メーカーによるSaaSビジネス
成功のポイント

富士フイルムグループに学ぶ イノベーションと「コト」ビジネスへの戦略富士フイルムグループに学ぶ イノベーションと「コト」ビジネスへの戦略

逆風のコロナ禍を追い風に変え、
「コト」ビジネスを具現化 

 1962年にゼロックス社の国内販売会社として事業をスタートした富士フイルムBI(旧富士ゼロックス)。1973年に初の自社開発複写機を発売して以来、日本を代表するオフィス機器メーカーの1社として、市場で大きな存在感を有している。現在はオフィス機器を中心とするオフィスソリューション事業、商業印刷領域のグラフィックコミュニケーション事業、ドキュメントサービスを提供するビジネスソリューション事業などを展開する。

 一方、既存事業はデジタル化の流れの中で変革を迫られている。グラフィックコミュニケーション事業はこの傾向が顕著だ。紙媒体のグラフィック広告の需要は厳しい状況が続いている。そこへコロナ禍が追い打ちをかけた。一気にペーパーレス化が進み、売り上げは20%も落ち込んだ。主要顧客である印刷会社も大打撃を被った。

 「紙媒体の需要減には以前から危機感を抱き、デジタルシフトの必要性を痛感していましたが、コロナ禍がそれをより顕在化させた形です。ハード主体から『コト』を提供するソリューション事業への転換という機運が高まりました。コロナ禍は事業全体から見れば逆風でしたが、デジタルシフトを目指す上では、むしろ追い風となりました」と木田氏は振り返る。

 逆風の中に吹く追い風をとらえ「コト」ビジネスを具現化したサービスが、2024年7月17日より提供を開始したクラウドプラットフォーム「Revoria(レヴォリア) Cloud Marketing」だ。「広告運用」と「WEBサイト改善」という2つのサービスで構成される(図1)。  「広告運用」サービスの特長は、複数の出稿先データを一括収集し、広告効果をレポーティングできること。複数の出稿先のデータを個別に収集・集計する必要がない。さらにAIが過去の広告出稿データや効果データを読み込んで最適な予算配分を提案してくれる。「デジタルと紙の広告予算の割り当て作業を省力化し、広告効果の最大化をサポートします」と木田氏は説明する。

 もう一方の「WEBサイト改善」サービスは、広く利用されているWEBサイト分析ツールとAPI連携し、そのデータを取り込んで、初心者でも分かりやすく分析指標を提示する。こちらもAIを実装し、分析に洞察を加える。「例えば、コンバージョンを上げるには、どこをどう改善すべきか。AIが課題を解析し、最適な改善箇所を提示します」と木田氏は続ける(図2)。  なぜ同社がこうしたサービスをリリースできたのか。それは同社がプロダクトの提供を通じて古くから印刷・広告業界と深いつながりを有しており、その課題や解決の方向性についても理解していたからだ。

 デザイン力、コンテンツ制作力の高い印刷会社は分析力という新たな武器を実装し、メディア展開の提案力が高まる。クライアントと印刷会社をつなぐ広告代理店にもメリットが大きい。「Revoria Cloud Marketingはまったく新しいサービスですが、飛び地のビジネスではありません。当社だけでなく、業界全体のビジネス拡大につなげていきたい」と木田氏は意気込む。

「顧客を第一に考える」
AWSの対応を実感

和田 健太郎氏 アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 自動車/製造業 事業開発本部 シニア事業開発マネージャー
和田 健太郎
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
自動車/製造業 事業開発本部
シニア事業開発マネージャー
 Revoria Cloud Marketingは顧客ビジネスの拡大・貢献に加え、もう1つの狙いがある。人手を介した労働集約型ビジネスからの脱却だ。Revoria Cloud Marketingは約2年前に提供を開始したデジタル広告/WEBサイト改善サービス「Marketing Cockpit」をベースにしたもの。SEがデータを分析し様々な改善をサポートするが、人手が必要になるためサポート対応には限界がある。

 そこでSEのナレッジとノウハウをもとに独自のAIを開発した。「高度なAIは持っていても、それだけでは1つの要素技術にすぎない。AIという要素技術をサービス化することで、新たな価値が生まれる。SEのマンパワーに依存しない高品質なサービス提供も可能になります」と木田氏は狙いを語る。

 このRevoria Cloud Marketingの基盤に採用したのが、AWSのクラウドだ。サービスは国内だけでなく、海外展開も視野に入れている。AWSはグローバルにクラウド事業を展開しており、1つのシステムを他の国・地域に容易にスケールできる。木田氏は前職でこのことを身をもって実感している。米国で立ち上げたシステムをわずか3カ月でグローバルに展開できたという。

 これに加え、顧客に寄り添う姿勢も大きな決め手になった。AWSが富士フイルムBIの視点に立ち、初期コストが安くビジネスに応じたスケーラビリティを提供できるサーバーレス・アーキテクチャを提案したからだ。これについてAWSジャパンの和田 健太郎氏は次のように述べる。

 「AWSではお客様のコストを下げる提案をすることが、1つのKPIになっています。それがお客様ビジネスの貢献につながると考えるからです。ソリューションアーキテクトも営業も、皆コストを意識しています。仮想サーバーをたくさん利用しているお客様がいたら、より最適なアーキテクチャーはないか、サーバーレスは利用できないか。常にそういう確認を行い、お客様にとって最適なクラウド活用を提案しています」

クラウドネイティブなスキルや
開発文化の習得を支援

木田 裕士氏 和田 健太郎氏
 Revoria Cloud Marketingはメーカーが開発したSaaSサービス。新規性も市場へのインパクトも大きいが、その実現は決して平坦なものではなかったという。

 富士フイルムBIの事業の柱はハードウエア製品。「ソフトウエアやソリューションは、ハードウエアを販売するための付加価値という認識が強い。これを本業として成功させるためには、組織や文化、従業員のマインドやプロセス、KPIも含めて抜本的な変革が必要です」と木田氏は語る。

 その足掛かりとして約2年前に「DX事業推進部」を創設し、プロダクト開発やデータ分析を行うSEをここに集約し、約100名の陣容を整えた。このDX事業推進部を昨年「DX事業部」に昇格させ、グラフィックコミュニケーション事業本部の直轄組織とした。Revoria Cloud MarketingはこのDX事業部が開発したサービスである。

 AWSはSEのスキル教育を担うパートナーとしても重要な役割を担っている。「これまでの開発や保守はオンプレミスが主体で、クラウドの知識はほとんど皆無。AWSは教育プログラムやサポート体制が充実しています。これもAWSをパートナーに選定した大きな理由の1つです」と木田氏は打ち明ける。

 Revoria Cloud Marketingは顧客企業の課題解決のために導き出されたサービス。AWSにも顧客を第一に考える文化がある。「富士フイルムBI様の姿勢には大いに共感しました。何よりトップがサービスビジネスにコミットして覚悟を持って変革に挑んでいる。この取り組みを伴走支援できるのは大変光栄なこと」と和田氏は話す。

 AWSはDX事業部の約100名のSEを対象に、6カ月間の教育プログラムを実施。クラウドアーキテクチャや、アジャイルをはじめとするクラウドネイティブな開発文化のスキル習得を支援した。「基礎の要素技術はオンプレミスもクラウドも同じ。システム同士のつなぎ方や使い方、スケールの仕方などにクラウドならではのやり方があります。SEの方は元々技術力が高いので、短期間でみるみる力をつけていきました」と和田氏は目を見張る。

 プログラム修了時にはマインドの変革も進み、自走化可能なSE部隊へと成長を果たした。「クラウドサービスの開発に自信を持って取り組めるようになりました。以前はオンプレミスでの開発・保守に限られていた組織が、クラウドサービスの開発も可能になったことで、あらゆるニーズに対応できる事業部に進化しました」と木田氏は語る。

三位一体型の組織を編成し、
KPIや評価軸も刷新

 AWSはSEの技術・スキル支援だけでなく、エグゼクティブ向け、現場向けにも「サービタイゼーションの勘所」や「SaaS事業化に向けたケーススタディ」などの勉強会も開催した。イノベーションのヒントやSaaSビジネスの成功ポイントを掴んでもらうためだ(図3)。  ここで得た知見が組織変革に生かされている。「SaaSは価値を提供し続ける、終わりがないプロダクト。リリース後は保守フェーズに入るこれまでのやり方とはまったく違う。お客様のニーズをとらえ、機敏にアップデートするためにはDevOps体制だけでなく、お客様をサポートする『CS(Customer Satisfaction)チーム』が重要という気付きを得ることができました」と話す木田氏。事業部内は「企画」「開発」「CS」の3チームが密に連携する三位一体型の組織となっている。

 KPIや評価軸も変えた。例えば、プリンティングシステムは小規模なものでも一式数千万円はする。サービスを提供するSaaSビジネスとは金額の規模感が違う。売上金額で評価していたら、営業も積極的にSaaSを売り込もうとは思わない。「KPIの設定や実績評価は、売上金額だけでなく、SaaSの契約数なども加味していきます」(木田氏)。

 Revoria Cloud Marketingはリリース間もないが、印刷会社を中心に既に多くの引き合いがあるという。「他社よりも先にこの領域に参入したいので、すぐに活用したい」「AIの活用でデータドリブンマーケティングが容易になる」「クッキーに依存しないMMM(マーケティングメディアミックス)が誰でも使えるようになる」などの声が寄せられ、市場の期待も大きい。

 まずは国内で足場を固め、DX事業部は早期に年間売上100億円の達成を目指す。その後、海外にもサービス展開し、事業拡大を図る計画だ。さらなる価値向上の一環として、生成AIの活用も検討している。「AWSはグローバルにリージョン展開し、パートナーのエコシステムにより、世界で均質なサポートを受けられる。新たなテクノロジーの活用や海外展開において、引き続き、AWSのサポートに期待しています」と木田氏は語る。

 今回のプロジェクトの伴走支援を振り返り、和田氏は次のように感想を述べる。「トップのコミットメントのもと、素早くサービスを立ち上げ、組織や文化、マインドまで変革したことが大きな成功要因だと思います。同時に今回のケースは私たちにも学びの多い取り組みでした。ハードウエアを売る前後のプロセスの課題解決にイノベーションのヒントがある。新サービスの実現に伴走支援し、そう強く感じました。製造業のお客様が『コト』ビジネスへの変革を目指す上で、これは重要な視点になると思います」

 SaaS型のRevoria Cloud Marketingを実現し、新たな市場開拓を進める富士フイルムBI。ハード主体のビジネスに「コト」ビジネスをプラスし、その相乗効果で成長戦略を力強く歩む構えだ。
木田 裕士氏 和田 健太郎氏
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