アプリが作りやすく、運用・保守も現場で完結

Power Appsは“プロ向け”――では市民開発は?伊藤忠丸紅鉄鋼が実践するkintoneとの“良いとこ取り” Power Appsは“プロ向け”――では市民開発は?伊藤忠丸紅鉄鋼が実践するkintoneとの“良いとこ取り”

左から、菅谷賢吾氏、宮﨑良太氏

現場業務のデジタル化を迅速かつ柔軟に実現するため、SIerやIT部門に頼らず、各事業部門が自分たちでツールを開発する“内製化”の動きが広がっている。鉄鋼製品の輸出入、販売、加工などを手掛ける伊藤忠丸紅鉄鋼は、海外を含む多くの事業会社との情報共有を加速させるため、サイボウズの「kintone(キントーン)」を活用し、数百にも上るアプリを内製。数あるノーコード・ローコードツールの中から、なぜkintoneを選び、どのようにしてアプリを量産したのだろうか。

現場での内製開発を目指し
kintoneを採用

鉄鋼製品などの輸出入、販売、加工や三国間取引、国内外の鉄鋼関連事業投資など、鉄鋼流通のフロントランナーとして、グローバルに事業を展開する伊藤忠丸紅鉄鋼。2001年に2つの総合商社の鉄鋼部門が分社・統合して設立され、四半世紀の歴史を歩んできた。

昨今のデジタル化の波は鉄鋼業界にも及んでおり、同社も2023年4月から経営戦略・人総本部の直下にデジタル戦略室を設置。CDO(最高デジタル責任者)の指揮の下、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)の推進や、社員のデジタルリテラシー向上、業務のペーパーレス化などに取り組んでいる。

中でも大きなテーマとして取り組んだのが、事業会社との緊密な情報共有だ。同社 IT推進部グループ システムサポートチーム長の宮﨑良太氏は、「イントラネット中心の情報基盤はありましたが、国内外の事業会社と双方向の円滑なコミュニケーションを図ることが難しく、現場から改善を求める声が上がっていました」と語る。

宮﨑良太氏

伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社
IT推進部グループ システムサポートチーム長
宮﨑 良太 氏

そこで現場の声に応える形で、同社は新たな情報共有基盤の構築をスタート。目指したのは、各本部が自分たちにとって使い勝手の良い情報共有ツールを、自分たちの手で作り上げる草の根の基盤構築であった。

「求めるツールや使い方は本部ごとに異なるため、現場でも内製開発できる環境を目指し、ノーコード・ローコードツールを中心に選定を行いました。その中で、最終的に採用したのがkintoneだったのです」(宮﨑氏)

当初は海外のソリューションを試験導入したが、使い勝手の面で現場展開が難しく、要件などのやり取りにも時間がかかるなど、プロジェクトも思うように進まなかったという。そこで外部SIerに委託せずにアプリが作れるノーコード・ローコードツールを比較検討し、kintoneにたどり着いたのである。

実は同社では、数年前からWebデータベース作成ツールの「サイボウズ デヂエ」を活用しており、数十万件以上のデータがたまっていた。「デヂエのサポート終了が迫っており、新たなツールが必要だと考えたことも、kintone導入の決め手になりました」と宮﨑氏は語る。

どんなに簡単にアプリが作れるといっても、課題やつまずきは頻繁に生じるものだ。そこで、サイボウズのオフィシャルパートナーであるコムチュアに、何かあれば相談に乗ってもらえる“キントーン先生”として伴走支援を依頼。kintoneをグループ全体へ拡張していける新たな環境を整備することになった。

目的に応じて
開発ツールを使い分ける

もっとも、伊藤忠丸紅鉄鋼にとって、業務アプリの開発は未体験の領域だったわけではない。同社はMicrosoft 365を全社的に利用しており、これに含まれるアプリ開発ツールのPower Appsも活用している。そのため同社は、kintoneの導入にあたり、Power Appsとの使い分けを明確にすることにした。

「各本部が現場で使うアプリはkintone、基幹業務周りのアプリはPower Appsで作ることにしました。kintoneは、初めての人でもある程度のアプリを作れますが、Power Appsはコーディングが必要な部分もあるため、一定の知識や経験がないと使いこなせません。また、基幹業務周りのアプリは正確性や制度対応が問われるので、開発をプロに任せる必要があります。そこで、現場で使うアプリはkintoneを使って自分で作り、基幹業務周りのアプリはIT部門や外部ベンダーがPower Appsを使って開発する、という役割分担にしました」と宮﨑氏は説明する。

内製ツールで重要なのは、作りやすさだけではない。宮﨑氏がむしろ重視したのは「保守のしやすさ」だ。「業務アプリは作ったら終わりというものではありません。変えたいときに自分たちで変えられないと、業務に支障が生じてしまいます。その点、kintoneは大幅な仕様変更が少なく、製品アップデートの影響でのリスクが小さいことも評価しました」(宮﨑氏)。

保守に関わるリスクとしては、アプリを開発した担当者の異動とともにメンテナンスができなくなるといった問題もある。この点に対処するため、同社では作ったアプリの運用・保守は作成部署が責任を持つ体制にした。これも、内製化を推進するための工夫の一つだ。

また、内製化を進めるにあたって整えるべきは、無秩序な開発を抑えるガバナンス体制である。同社ではアプリ作成の権限を原則として各部署には付与せず、IT推進部への申請制とした。認可した部署にはIT推進部が用意した空アプリが提供され、それを各部署が編集してアプリを作り込むという仕組みである。「これまでに全社で数百のアプリが開発されていますが、それぞれの責任者が明確なので、ガバナンスはしっかり効いています」と宮﨑氏は語る。数百ものアプリを生み出せたのは、キントーン先生としてのコムチュアの伴走支援によるところも大きかったようだ。

伊藤忠丸紅鉄鋼におけるノーコード/ローコードツール使い分け

ツールもAIも
“良いとこ取り”で活用する

IT推進部は、各部署が内製に集中できるような環境整備も実施。同社は、特定のベンダーや製品に依存せず、それぞれの“良いとこ取り”をする方針で、柔軟に組み合わせて活用しているという。

これを支えているのが認証環境だ。各部署が開発したアプリはMicrosoft Entra IDと同期され、ユーザーはSSO(シングルサインオン)ですべてのアプリにログインできる仕組みとなっている。「何度もログインしなくても、いろいろなアプリを同時に使えるため業務効率化につながっているようです」と宮﨑氏は評価する。

また、IT推進部はアプリ間のデータ連携も下支えしている。別のアプリやシステムのデータが必要な場合は、データ連携ツールでkintoneと連携する環境を整備。kintoneのデータをPower BIで可視化するAPIも内製で対応しているという。

現在、伊藤忠丸紅鉄鋼では900人を超える社員がkintoneを活用しており、ゲストを含む利用者数は1500人を超える。日本だけでなく、米国、中東、アフリカ、欧州などグローバルで活用されているという。

数百に上るアプリは、ワークフロー系を中心に、SAP連携アプリや、案件・顧客情報の共有アプリなど、種類もじつにさまざまだ。事業会社との緊密な情報共有がkintone導入の狙いではあったが、それを実現する仕組みの一つとして、約100社のグループ会社にIT利用状況やCO2使用量、財務会計情報などを尋ねるアンケートアプリも開発。以前は各グループ会社が作成したスプレッドシートをメールで回収し、手作業で計算していたが、今では各社が同じアプリに情報を入力するだけで自動集計されるようになっている。

同社は、これからもkintoneを活用して内製化をさらに進め、情報共有の強化とともに業務効率化を図っていく方針だ。

また、内製文化を定着させるために実施しているのが、「BPR Cup」という社内競技会である。kintoneやPower BI、Power Automateなどを使った業務効率化の取り組みを進め、優秀事例は表彰される。宮﨑氏は、「忙しい部署ほど改善に着手できない傾向があるため、こうした取り組みを通じて全社の底上げを図っていきたい」と語る。

菅谷賢吾氏

伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社
デジタル戦略室
菅谷 賢吾 氏

さらに、新たな取り組みとして始めているのが生成AIの活用だ。

「生成AIについても、複数のモデルを併用するなど、“良いとこ取り”の活用を目指しています。AIを活用する上では、現場が内製で生み出す構造化データを蓄積し、必要に応じてデータの連携・整備を進めていくことが不可欠。この点においても、kintoneのさらなる活用が求められていると言えます」

「AI×ノーコード・ローコードツール」の力によって、伊藤忠丸紅鉄鋼のデジタル化はさらに前進しそうだ。