AIコーディングやOSSの拡大により、開発基盤やOSSサプライチェーンは、攻撃者にとっても探索・悪用しやすい標的となりつつある。AIによる脆弱性探索や不正な依存関係の混入など、ソフトウエア開発における新たなリスクに対処するため、米国やEUは開発段階からセキュリティー対策を組み込む強固な安全基準を導入。日本でも同様の規制が始まっている。AI時代の重要インフラ事業者は開発スピードの向上とセキュリティー確保を両立するため、どう対処すればいいのか。日本の重要インフラ・サプライチェーンの運用を支えてきたサイバートラストと米国Dark Sky Technologyの両社が、世界標準の新たなOSSサプライチェーン・トラストを提言する。
OSSサプライチェーンの信頼性が
問われる時代に
AIコーディングやAIエージェントの活用により、ソフトウエア開発が劇的な進化を遂げている。だが、ソフトウエアの大部分がOSSで構成される現在、AIが生成するソースコードには、意図せずOSSの古いライブラリや既知の脆弱性が含まれることが多い。これがセキュリティー上の新たな課題となっている。
「AI開発では誰がそのコードを開発したのか、どのような経路で取り込まれたのかが見えにくくなっています。そのため“そのOSSは本当に信頼できるのか”という根本的な問いが浮上しているのです」と指摘するのは、サイバートラストの眞柄 泰利氏だ。
サイバートラスト株式会社
Chief Business Transformation Officer (CBXO)
兼 シニアエグゼクティブアドバイザー
眞柄 泰利氏
SolarWindsやLog4jなどに象徴されるサプライチェーン攻撃に見られるように、攻撃者はOSSライブラリやCI/CDパイプライン自体を標的にしている。OSSの取り込みとAIコーディングの加速によって、悪意あるコードがまたたく間に伝播していく過程で、脆弱性やリスクの発見・拡散スピードが人間の対応力を超え始め、攻撃をさらに誘発する要因ともなっている。
セキュリティーは「成果物」から 「開発プロセス」へ
国際的に進む規制転換
こうした脅威に対抗するため、米国国立標準技術研究所(NIST)は2022年にソフトウエアサプライチェーンのセキュリティー強化を目的としたSSDF(Secure Software Development Framework:NIST SP800-218)を公開。組織の準備(PO:Prepare the Organization)、ソフトウエアの保護(PS:Protect Software)、安全なソフトウエアの作成(PW:Produce Well-Secured Software)、脆弱性への対応(RV:Respond to Vulnerabilities)といった4つの柱でセキュアな開発フレームワークを示している(図1)。
図1 SSDFが求める本質 - 開発プロセス全体の信頼性
NIST SP 800-218は、特定のテスト結果やドキュメントなどの「成果物」を提出して終わりにするものではない。開発プロセス全体へのセキュリティーの組み込みと、サプライチェーン全体における信頼の構築を求めている
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またEUも2024年に欧州サイバーレジリエンス法(CRA:Cyber Resilience Act)を発効し、市場で取引される多様なデジタル製品に厳格なサイバーセキュリティー基準の遵守を義務付けている。
「日本でもSSDFをベースにしたセキュリティーガイドラインの整備が進められており、IoT機器に適用されるJC-STAR制度、組織に適用されるSCS制度への対応が求められています」とサイバートラストの岸田 茂晴氏は話す。
サイバートラスト株式会社
グローバル事業推進本部
本部長
岸田 茂晴氏
これらの法令や規制は「成果物」ではなく「開発プロセスとサプライチェーン全体の信頼性」を求めるものであることが大きな特徴だ。特に米国やEUでは規制に対応できなければ製品の販売停止、取引要件からの除外といった大きなリスクにつながる可能性がある。
「欧米にデジタル関連製品を輸出している日本企業も例外ではありません。例えば、米国が定めたCMMC(The Cybersecurity Maturity Model Certification)制度やそのベースとなるNIST SP 800-171は、取引企業からの情報漏えいを防ぐため業務委託先にも厳格なセキュリティー要件を義務付けています。現在は防衛産業だけではなく電力、鉄道、重要インフラといった幅広い産業にも同様の基準への対応が求められています」(眞柄氏)
サプライチェーンは国境を越えてつながっているため、一企業単体での対策には限界がある。日本企業には、これら最新のガイドラインや評価制度に基づいて自社の対策を可視化し、グローバル基準に合わせたリスク管理体制を整えることが求められている。その対策を怠れば、最悪の場合、市場からの排除・撤退を余儀なくされる可能性もある。
日本企業が特に気をつけなければならないのがSBOM(Software Bill of Materials)への対応だ。SBOMにはソフトウエアを構成するOSSやサードパーティ製ライブラリなどの部品名、バージョン、依存関係がリスト化されており、OSSの脆弱性の早期発見や、サプライチェーン全体の脅威を管理するセキュリティー対策として極めて重要な意味を持つ。
だが多くの日本企業はSBOMを作成してはいるものの、OSSの信頼性を可視化できなかったり、SBOMを取り込んだ後のチェックが中心で、セキュリティー対策が不十分なケースが少なくない。
なぜ従来の対策では不十分なのか 求められる「入る前に止める」 という発想
SBOMを取り込んだ後に脆弱性をチェックする従来型の対策ではなぜ不十分なのか。
「多くの日本企業ではSBOMをつくること自体が目的化していますが、SSDFなどで本来問われているのは、リスクのあるOSSをそもそも入れないことです。SSDFではソフトウエアを生成・保護する際にガベージイン/ガベージアウトの原則に則って、事前に安全な仕様を定義し、それを確実に実装・検証する必要があると定めています。つまり管理・隔離されたセキュアな開発/ビルド環境でソフトウエアを開発しなさいと指示しているわけですから、従来の事後対処型では構造的に限界があるのです」(岸田氏)
求められるのは「入る前に止める」という発想だ。取り込む前に検査し、リスクのあるOSSは遮断する。これからのアプローチは開発環境そのものをクリーンに保つという予防型セキュリティーとなる。
こうした課題の解消に向けて協業を開始したのが、サイバートラストと米国のDark Sky Technologyである。
Dark Sky Technologyはサイバーセキュリティーを専門とするベンチャー企業で、OSSサプライチェーンの信頼性を担保するソリューション「Bulletproof Trust」を提供している。既に米国の政府機関や軍、ロッキード・マーティン、ノースロップ・グラマンといった防衛・航空宇宙産業、FDA(米国食品医薬品局)などの重要インフラが同ツールを採用しており、サイバーセキュリティー業界で急成長を遂げている。
「いま重要インフラ事業者の方々は、世界各国で異なる厳しい規制がある中で、OSSを活用しながら先進的なソフトウエアやシステムを開発しようと努力されています。そうした中、各企業がソフトウエアサプライチェーンのリスクをしっかり把握しながら安全・安心なソフトウエアを開発できるよう、我々はBulletproof Trustを開発しました」と、Dark Sky Technology CEOのMichael J.Mehlberg氏は説明する。
Dark Sky Technology
CEO
Michael J.Mehlberg氏
なぜサイバートラストはDark Sky Technologyのソリューションに注目したのか。それはOSSを取り込む際、ビルド・リリース前に脅威を予防・排除できる機能が、Bulletproof Trust以外の既存ツールには備わっていなかったからだという。
「日本のお客様にSSDFのフレームワークをそのまま提案しようとすると非常にハードルが高い。そのハードルを下げるためには、まずお客様の開発環境をクリーンにできるツールが必要だと我々は考えました。世界中のツールを1年半にわたって検証した結果、Dark Sky TechnologyのソリューションはOSSを取り込む際にAIによるソースコード診断やサプライチェーン診断によってリスクの混入をしっかりと排除できることが分かりました。また対象となるOSSの成り立ちや履歴をSBOMで精緻に管理した上で、脆弱性への対応をSSDFに準拠したVEXドキュメントとして共有することもできる。これなら日本企業もグローバル基準に合わせたリスク管理体制を早期に整えることができると判断したのです」(岸田氏)(図2)
図2 Bulletproof TrustによるSSDF対応
Bulletproof Trustを導入することで、NIST SSDFが求めるSBOMを起点としたOSSパッケージの脆弱性や脅威情報の可視化、Contributorの変更情報のリアルタイムな確認など、ソフトウエアサプライチェーン全体をカバーした脅威アセスメントが提供される Bulletproof Trustのデモはこちら
https://www.youtube.com/watch?v=khrGB9Q7jtw
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AI攻撃の時代に求められる防御とは 入口制御と開発基盤の両立
サイバートラストは早速、Dark Sky Technologyとコンタクトを取り、日本版SSDFの施行に先駆けたソリューションサービスの協業を提案。その時の状況をMehlberg氏は次のように振り返る。
「サイバートラスト社がAlmaLinuxのOSSコミュニティで非常に重要な役割を果たしていることは我々も知っていました。企業が対応しなければならない様々な規制、AIコーディングが招くサプライチェーンのセキュリティーリスクについても造詣が深く、日本のお客様に対するBulletproof Trustの実運用への落とし込みを同社が担ってくれるならば、素晴らしいパートナーシップが実現できると考えました」(Mehlberg氏)
Mehlberg氏が語るように、サイバートラストは国内および世界市場において多くの実績と経験を持つ。
日本初の商用電子認証局として25年以上にわたり提供しているトラスト事業では、国際監査に裏付けられた高いセキュリティー技術を基盤に多要素認証(MFA)、電子証明書、電子契約など、ビジネスに不可欠な電子認証サービスを提供している。
またプラットフォーム事業では、2019年からIoT/組み込み機器向けのEMLinuxを提供し、長期的なサポートが求められる重要インフラ・サプライチェーンでの運用経験も長い。信頼性に優れた国産のMIRACLE LINUXも同社が開発・提供しているOSSだ。
さらに2023年にはAlmaLinuxのグローバルOSSコミュニティに日本企業として初めて参画し、エンタープライズ向けLinuxディストリビューションの長期的な安定供給・保守に加え、脆弱性管理を支援するSBOM生成ツールの機能拡張にも貢献している。
このように、OS、SBOM、長期サポートなど基盤領域で豊富な実績を持つサイバートラストと、OSSサプライチェーンの信頼性評価・制御技術を持つDark Sky Technologyそれぞれの強みを組み合わせることで、AI攻撃の脅威への「入口制御」と「開発基盤」双方をカバーできる体制が整ったことになる。
検知から遮断へ OSSサプライチェーンを制御する 3つの仕組み
それではDark Sky TechnologyのBulletproof Trustは、どのようにOSSサプライチェーンの信頼性を担保しているのか。その特徴的な機能は大きく3つある。
1つ目はOpen Source Firewallと呼ばれる、OSS上の危険なパッケージをCI/CDパイプラインに導入する前に検証して排除する機能だ。従来のツールでは開発後の事後検知が一般的だったが、事前にリスクを遮断することでソフトウエアサプライチェーンの汚染を根本的に排除することができる。
2つ目はSBOM VAULT。SBOM品質の検証と妥当性の確認を行い、セキュアに保管・共有できる機能である。複数のサプライヤーや委託先企業とSBOMを改訂版も含めて共有し、それが業界標準や規制ポリシーに準拠しているかどうかを検証。セキュアなSBOM生成と高度な脅威・リスク分析を自動化する。これによりSBOMは単なるレポートではなく、継続的な運用資産として、その価値を高めることができる。
3つ目はThreat Analysis。OSSコミュニティ上での活動をモニタリングし、危険な兆候を検知する。オープンソース開発者の行動と現実社会の地政学的リスクをひも付け、経済制裁リストに掲載された団体や人物がコミュニティに関与していないか、信頼できないコードが混じっていないかなどを継続的にスキャンして脆弱性を検出する。これによりソフトウエアサプライチェーンへの信頼性を高める実用的な洞察を得ることができるわけだ。(図3)
図3 Dark Sky Technologyが提供するBulletproof Trust
Dark Sky TechnologyのBulletproof Trustは、Open Source Firewall、SBOM VAULT、Threat Analysisという3つのサービスで構成されており、OSSによる開発からSBOMの運用、エンドオブライフのデリバリーに至る安全性と信頼性をトータルに支援する
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「Bulletproof Trustは、単に開発ライフサイクルの中でソフトウエアを保護するだけではありません。開発から始めて、そのサポート、エンドオブライフのデリバリーまでのライフサイクル全体を守り、管理できるソリューションなのです」(Mehlberg氏)
AI時代の重要インフラを支える 「トラスト基盤構想」を 本格展開へ
一方、サイバートラストはBulletproof Trustの機能を活用して、AlmaLinuxやEMLinuxを始めとする顧客企業のOSS開発環境に対し、継続的なSBOM診断、脆弱性アセスメントによる影響範囲の特定と対応支援、システムテストなどのサービスをパッケージ化して提供する。またAI利用者やエージェント、データの真正性認証を行うトラストサービスの提供も予定しており、各企業がAIやOSSを安全に使い続けるための基盤を長期的にサポートしていく。加えて、OSSの利用可否や対応方針を判断し、その根拠を継続的に説明できる状態で運用する仕組みの整備も進めている(図4)。
図4 AI攻撃の脅威への対抗策:クリーンOSS開発環境の提供
サイバートラストはDark Sky Technologyとの協業により、顧客企業のOSS開発環境に対する継続的なSBOM診断、脆弱性アセスメント、システムテストなどのサービスをパッケージ化して提供する。これにより顧客企業はAI攻撃に対するリスク管理体制を早期に整えることができる
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「今後はAIエージェントやOSS依存のさらなる拡大、サプライチェーンの高度化によって、信頼は後付けではなく、基盤として組み込む時代が到来します。その意味で今回の協業は、当社が展開するトラスト事業、プラットフォーム事業という2つの領域で、お客様の重要インフラとサプライチェーンを守るトラスト基盤構想の第一歩となるものだと考えています」眞柄氏は語る(図5)。
図5 サイバートラストのトラスト基盤構想
サイバートラストはBulletproof Trustとの協業により、AI基盤構想実現に向けた第一歩を踏み出した。今後はOSS開発環境の安全性と信頼性の確保に加え、AI利用者やエージェント、データの真正性認証を行うトラストサービスの提供も予定しており、企業がAIやOSSを安全に使い続けるための基盤を長期的にサポートしていく
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OSSサプライチェーンの安全性と信頼性を守り続けるため、今後もサイバートラストはこうした取り組みをさらに進化させていく考えだ。