顧客接点×AI
日本IBM
AIが「顧客」になる時代がやってくる
エージェンティック・コマースに企業はどう備えるか
生成AIを使って商品を探す行動が広がっている。さらにAIが人間に代わって商品を比較し、購入や支払いまで担う「エージェンティック・コマース」の時代が近づいている。将来的には、企業の調達AIと販売側のAIが直接取り引きする「A2A(Agent-to-Agent)」も現実になりそうだ。こうした変化がいつ本格化するかはまだ見通せないが、AIに自社の商品を正しく理解してもらうための商品情報の整備など、企業が今から準備できることはある。エージェンティック・コマース時代を迎えるために何が必要なのか、日本IBMの新井貞敏氏に聞いた。(聞き手:日経BP 総合研究所 上席研究員 菊池 隆裕)
人間に代わってAIが買い物をする時代に
コンサルティング事業本部
カスタマー・トランスフォーメーション
アソシエイト・パートナー
新井 貞敏 氏
菊池 AI同士が取り引きするエージェンティック・コマースが本格的に使われるようになると、顧客体験はどのように変わるのでしょうか。
新井 ここ10年で一番の変革になるのではないかと思っています。今は、大きな変革のスタート地点に立っているという認識です。
最近では「ゼロクリック」という言葉が登場しています。従来ならば検索結果から人間がそれぞれのサイトを確認して自分で判断していたところを、AIがまとめた情報だけで結論を得てサイトをクリックせずに終わる体験です。これはコマースの領域にも影響を及ぼし、各企業がAIを顧客として取り扱っていく必要性が高まっています。
菊池 顧客との間にAIが入ってくると、サイトも、サイト運営側も変わる必要があるという話ですね。
新井 エージェンティック・コマースとは、AIが顧客に必要な商品を探し、比較し、購入や支払いまで自律的に実施するという考え方です。さらに、エージェントとエージェントがやり取りをする「A2A」と呼ぶケースもあります。例えば企業の調達部門で利用するAIから、それぞれの企業サイトに購買の相談が来て、見積もりを取る、価格を調整するといったやり取りを経て購入していく形態が、A2Aという形で出てくると思います。
菊池 サイト運営者は、気付いたときにはAIから見えない存在になっている、ということもありそうですね。
新井 「気付いたらゲームのルールが変わっていて、取り残されている」というケースにならないようにする必要があります。エージェンティック・コマースがいつ本格化するかは正確には分かりませんが、3年、4年というスパンでこういった変化が起きることへの備えは、始めておく必要があると思います。
AIに「選ばれる」ための商品情報を整える
菊池 EC運営者はどこから準備を始めればいいのでしょうか。
新井 まず取り組みたいのが、汎用型AIで選んでもらうためのGEO(Generative Engine Optimization)対策です。AIが商品を見つけられないと、お客様に自社の商品情報を届けられず、魅力を伝えられないという状況になります。それを避けるための対応です。
次のステップが、AI向けのデータの整備、特に商品に関するデータの整備です。AIが理解できるように構造化された情報を整理することに加えて、これまで人に提供していなかったような細かな情報もAIに提供することで、価値を生み出せる場合があります。例えばECサイトにはないけれど、開発部門は持っている情報をAIに適用できるように整備する、利用するシーンや目的といったコンテキストも、AIが解釈しやすいように付けてあげる――といったことです。
例えば化粧品なら、含まれている成分や、その成分にはこういう効果があるという情報を持つことで、「特定の効果を期待して、どういった化粧品を探すか」という文脈に対して、AIが判断しやすくなります。社内で情報が散らばっていれば、部門間でルールを決め、基盤を整える必要があります。1年、2年という単位で継続的に整備していくことが必要でしょう。
菊池 その先には、外部のAIとの直接的なやり取りも必要になりますね。
新井 その先のステップが「AI問い合わせ窓口」の整備です。AI向けに整備したデータを外部から利用するための窓口です。APIやMCP(Model Context Protocol)などの基盤を構築し、外部AIにどこまで権限を渡すのかを含め、管理やセキュリティを整備する必要があります。
ゲームチェンジの前に自社を変えるには
菊池 AI向けの商品データを整え、問い合わせ窓口を用意するとなると、EC部門だけで対応できる話ではありませんね。
新井 日本の企業では、どの部門が旗を振るのか、誰がリードするのかという体制をきちんと作ってから始めることが大切かもしれません。やはり全社の方向を決めてからスタートするのが理想です。
菊池 日本IBMとしては、そうした企業の変革をどのように支援できるのでしょうか。
新井 私が所属するカスタマー・トランスフォーメーション事業部は、お客様との接点についてチャネル横断で支援する組織です。AIファーストでの顧客接点変革を掲げ、AIが能動的に業務を理解し、判断し、実行できるビジネスプロセスの構築を支援します。また、企画、構想策定からシステム構築、保守、運用まで、エンドツーエンドで支援しています。
菊池 こうした支援を使ってエージェンティック・コマースへの対応を進めるとして、いつから対応を始めると良いでしょうか。
新井 エージェンティック・コマースの到来が2028年なのか、その1年後、2年後なのかといったことは、正直分かりません。一方で、顧客向けサービスの自動化は、どんどん進めるべきだと思っています。顧客サービスの自動化を進められるかどうかで、A2Aの時代が来たときの対応が分かれます。AIからのリクエストにすぐ回答できるサイトと、回答に時間がかかるサイトでは、AIからの選ばれ方も変わってくると思います。社内の顧客サービスの自動化に取り組むことは、どこかでガラッとゲームのルールが変わったときに、速やかに対応できる準備にもつながります。
菊池 最後にメッセージをいただけますか。
新井 今後、コマースの領域にエージェント型AIが使われることは間違いないでしょう。まずは、AIが自社の商品を正しく理解し、お客様からの問い合わせに対して適切な情報を提供できる状況を作る。そのための情報整備がスタートラインになると考えています。


