クラウド活用による
生成AI実装の内製化実践事例
マキタ

非エンジニア・非プログラマによる
経営ダッシュボード/生成AI基盤構築 
老舗製造業が挑む全社DX推進と
内製化の成功要因とは

香川県を拠点とする舶用ディーゼルエンジンメーカーのマキタが、アマゾン ウェブ サービス(AWS)を活用した内製開発によってDXを加速させている。経営ダッシュボードや社内専用生成AI基盤の構築・活用など、成果は目覚ましい。驚くべきは、これらのプロジェクトを主導しているのが、もともとはシステム開発の専門家ではなかった社員たちだという点だ。なぜ彼らはDXの牽引役になれたのか。その背景には、経営トップの強いコミットメントと、現場の知見を生かす巧みなIT戦略がある。マキタの挑戦から、DX成功のヒントを探る。
香川県を拠点とする舶用ディーゼルエンジンメーカーのマキタが、アマゾン ウェブ サービス(AWS)を活用した内製開発によってDXを加速させている。経営ダッシュボードや社内専用生成AI基盤の構築・活用など、成果は目覚ましい。驚くべきは、これらのプロジェクトを主導しているのが、もともとはシステム開発の専門家ではなかった社員たちだという点だ。なぜ彼らはDXの牽引役になれたのか。その背景には、経営トップの強いコミットメントと、現場の知見を生かす巧みなIT戦略がある。マキタの挑戦から、DX成功のヒントを探る。

基幹システムの
クラウドリフトを実現
AWSの多様なサービス群と豊富な実績を評価

株式会社マキタ 執行役員 情報企画部 部長 高山 百合子氏
株式会社マキタ
執行役員
情報企画部 部長
高山 百合子
 舶用ディーゼルエンジンの製造とアフターサービスを展開するマキタ。1910年に創業し、100年以上の歴史を持つ老舗のメーカーである。高品質なエンジンと適切なアフターサービスは舶用業界で高く評価されており、舶用小口径2ストロークエンジンでは世界トップシェアを誇る。経済産業省が発表した「2020年グローバルニッチトップ100」にも選出された優良企業だ。

 同社はIT活用に積極的な企業としても知られる。「従業員の能力を最大限に引き出すことがITの役割という考えのもと、情報システム部門だけでなく、各部が業務改善にITを積極活用しています」と話すのは同社執行役員の高山 百合子氏だ。

 2019年にITの中期戦略を打ち出し、2021年からはAWSの利用を開始した。現在は基幹システムのクラウドリフトを完了し、多くの業務システムもAWS上で運用または連携して活用している。AWSを選択した理由について高山氏は次のように述べる。

 「導入時は、ほかのクラウドサービスも比較検討しました。様々な媒体や他社情シスの方へのヒアリングを行った結果、評判がよく、最も自社に適していると判断したのがAWSでした。多様なサービスがあり、 実績のあるベストプラクティスの仕組みを再利用できる。従量課金でスモールスタート可能な点も決め手になりました」

経営ダッシュボードを
非エンジニア2名が
わずか7カ月で内製

 多様なシステムをクラウド化しただけでなく、AWSを活用し業務DXも積極的に推進している。ITを特別なものと考えず、手段の1つとして現場の活用を促すのが同社の特徴である。それを象徴する取り組みの1つが「経営ダッシュボード」の実現だ。

 以前は経営会議や目標進捗確認の際、各部が抽出・加工したデータをPowerPointでグラフや表にしたものの説明を受けるだけだった。これでは会議の途中で別の指標との相関を見たいと思っても、データを掘り下げることができない。

 10年以上前、情シス専任になって間もない頃から経営ダッシュボードの必要性を感じていた高山氏は「船でも車でも、運転するには速度計などのメーターが不可欠です。それがない状態で、どうやって会社を運転しますか」と上申していたという。

 AWS導入前の2016年頃に一度ダッシュボードツールを導入したが、経営が求めるレベルでデータを見せることができなかった。自社の業務特性を反映した経営ダッシュボードが必要だったが、環境もマンパワーも足りず、なかなか実現には至らなかった。

 そうした中で、2024年に経営資料作りのエキスパート人材が情報企画部に入社した。「非エンジニアでしたが、経営判断にはどんなデータが必要で、どういう見せ方をすべきかを実務で経験しています。この知見とスキルを生かせば『実現できる!』と確信しました」と高山氏は振り返る。

 2024年4月、同じく執行役員である経営企画部の部長主導により、彼女と、経営企画部のもう1名の非エンジニアを加えた3名体制にて、経営ダッシュボード構築のプロジェクトがスタートした。開発の2人にシステム開発・AWS利用の経験はなかった。情報企画部の人材はSQLは使えるレベル、経営企画部の人材はExcelのマクロを使えるレベルだったという。

 経営ダッシュボードはデータに基づいた経営・各事業部の判断や活動を支援するためのもの。どういうデータや指標が必要で、それをどう見せれば分かりやすいか。経営企画部部長の指導のもと、最初の2カ月は経営ダッシュボードの目的やコンセプトをじっくり詰めていった。

 データの可視化にはBIクラウドサービス「Amazon QuickSight」を採用した。手作業による集計で発生する手間やミスを減らし情報鮮度を上げるために、ダッシュボードに利用する社内データについて原本の所在を明らかにし、散在させないよう一元管理する仕組みの構築にも取り組んだ。前年に基幹システムをAWSにクラウドリフトするプロジェクトが完了していたため、このデータベースを中心に各システムのデータ連携を進めていった。

 具体的には就労系、人材管理系、会計系など各種SaaSのデータ、インターネット上の市場情報や競合他社情報などをオンラインストレージに集約。それを「AWS Lambda」による日次バッチ処理で「Amazon S3」にコピー。さらに「AWS Glue DataBrew」でデータを整形し、Amazon QuickSightに取り込むという流れだ。

 この経営ダッシュボードは2カ月の検討時期を含め、非エンジニア2名だけで、ほかの業務と並行しながら約7カ月で開発した。経営指標、人事情報、エンジン製造情報、労働災害、市場情報などダッシュボードは7つ、可視化した指標数は230以上となった。

 「例えば、損益計算書(PL)や貸借対照表(BS)などの財務諸表、各部の残業時間や目標進捗率、生産性指標、エンジンや機種ごとの原価比較、現場の安全指標なども確認可能です。可視化された指標をドリルダウンし、データの深掘りや相関分析も行えます」と高山氏は説明する。

 統合的な情報の可視化に加え、複数の指標を掛け合わせた分析や深掘りなどが可能になった。例えば損益計算書(PL)に関するダッシュボードの場合、コントロール機能を使って年度や比較対象(予算・前年度など)を選択することで、該当年度の状況を一目で把握可能だ。また、科目別の過去実績推移の確認やワンクリックで年度別から月別へと表示を切り替えるなど、データの深掘りも直感的に行える(図1)。
図1
経営ダッシュボードのイメージ(画面はダミー値)
経営ダッシュボードのイメージ(画面はダミー値)
経営ダッシュボードにより、意思決定のスピードと精度が向上。レポートの作成も不要または大幅に効率化された。今後はダッシュボードの活用促進、分析の高度化、データ活用による業務改善や課題発見の自走化などに取り組んでいくという
 経営ダッシュボード公開後に、データの切り口や深掘り機能、グラフの見せ方など、いくつかの改善要望が上がったが、AWSサービスをフル活用することで、こうしたニーズにも柔軟かつスピーディに対応できたという。現在のダッシュボードは9つとなり、公開当初は約230だった指標も現在では300以上に及ぶ。

 経営ダッシュボードは会議資料としてだけでなく、日常の戦略立案や確認にも利用されている。「利用者アンケートによると、約半数が分析や意思決定に役立つと回答し、7割が使いやすいと回答しています。『以前は見えなかったものが見えるようになった』『情報の鮮度と正確性が格段に上がった』など非常に好評です」と高山氏は続ける。

 さらに「Microsoft Entra ID」と「AWS Identity and Access Management(IAM)」と連携することで、ユーザー・グループ単位の権限設定も実現した。経営ダッシュボードは経営層のほか、管理職にも公開しているが、役職や権限に応じてダッシュボード単位で閲覧制御が可能となっている。

AWSの閉鎖環境でAI支援システムを内製開発し
案件管理と
災害報告作成を省力化

 経営ダッシュボードの構築に加え、同社が力を入れている分野がもう1つある。生成AIの活用だ。これにより業務の自動化・省力化を加速させる。「AWSの閉鎖環境でAI基盤を構築することで、外部に学習されない・データを漏えいさせない仕組みができました。また、クラウドの特性を生かし、デバイスや場所を問わない柔軟なアクセスも実現できています」と高山氏は話す。

 同社では以前より開発にローコードAI開発プラットフォーム「Dify」を採用しており、Dockerコンテナ版をAWS上に展開していた。こちらの開発運用は経営ダッシュボードの担当メンバーとは別の、当初はシステム開発未経験だった社内エンジニア2名が担当している。

 このAI基盤上で「全社用AI」と「部門特化型AI」という2つのアプローチで開発を進めている(図2)。全社用AIは社内の汎用業務を支援するためのチャットボット。社内規程やシステムマニュアル、専門資料などに関する質問に応えるほか、閉鎖環境で文書の要約や翻訳、企画やアイデアの壁打ちなどを行える。
図2
AI活用の2つのアプローチ
AI活用の2つのアプローチ
AWS上に閉鎖環境のAI基盤を構築し、全従業員が利用できる「全社用AI」と各部のシステムにAIを組み込む「部門特化型AI」を開発・提供する。AIアプリはローコードAI開発プラットフォーム「Dify」などを活用して開発した
 部門特化型AIは各部の業務アプリなどに組み込み、AI活用ニーズに対応している。例えば、ローコードツールで開発した業務アプリへのAIの組み込みだ。同社では、ローコード開発ツール「Pleasanter」をAWS上の自社環境内に構築している。取引先からの問合せメールの整理をAIで支援する業務アプリを構築した。

 同アプリでは、メール受信をトリガーに「AWS Lambda」が「Pleasanter」へのメール本文の転記、要約の実行と書き込み、クラウドストレージへのメール本文と添付ファイルの保存を行う。利用者は対応者の割り当て、案件解決時の報告帳票の出力、AI を活用した過去案件の検索が可能となっている。

 利用者からは「メールの管理の手間が減って業務負荷が大幅に軽減された」「AI要約を基に帳票をまとめる方が、ゼロから帳票にまとめるよりも確実に早い」と高く評価されている。

 労働災害報告書の作成を支援するAI「安全botアプリ」は既存のAIチャット基盤「Dify」のAWSアーキテクチャを踏襲し、「Amazon Bedrock Agent」を活用して開発したもう1つの「部門特化型AI」だ(図3)。
図3
対話型に報告書作成を進めるタイプの「安全botアプリ」画面
対話型に報告書作成を進めるタイプの「安全botアプリ」画面
画面左の「ステップ」に沿って、原因分析・対策検討をすすめる。各ステップに組み込まれた「次に進む」などのボタンは、プリセットされたプロンプトを入力欄に自動記入し、プロンプト作成負荷を低減する
 労働災害報告書の作成の際は事故の内容とともに原因を究明して再発防止策まで報告する。この報告書を基に対策を実施するわけだが、現場担当者はPCに不慣れであることが多く、過去事例を調べるのに時間がかかる。また、全員が法令チェック能力を十分に保有しているわけではないため、チェック作業が属人化しがちである。「報告書作成に時間がかかったり、報告書の品質にバラツキがあったりと、対策実施が遅れてしまうのです」と高山氏は課題を述べる。

 本アプリでは報告書作成者はExcel形式のひな形にまとめて「安全botアプリ」に送ることで、対話的に原因分析、対策検討支援を受ける。これは AIが報告書作成のほとんどを自動で行うと、人のスキルが身に付かないという現場の声を反映した仕組みだ。

 ボタン1つで事前登録したプロンプトが自動で記入され、AI利用に不慣れでも使いやすい。再発防止策の作成ステップでは、マキタで過去に発生した労働災害のデータベースをAIが参照する仕組みとなっており、過去発生した類似災害とその対策を表示するプロンプトが用意されている。

 「このアプリにより、多角的な分析および網羅的なリスクアセスメントが可能になりました。こうした再発防止策の質の向上と検討漏れを防止する仕組みにより、災害防止に寄与できることを期待しています」と高山氏は力を込める。「安全botアプリ」はAI開発プラットフォーム「Dify」を担当する社内エンジニア1名が1.5カ月で内製開発した(図4)。

 現場の声を反映した改善にも機敏に対応している。AIが報告書作成のほとんどを自動で行うと、人のスキルが身に付かない。そこで開発担当は安全対策会議に参加し、安全botアプリの使い方を現場利用者と共に考えている。また、会議で複数人が利用するAIシステムの開発も進めているという。
図4
「安全botアプリ」により作成された報告書
「安全botアプリ」により作成された報告書
最終ステップでは報告書の原因欄と対策欄に記入する内容ができ上がる

経営トップの
コミットメントと組織風土
挑戦を支える
サポート体制が成功のカギ

 非エンジニア・非プログラマから始まったシステム開発を振り返り、その成功要因を高山氏は次のように述べる。

 「当人たちが全力で取り組んでくれたことが大きいですが、組織としてもその活動をサポートしました。システム開発を行う場合、弊社のような規模・非ITの企業では、通常、外部のコンサルティング会社やSIベンダーに依頼することが多いと思います。ただそれでは、費用がかさみ、速度や柔軟性が損なわれます。そこで弊社では全体のロードマップや開発の進め方などの上流工程は経験とスキルを持つ上位等級者がコンサルタント的な立場でサポートし、インフラやプログラミングなど技術的な課題は情報企画部のメンバーが自分の専門分野を生かし、互いにサポートし合うことで、内製化を実現しました。そして何より重要な成功要因は、DXを推進するという経営トップの強い後ろ盾があったことです」(図5)。
図5
マキタのDX体制の全体像
図2 マキタのDX体制の全体像
 同社には加えて、地方の中小老舗製造業という一見推進が困難そうなバックグラウンドでありながら、少数精鋭で課題を乗り越えるために、「とにかくやってみる」というポジティブな企業方針や、完全フリーアドレスに象徴される「社員同士で部門間をまたいだ交流文化」があったこともこの流れを後押しした。

 技術的な側面では3つのポイントがあるという。1つ目はセキュリティーの確保だ。「セキュリティーとDXは並走することが大事です。セキュリティーが確立していない状態でのDX推進はリスクが高くなります。弊社の場合、AWSの利用以前にゼロトラスト思想に基づいたID環境の整備を完了しており、不正アクセスやなりすまし利用を防ぐための基盤が構築済みでした。そこへAWSサービスを導入したことによりセキュアな開発・運用環境を実現でき、安心かつ集中的に取り組むことができました」(高山氏)

 2つ目は生成AIとダッシュボード用のデータベースを整備したことだ。データベースにはクレンジングされた社内データが集約されている。「生成AIでは、整理・整形された信頼できるデータを利用することが、ハルシネーションリスクの低減につながります。そこで弊社では、データ基盤の整備はセキュリティーと並ぶ、最も重要なIT戦略に位置付けています。実際、各システム共通で利用できるデータベースを構築することで、整備の手間も大幅に減らせています」(高山氏)

 そして3つ目がAWSのサポートである。「豊富なスキルと経験を持つソリューションアーキテクトが様々な質問に直接応えてくれる。技術的に深い内容でも回答は的確でレスポンスも早い。支えてくれる安心感は大きな魅力です」と高山氏は評価する。

 今後は内製開発を社内展開し、「市民開発」の文化を広めていく予定だ。経営ダッシュボードでは、既に総務部、アフターセールス部などでレクチャーを始めているという。ダッシュボードにもAIを導入し、予測分析機能を追加していく。「AIや新しいサービスを活用し、皆ができないと思っていたことをどんどんできるようにしていきたい。そのためにはAWSという基盤が一層重要になります。業務に詳しい人が自らの手で最適なシステムを生み出し、日々の業務の中にはAIが自然に共存している。それが今の私たちが目指す姿です」と高山氏は前を向く。

 今後もマキタはAWSを活用し、従業員一人ひとりの更なるDXへの“挑戦”を加速していく考えだ。
左から、情報企画部 山子 太平氏、同部 宮﨑 凌大氏、同部 佐藤 功併氏、執行役員 情報企画部 部長 高山 百合子氏、情報企画部 岡 育美氏、経営企画部 谷 かすみ氏
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アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 URL:https://aws.amazon.com/jp/contact-us/