窓が「仕切り」から「媒体」に進化
映像を出す窓が価値を生む
例えば、車のフロントガラスに、移動に合わせて道案内や危険予兆などを表示したら視線移動が減り、運転や同乗体験の質が上がる。観光地へ向かう道中に、窓の景色と重ねてその土地の歴史や観光スポットなどを表示させれば、移動は待ち時間ではなくエンターテインメントになる。電車の窓に映像が映し出されるようになると、無機質な移動に新たな価値を与えてくれるかもしれない。さらに、窓が「映像を表示する装置として」振る舞えるなら、会議室のガラスは必要な時だけ情報を表示し、不要な時には映像により視線を遮って集中を生む装置になる。駅や商業施設のガラスが、混雑状況やタイムリーなイベント案内を映し出すなら、スマートフォンを使って情報を検索する手間もなくなる。
実際に、透過型の有機ELディスプレイの窓を搭載したXRバスが、観光バスとして運行された。KNT-CTやクラブツーリズムなどが、日の丸自動車興業のバスを使って期間限定で実施した都市観光バスツアー「WOW RIDE」がそれだ。東京の街中を走りながら、「車窓」にVR(仮想現実)やAR(拡張現実)を使ったコンテンツを投影することで、新しい観光体験を提供するイベントとなった(図1)。
(図1)WOW RIDEでは、窓から見える現在の街(左)からCGで再現された過去の街(右)にタイムスリップした(出典:KNT-CTホールディングスのプレスリリースより)
目指すは「ゴーグルレス」での3D映像
視覚的アプローチ窓に表示するだけで立体に見せる
さらに進んだ、未来の窓による体験を実現させようとしているのが、日本のテックスタートアップDUAL MOVEだ。同社が開発を進めているのは、透明の窓にCG画像を合成し、ゴーグルレスで3次元(3D)映像を表示させる技術である。これによって、現実の世界に立体映像が合成された光景を見ることができる(図2)。
(図2)DUAL MOVEが開発を進める透明ディスプレイを用いた次世代のXR技術のイメージ(資料提供:DUAL MOVE)
一見、ARに近いように思えるが、通常のARはいったんカメラ映像を取り込み、そこへCGを重ねてディスプレイに表示させるだけ。情報は重ね合わされているだけで、融合はしないし、あくまでも2次元(2D)だ。3D映像を表示させるには、それ用のコンテンツと、ゴーグルのようなグラス型デバイスの装着が必要になる。これに対してDUAL MOVEが目指すのは、カメラを介さず、現実の景色がそのまま目に入る透明のガラスの上に、3D映像を同居させることである。その際には、ゴーグルを付けずに3D映像が見られるので、まるでガラス窓の向こうに普通に人がいたり、ものが置いてあるように見える。
DUAL MOVEの創業者であるCEOの佐藤 塁氏は目標について、「景色に溶け込む形で、違和感のない自然なARを表示すること」だと話す。「現状では3D映像を見るにあたってはゴーグル使用が当たり前だが、新しい体験を普及させるには違和感のなさと手間のなさが必須と思っている」(佐藤氏)。
ただ、この技術を実用化するにはさまざまなハードルがある。まず、窓の向こう側の景色を鮮明に見せるには、通常のガラスのように透明度を上げる必要がある。そうした機能を持つ透明ディスプレイは、すでに各社が開発している。前述のXRバスにも、透明なディスプレイが採用されている。だが、DUAL MOVEが挑戦しているのは、その透明なガラスの向こうに見える景色に3D映像を融合させて表示できるディスプレイだ。
透明ディスプレイに裸眼立体視技術を組み合わせて実現
映像を見る人の視線トラッキングも組み合わせ
そもそも、1枚の透明ディスプレイに映像を映し出すだけでは、奥行きのある3D映像は表現できない。グラス型デバイスで3D映像を表示できるのは、「両眼視差」を応用して、左目用と右目用で別の2つのディスプレイでそれぞれ別の映像を見せているからだ。ディスプレイのような固定された映像装置には通常同時に1つの映像しか映すことができない。そこで必要になるのが、「裸眼立体視」と呼ばれる手法である。
これまでも、裸眼で画像を立体的に見せる方法として、レンチキュラーレンズと呼ばれる構造が使われてきた。レンチキュラーレンズとは、トレーディングカードやステッカー、CDジャケットなどに使われたりする3D画像の表示手法で、人間の顔が正面から見ると笑顔、少し角度を変えると怒った顔、別の角度から見ると寝顔になるなど、見る角度によっていくつかのパターンに絵柄が変化する。画像の表面に微細なカマボコ状のレンズを並べることで、右眼には右眼用の画像、左眼には左眼用の画像を用意して立体的に見せる仕組みだ。
これを微細で細長いレンズにし、横一列に並べてディスプレイの表面に貼り付ければ、かなりリアルな3D映像を表現できる。加えて、映像を見ている人の視線を識別・トラッキングして表示させる映像を制御すれば、リアル映像に重ねても違和感なく一つの映像に見え、しかも人の頭の動きなどによって大きなブレが生じない、連続的な映像を実現することができる。
ただ、レンズを被せている以上、ディスプレイの透明性が損なわれてしまう。これではそもそもの構想に合わない。そこで佐藤氏が考えたのが、レンチキュラーレンズの中に平面構造を組み入れる手法だった。視差画像を分離するレンチキュラーレンズを表示面の前に置いて、左右の眼に映像を分けることで立体的に見せる仕組みは保持しつつ、レンズ間に平面構造を組み合わせることで透明性も確保できる手法である。
DUAL MOVEは、これらレンチキュラーレンズ領域と平面領域の両方の構造を組み合わせた「パーシャルレンチキュラーレンズ」を発明し、特許を取得した。カマボコ状のレンズをディスプレイの全面に並べるのではなく、レンズと平面を交互に並べる。そして、レンズの下だけに必要な表示要素を置き、平面の部分はシースルーとして景色を通す。こうすることで、透明かつ裸眼立体視を実現するディスプレイが実現できるわけだ。DUAL MOVEはこの技術を「tXR」と命名し、ハードウエアの試作に成功している(図3)。
(図3)透明かつ裸眼立体視を実現するtXR技術(t:transparent、true、three-dimensional)(資料提供:DUAL MOVE)
現実景色の一部をバーチャル映像で塗替えも
実現すれば広告などの経済圏モデルが変わる
DUAL MOVEが開発する窓が車に搭載されるようになると、移動体験はどのように変わってくるのだろうか(図4)。佐藤氏は車の定義も、「物理的に移動する箱」から「気持ちまで動かす装置」へと進化すると語る。「移動が距離だけでなく、感情も動かすようになる。例えば、博物館や動物園などに向かう途中、窓の景色に合わせて動物が現れ、物語が始まれば、到着前から期待が高まり、移動が娯楽になって観光や商業の設計も変わる」(佐藤氏)。DUAL MOVEという名前には、そういう思いが込められているという。
また、佐藤氏は都市の情報流通も塗り替わるという。実際の景色に仮想3Dの景色を融合させられるということは、例えば「移動中に、窓が現実の看板を別の情報に置換できるようになると、屋外広告の価値連鎖が組み替えられる」(佐藤氏)。この窓が車に搭載されれば、看板やサイネージを使った現実世界の広告ビジネスモデルに大きな影響が及ぶ可能性がある。
(図4)未来の窓によって創出される景色と情報の重ね合わせ
tXRの課題は大きく3つある。量産化の壁、自動車業界の受容性の壁、そして社会実装に向けたコンセンサスの壁だ。
ここまで説明した仕組みを、自動車用の透明ディスプレイとして実装するには、透明に見えるほど微細な配線や発光素子の設計、さらには精密な実装、高精度なレンズを製造するための金型などが欠かせない。これらを同時に成立させつつ、量産品質を保てるラインを構築するとなると、要素技術を寄せ集めるだけでなく、その体制を作れるパートナーが必要になる。現在の研究開発フェーズから、社会実装に移行するには、このエコシステムづくりが大きな課題になる。
2つめの自動車への実装もハードルは高い。車にとって窓は安全部品であり、視認性や高温・低温、衝撃への耐久性、整備性など、家電とは別世界の要件がある。プロトタイプから、車載としての信頼性へ引き上げる工程は長い。そして3つめの社会実装に向けたコンセンサスも時間を要する課題である。窓が媒体として利用されるようになると、何を表示し、何を隠し、どこまでを許可するかというルール設計が不可欠になるだろう。さらに、誰がコンテンツを作り、誰が審査し、誰が更新し続けるかという運用の設計も必要となる。
自動車への実装という点では、まだ先は長い。現時点の構想では、まずフラッグシップ的な位置づけで観光バスなどの商用車への展開を進め、2029年ころに富裕層向けを中心とする乗用車に、というのが実装イメージとなるだろう。










