生成AIの悪用により、ビジネスメール詐欺や標的型フィッシングは急速に巧妙化している。従来型の対策をすり抜ける攻撃が増える一方、発見後の調査や削除は依然として人手に頼るケースが多い。防ぎ切れない攻撃と、膨らむ運用負荷。企業のメールセキュリティーは、二重の課題に直面している。こうした課題に、行動解析AIによる検知と対応の自動化で挑むのがAbnormal AIだ。同社は7月、企業のメールセキュリティーを担う方を招いたラウンドテーブル「AI時代のメールセキュリティー最前線セミナー」を開催。米国市場の最新動向や導入事例が紹介され、参加者が現場の課題や対策について率直に意見を交わした。その模様をレポートする。

社長になりすまし、DocuSignを偽装 ──
現場で相次ぐ「すり抜け」の実態

2026年7月に開催したAbnormal AI主催の
ラウンドテーブルの様子

 セミナーでは、製造、運輸、ホテル、エネルギーなど、幅広い業界のセキュリティー管理者と担当者によるパネルディスカッションが行われた。まず議題となったのは、既存の対策をすり抜ける攻撃の増加である。中でも多く報告されたのが、社長や役員になりすまし、LINEグループの作成を求めたり、Slackへ誘導したりするメールだ。

 「Microsoft 365 E5を利用しているが、社長を騙ってLINEグループの作成を求めるメールが100通以上届いた。すでに相応の費用を投じている中で、追加対策の必要性を経営層にどう説明するかが課題だ」との発言もあり、既存製品や標準機能だけでは巧妙な攻撃を防ぎ切れない実情が浮かび上がった。

 攻撃の巧妙化を示す事例も相次いだ。ホテルでは、海外の宿泊客を装って担当者とやり取りを重ねた後、添付ファイルを開かせる攻撃が確認された。DocuSignをかたるメールにQRコードを載せ、認証情報を盗もうとするなど、一見しただけでは見分けにくい手口も増えているという。

 議論の焦点は、やがて攻撃のすり抜けから、その後の運用へと移った。不審なメールが報告されれば、担当者は内容やヘッダー、過去のやり取りを調べ、同じメールがほかの従業員にも届いていないかを確認する。必要に応じて送信元を遮断し、社内への注意喚起や、メールを開いた従業員への対応も必要になる。

 「独自のルールを作っても、2週間ほどで手口が変わってしまう。高度な攻撃はキャンペーン期間も短く、人手で追い続けるのは難しい」との声も。

 従業員への周知にも難しさがある。不審なメールの報告を促すほど、正常なメールまで報告され、調査を担う担当者の負荷が増えるためだ。こうした実態から、製品選定では検知率だけでなく、誤検知の少なさや検知後の対応を自動化できるか、組織全体の攻撃状況を可視化できるかが重視されるという意見が多く出た。

 Abnormal AIの導入を検討する企業の担当者は、その理由を「攻撃者がAIを使うのであれば、防御側もAIを使っていく。その考え方に魅力を感じた」と説明した。実際にPoC(概念実証)を行った企業からは「既存製品が見逃した攻撃を検知できた。API型のため既存環境を大きく変える必要がなく、短期間で検証を始められた」との報告があった。

 既存の防御をすり抜ける攻撃への対応、検知後の自動化、運用負荷の軽減――。参加者からは、こうした課題の解決に向けたAbnormal AIの活用に期待する声が相次いだ。こうした現場の課題に、Abnormal AIはどう向き合っているのか。ここからは、セミナー前半に行われた登壇者の講演をたどっていく。

セキュリティーの鍵は検知精度と運用効率

Abnormal AI

Japan Country Manager

光山 慶

 行動解析AIの専門家が創業したAbnormal AI。そのサービスは現在、世界5000社超に導入され、Fortune 500企業の25%が利用している。AI活用を掲げるセキュリティー製品が相次ぐ中、なぜ同社はここまで支持を広げているのか。Abnormal AI Japan Country Managerの光山 慶氏は、二つの理由を挙げる。

 「一つは、大量のデータを瞬間的に処理できるプラットフォームを持っていること。もう一つは、独自の行動解析エンジンを自社で開発し、保有していることです」

 行動解析AIの精度を高めるには、できるだけ多くのデータを学習・解析に生かすことが重要となる。しかし、サードパーティー製のAIエンジンでは扱うデータが増えるほど、処理能力やメモリーにかかるコストも膨らむ。コストを抑えるために解析対象を絞れば、データに潜む異常の兆候まで見落としかねない。

 一方、大量のデータを高速で処理するプラットフォームと独自の行動解析エンジンを自社で持つAbnormal AIは、解析対象をあらかじめ絞ることなく、データに潜むわずかな異常の兆候を捉える。

 同社の行動解析エンジンは、送信者ごとの過去のやり取りの傾向や組織内の人間関係、認証情報の使われ方といった"通常のふるまい"を学習し、そこからのわずかなズレを検知する仕組みだ。件名や添付ファイルの単純なパターンマッチングでは捉えにくい、なりすましや侵害の兆候をあぶり出せる点が特長だという。

 Microsoft 365やGoogle Workspaceを補完する形でAPI連携し、ほぼリアルタイムでメールを検知・処理できる点も特長の一つだ。

 同社が日本でサービスを開始してから1年。光山氏は「事業展開を通じて見えてきた企業課題の一つが、メールを検知した後の運用負荷だった」と語る。従業員から不審なメールの報告を受けても、影響範囲の調査や過検知・誤検知への対応には多くの時間と人手がかかるからだ。

 Abnormal AIは社内全体の攻撃状況を可視化し、メールの隔離や削除までを自動化する。単なる「検知製品」にとどまらず、運用の一部を代替することで、セキュリティー人材をより戦略的な業務へ振り向けることが可能になる。

 「セキュリティーでは広範な領域を守る必要があり、メールはその入口の一つにすぎません。ここにどれだけの人員を割くのか。きちんと守りながら最適な運用解を見つけることがマネジメントの課題であり、現場で求められていることではないでしょうか」

 光山氏はこう問題提起し、実務に即したメールセキュリティーのあり方を投げかけた。

巧妙化する攻撃にどう備えるか
米国市場の最新動向

Abnormal AI Inc.

Senior Sales Manager

千葉 真名美

 続いて同社営業部の千葉 真名美 氏が、米国におけるEメールセキュリティーの最新動向を解説した。

 企業のメール対策では長年、受信前に不審なメールを遮断するセキュアメールゲートウェイ(SEG)が中心的な役割を担ってきた。近年はMicrosoft 365などの標準機能も強化されたが、メールを起点とする侵害は後を絶たない。

 Verizonの調査では侵害事故の約68%に人為的要素が関わり、米政府機関のCISAも、成功したサイバー攻撃の90%以上がフィッシングメールから始まるとしている。千葉氏は、攻撃の変化を次のように説明する。

 「以前は同じ内容を広く送り付ける大量配信型が中心でしたが、コロナ禍を経てQRコードを使ったフィッシングが増え、近年はAIを利用した標的型攻撃が目立っています。攻撃は、より個別化され、巧妙になっています」

 その一つが、攻撃に必要な機能を犯罪者に提供するPhaaS(フィッシング・アズ・ア・サービス)の「VENOM」である。標的に合わせた攻撃を容易に仕掛けられるほか、正規の認証手続きを悪用して多要素認証(MFA)もすり抜ける。VENOMは、メール本文に埋め込んだQRコードを読み取らせることで、攻撃の起点を企業が管理するPCから、対象者個人のスマートフォンへとあえて移す。これにより、多くの企業が導入しているエンドポイント保護やプロキシ監視の対象範囲そのものから外れてしまう。

 QRコードのスキャン後は、Microsoftの本物のログイン画面を模したページに認証情報を入力させる方式と、Microsoft公式のデバイスコード認証を悪用し対象者に「本物のmicrosoft.com」上で認証させてしまう方式の二通りが確認されている。いずれの場合も、MFAの認証プロセス自体は正常に完了する。攻撃者はその「認証済みの状態」を裏側でリアルタイムに乗っ取り、アカウントへの持続的なアクセス権を得る。つまりMFAが破られるのではなく、正しく機能した認証結果そのものが奪われる、という点が従来のフィッシングと一線を画す。Abnormal AIが検知した時点では公開された脅威情報にもなく、従来の手法では捉えにくい攻撃だったという。

 このようにSEGなどの入口対策が見逃す領域を「Detection Gap(検知の空白)」と呼ぶ。重要なのはSEGを置き換えることではなく、基本的な防御を維持しながら、その空白を補うことだ。Abnormal AIは既存のメール環境とAPIで連携し、攻撃の検知から調査、対応、削除までを自動化する。

SEGなどの入口対策をすり抜ける「Detection Gap(検知の空白)」。Abnormal AIは基本防御を維持したままこの空白を埋める
(資料:Abnormal AI)

 米国市場では、運用の自動化も進む。同社の「AI Phishing Coach(AIPC)」は、訓練内容の選定や模擬メールの送信、クリックした従業員の判定、追加教育の割り当てまでを自動化する。特徴的なのは、これらすべてが従業員個々のリスクプロファイルに基づいて動的に調整される点だ。全社一律の訓練ではなく、リスクの高い従業員にはより実践的な訓練を、低い従業員には効率的な内容を、といった個別最適化を自動で実現する。

 メール対策は、生産性向上にもつながる。一例として千葉氏が挙げたのが「Graymail」と呼ばれる、正規の送信元から届く広告やニュースレターだ。攻撃メールではないため通常のフィルターでは遮断されにくいが、受信箱に溜まれば必要なメールを見つけにくくする。カナダの大手法律事務所Faskenでは、Abnormal AIによる自動振り分けにより、従業員がメール処理に費やす時間を導入後90日間で計4700時間以上削減した。

 「次世代のEメールセキュリティーで重要なのは、入口で防ぎ切れない攻撃の検知とその後の対応の自動化です。従業員教育やGraymail対策まで含め、セキュリティーと生産性の双方を高めることが求められています」。千葉氏はこのように述べ、講演を締めくくった。

気付くより先に
脅威を取り除くのがAbnormal AI

株式会社ユーザベース

IT本部 セキュリティチーム
リードエンジニア

当真 彰吾

 続いて、Abnormal AIを導入した株式会社ユーザベースのIT本部 セキュリティチーム リードエンジニアの当真彰吾氏が導入前の課題から製品の選定プロセス、その効果までを紹介した。

 経済情報プラットフォーム「Speeda」と国内最大級の経済ニュースプラットフォーム「NewsPicks」を展開する同社では、Google Workspaceを全社で利用。2000にも上るメールボックスのセキュリティーを8人のチームで担当していた。

 一次防御にはGoogle Workspaceの標準フィルターを利用していたが、正規のクラウドサービスのドメインを悪用したフィッシングや、取引先・社内の人物になりすましたメールがすり抜けるケースが増加。セキュリティーチームやヘルプデスクが調査や問い合わせ対応に追われ、対応品質にばらつきがあることが課題となっていた。

 「メールフィルターなどの仕組みで防ぐべき脅威を従業員への注意喚起や教育だけで補い続けるには多くのリソースがかかります。その負担を減らし、人員を別の業務に振り向けたいと考えていました」と当真氏は当時を振り返る。

 そこで同社は、製品選定の要件を「高度な検知精度」「運用負荷の最小化」「検知後の自動対応」の三つに定め、複数製品を対象に約3週間のPoCを実施。その結果、過検知・誤検知の少なさが際立っていたのがAbnormal AIであった。

導入容易性の比較。API型は既存のメール経路(MXレコードなど)を変更せず、短期間で防御機能を追加できる
(資料:ユーザベース)

 API型であることも選定を後押しした。その理由は、クラウドを中心とする同社のIT環境と相性がよく、メール経路を変更せず、既存のGoogle Workspace環境に短期間で防御機能を追加できる点にある。

 導入後、4カ月間でGoogle Workspaceの標準フィルターをすり抜けた攻撃メールを月平均約3000件追加でブロック。攻撃・フィッシングメール約3万件を自動修復した。自動修復の約92%は60秒以内に完了し、所要時間の中央値はわずか6秒だったという。

 当真氏は、Abnormal AIの導入効果を「ユーザーが気付くより先に、脅威を取り除く」と表現。従業員がメールを開封する前に隔離や削除を完了できるようになり、ヘルプデスクへの問い合わせも大幅に減少。担当者による対応のばらつきも解消され、セキュリティーチームはより付加価値の高い業務に時間を振り向けられるようになったとして、次のように述べた。

 「メールセキュリティーは最優先の課題です。しかし、社員が集中すべきはあくまでも本業です。人が意識することなく安全を保つことができる。これがAbnormal AI導入の最も大きな効果だといえます」

 攻撃の件数や傾向を月次レポートで把握できるようになったことも導入成果の一つであるとし、「今後はAbnormal AIのメール脅威データをSIEMに連携し、ほかのログと組み合わせた相関分析に生かしていきたい」と展望を示した。