2024年6月18日、「RE:WorkLab 『ハタラク』を変えよう~ABW(Activity Based Working)推進で実現するウェルビーイング経営~」と題するコンソーシアム・ミーティングが行われた。様々な立場で新たな働き方をリードするキーパーソンが本音で語り合った。第2部では、企業のウェルビーイングの実現に求められる要件や課題を3つのテーマに分けて議論。ウェルビーイングに関する企業や国の実態、実現に必要な要件と課題、取り組みを支えるキーワードなどが明らかになった。日経BP 総合研究所の小林暢子がモデレーターを務めた。(第1部はこちら

新しい働き方へのROIは、何で測るべきか?

小林暢子(以下、小林) 1つ目のテーマは、「新しい働き方のROIの検証」です。働き方改革の投資対効果の検証は難しいと言われます。投資対効果の検証はそもそも必要なのか。検証する場合は生産性だけでなく、幸せ度などの感情的な指標も盛り込むべきか。ご経験やご意見を聞かせてください。

山崎牧子氏(以下、山崎) 健康経営における効果検証は、生産性に関する分析を進めているところです。検証の1つの例として、健康経営銘柄2023に選定された企業の平均株価とTOPIXの推移を、2013年4月~2023年3月の10年間で比較してみました。

健康経営銘柄に選定された企業の株価は、TOPIXを上回る形で推移しています。もう1つ、健康経営で上位の認定を受けている企業ほど、ワークエンゲージメントが高い傾向も示されています。

「健康経営銘柄2023」に選定された企業とTOPIXの推移の比較

岸田祥子氏(以下、岸田) 働き方改革の投資対効果は、皆さん測りたいとおっしゃいます。しかし、KPIなどの数字にばかり気を取られ、本来の目的を見失いがちになる傾向があることに注意すべきです。複雑なデータを追いかけることに集中し過ぎるのは良くありません。計測するとしてもなるべくシンプルなものを設定すべきでしょう。例えばもともとの狙いが「コミュニケーションの増加」であれば、従業員がコミュニケーションの増加を実感できているかどうかが重要です。

酒井美帆氏(以下、酒井) ROIをどう定義するのかが問題です。エンゲージメントを高めたいのか、コミュニケーションを増やしたいのか。シンプルにすればするほど、モニタリングも分析も容易になります。最近、人的資本経営の観点から「離職率」や「内定応諾率」「採用人数」など、数値化しやすい項目をイメージして、そこに効かせるためにオフィスを作りたい、変えたいというお客様企業が増えています。ROIはシンプルに測りやすくなっているように感じます。

小林 目標が明確なほど、達成度が測りやすくなります。しかし、あれもこれもと増やしていくと、結局、何のためにやっているかわからなくなってしまいそうです。

阿部靖則氏(以下、阿部) 早稲田大学理工学術院 創造理工学部 建築学科の田辺新一教授が、室内環境と知的生産性の相関を研究しています。コールセンターにおける応答回数と室内温度の関係を測定しました。

1℃温度が上がるごとに、生産性が2%低下しています。たった2%と思われるかもしれません。しかし、3℃違うと6%下がるということは、8時間勤務に換算すると30分に相当します。残業がそれだけ増えるわけです。しっかりとした室内環境を整えることは、人件費の節約にもつながることがわかっています。

コールセンターにおける中程度の高温環境が作業効率に与える影響の評価-2004年と2012年の比較-
(早稲田大学 田辺新一らの研究、引用論文の詳細は図中に記載)

猪瀬小里江氏(以下、猪瀬) データで判断することは重要ですが、経営者は社員一人ひとりと対話していただき、社員はいま楽しいか、笑顔が増えているかどうかを実感することが重要です。例えば、ビデオ会議でも良いカメラできれいに映れば、気分が良くなります。社員に良いものを使わせるという考え方が、日本は遅れていると感じます。コミュニケーションを促進するツールに投資していただきたいです。

柳澤久永氏(以下、柳澤) 会議室にインテリジェントなビデオ会議ツールを導入した結果、人が自然に会社に集まるようになったという話はよく聞きます。組織のメンバーと会いたいと思えるかどうかがROIにとって重要ではないかと感じます。

黒崎大輔氏(以下、黒崎) 同感です。品質の良いものに投資する流れを作っていきたいと思います。スペック的なことは数値で測れますが、例えば「キーボードの使いやすさ」はどう測るべきでしょうか。データには表れなくても、気持ちの良い道具を使うことにより、モチベーションが上がる、仕事の質が上がるといった定性的な反応は確かにあるわけです。これをどう評価するかが重要な視点だと考えます。

小林 感情的な反応を定量的に測ることは、可能なのでしょうか。

前野マドカ氏(以下、前野) 難しいと思いますが、見方を変えれば不可能ではありません。猪瀬さんが言うように、高性能なビデオカメラできれいに映れば気分が上がるとか、黒崎さんが言及したキーボードが打ちやすいといったことは、ウェルビーイングに影響します。また、岸田さんが言っていたように、数値を出すと、そこばかり見てしまう。そもそも何のためにその数値を測っているかが重要です。

幸福度は1つの数値で評価できるようなものではありません。また、ウェルビーイングには白か黒かというような答えがはっきり出ないものもあります。最終的には、社員が自分自身で「よく働けている」とか「生産性が上がっている」という実感を得られることが重要であり、問題を感じた場合には自分でコントロールできる状態を提供することがゴールだと考えます。

「働く幸せ」を生み出すために、何をすべきか?

小林 2つ目のテーマは「『働く幸せ』を生み出すには?」です。今までの話でも、選択肢があるとよいとか、自己肯定感が高まったときに幸せになるとか、承認を受けられたときに幸せになると言ったキーワードが出てきています。幸せ感を向上させるために、何をすべきでしょうか?

黒崎 VAIOは「持ってワクワクする」の要素として、カラーバリエーションにも力を入れています。ビジネス向けとしては珍しい白や赤も人気ですが、特に「アーバンブロンズ」という色は大ヒットしました。最近、社員に自分のPCのカラーを選ばせたいというお客様が増えています。自分で選ぶことで愛着が生まれ、大切に扱うようになり、故障が減ります。個性を表現するツールの1つとして、ウェルビーイングにも貢献できそうです。

柳澤 皆さんは、ビデオ会議で顔を出しますか? 顔を出せる雰囲気があることは、すごく重要です。相手の表情を見て話せる安心感が大事だからです。相手の反応がわからないまま話すと、不安になります。お互いの感覚がわかれば生産性が高まり、効果的なコミュニケーションが取れ、満足度が上がります。意外に大事な「幸せスイッチ」ではないでしょうか。

猪瀬 個の尊重だと思っています。コロナ禍で自分を大切にする感覚を得たのに、また集団の中に戻りたくないと考える人は多いです。選択肢があることが個の尊重につながり、働きやすい環境で働くことが自分を生き生きとさせるスイッチになっています。

岸田 皆さんがおっしゃったように、「従業員の幸せスイッチを押したい側(経営者)」としては、従業員に選択肢をどれだけ与えられるかが重要になってきます。例えば先ほどのPCの例であれば、従業員に対してどの程度、幅の広い選択肢を準備できるかどうか。選択肢を広げるほど、企業側の負担は大きくなりますが、効果の高い重視すべき価値を定め、選択と集中をしていく必要があります。

山崎 同感です。企業はどこまでやるべきか。ウェルビーイング経営を標榜する企業が増えている中で、そうした判断が重要になっていく気がしています。1つのデータを紹介します。就活生600人、転職者300人を対象に、「あなたが職場に臨むもの」を尋ねました(2023年日本経済新聞社調べ)。若い人の働き方に対する感覚は、だいぶ変わってきています。

就活生が職場に求めるもの。「心身の健康を保ちながら働ける」が1位になった

酒井 昔のオフィスデザインはデスクと椅子と会議室だけでしたが、最近は「居心地の良さ」を取り入れる提案が増えています。フォーカススペース、雑談ができるようなリラックスしたスペースなど、目的の異なる場所を作り、従業員に能動的に選ばせることが必要です。

阿部 我々は「グラデーション」をキーワードにしています。部屋も大部屋から中部屋、くつろぐ部屋、個室など用意し、自分の好きなところへ移動しながら仕事をしてもらいます。大空間にすると、目線のどこかに人がいて、1人になることがありません。心理的な安心感を得ながら働ける環境が求められています。

前野 皆さんの話を聞いていると、まさにウェルビーイングで研究されているテーマばかりです。心が穏やかになり、やる気が出て、幸福度が上がるには、「自己決定」や「柔軟性」が必要であり、そのバランスが重要になります。加えて、視野の中にグリーンが何%入るかとか、誰かがいてくれることを感じながら生活することなどが、幸福度と強い相関があります。会社がどこまでウェルビーイングに介入すべきかも、重要なポイントになると思います。

これからの働き方のキーワードとは?

小林 3つ目のテーマは、「これからの働き方のキーワード」です。コロナ禍が落ち着き、若い世代が増え、企業の新陳代謝が進みます。国力やエンゲージメントが諸外国に比べて低い時代になる可能性もあります。キーワードを1つ挙げてください。

阿部 「多様性」です。職場には男性や女性、シニアや外国人もいます。国際競争力を付けていくためにも、快適な環境を作り、多様性にいかに対応していくかが重要になっていきます。

酒井 「言語化」だと思います。多様化が進むと、雰囲気や空気感を共有できない相手が増え、従来のような曖昧な形で皆を誘導することが難しくなります。言語による明確なコミュニケーションが求められる時代になり、働き方に対する解像度も高めていく必要性を感じています。

岸田 「個人起点」です。これからの時代、生産性の起爆剤になるのは個人だと思います。日本企業は集団として動くことに長け、あまり個人にフォーカスしてきませんでした。集団としての強みは生かしつつ、集団を構成する強い個人を起点として働けるとよいと思います。

山崎 「健康」です。ウェルビーイングの視点で言うと、特に「心の健康」です。メンタル不調というネガティブさだけではなく、マインドヘルスとも言われるそうですが、仕事に対する心のポジティブさも今後健康の指標として測っていけるとよいと思います。

黒崎 「多様性」でしょうか。岸田さんがおっしゃった「個人ドリブン」も関わってくると思います。これからの働き方では、AI(人工知能)が重要な役割を果たします。AIはPCに搭載されてパーソナライズされ、その人専用のAIになります。PCというデバイスは、みな同じではなく、それぞれ異なるものとなり、それが個の力を高めていくでしょう。

柳澤 「個」が大事だと考えます。「雇う側」と「雇われる側」という概念は過去のものとなり、お互いを選び合う時代になっています。失業率は重要ですが、離職率はあまり気にしなくてよいのではないでしょうか。個として成長でき、やりがいが持てる場所を選んで動ける時代になっています。

小林 先日、Z世代と話した時に、面白いことを言っていました。採用面接では「君は何ができるのか」「どう貢献してくれるのか」と会社側から一方的に聞かれることが多いのですが、会社側が先にビジョンを示してほしいと。ビジョンがわかれば、それに対して自分がどう貢献できるか話せるそうです。

猪瀬 「幸せを感じられる状態」です。幸せとは、なるものではなく感じるもの。自分が幸せを感じられれば、周囲の人も自然に幸せになっていくと思います。働くことは人生の一部でしかなく、生活全般を通じて幸せを感じられる状態を目指す視点が求められています。

前野 「個人」です。スタートは自分だと言うことです。私たちは人とつながり、多様な仲間を必要としていますが、その前に、自分自身が個人として良い状態になっている必要があります。研究では、「幸せは移る」と言われています。ウェルビーイングの起点になるのは、自分なのです。自分は何を大事にして、どう働きたいのか。常に自分に問いながら仕事をすれば、未来はかなり違ってくると思います。

小林 「こう言うと自分のわがままになってしまうのではないか」といった不安は、誰にでもあるでしょう。しかし、自分自身がもっと自由に働き方を考え、幸せになることによって、周囲の人も幸せになる。そういう気持ちを持つことが、ウェルビーイングの実現につながっていくのだろうと思いました。

皆さんとウェルビーイングについて本音で語り合うことができ、とても有意義な会議になりました。本日はありがとうございました。

share