IT開発の新潮流

AI技術で加速する「内製化」「市民開発」に企業はどのように取り組むべきか

AI技術で加速する「内製化」「市民開発」に企業はどのように取り組むべきか
サイボウズは2026年2月、「市民開発のビジネス価値と成果獲得の秘訣〜推進体制の適正化と『AI×ローコード/ノーコード』の活用」と題したホワイトペーパーを公開した。IT専門アナリストファームのアイ・ティ・アールがサイボウズからの依頼を受けて調査・分析を行い作成したものだ。4月16日には、ホワイトペーパーの執筆者であるアイ・ティ・アールのプリンシパル・アナリスト、甲元 宏明氏を迎えたメディア向けイベントが開催された。以下では、サイボウズのフェロー、倉林 一範氏との対談の内容を紹介しながら、AI時代の「内製化」「市民開発」を成功に導くための秘訣を検討したい。

企業変革に必要な組織能力としての
「内製化」と「市民開発」

 多くの企業でDXの取り組みが進む中、IT開発を取り巻く状況は既存システムの維持やコスト削減といった「守り」に終始するのではなく、より高度なアジリティーを獲得して、時代の変化にいち早く応えていこうという「攻め」の姿勢へと転換してきている。そこでポイントとなるのが「内製化」や「市民開発」であり、その動きはAI技術の急速な普及で加速している。

 サイボウズが公開したホワイトペーパーは、まさにそうした現状を分析したものだが、イベント冒頭で同社の池田 陽介氏は、「海外では内製化や市民開発が企業の経営戦略に深く関与している一方で、日本ではコスト削減などの手段に矮小化されがちです。企業が真の変革を遂げるために必要な組織能力としての内製化と市民開発について、お二人にお話しいただきます」と挨拶した。

 対談に先立ってアイ・ティ・アールの甲元 宏明氏から提示されたのが、「内製化」「市民開発」という2つのキーワードの定義である。アプリケーション開発を外部のベンダーに委託することなく、IT子会社を含む自社で開発することを「内製」と呼ぶ。さらに内製のうち、本来ITに関与しない部門が開発を担当することを「市民開発」と呼ぶというものだ。

 「特に市民開発については誤解が多く、単にITの素人がつくることと思っている人が多い。IT部門やDX部門以外の、ITを専門としない現場事業部門などの人たちが主体的に開発に取り組むことをこう呼びます」と甲元氏は説明する。
株式会社アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト 甲元 宏明氏
株式会社アイ・ティ・アール
プリンシパル・アナリスト
甲元 宏明

過度な統制が
市民開発のメリットを阻害する

 これを踏まえて、対談で最初に取り上げられたテーマは「内製化や市民開発がうまくいっている企業とそうでない企業の差はどこにあるか」である。その1つの要因として甲元氏は、「過度な統制の有無」を挙げる。

 「日本企業の多くは、IT部門が企業全体のシステムやアプリケーションを管理しており、全社的なIT標準を明確に定めるなど強固な統制を行っています。しかし、AI技術の進化などで誰もが開発に携われるようになると、そうした『整備型企業』では現場主導によってもたらされるアジリティーや創造性が失われてしまいます。現場のボトムアップ型で開発を進めている企業のほうが、今後の時代の要請に応えやすいでしょう」と甲元氏は指摘する。過度な統制は特に市民開発の足かせとなり得るもので、そうした意味でその成否は技術よりも組織設計にかかっているといえる。

 これに対しサイボウズの倉林 一範氏は、「市民開発とは、業務側が自らの抱えるニーズや課題感に沿って発案を行い、自力でシステムやアプリをつくっていくことであり、単にIT部門がやってきた内製を現場へと拡張するのとは違います。その違いを意識した上で、市民開発を自社の中に適切に位置付け、ゴール設定をしていくことが肝要です」と語る。
サイボウズ株式会社 エンタープライズ事業本部 エンタープライズサクセス フェロー 倉林 一範氏
サイボウズ株式会社
エンタープライズ事業本部
エンタープライズサクセス フェロー
倉林 一範
 続いて2つ目に提示されたテーマは、「企業の内製化や市民開発の普及・拡大を進める上でのボトルネックはどこにあるか」。これについて甲元氏は現場がIT部門に対して募らせる不信感を指摘する。

 「最近、『新入社員が自分たちのアプリをPythonでつくりたいと言ってきて、それにどう応えればよいか』という問い合わせをある企業のIT部門の方から受けました。IT部門はPythonによる実装の仕方を理解しておらず、IT部門としての存在価値を発揮できる状況にないのです。現場には、『IT部門に相談すると標準や統制を盾に余計な壁をつくられて、場合によっては放置されてしまう』と不信感を抱かせてしまうことになります」

 その解決のヒントとして甲元氏が例に挙げたのが日本の製造業である。工場の現場では、使いにくい工作機械があれば使いやすくする治具をつくるなどして、機械を補完する取り組みを行ってきた。こうした取り組みは日本の製造業を世界一へと押し上げたQC活動(品質管理活動)の一環でもあり、システムに関しても、現場が自らの創意工夫で新たに登場してくるツールを活用しながら自発的に使いやすくなるように改善していくというのは、むしろ必然といえる。

 これに対し倉林氏は「日本の現場には『自分たちが会社を支えている』という強烈な自負が今も息づいています」と指摘。「そうした人たちが、現場の改善に向けて行うチャレンジを積極的に推奨するような組織風土の醸成こそが、内製化・市民開発普及のカギを握るポイントになるのではないでしょうか」と提言する。

AI活用で生じた
余剰工数を価値創出へ

 3つ目のテーマは、「AIによる実装の責任はどこにあるか」という問いかけだ。現在では、生成AIを駆使することで、誰もが必要なアプリを容易かつ俊敏に開発できるようになっている。しかしその際には、AIが生成したコードに著作権侵害などコンプライアンス、セキュリティー、品質上の問題が起こり得る可能性がある。その責任を誰が取るのかという問題だ。

 これに対しては、甲元氏、倉林氏ともに「最低限のコンプライアンスルールを適用し、セキュリティーについては、最終的にはIT部門やセキュリティー部門が適切にチェックする。開発に当たる現場は、その責任について十分な覚悟をもって臨むべき」という意見で一致した。

 続く4つ目のテーマとしては、「内製化、市民開発において真に求めるべきイノベーションは何か」が取り上げられた。システム構築やアプリ開発では、業務ロジックを設計してコーディングを行い、GUIを実装するなど様々な作業があるが、そうした作業は生成AIの活用で容易に行えるようになりつつある。今後、人が注力すべきは、現場の抱える要望や課題の本質がどこにあり、それにどう応えていくかをしっかりと分析する、つまりBPR(Business Process Re-engineering)実践のための取り組みを行うことになりそうだ。

 「下流工程の作業が省力化されれば、当然、そうした『超上流』に費やす時間が生まれます。IT部門であれ、現場の市民開発者であれ、そのような領域の分析を通じてビジネスの根幹について考える力を付けることは非常に有意義だと思います」と甲元氏は強調する。倉林氏も「業務上のプロセスをコード上のロジックに置き換えることは、今やAIがやってくれる時代です。そうした答えが出る問いはAIに任せて、人は答えが出ないような問いに取り組むことが求められています」と語る。

 対談のモデレーターを務めた池田氏も自らのエンジニアとしての経験を踏まえて、「インテグレーション案件でよくあるのが、ユーザーが使い勝手などについて従来と同じものを求めるケースです。それに応えるだけでは今後のシステムインテグレーションは不十分で、潜在的な課題の解消なども含め、新たな価値の追求、イノベーションの創出が指向されなければならないでしょう」と補足する。
サイボウズ株式会社 エンタープライズ事業本部 副本部長 kintone プロダクトマーケティングマネージャー 池田 陽介氏
サイボウズ株式会社
エンタープライズ事業本部 副本部長
kintone プロダクトマーケティングマネージャー
池田 陽介
 そして最後、5つ目のテーマとして取り上げられたのが、「今後SIerの役割はどう変わるか」というもの。企業における内製化・市民開発の普及は当然、SIerのビジネスのあり方にも大きなインパクトを及ぼす。甲元氏からは「ユーザー企業の課題に寄り添って長い付き合いができるビジネスへの転換を」、倉林氏からは「失敗も含めた自らの実体験をユーザーに伝え、実効性のある支援を」といった意見が出た。ユーザー企業にとっては、そうしたスタンスを明確に打ち出しているSIerとの間で、実りあるパートナーシップを構築していくことが、今後、強く求められることになるだろう。

 甲元氏と倉林氏の各テーマに関する対談を通して、内製化と市民開発の推進に向けて企業が取るべき指針が示された。内製化・市民開発の取り組みをIT施策ではなくビジネス施策として進めるべきであること、市民開発への統制は最小限にとどめることなど、AI技術の急激な進化で新たな局面を迎えたIT開発を進めるために、有意義な気付きを与えてくれるイベントとなった。