オフィスのあり方を、根本から考え直す企業が増えている。1人の仕事なら在宅ワークでもできるし、自宅の方が生産性が上がるという人もいる。では、オフィスでしか出せない価値とは何か。「会社に行きたくなるオフィス」を目指し、多くの企業が変革を進めようとしている。
株式会社イトーキ
商品開発本部
ソリューション開発統括部
Data Trekking
チーフコンサルタント
酒井 美帆 氏
「理想的なオフィスの姿は、企業によって違います」と語るのは、イトーキの酒井美帆氏だ。働き方改革や人的資本経営の課題は、企業によって異なる。課題が違えば、当然、オフィスに求めるものも変わってくる。
株式会社イトーキ
商品開発本部
ソリューション開発統括部
Data Trekking
チーフコンサルタント
酒井 美帆 氏
例えば、今日の経営者が社員に求める生産性の中には、「効率性」だけではなく「創造性/クリエイティビティ」が含まれる。そこで、多くの企業が共通して望むのは「業務遂行の場から、コミュニケーションの場への変革」だ。
だが、コミュニケーションと言っても色々ある。上司と部下の1 on 1ミーティングの効果を最大化したいのか、複数社員によるブレインストーミングの効果を期待するのか。リスキリングのような「学びの空間」を求める企業もあるだろう。マルチな機能を盛り込むことはもちろん可能だが、期待値の大きさによって設計が変わってくる。また、「1人の業務は在宅でも可能だ」と述べたが、自宅より集中しやすい環境をオフィスに整備し、社員の孤独感を解消したり、部門の壁を超えた社員同士の自然なコミュニケーションを期待する企業は多い。
オフィス環境が業務の生産性や人的資本経営に影響することを、すでに多くの経営者が認識している。オフィス変革へのニーズが高まる中、イトーキは2024年2月に新しいコンサルティングサービスを始めた。「Data Trekking(データトレッキング)」だ。
オフィス作りの支援は、これまでもやってきた。事前に社員へのアンケート調査を行い、その結果を基に、理想的なオフィスを設計する。リニューアル後、再びアンケート調査を実施して、狙い通りの効果が出せているかどうかを確かめる。この一連のプロセスにより、多くの企業のオフィスを生まれ変わらせてきた。
しかし同時に、更なる飛躍を模索してきたことも事実だ。もっとデータを活用することで、今までにない視点を得られないか。より解像度の高いリニューアルを可能にできないかと考え、その方法論について研究してきた。
Data Trekkingの第1の特徴は、「位置情報データ」と「組織サーベイ」の2つを掛け合わせ、オフィス空間を高い解像度で分析する点にある。社員のスマートフォンに専用アプリを入れ、位置情報をクラウド経由で収集して人流データを採る。これを分析し、1日のどの時間に、オフィスのどの場所に人が集まり、どう使われているかを客観的に把握する。一方、組織サーベイもオフィスのデザインが何に効いているのか、より具体的で確度の高いデータを得る内容になっている。その土台になったノウハウは、イトーキが経済産業省から受託した「平成27年度健康寿命延伸産業創出推進事業 健康経営に貢献するオフィス環境の調査事業」にある。学術界の専門家と協働し、健康経営に寄与する新たなオフィスモデルを創り上げた。その成果は「健康経営オフィスレポート」として発表している。「満足度を測るだけでなく、社員のWell-beingや生産性にどのような影響を与えているかを追跡します」と酒井氏は述べる。
Data Trekkingの2つ目の特徴は、オフィスを作って終わりではなく、その後も継続的に改善し、効果を高めていくことだ。背景には、イトーキ自身が2018年12月に行った本社移転の経験がある。ABW(Activity Based Working)とWell-beingという2つのコンセプトに基づき、新オフィスをデザインした。移転後もサーベイを続け、効果を詳しく測定してきた。
そこで明らかになったことは、オフィスの変革後にすぐに上がる指標もあれば、時間をかけて上がってくる指標もあるということだ。例えば、「オフィスへの誇り(自信を持って外部の人に紹介できる)」という指標は、新たなオフィスを作るとすぐに上がった。しかし、「個人の生産性実感」という指標は、上がるまでに2~3年かかった。さらに「職場環境の楽しさ」や「職場の連帯感」のような、組織レベルの指標が向上するまでには4~5年を要する。
オフィス変革後の主な指標の変化(イトーキ本社の場合)
「リニューアル後も継続的に経過を見ながら、改善していくことが重要です。細かい調整や最適化を続けることで、オフィス環境整備の効果はさらに上がります」(酒井氏)。Data Trekkingでは、顧客の要望に応じてオフィスのリニューアル前とリニューアル後に実施できる様々な分析と施策をそろえている。
Data Trekkingの効果的な分析タイミングの一例
リニューアル前の支援では、顧客企業の人的資本経営のポリシーやビジネス目標を踏まえたうえで、求める効果を最大化できるオフィスの要件を明らかにしていく。その検討を基に、イトーキが新オフィスのデザインを提案し、リニューアルを行う。
リニューアル後の支援では、新しいオフィスの理解と浸透を図ったうえで、定常運用をサポートする。期待通りの効果を発揮できているかを継続的に調べ、必要に応じて調整や改善を加えて最適化を目指す。このフォローにより、オフィス変革の成功確率を上げる。
データや調査から理想的なオフィスの姿を求めても、それを具体的な設計に落とし込めなければ意味がない。イトーキの強みは、調査やコンサルティングだけでなく、その成果を活かしたオフィスデザインを具体的に提案し、実現できる点にある。
本社の移転後、イトーキは2023年にオフィスを大きくリニューアルした。そのタイミングで展開したさまざまな人事施策との相乗効果で、「インターンシップ応募率の向上」「キャリア採用応諾率の向上」「若手中堅の離職率の低下」などを含む、数々の具体的な成果を確認している。新卒採用に関しても、コロナ禍で自粛していたオフィス見学会を再開した後、応諾率が大きく上がった。「学生は企業に対し、自己実現にふさわしい環境を求めています。オフィスを見れば、その企業の人的資本経営への姿勢がわかるのです」(酒井氏)。
Data Trekkingには様々なツールがあり、可能な部分から小さく始めることもできる。例えば、ハードの環境整備を伴う位置情報データのハードルが高ければ、まずは組織サーベイで課題の可視化から始めればよい。サーベイの結果を基に建設的な議論を進めることで、エンゲージメントやWell-beingの向上につながるオフィス環境について、経営層の間でイメージを共有してもらうことができる。
そして、Data Trekkingは今後も進化を続ける。2024年末には、会議室の活用に関する新たなコンセプトとプラットフォームを発表する予定だ。多くの企業で見られる「会議室が取れない」という悩みの解決に、新たなコンセプトで挑む。
オフィスの変革にデータの活用は欠かせないが、酒井氏は「データに振り回されてはいけません」と述べる。「データは道しるべに過ぎません。オフィス変革で何を目指すのか、まずは経営の意志と目標を明確にすることが重要です」(酒井氏)。多くの企業のオフィスを作ってきたイトーキだからこそ、データから読み取れるものも違ってくる。また、業種や業態の異なる多くの企業のデータを蓄積しており、機密を保持したうえでそれらを活かせる点も、同社の強みだ。
今日の経営では、あらゆる部門に人的資本経営への貢献が求められる。多くの企業の総務部にとって、オフィス変革はその有力な柱になるだろう。「何から手を付ければよいかわからない、あるいは、人的資本経営とオフィスの関連について、まだ社内のコンセンサスが取れていない。そんなお客様に、ぜひご相談いただきたいです」と、酒井氏は述べた。