デジタルの素養は
「読み・書き・そろばん」と同じ
鈴木この数年、多くの企業がDXに取り組んでいますが、必ずしもうまくいっている事例ばかりではありません。その背景には、慢性化するデジタル人材不足といった課題が大きいと考えています。実際PwCが行った「DX意識調査2023 - ITモダナイゼーション編」でも、DX推進に必要な要素であるアジャイル開発やクラウドの活用において、スキル不足や人材不足が最大の課題として取り上げられていました(図1)。そのような中、農林中央金庫は全社的にDX人材の育成に力を入れていますが、その狙いについてお話をうかがえますか。
図1 アジャイル開発推進/クラウドネイティブ化における課題上位5項目(1回答につき3項目を選択)
DX先進企業、準先進企業、その他の企業のすべての層で「知識、スキル、経験不足」「人材不足」が上位になった

半場様々な課題の解決やビジネスの変革は、ITデジタルの活用なくして実現は困難な時代であり、全社的にデジタル・DX人材の育成に取り組んでいます。
経営トップが「これからの時代、デジタルは『読み・書き・そろばん』と同じだ」というメッセージを全役職員にむけて発信し、2022年度から、全社的なITデジタルスキルやリテラシーの向上、DXを推進する中核人材の育成、さらにはDXを実現させるための経営層の意識醸成という3層構造で各種施策を実施しています。

鈴木とてもインパクトのあるメッセージですね。デジタル活用に関しては社内で自らデジタルを活用できるようになること(内製化)を基本方針にしているとうかがいました。
半場はい。自分たちで主導しなければ、真のDXは実現できないと考えています。この考え方のもと、私たちは、アジャイルやデジタル技術の考え方や手法を身に付けたDX推進の中核人材である「トランスレーター」を育成し、彼らが現場のリード役となって、変革の取り組みやツールの利活用を組織内に伝播させる方法を採用しました。
トランスレーターの育成は座学と実践的なワークショップなどを混合させたプログラムで進めています。対象者にはIT部門のメンバーもいますが、メインはビジネス部門のメンバーです。なぜなら、ITやデジタルを活用してビジネスの課題を解決していくためには、ビジネス部門の職員も含めて全ての職員をIT、デジタル、データを活用できるDX人材として育成することが重要と考えるからです。
個別課題の解決で終わらず、
一連の流れでDXを学ぶ
鈴木トランスレーター人材の育成はPwCコンサルティングもお手伝いしています。今回採用いただいた「トランスレーター育成プログラム」は、元々当社が新人コンサルタントの育成に用いていたものを改良し、汎用化することで作成しました。
デザイン思考による利用者視点のアプローチ、アジャイル開発による継続的改善、クラウドなどのテクノロジーの有効活用を軸として、単なる座学だけでなく、実践的なケーススタディの形で提供させていただきました(図2)。
図2 ケーススタディを活用したDX人材育成プログラム
DX実現のポイントとなる図の3つについて、人材育成プログラムを一貫して提供する。実践的なケーススタディの形を取り入れている点も特徴だ


半場PwCコンサルティングのプログラムは、デザイン思考に基づき、顧客志向でアジャイル開発の仮説検証プロセスを一連の流れで体験できる点が素晴らしいですね。個々の要素についての教育は我々自身も行ってきたのですが、学んだこと同士がつながらず、なかなか実際の場で生かせないことが課題でした。仮想プロジェクトの形式でDXの一連の流れを体験できるため、現場で生かせる点が多いと感じました。
鈴木ありがとうございます。かつては私たちも同様の課題に直面しており、その解決に向けて設計したプログラムであることが、ご希望に沿えた要因だと思います。
職域や得意領域が違う人材の交流によって
“化学変化”を生む
鈴木農林中央金庫の取り組みで特徴的だったのが、初回のプログラム実施時にリーダーである半場さん自らが参加したことでした。
実は、先の調査のDXの阻害要因において、「人材不足」の他に多かった課題の1つが「先進技術に対する経営層やリーダー層の理解不足」でした(図3)。農林中央金庫は、マネジメント層が率先して関与することで、このような課題を解決できているのではないかと思います。あらためて、その狙いを教えてください。
図3 (再掲)アジャイル開発推進/クラウドネイティブ化における課題上位5項目
DX人材はいても、マネジメント層の理解がないと「宝の持ち腐れ」になる。技術自体への理解はもちろん、チャレンジに対する上長の理解がなければ現場は委縮してしまうだろう

半場テクノロジーの活用が重要であることを頭では理解していても、手を動かし、汗をかく場がないと実感がわきません。そこで、自ら体験してみようと思ったわけです。
私が参加した回では、「新型コロナワクチンの接種予約を受け付けるコールセンターを立ち上げる」という仮想プロジェクトを設定し、必要なソリューションを開発しました。参加して、クラウドを正しく活用するとこんなに早くシステムを構築できるのかと驚きましたね。マネジメント層にとっても学びは多いと思います。
鈴木ありがとうございます。アジャイル開発の効果には「早期にサービス提供が可能」というものがありますが、「ビジネス部門とIT部門が一体となってプロジェクト推進ができる」といったものも挙げられます。この点はいかがですか。
半場それも感じました。今回のプログラムには、グループのシステム会社である農中情報システムのメンバーも参加して様々な意見やアイデアを出し合いました。それぞれ担当業務も得意・不得意も異なるメンバーが、ディスカッションを繰り返してゴールを目指す。金融機関の業務は、リーダーがいてその下にメンバーがいるという階層型の体制が一般的ですが、アジャイルのアプローチではもう少しフラットな、相互の交流が生まれやすい仕組みを考えることが重要だと思います。そこで生まれる“化学変化”こそが、アジャイルの真価なのではないかと思います。
組織・文化の変革を推進する
「DX共創グループ」を新設
鈴木部門横断型の取り組みをさらに加速させるため、2024年4月に「DX共創グループ」を立ち上げたそうですね。組織の概要を教えてください。
半場トランスレーター育成プログラムを実施した初年度は、せっかく研修を受けても、自部署に戻ると周囲に馴染んでしまい、効果が薄れるケースが見られました。この問題を解決するため、DXを継続的に実践し続ける体制をつくろうと考えたのが理由です。
DX共創グループのメンバーは現在、約50人です。IT部門の内部に立ち上げた組織ですが、メンバーはIT部門出身者、業務部門出身者、農中情報システムの社員などが混在しています。
鈴木DX共創グループの立ち上げによってどのような成果が出ていますか。
半場立ち上げてから間もないので、成果が出るのはこれからですが、1つ言えるのは、システム開発に携わる際の姿勢が変わったと感じます。「現場から言われたものをつくる」という従来のスタイルから、目標や課題を現場と共有し、要件定義からかかわるスタイルへ変わりつつあります。このスタイルのもと、農林中央金庫やJAバンクの金融事務を顧客起点の発想でデジタル化するプロジェクトがスタートしています。
また、今回立ち上げたDX共創グループは、各部署に分かれていた企画・推進・人材育成等を集約化したことも特徴のひとつとなっています。様々なメンバーの混成部門である強みを生かし、現場側の人材育成やアジャイル文化の一層の浸透にもDX共創グループがかかわっていく予定です。ビジネスとデジタルをクロスさせた面的な人材育成によって、組織・文化の変革を促し、CX(コーポレートトランスフォーメーション)を目指したいと思います。
鈴木素晴らしい取り組みですね。そのほか、中長期的に目指す姿についても教えてください。
半場中期ビジョンの節目である2030年に、「デジタル/データ利活用が組織内に浸透し、当たり前になっている」状態を目指します。それには、DX人材をさらに増やすことが不可欠です。トランスレーター育成プログラムを継続的に実施し、現在140名弱のトランスレーターなどのDX人材を300名規模に増やしたいと考えています。
鈴木DXはデジタル技術を使って何をするかといったWhatの議論が多くなりがちですが、継続的に成果を出していくためには、どのように進めていくかといったHowの議論も重要です。その中で、従来の組織の枠組みや体質を変えていくことが肝要であると考えています。半場さんが言われたCXは、まさにそのためのあるべき姿を指していると感じました(図4)。
ヒトを育て、組織を整えて、アジャイルな文化を組織に浸透・定着させていく。先駆的な取り組みに伴走できることを、私たちPwCコンサルティングとしてもうれしく感じています。今後もトランスレーター育成プログラムや各種サポートの提供を通じて、農林中央金庫のDXの歩みをお手伝いできれば幸いです。
図4 DX推進の勘所と農林中央金庫の取り組み
面的な人材育成の取り組みによって、ビジネスとデジタルの両方の知見を持つ人材を育て、組織そのものの変革(CX)を目指す




