プラスチックは身近な素材だ。なかでも低コスト・軽量・高耐熱・耐薬品性など多様な長所を持つポリプロピレン(PP)は、極めて多くの工業製品の素材として利用されている。ただし、他の樹脂素材に比べて“透明性”に難があることから、応用先が限定されていた。ADEKAは“ガラスのような透明性”をPPに付与する添加剤「ADK TRANSPAREX™(アデカトランスパレックス™)」を開発。より広範な応用へのPP適用と、自動車や医療器具などの領域での透明性を生かした意匠や機能の実現を可能にした。
株式会社ADEKA
樹脂添加剤本部 樹脂添加剤開発研究所
添加剤開発室 室長
堀越隆裕氏
軽量かつ一定強度のモノを、安価かつ容易に加工できるプラスチック。工業製品の素材として極めて使い勝手が良い。しかし、欠点もある。熱や紫外線による劣化が速い。可燃性も高く、強度が不足するために適用先が限定される場面が少なくない。
株式会社ADEKA
樹脂添加剤本部 樹脂添加剤開発研究所
添加剤開発室 室長
堀越隆裕氏
プラスチックの潜在能力を如何に引き出すか。工業製品を作る素材として利用する際には、ベースとなる樹脂に、特徴的な機能・特性を付与するための樹脂添加剤を1%未満の濃度で配合させている。このわずかな量で、ほぼ別物と言えるまでに機能・特性が劇的に変わる。現在、プラスチックがこれほど多様な用途で活用されている背景には、樹脂素材自体の進化だけでなく、多種多様の特徴的な樹脂添加剤の存在が大きい。
現代社会を陰で支える役割を担う、樹脂添加剤。その開発と供給で世界をリードしているのがADEKAである。半導体材料、環境材料、食品、ライフサイエンスなど、人々の生活に欠かせない多様な素材を提供している同社。樹脂添加剤の領域においても、プラスチックに様々な機能・特性を付与する添加剤を世界市場に供給してきた。
高い汎用性を誇るPP
その泣きどころは“透明性”
株式会社ADEKA
樹脂添加剤本部 樹脂添加剤開発研究所
添加剤研究室 室長
上田直人氏
プラスチックとひとくくりで呼ばれる樹脂素材には、多様な種類がある。なかでも、軽量で高い強度を実現しながら、耐熱性や耐薬品性、耐湿性など有用な特性を数多く持ち、突出して幅広い用途で利用されているのが熱可塑性樹脂であるポリプロピレン(PP)だ。食品容器など日用品や自動車の内外装部品、包装用フィルム、繊維など、多様な工業製品の素材として利用されている。
株式会社ADEKA
樹脂添加剤本部 樹脂添加剤開発研究所
添加剤研究室 室長
上田直人氏
近年では環境保護や脱炭素化、資源の有効利用の観点から、生産時に排出する温室効果ガス(GHG)の排出量が他の樹脂素材に比べて少ない点、加えて単一樹脂としての利用が多いことからリサイクル性が高い点に注目が集まり、さらなる応用拡大が期待されるようになった。
ただしPPにも、応用拡大を阻む欠点がある。素材そのものが白濁色であるために、意匠面や応用製品の機能面から、高い透明性が求められる用途には適用しにくい。着色・塗装なしで利用すると、どうしても製品の意匠性の向上や高級感を演出できない面もあった。
透明性に優れる樹脂素材として、PPとは別に、非晶性樹脂であるポリスチレンやポリエチレンテレフタレート(PET)などがある。しかしこれらの素材とPPを比較すると、コスト、軽量性、強度、耐薬品性、リサイクル性などの面でPPの方が明らかに優れる。PPの透明度を劇的に高めることができれば、もともと広い応用分野をさらに拡大できることは確実――。化学業界では長年にわたって、PPの透明度向上を競う“透明化競争”が繰り広げられてきた。
これまでにもPPを透明化する添加剤がいくつか開発され、実際に利用されてきた。しかし十分な透明性が得られず、素材の白濁感が残ってしまっていた。日常的に白濁色の食品保存用タッパーを利用している人は多いだろう。その見栄えが現在の添加剤の効果のレベルであると言える。
ギネス世界記録™認定の透明性を実現する
添加剤をADEKAが開発
ところがここにきて、透明化競争に終わりをもたらすかもしれない透明性を実現しうる、新たな樹脂添加剤が登場した。それが、ADEKAの「TRANSPAREX™︎(トランスパレックス™)」だ(図1)。「TRANSPAREX™ならば、ガラスに近い透明性をPPに付与できます。その効果は、『最も透明度の高いポリプロピレン用透明化剤』として、2025年、ギネス世界記録™に認定されました」と、研究開発に携わった同社の上田直人氏は語る。
図1 多様な長所を持つが透明性に難があったポリプロピレンに、高レベルの透明性を付与
(左)PPにTRANSPAREX™を0.1%添加したコップ、(右)透明化剤を添加していないPPコップ
図2 ギネス世界記録™認定式の様子(2025年9月)
(中)ADEKA 代表取締役社長兼社長執行役員 城詰秀尊氏、(右)同 常務執行役員 樹脂添加剤本部長 川本尚史氏
透明度を測る指標として、試料を透過した光のうち散乱した成分の割合で定義される「ヘイズ値」がある。従来の透明化剤のうち、最も優れた1mmヘイズ値は約3%(小さい方が優秀)だった。その改善に取り組む企業・研究機関は多かったが、長年にわたって崩せない技術的な壁があり、わずかな改善しかできなかった。これに対しTRANSPAREX™では、約2%とこれまでにないレベルに低減できる可能性を秘めている(ギネス世界記録™認定時のヘイズ値は2.2)(図3)。
図3 ポリプロピレンの透明性を厚さ1mm試験片で測定した結果(ヘイズ値)
TRANSPAREX™を活用すれば、高い透明性が求められる応用製品の素材を、ポリスチレンなどからより有用な機能・特性を持つPPへと代替できる。長年望まれていた、透明性と耐熱性・耐薬品性・軽量性などとの両立が可能だ。また、PP特有の白濁感がなくなることで、高級感が求められる化粧品の容器や、耐薬品性や耐湿性が必須でかつ透明性を高めたいシリンジ(いわゆる注射器)など医療容器への応用が広がる可能性が出てくる。
さらに、「これまでもPPを利用して作っていた製品や部品のさらなる付加価値向上もできそうです。例えば自動車のバンパー部品には、PPを素材として利用する例が多いのですが、ここに高い透明性を付与すれば、背後からバックライトを当てることで外装デザインの改善などに活用できる可能性があります」と製品開発を担当した堀越隆裕氏は説明する。
リサイクル材でも
透明性を付与可能
TRANSPAREX™の特長は、透明性だけではない。PPを利用して工業製品を作るメーカー(添加剤ユーザー)にとっての、多面的なメリットも備えている。
まず、従来の透明化剤よりも少量で、これまで以上の透明性を発揮できる。従来の透明化剤は、ベースのPPに対して0.2%〜0.4%添加しないと透明性を高められなかった。これに対しTRANSPAREX™は、0.1%で最高の性能を発揮する。仮に添加量を0.05%にまで減らしたとしても、従来の透明化剤と同等以上の透明性を実現可能だ。
添加量を減らすことができれば、当然コスト面のメリットも出てくるが、食品容器などに応用する際には安全性向上に振り向けることもできる。食品容器などは、高温かつ濡れた状態でしばしば利用する。このため、樹脂素材に含まれている添加物が染み出すリスクを最小化するため、添加剤の量を最小限に抑えたいという要求は多い。
また、TRANSPAREX™は粉体として樹脂メーカーに提供されるが、粉体状態での流動性が高い点も特筆できる。添加時に利用するフィーダー(供給装置)が安定稼働し、生産性を高められるからだ。
加えて、PPの特長である高いリサイクル性も維持できる点は、あらゆる工業製品にライフサイクル全体での脱炭素化が求められるようになった今や見逃せない。素材の組成を維持してリサイクル(マテリアルリサイクル)する場合、どんなに再生処理を施しても、回収した素材に含まれる添加剤が微量残留してしまう。添加剤によっては併用することで性能が低下するものもあるが、TRANSPAREX™は様々な添加剤との併用が可能であるため、リサイクル樹脂由来の添加剤が残っていても、求める透明性を付与することが可能だ。
添加剤の広く深い知見を保有する
ADEKAは次の開発競争もリード
TRANSPAREX™は2024年11月に上市され、現在は食品包装、医療、自動車関連、雑貨など幅広い分野で評価。既に採用が始まっている。なお、TRANSPAREX™は、主に射出成形などの加工に用いる中~高流動のPPを対象にした添加剤。トレーやカップなどへの加工に向けた低流動のPP向け透明化剤として、ADEKAは「アデカスタブ NAシリーズ」も販売している。
圧倒的透明性を実現したTRANSPAREX™。なぜADEKAにはそれが可能だったのか。秘密は同社の研究開発体制にある。
一般に、樹脂添加剤を研究開発し、製造・供給しているメーカーは、特定分野に特化した添加剤の開発に取り組んでいる。可塑剤や、難燃剤、酸化防止剤のみといった具合だ。一方ADEKAは、耐熱や耐紫外線、高強度など様々なニーズに合った添加剤の研究開発を同時並行的に進めている。このため別用途の開発で得た知見を、他の添加剤開発におけるブレークスルーを生み出すヒントとして利用しやすい環境がある。
しかも、新たな機能・特性を発現する添加剤を創出する添加剤研究室(医薬品開発の創薬に相当)と、創出した新添加剤を市場で適切に使える形に整え、かつ量産手法を確立する添加剤開発室(同 製剤に相当)という、基礎研究と製品開発を一貫開発できる体制を整えている。この点は、市場が求める機能・特性を発現する添加剤を、適切かつ迅速に開発・提供できる同社の強みであり、世界に類を見ない。
「多種多様な添加剤の研究開発に携わる中で得た着想を基に、2018年に透明化剤の研究開発に注力。研究部隊と開発部隊が、それぞれの見地からアイデアを出し合いながら研究開発を進めた結果、TRANSPAREX™が生まれました」(上田氏)と語るように、同社の研究開発体制がイノベーション創出の素地となり、画期的成果を得るに至った。
今後はTRANSPAREX™の改善がさらに進み、画期的な機能・特性を付与できる新たな添加剤も生まれていきそうだ。堀越氏は、「粉体で供給して利用いただくだけでなく、マスターバッチという樹脂に添加剤を高濃度に入れたペレット状の製品や別機能の複数添加剤を1パッケージ化した製品を用意し、より簡単に高品質な特性を発現できるようにしたいと考えています」とTRANSPAREX™のさらなる進化について語る。
現在、高分子化学などの材料開発の領域では、「マテリアルズインフォマティクス(MI)」と呼ばれる歴史的な研究開発手法の刷新が進行中である。AIなどの高度な情報処理手段でデータ解析することで、開発効率の向上や常識外の新物質の創成を目指す。化学メーカーの勢力図を一変させる可能性がある。
ADEKAはMIの導入にも積極的に取り組む。同社は多様な添加剤のデータを70年間にわたって継続的に蓄積してきた。エビデンスとなるデータを基にした開発手法であるMIを活用した研究開発競争でも、有利なポジションにいると言えるだろう。
人々の生活や社会活動を支える重要素材であるプラスチックには、さらなる進化が求められている。ADEKAは「人々のくらしを豊かにする」という理念の下、より環境に優しく高性能な添加剤技術を追求するべく、チャレンジを続けていく。
