インターネット以来の技術革新とも言われる生成AI。登場からわずか1年半ほどにもかかわらず、社会のあらゆる場面で実装が進む。この動きは民間だけではなく、行政を司る中央省庁でも盛んだ。生成AIが日常業務に与えるインパクトとは何か。デジタル庁、経済産業省の活用事例を通じて深堀りしていきたい。

「腰が抜けるほど驚いた」

2024年5月20日、日本マイクロソフト(以下、マイクロソフト)が中央省庁、独立行政法人などを対象に生成AI活用セミナーを開催した。中央省庁による実践事例が発表されるとあって会場は満席に。こうした注目度の高さは、いかに行政官たちの生成AIに対する期待が大きいものかを物語っている。

日本マイクロソフト
エグゼクティブアドバイザー
小柳津 篤氏

2022年10月に「Microsoft Azure」が日本政府の共通クラウド基盤「ガバメントクラウド」に選定されるなど、マイクロソフトと中央省庁の関係は深い。2024年2月には「政府情報システムのためのセキュリティ評価制度」(ISMAP)に「Azure OpenAI Service」が登録され、大規模言語モデル(LLM)と生成AIを様々なユースケースに適用すると明言した。これから生成AIが国の中枢業務に浸透していくことは想像に難くない。

日本マイクロソフト
エグゼクティブアドバイザー
小柳津 篤氏

セミナーはマイクロソフトによる「生成AIがもたらす業務革新の可能性」と題するセッションからスタート。エグゼクティブアドバイサーを務めるマイクロソフトの小柳津篤氏は「インターネットをはじめとする新技術の黎明期は、混乱しながら使い方に慣れていくもの。生成AIはそう遠くない未来にインフラ化されると予想しています」と展望を述べた。

顧客の変革プロジェクトに携わる小柳津氏は、1年前から積極的に自らの業務で生成AIを使い始めたという。その結果、業務効率向上はもちろん、能力向上の面で「思考の深まり、視点の広がりを何度も経験し、腰が抜けるほど驚きました」と、率直な感想を語った。

組織マネジメントの観点からは、共有情報やデータの利活用促進、社内ルール/ポリシーに基づいた適切な情報管理、高度な業務体験による中長期的な社員ロイヤリティ向上が感じられたと述べ、「これだけ革新的な技術は、導入を前提として考えるべき」との見方を示した。

デジタル庁、プロンプトのテンプレートが評判に

デジタル庁
AI担当
大杉 直也氏

今回はデジタル庁、経済産業省などが先行活用ユーザーとして登壇。デジタル庁からはAI担当に所属する大杉直也氏が、2023年度の検証から得た学び、そして学びを踏まえた2024年度のチャレンジについて発表した。

デジタル庁
AI担当
大杉 直也氏

デジタル庁では「どのような行政業務に対し、どのようにテキスト生成AIを使えば、どれだけの改善効果があるのか」を狙いに、デジタル庁を含む中央省庁や自治体の一部職員を対象に検証を行なった。具体的にはテキスト生成AI実行環境とユースケース別の独自開発を含むサポート体制を整備し、毎週200人前後が利用。そこから大杉氏は、数えて実に10の学びを得たと話す。例を挙げると「時間の削減だけでなく品質向上も狙える」「『書く』だけでなく『読む』も得意」といった内容である。

「利用者のアンケートからは、作業時間の削減以上に品質向上に対する期待が寄せられました。 “生成”という言葉もあって、何かを創造することに目が向きがちですが、生成AIは長大なドキュメントを読み込ませ、その内容を要約するのが非常に得意です。行政業務においては、これも重視したいポイントです」(大杉氏)

最も評判がよかった機能は、生成AIへの命令文であるプロンプトのテンプレートだった。「プロンプトを工夫するのは手間がかかります。そのため想定されるユースケースごとに、初心者でもコピペで使えるように準備することが大切だと実感しました」と大杉氏。2024年5月時点で61個のテンプレートをデジタル庁のホームページで公開している。今後の生成AI活用にはずみをつけたい構えだ。

2024年度は10ある学びの中から、「活用用途をチャットインターフェースに限定しない」「ソースコードの作成業務はテキスト生成AIの恩恵を受けやすい」「情報検索機能は個別具体のニーズに応じた特化開発の余地がある」という、3つの学びを追加検証する。

テキスト生成AIはチャットインターフェース以外からも呼び出せるため、システムに組み込むことで大量文書のバッチ処理を想定している。ソースコードの作成は行政職員にとって一般的ではないものの、大杉氏自身が極めて高い業務改善効果を確認。まずはデジタル庁職員向けにPythonの実行環境を整備する予定だ。最後の特化開発は霞が関特有の業務に対応できるようイメージ。既に顕在化している用例検索や用語集作成などのニーズに応じた開発を進めていく。その上で「実際に使えるかを検証し、ユースケースを明らかにしていきたい」と結んだ。

経済産業省、最大120分の翻訳まとめを10分で

経済産業省
大臣官房DX室
室長補佐
月岡 航一氏

経済産業省は省内の組織経営改革の一環として、業務効率化の追求を目的に生成AI活用に取り組む。発表に立った月岡航一氏は経済産業省の大臣官房DX室に所属する。15人程度の室員のうち半数以上は民間からの登用人材だ。省内における生成AI、BIツール、ローコードツール活用などをリードする。

経済産業省
大臣官房DX室
室長補佐
月岡 航一氏

約8000人の全省職員のうち、生成AIを利用したい職員を約100人募り、機密情報を含まない範囲で限定的に検証した。環境は Azure OpenAI Service をLLMとし、一般的なGPT-4と同様の機能を実装。あわせてURLやPDFを指定し、業務に関係する部分を効率的に参照できる仕組みを構築した。

「特定の行政業務では大量の文書を参照する必要があります。そこで膨大なソースから自分の求める情報を抽出することにチャレンジしました。職員のニーズも高く、我々もデータマイニングの精度を見極めたいという希望があったからです」(月岡氏)

並行して Microsoft Teams で検証メンバーのグループを作り、日々ナレッジを共有。合計70件以上のユースケース報告が上がった。それらを9つの業務パターンに分類して集計すると、活用満足度では「翻訳」「要約」「コード生成」がトップ3となった。

1つ目の具体例として、「翻訳」「要約」の活用では、最大120分程度かかる海外文献のまとめが10分程度に削減できる目途が立った。「英語であれば一旦、日本語に和訳してから要約するステップを踏んでいる場合も、生成AIを使えば、長文の外国語レポートから日本語の要約にダイレクトに変換できます。品質のばらつきも減少する可能性があり、大幅な業務効率の向上が見込めます」と月岡氏は語る。

2つ目の具体例として紹介された各部局に特化したGPTでは、各種の資料データをあらかじめ格納しておき、判断の補助ツールとして生成AIを活用。月岡氏は「従来は1つずつフォルダを探して該当文書を見つけていましたが、プロンプトの入力だけでAIが参照すべき適切な文書を返せるようになります」と手応えを見せた。

検証は2023年11月から5カ月間にわたり実施し、約4割が「翻訳」「要約」「メールの文案作成」などの日常業務で生成AIを検証していたことが明らかになった。これを受け、経済産業省では2024年の夏を目標に全省で生成AI環境を導入する予定だ。月岡氏は「実際に手を動かしながら使い方を覚えていくことも必要です。事例や課題を共有して活用の幅を広げていきたい」と意欲を見せた。

本格的に「生成AI元年」到来へ、現場に熱

想定以上の来場者があったとマイクロソフトの担当者は振り返る

最後のセッションでは、マイクロソフトの生成AIチームが最新のソリューションを解説。Office ソフトにアドオン可能な「Copilot for Microsoft 365」、各部門業務におけるデータを活用し業務効率化ができる「Copilot for Service」、ローコードで素早く特定業務の生成AIチャットボットを構築できる「Copilot Studio」、より基盤に近い生成AI組み込みシステムの「Azure Open AI」と、下から上のレイヤーまで揃えているのが強みである。

会場は満員。デモ動画を投影しながら機能を解説する(右図)。この日のために用意されたデモ動画だという

適宜デモを披露しながら説明されたが、最も身近に感じられるのは Copilot for Microsoft 365 だろう。Word の文書を読み込ませるだけで PowerPoint のプレゼンテーション資料へあっという間に変換。文書の体裁を整えるだけでなく、格納済みのデータから適切な画像を自動で配置するなど、圧倒的な時間短縮に寄与する。

長文の Word 仕様書や、Word をもとにした PowerPoint 資料を一瞬で生成できる

セミナー終了後には隣室に設けたデモブースに大勢の参加者が詰めかけ、担当者たちに熱心に質問を浴びせていた。今年は中央省庁や独立行政法人でも、本格的な生成AI元年になりそうな予感がする。

セッション終了後も大半の参加者がデモブースに残り、詳細に解説を聴いていた

関連リンク

デジタル庁2023年度事業 行政での生成AI利活用検証から見えた10の学び (1/3)|デジタル庁 (note.jp)
Microsoft Copilot for Microsoft 365 カタログ 2024年2月更新
DX市民開発コミュニティチャンネル (Power Platform)
GPT-4o の発表: OpenAI の新しい最上位マルチモーダル モデルが Azure 上でプレビュー開始