シリコンバレーから始まった
「夢の技術」への挑戦
パナソニック ホールディングス株式会社
DX・CPS本部 事業開発センター
Nessum部 部長
荒巻 道昌氏
Nessumの前身となった、高速電力線通信(HD-PLC)が開発されたのは2002年のこと。当時、荒巻氏はシリコンバレーのパナソニックR&D拠点の通信開発責任者として、次世代通信技術の探索にあたっていた。
パナソニック ホールディングス株式会社
DX・CPS本部 事業開発センター
Nessum部 部長
荒巻 道昌氏
折しもブッシュ政権下、都市部以外の遠隔地へのインターネット普及を目的としたxDSLとケーブルTVに次ぐ「第三のインターネット」構想が、電力線通信技術を軸に動き出そうとしていた時期。パナソニックにとっても、当時HD-PLCは戦略的に極めて重要な技術と位置づけていた。荒巻氏は「1つのインフラで2つの機能(電力供給と通信)を持たせるというのは、非常に面白いと見ていました」と振り返る。
こうして、家電をネットワークにつなげる「夢の技術」としてHD-PLCの開発が本格化した。しかし日本国内では法整備が追いつかず、実験すらままならない状況だった。荒巻氏は米国のカリフォルニアやテキサスでアパートを数軒借り、また現地社員にも住宅を提供してもらいながら、延べ100人以上の日本の技術者を次々に送り込んでもらい実証実験を繰り返すという、泥臭い努力を重ねて技術を研ぎ澄ませていった。
Wi-Fi台頭を背景にBtoB向けにシフト
「IoTの隙間を埋める」技術として再定義
ところが、そんな時期にスマートフォンが登場するとともに、Wi-Fi規格(IEEE 802.11nなど)が急速に普及。一方 HD-PLCの規格化(IEEE 1901)は、Wi-Fi規格化より大きく後れ2010年に完了。家庭内のネットワークでのHD-PLCの役割が薄れてしまった。
これが、Nessumへとつながる決定的な「転機」となった。荒巻氏ら開発チームはHD-PLCのターゲットを家庭内(BtoC)から、より過酷で高度な信頼性が求められる、ビルや社会インフラ(BtoB)へと移す決断を下した。
ただ、インフラ向けとなると別の課題がある。家庭内であればコンセントの数も最大で30ノード程度で済むものが、ビルやインフラを網羅するには数千ノードをカバーし、かつ数キロにもおよぶ伝送距離を実現しなければならないことだ。この課題を克服するために投入されたのが、パナソニックHD独自のアルゴリズムを用いた「マルチホップ技術」である。「1024のノード数と数キロの伝送距離をカバーできる技術です。NessumとしてのBtoBあるいはインフラ活用に向けた、次のステップとなりました」(荒巻氏)
このように既存の配線を活用しつつ、バケツリレー式にデータをつないでいく技術の登場により、Nessumは社会インフラの構築も見据えた堅牢なネットワーク基盤へと進化した。既存のインフラが抱える課題を解決する「ソリューション」としての活用を目指し、ビルディングオートメーションなどを主なターゲットとする、「IoTの隙間を埋める技術」というコンセプトを打ち出した。「Wi-Fiをしっかり使える領域はWi-Fiに任せ、電波が届きにくいところに対してNessum活用を推進することにしました」(荒巻氏)
届かない電波が、届くように
ダイキン工業との共創も
Wi-Fiの電波が届かないところとして、荒巻氏が挙げる具体例は多岐にわたる。例えば、鉄の箱に囲まれることで電波が遮断されるエレベーター内や、人手による点検が困難な地下施設、さらには鉱山やトンネル内部の作業現場などだ。
「万が一、鉱山の中で事故などの緊急事態が発生した場合でも、そこにはライトや掘削機を設置するなど、何らかの形で電線が通されます。その両端にPLCのモデムを接続すれば、カメラを使って中の様子を遠隔でもモニタリングできますし、事故現場との会話もできます。あるいは、災害対策で急遽ネットワークを復興する際も、電気さえ通っていれば通信できるわけです」(荒巻氏)
Nessumは既設の配線をそのまま活用し、高速かつ広範囲なIPネットワークを低コストで構築可能な通信技術。電力線以外にも、ツイストペア線、同軸線、電話線などのさまざまな線を、線種を問わずに通信用の線へアップグレードが可能かつ配線の形態にも限定されない
Nessumの優位性を象徴するのが、世界中に事業を展開する空調メーカーであるダイキン工業との連携だ。もともとダイキン工業はビル管理の高度化に向け、古い低速通信からの脱却を目指していた。
「ダイキン工業様にとっても、当時は空調機の通信方式を刷新する数十年に1度のタイミング。それを検討するにあたってNessumの機能がマッチしました。なにより評価されたのは、既存の線をうまく活用できる点です。現在、ダイキン工業様はNessumアライアンスのメンバーとして、この技術を世界に広める強力なパートナーとなっています」(荒巻氏)
インフラ向けにドイツ、
スペイン他海外でも広がる
欧州のスマートメーター規格に合わせていく中で、Nessumの知名度は確実に上がっている。「ドイツのある電力会社では、全てのスマートメーターの通信を、現行のLTEからトータルの投資効果の観点でNessumに置き換えようかという話まで出てきています」と荒巻氏は語る
さらにNessumの勢いは日本を越え、欧米で加速している。特にドイツとスペインでは、LTEを用いたスマートメーターの普及を進めてきたが、地下に設置されたメーターには電波が届かないという深刻な問題に直面していた。
欧州のスマートメーター規格に合わせていく中で、Nessumの知名度は確実に上がっている。「ドイツのある電力会社では、全てのスマートメーターの通信を、現行のLTEからトータルの投資効果の観点でNessumに置き換えようかという話まで出てきています」と荒巻氏は語る
そこでドイツではPower Plus Communicationsが、スペインではTeldatが導入を進め、米GE Vernovaもスマートグリッド向け通信機器にNessumを採用。2025年11月にスペインで開催された「Enlit Europe 2025」では、6カ国6社による相互接続試験「PlugFest」を実施し、異なるメーカー間での通信互換性を確認。その後、一般に公開した。
長年、日本が主導して国際標準を勝ち取ってきた技術が、ついに欧州のメインストリームへと食い込み始めたのだ。
Nessumの新たな可能性は海の中でも
水中ドローン、ダイバーとの通信可能に
Nessumの進化は、有線の枠も超えている。アンテナを介して微弱電波で通信する「Nessum AIR」は、1メートル程度の「飛ばない無線」として、セキュリティーと利便性を両立させる。
「Nessum AIRは、スマートフォンに搭載されているNFCに代表される近距離無線の一種に位置付けられ、広帯域で高速通信を可能にするものです。1メートル程度の距離であれば、複雑なアンテナ設計は不要で電波を飛ばせます。このように、至近距離しか飛ばない無線だからこそ、位置制御やセキュリティーの確立に使えるのです。他にも、ロボットアームの回転部や、ガラス越しに設置する屋外カメラなど、従来の配線や無線では困難だった領域にも新たな可能性をもたらしています」(荒巻氏)
さらに、磁界を用いた「海中通信」の実現も視野に入っている。電波による通信が極めて困難な海中で、水中ドローン(AUV)やダイバーとの通信を可能にする試みだ。海洋国家である日本にとって、レアアースなどの資源探索や風力発電などの設備・インフラの保守の観点から、この「次世代の海中通信」への期待は極めて大きい。
「Nessumならば、海中でも10メートル程度の距離で数Mbpsの通信が可能です。これで例えばダイバーが潜りながら、スマートフォンを使って海上の船に映像を送るようなところまで検証できています」(荒巻氏)
Nessumには有線通信のNessum WIREと、近距離無線通信のNessum AIR、この2種類がある。同じ技術を使用するため、有線通信と無線通信のハイブリッド構成を容易に構築できる。一つの通信用デバイスで両者をカバーでき、低コストでの実現が可能。非常に幅広い現場で、Nessumが選ばれる所以だ
一方で荒巻氏は、Nessumが切り開く未来の姿を「デジタルツイン」との融合という形で提示する。Nessumの特徴を生かして、あらゆる所にセンサーを設置できれば、隙間なくセンシングできる。「それによって、バーチャルな世界にリアルな現象をリアルタイムに投影でき、現場に行かなくても機器や設備などの状態を把握するリモート監視が可能になります。さらにはビルの監視など、身近な環境においてもリアルタイムでのモニタリングが可能になるでしょう」(荒巻氏)
人口減少、高齢化の進む社会において、既存のインフラをそのまま通信網に変え、さまざまなデータを「自動かつリモートで」収集するNessumの役割は、ますます重要性を増していくはずだ。
Nessumのロゴには、有線をイメージしたライン(実線)と無線をイメージしたドット(点線)を組み合わせた、両者のハイブリッドを実現する技術であるという意味を込めている
「まず使ってみようか」
そう思ってもらえる技術にしたい
パナソニックHDは現在、Nessum向けの半導体を自社で製造するのではなく、IP(知的財産)をライセンス提供するモデルを採用している。Nessumを自社だけの囲い込み技術にするのではなく、世界中のメーカーが採用できる「オープンな標準」として浸透させるための戦略だ。
PLCという「夢」から始まり、Wi-Fiの普及という荒波を越えBtoBの深淵へと潜り、そして今、インフラの隙間を埋める不可欠な存在へと昇華しつつあるNessum。荒巻氏が目指すのは、世界のスタンダードとなる技術だ。
「いろいろな通信技術の採用を検討する際に、安価で導入でき手軽に設計もしやすい技術として、『まずはNessumでやってみようか』と言ってもらえるようになればと思っています」(荒巻氏)












