生成AIをはじめとするテクノロジーの急速な進化により、ビジネス環境が大きく変化する今、企業や組織にとってデジタルトランスフォーメーション(DX)はますます欠かせないものになっている。一方、DX に取り組むものの、想定通りに推進できない企業も少なくない。DX に焦点を当てた「日本全国 6都市 JAPAN DX Conference」の中でも、各都市で行われた独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の講演に注目し、様々な側面からDX 推進のヒントを探る。
前例なき「未踏」へのチャレンジを応援する 日本の人材育成を支える国家プロジェクト
「前例のない新しいこと、未だ誰も踏み入れていないことにチャレンジして、イノベーションのコアを担う人材を育成するプロジェクトが未踏事業です」。2000年度から経済産業省とIPAが展開する国家プロジェクトである未踏事業について、IPA デジタル基盤センター 企画部長・イノベーション部長の下出政樹氏はこう説明する。
「1990年代に入ると、日本の経済停滞と並行して世界的なIT産業の興隆、いわゆるIT革命が見られました。この革命を牽引していたのは、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスといった天才的な個人だったのはご存知の通りです。日本でもそうした人材を輩出できるような支援が必要だという問題意識が、未踏事業誕生の背景にあります」(下出氏)
現在の未踏事業には目的、対象が異なる3つのプロジェクトがある。「未踏IT人材発掘・育成事業」、「未踏アドバンスト事業」、「未踏ターゲット事業」だ。未踏ITは、25歳未満を対象に、未踏的アイデアをITで実現しようとする人を発掘し、育てようというもの。最大288万円の支援金によりアイデアの具現化を支援する。未踏アドバンストは、社会課題への解決策や変革をもたらすビジネスのアイデアを持つIT人材を発掘して育てる、最大1504万の支援金でビジネス化をサポートする事業である。未踏ターゲットは、これら2事業と比べニッチなプログラムになるが、「量子コンピューティング」や「リザバーコンピューティング」など、最大360万円の支援金により次世代ITを活用して世の中を変える先進分野のIT人材を育成する。
独立行政法人情報処理推進機構
デジタル基盤センター
企画部長・イノベーション部長
下出政樹 氏
独創的なアイデアを埋もれさせない指導とコミュニティ
「未踏事業は単年度単位で、応募、審査に3カ月ほど費やし、残りの9カ月で伴走支援をします。すでに修了生は2000名を超えて、多方面で活躍しています」(下出氏)。直接伴走支援するのは、20人以上のプロジェクトマネージャー(PM)である。下出氏は、「IT企業の経営者から大学教授まで、産学官の第一線で活躍されている方々がPMを務めています。さらに統括PMとして、未踏事業の発起人でもある東京大学名誉教授の竹内郁雄さんと、近畿大学特別招聘教授でKADOKAWAやドワンゴの社長でもある夏野剛さんに全体を率いていただいています」と、その独特で手厚い支援状況を説明する。
未踏事業の仕組み
未踏事業から各方面で活躍する修了生が生まれる理由を下出氏はこう語る。「独創的なアイデアを埋もれさせないPMの指導はもちろん、修了生などによるコミュニティの応援が励みになる。そして本人の熱意と横のつながりである同期の刺激も大きい。これらが相まって、イノベーションが実践されていくと感じています」
改めて未踏事業に採択されるメリットを、下出氏は4つ挙げる。1つ目はスペシャリストによる直接の伴走支援、2つ目は知的財産が本人に帰属する点、3つ目が手厚い費用面での支援、4つ目が未踏事業の同期との出会いと修了生との交流である。「修了生へのアンケートで、9割以上が未踏事業の経験が役に立ったと回答してくれています」(下出氏)。その上で、統括PMの竹内教授の「未踏は、リスクのない挑戦だ」という言葉を借りて、多くの人材のチャレンジを促す。
地域経済の維持拡大のためにも「未踏」の活用を
下出氏は経済産業省の中国経済産業局地域経済部長という経歴を持つ。講演会場である広島を含む中国地域に触れ、未踏事業の活用が地域の社会経済に及ぼす効果について力説した。「中国地域も例外なくさらなる人口減少が見込まれています。これまでの二次産業に重心を置いた発想では、地域の衰退に歯止めをかけることが難しくなります。そこで取りうる手法は、1つが労働生産性を上げること、もう1つが価格競争ではない絶対的な競争優位、デファクトスタンダードになるビジネスを創出することです。後者を考えたとき、中国地域ではポテンシャルがあるにもかかわらず、未踏事業にチャレンジする人がまだ少なく、もったいないという思いです」
様々な課題を抱える地域社会、経済に対して、未踏事業に応募する人材を増やし、アイデアを具現化することでソリューションを生み出すことが可能になる。「中国地域には都市と地方があり、交錯するグローバルとローカルの2つの経済圏が存在します。そして自然環境と文化に富み、これらにまたがる多様な社会課題があります。これは日本の縮図とも言えます。こういう地域であるからこそ、未踏事業が地域経済の今後に効果を発揮できるはずです」(下出氏)
未踏事業を通じて、地域が持つ知恵やノウハウ、技術などにデジタル時代のITを結び付けることができる。そこからソリューションを生み出すことができれば、世界にも通用するような新しい価値創造を期待することも夢ではなさそうだ。
