスを深化させる能力を獲得し、観光産業への貢献、ひいては社会への貢献につなげていく構えだ。
医薬品や衛生雑貨製品の企画・製造・販売で知られる小林製薬は、2019年ごろからシステム内製化に向けた取り組みを開始している。現在も全社展開が進行中だが、内製化にかじを切ったきっかけは、長年同社のシステム保守を担当していたベンダー2社から相次いで契約終了を告げられたことだった。
「社内には、常にベンダーの人員が常駐し、システムの詳細設計や障害対応などは基本的にベンダー任せの状態でした。そのため社内にノウハウが十分に蓄積されていないという状況でした」と小林製薬の八尾 太介氏は振り返る。
そうした状態でベンダー2社との契約終了という事態に直面した同社は、ベンダー依存のリスクの大きさを痛感。依存体質を脱却し、システムの内製化を目指すべく、ローコード・ノーコード開発ツールの導入に向けた検討を行い、従来のフルスクラッチ開発とのギャップなどを考慮して、柔軟にカスタマイズが行えるツールを選定した。「ツール選定に先立つ検証では、従来のASP.NETでの開発と比較して、71~75%の開発速度の改善が図れることが分かりました」と八尾氏は言う。
ツール導入後は、インフラの構築や独自モジュールで構成されるテンプレートの整備などを進め、まず単一部門への展開を実施した。そこで効果を検証した後、満を持して全社へと展開した。
しかし、この全社展開は一度頓挫してしまう。原因は教育だ。「教育のやり方に難があり、誰もついてこられないという問題に直面したのです」と八尾氏は明かす。
具体的には3時間の研修を1回実施し、あとは自習用教材のPDFを開発者に渡したのだが、それだけでは十分ではなかったのだという。そこで、改めて教育環境を見直し、今度は自社向けの独自資料を作成して、再びIT部門の開発担当者25人全員に教育を行った。
「結果は良好。開発担当者のほぼ全員から肯定的な意見が寄せられ、取り組みを本格化させることができました」(八尾氏)
現在、同社は社員15人の体制で内製化を進めている。2021年には20のアプリケーションを開発。2022年には40以上のアプリケーションのリリースを予定している上、海外拠点への展開も進めるという。
このように小林製薬は、ベンダー依存によって直面した危機をきっかけにして、内製に向けた取り組みを成功させた。同社の成功は、同様の状況にある企業にとって大いに参考になるはずだ。